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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
七章 精霊の契約
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七章四十七話 『偽りの勇気』



「なに、これ……」


 自身の出した答えを伝えるため、ティアニーズは時計塔を訪れていた。

 ここへ来る途中、なにやら外が騒がしく、町全体が異様な雰囲気に包まれている事は気付いていた。だが、今は先にやるべき事があると判断し、ティアニーズは真っ先に時計塔にやって来た……のだが、


「……血?」


 扉を開けた瞬間、目に飛び込んで来たのは激しく荒らされた空間だった。部屋のど真ん中に置いてあったソファーはひっくり返り、テーブルと思われる残骸があちらこちらに飛び散りーー至るところに、血液のような赤い液体が付着していた。


 ティアニーズは悪寒に体を震わせながらも、ゆっくりと足を進める。

 と、視界の奥、一人の人間が床に座っていた。


「……なにが、あったんですか」


「別になんでもねぇよ。ちょっとした罰だ」


「罰?」


「裏切り者が出たんでな、ルールに従って罰を下した。ま、とどめをさしそびれちまったが……あの傷なら放っておいても問題はねぇ」


 座っていたのはヴィラン。

 顔に小さなアザを作り、身体中に僅かな切り傷が刻まれていた。重症という訳ではなさそうだが、痛みに顔を歪めている。

 ティアニーズは直ぐに気付いた。

 その裏切り者が、誰の事を言っているのか。


「……ベルトスさんが、裏切ったんですか?」


「あぁ。元々信用しちゃいなかったが、まさかこのタイミングで打って出るとは思わなかったよ。でもまぁ、どのみちアイツは殺すつもりだったんだ、ただそれが早まっただけの話だよ」


「仲間じゃ、なかったんですか」


「言っただろ、俺達は仲良しこよしのグループじゃない。互いの目的が、利害が一致してたから一緒に行動してただけだ」


「だからって……なにも殺す必要ないじゃないですか!」


「アイツが俺達にとって不利益な情報を漏らす可能性がある。それだけで殺すには十分な理由だ」

 

 ヴィランの態度はいつもと変わらない。

 仲間だった人間とつい先ほどまで殺しあいをしておきながら、感情がブレている気配が一切ない。

 男にとって、ベルトスとはその程度の存在だったのだ。利用価値がなくなれば捨て、直ぐに代わりを補充する。

 その程度の、道具でしか。


「アイツの話はもう良いだろ。それで、答えが出たからここに来たんだよな?」


「はい」


「なら聞かせてくれよ。お前の答えを、歩く道を」


 握り締めた拳を、ティアニーズはなんとか抑える。

 彼がどんな理由で裏切りったのかは分からないが、心境になにかしらの変化があったからだろう。それが、ベルトスの選んだ道ならば、ティアニーズは受け入れるしかないのだ。


 だから、次は自分の番。

 彼から受けた言葉を胸に、少女が答えを示す番だ。


「私は、ずっと力が欲しかった。なにかを変えるために、誰かに誇れる自分になるために」


「…………」


「ただの憧れだったんです。父のようになりなくて、だから……色々な人を巻き込みました。自分の地位を向上させるために、関係のない一般人を戦場に……」


「…………それで?」


「初めは、なんとも思いませんでした。勇者かもしれないから、どれだけ危険な事に巻き込んでも構わないと……本気で思っていました」


 まだ勇者でなかった青年を無理矢理連れ出し、戦場に巻き込んだのはティアニーズだ。結果的にあの青年が勇者だから成り立っているものの、普通に考えれば関係のない一般人を拐ったただの誘拐犯でしかない。


「でも、次第に変わっていった。巻き込んだくせにこんな事言うのはおかしいかもしれないけど……傷ついてほしくないんです」


「お前がなにかをしなくても、あの勇者は勝手に前に進むような奴だ」


「だからです。いつだって自分勝手で、周りの話なんか聞きやしない。どこまでも、どこまでも勝手に行っちゃう人だから……あの人との距離が、どんどん離れて行った」


「それで、お前は力が欲しかったんだろ?」


「はい。傷ついてほしくないから、追い付きたいから……そのために必要なのは、何者にも負けない力だったんです」


 力さえあれば、あの青年は傷つかずに済む。

 ーーそんな訳がないのは、ティアニーズが誰よりも分かっている。


 仮にあの青年の近くに強い人間がいたとしても、守られて終わるような男ではない。自分がやらなくちゃいけない事だからと、率先して危険に飛び込んで行くに決まっている。

 それが、あの男だ。

 自分のやらなくちゃいけない事を理解し、そのためにひたすら前に突き進む。


 そこに迷いなんかなくて、他に強い人間がいるから任せとけば良いとかじゃなくて、自分自身の手で、欲しいものを掴もうとしている。


 でも。だから。


「ーー憧れた。多分、あの人がただ強いだけの暴力バカだったら、私はこんなにも悩む事はありませんでした。そうじゃないから、私の欲しかった意思の強さを持っているから……私は、隣に並びたいと願った」


「でも、それは手に入らない」


「はい。私は人間のクズです。自分で巻き込んだくせに、口では偉そうな事を言ってるくせに……結局はなにも出来ずにいる」


「…………」


「迷って、迷って迷って、迷ってばかりの私だから……大事な人を死なせてしまった」


「だから、力が欲しかったんだろ? なら悩む必要なんかねぇだろ」


「違うんです。そうじゃないんです」


 自分が強ければ、あの青年は戦わずに済む。

 自分が強かったら、あの青年は死なずに済んだ。


 そんな事はない。多分、ティアニーズがどれだけ強かったとしても、あの青年は傷つくし、あの青年は殺されていた。

 責任転換かもしれないけれど、それは多分、どうしようもない現実だったのだ。


 けど。


「そんな私だから……弱くてみっともなくて、クソッタレな私だから……救える人もいると思うんです」


 ベルトスは言っていた。

 力や金じゃどうにもならない事を、どうにかする力がティアニーズにはあると。

 でも、そんな強さがない事は、ティアニーズが誰よりも分かっている。


 けれど、そうでありたいと、思ってしまった。

 そんな人間になれたのなら、どんなに素晴らしいかと、思ってしまった。


「自己満足で、身の丈にあわない願いなのは分かっています。私は弱くて、他人の事を思いやる強さなんかなくて……でも、それでも。多分、私が欲しかった強さは、ただの力じゃない」


「そんな形のないものに頼ったからこそ、お前は弱いままなんだ。結局ものを言うのは力だ、気に入らないものを壊すための力だ。それがなきゃ、お前は誰も守れない」


「私が欲しかったのは、壊す強さじゃない。私は、誰かを救う力が欲しかった。困っている人に差しのべる手を、涙を拭う手を、絶望に沈む人を引っ張りあげてやれる手を。私は欲しかったんです」


「そんなものに意味はない」


 どれだけ手を伸ばしても、届かない事は分かっている。

 どれだけ足掻いても、結局ティアニーズはティアニーズで、なにかが変わる事はない。

 そんな曖昧な力じゃ、大事な人を守る事は出来ない。


 でも、そうだったとしても。

 憧れてしまった。格好いいと、思ってしまった。


「私は、諦めたくないんです。目を逸らして、無理だって決めつけて、手を伸ばす事を止めたくないんです」


「絶対に、届かないとしてもか?」


「指先すら届かないとしても、です。それが、私にあるたった一つの強さだから」


 諦めるのは簡単だ。

 全てを投げ出して、目を閉じて、なにもかもを拒絶してしまった方が楽なのも分かっている。

 でも、それは出来ない。


 きっと、それさえも投げ出してしまったら、ティアニーズは一生後悔する事になるから。

 届くかもしれない可能性を捨てて、諦めて。そんな事をすれば、あの背中には絶対届かなくなってしまう。


 それだけは嫌だと思った。

 そしてなによりも、諦めたくなかった。

 たったそれだけの事だったのだ。


 ティアニーズ・アレイクドルのもつ唯一の力。

 それは、諦めない事だから。


 だから、言う。


「私は貴方の言う通りにはならない。そんな間違った力、私は欲しくなんてない」


「断ったとして、そのあとどうする? もうお前には戻る場所なんてないんだぞ?」


「謝ります。許してもらえないかもしれないけど、何度も何度も謝ります。これまで私がして来た事を、私が巻き込んでしまった人に、謝ります」


「謝罪なんてのは無価値だ。頭を下げたところで人は納得しないさ。口ではなんとでも言えるがな」


「だとしても、私は謝ります。たとえそれが自己満足だとしても、私のエゴでしかないとしても」


 その言葉を聞いて、ヴィランは肩を落とした。

 わざとらしくため息をこぼし、心底残念そうに、残念そうにーー彼は笑っていた。


「いや、本当に嬉しいねぇ。ここまで思い通りに事が進むと」


「……なにを、言っているんですか」


「ベルトスにも感謝しねぇとな。アイツの言葉があったからこそ、お前は立ち上がる事が出来た。俺の戯れ言をはねのけて、ようやく自分の本当の願いに気付く事が出来た」


「…………」


「いや本当に、良かったよ。これでお前は絶望から這い上がる事に成功したって訳だ。輝く希望を胸に、新たな一歩を踏み出せる訳だ」


 ケタケタと気持ち悪い笑い声を上げ、ヴィランは一人楽しそうに腹を抱えている。歪んだ笑顔はその声の奇妙さを増幅させ、それを見ているティアニーズに極度の不安感を抱かせる。

 なにを考えているのか、少しも理解出来なかった。


 ヴィランは立ち上がる。

 過呼吸気味になりながらも、必死に息を整えようとしていた。


「あぁ……笑い過ぎて傷に響くわ。やっぱお前最高だな」


「なにが、なにがそんなにおかしいんですか。貴方の目的は私を仲間にする事だった筈です」


「そこがそもそもの勘違いなんだよ。俺はお前を仲間にするつもりなんか微塵もなかった。仲間になろうが、敵になろうが、どっちだって良かったんだよ」


 形容し難い気持ち悪さが、ティアニーズの胸を締め付ける。ヴィランの狂気が体を縛り上げ、吐き気すらもよおすほどに。

 魔元帥とは違う方向ではあるが、それは間違いなく悪だった。

 絶望と呼べるに相応しい、悪人の顔だった。


 ヴィランはティアニーズの前に立ち、大きく息を吸い込んだ。

 肩を小刻みに震わせ、必死に笑いを堪えているようだった。

 そして、その口が、告げる。


「だってよ、もうなにもかも手遅れなんだから」


「…………は?」


「手遅れなんだよ。お前が希望を抱いて決意しようが、本当の願いに気付こうが、もう、なにもかも手遅れなんだよ!」


 そこで、ヴィランの抑えていた感情が爆発した。

 声を荒げ、手を振り上げ、二つの瞳がギョロギョロと動く。頬は歪に歪み、口元は微笑んでいる。

 怪訝な顔をするティアニーズに、ヴィランはさらに言葉を突き付ける。


「この町はあと数時間で滅びる。跡形もなく、人の命を全て凪ぎ払うんだよ! 残るのは絶望、俺だけだ!」


「貴方がなにを企んでいようが興味ありません。私が今ここでーー」


「なに正義ぶってんだ? こうなったのは、他でもないお前のせいなんだぜ?」


 剣にかけたティアニーズの手が、ヴィランの言葉によって止まってしまった。

 この瞬間、目の前男を迷わずに叩き斬ってしまえば、少しは結末が変わったのかもしれない。

 だが、もう遅かった。


 ヴィランの笑みが、さらに深みを増した。


「お前を貧民街に行かせた時の事覚えてるよな? その時に渡した種の事も」


「…………それが、なんだって言うんですか」


「ありゃただの種じゃねぇ。あれは出口だ、魔元帥の体内で作った魔獣を外に出すためのな。ようするに、魔獣のどもが世界に現れるための通り道だ」


「なに、を……」


「どんだけの数が現れると思う? 数十? 数百? いや数千かもな。そのためにアイツは部屋にこもって力をためこんでたんだよ!」


 なにを言っているのか、理解出来なかった。

 まともに脳が働いてくれず、ヴィランの言葉を正常に処理する事が出来ない。


 ゆっくりと、少女の顔が絶望に染まる。

 そして、男の顔が、希望に染まる。


「数千の魔獣が放たれたらどうなると思う? 考えるまでもねぇよな! この町は終わる、いや町どころか、下手したら国も終わるんじゃねぇのか!?」


「…………」


「全員死ぬんだよ。お前の大事な人は、一人残らず消え去るんだよ! 頭をもがれて死ぬと思うか? 心臓を貫かれて死ぬと思うか? それとも全身ぺちゃんこに潰されて死ぬと思うか? んなのどうだって良いよな、全員結末は一緒なんだから」


「…………」


「最ッ高だよな、この町の人間はきっと絶望する。さっきベルトスが奴隷どもを解放して行きやがったのは予想外だったが、それすらも良いスパイスになる。やっと手に入れた自由が、数時間後には絶望に変わる。……そんな時ってよ、人はどんな顔するんだろうなァ!!」


 ティアニーズはヴィランを見ていない。

 しかし、ヴィランはティアニーズしか見ていない。

 絶望に染まって行く少女の顔を眺めながら、ヴィランは興奮するように自分の体を抱き締める。


「そ、そんなの……私が……」


「どうにもならなぇんだよ! その種を破壊する方法を教えてやろうか!? 精霊の力だよ! 精霊の力なら破壊出来る!」


「だったら!」


「でも残念。あの勇者はここに来る。そして、ここで死ぬ。いくら勇者つったって一人しかいねぇんだ、五ヶ所を一気に破壊する方法なんてねぇよな!?」


「そん、な……」


「あー、あとは魔法でも出来るんだっけかな? でもよ、ただの魔法使いには無理だろうなぁ。特にお前、魔道具に頼ってるようじゃ、破壊なんて絶対に無理だ」


 魔法とは精霊が人間に与えた力。

 であれば、魔法でもその出口を破壊する事は出来るのだろう。だが、それを出来るほどの実力者はこの町にはいない。

 アテナは魔法を使えるが、あくまでも使えるだけであってメレスやハーデルトには遠く及ばない。


 いや、今は、そんな事どうだって良い。


「可哀想だよなぁ、せっかく手に入れた自由をこんな簡単に奪われてよぉ。家族や友人との感動の対面だってまだ済ませてねぇかもしれねぇのに……いやでも、大事な人と一緒に死ねるなら幸せかもな!」


「…………」


「黙ってねぇでなんとか言えよ。助けたいんだろ? 手を伸ばすんだろ? あぁ……そうか、出来る訳ねぇよな。だってーーお前のせいでこうなってんだからな!!」


 その言葉を聞いた瞬間、ティアニーズの体が震えた。

 それと同時に全身の力が抜けて行き、へたりこむようにして膝をつく。


「お前のまいた種のせいでこの町は終わる! お前さえあんな事をしなければ、あの時点で俺の誘いを断っていれば、お前がぐじぐじ悩んでたから!」


「ーーーー」


「いやもっと前からか。お前がこの町に来なけりゃ良かったんだ。そうすりゃ奴隷どもは今のまま偽物の希望で満足出来てた、貧民街の人間は居場所を破壊されずに済んでた」


「ーーーー」


「あの勇者も、お前を守って怪我をした。あの姫様だって、お前が手を出したから怪我をした。ベルトスだってそうだ、お前が下手に希望を与えちまったから、俺に殺される事になった」


 へたりこむティアニーズの耳元に顔をよせ、ヴィランの小さな声で囁く。どこまでも静かな声でーー静かだからこそ、言葉の一つ一つが鼓膜に絡み付く。


「なんでこうなったか教えてやろうか? お前が弱いからだよ。暴力も、意思の強さも、なにもないからこうなったんだ。お前さえちゃんとしてれば、こんな事にはならなかった」


「ーーーー」


「それなのに、お前は一人希望を見つけて、それに満足して笑ってやがった。酷い奴だよなぁ、お前のせいで人が死ぬんだぜ? なのに、お前は笑ってたんだ」


「ーーーー」


「弱いな、お前。だから仲間を殺されたんだよ。きっと、その仲間はお前を恨んでるだろうな。お前さえいなければ、お前がもっと強ければ、ソイツは死なずに済んだのに」


「ーーーー」


「全部、お前のせいなんだよ。お前がいるから、周りの人間が傷つく。お前がいるから、この町は滅びる」


 全て暴論だ。適当なこじつけで、責任を押し付けているにすぎない。

 だが、もう手遅れだった。


 全部、自分のせいだった。


 それなのに、一人で満足していた。

 願いに気付けたと、やっと進むべき道が見えたと。

 その答えが、多くの人間の命を犠牲にしていたと知らず、ティアニーズは笑っていた。


 そんなティアニーズの顔を見て、ヴィランは笑った。

 楽しそうに、幸せそうに。


「それだよ、その顔が見たかったんだよ! 良いよなぁ、希望から絶望に落ちた人間の顔ってのはゾクゾクするよなぁ」


「ーーーー」


「もっと見せてくれよ! その顔が見たくて俺は今日まで頑張って来たんだ。あぁ……最高だよお前、さっきから興奮しまくりだよ。触っても良いか? いやダメだよな、今絶望してんだから、それを邪魔しちゃダメだよな」


 呼吸を荒くし、恍惚とした表情でティアニーズの頬に触れようとするが、ヴィランはそれを自分の手で掴んだ。

 芸術を前にしたように目を輝かせ、新しいおもちゃを手にしたようにティアニーズの周りを走り、ヴィランは一人微笑んでいた。


「あぁぁぁ、触りてぇよ、触りてぇんだ。でも我慢しろ、これはまだまだ序の口だ。この町の奴らの顔を見てからにするんだ……!」


「ーーーー」


「……そうだ、これはまだ序の口なんだ。お前は絶望して、希望をもって、また絶望した。なら、次は希望を与えてやらなきゃな」


 一瞬にして、ヴィランの顔から笑みが消えた。

 足元に散らばるテーブルの残骸を踏みつけ、ティアニーズの肩に優しく触れる。それから再び耳元に顔をよせ、


「お前に良い事を教えてやるよ。さっき俺は精霊の力か凄腕の魔法使いにしか破壊は無理だと言ったが、それ以外にも一つだけ方法がある」


 ティアニーズの眉が、僅かに動く。

 朦朧としていた意識の中で、ほんの僅かだが自我を取り戻す。


「内側から閉じるんだ。出口の中に飛び込んで、内側からな」


「……内側、から」


「でもよ、それって危ないんだぜ? だってその中は魔元帥の体と繋がってて、無尽蔵に魔獣が生み出される空間だ。そんなところに入ったら、普通の人間は死んじまうよなぁ」


「…………」


「自分から魔獣の群れに飛び込むようなものだし、下手したらそのまま魔元帥に取り込まれちまう。しかも、内側からしか閉じれねぇって事は、たとえ生きていても一生中で過ごさなきゃならねぇって事だ」


 それは、ティアニーズにとって十分な希望だった。

 偽物の、腐った希望でしかなくても、今のティアニーズには輝いて見えた。


 ヴィランは上へと続く扉を指差し、


「種は全部で五個。そのうちの一つはこの上にある。魔元帥の野郎は最上階にいるだろうから、今ならなんとか出来るかもな」

 

「なんとか……出来る……」


「そうだよ、お前にしか出来ないんだ。勇気を振り絞って、自分の命と引き換えにこの町を救うんだ。お前にはその義務が、責任があるだろ? だって、お前のせいなんだからよ」


「…………」


「無理はするなよ。俺はお前が大好きなんだ。もし死んじまったら、その顔が見れなくなっちまう。でも、助けたいよなぁ、大事な人を。そのために力が欲しかったんだもんな」


「…………」


「これが最後のチャンスかもしれねぇな。大事な人を、あの勇者をお前が助ける」


 もう、ヴィランの言葉は届いていない。

 自分のせいでこの町が滅ぶのなら、たとえ命を投げ出してでも救わなければならない。

 だって、ティアニーズはそれを願っていたから。


 だから、迷いはなかった。

 それが、間違った勇気だとしても。


「…………」


 ゆっくりと、ティアニーズは立ち上がった。

 虚ろな瞳で、上へと続く階段を見つめ、誘われるように足を進める。


 その背中を眺めて、ヴィランは口元を押さえた。

 笑いを堪えるように。

 そして、こう言った。


「じゃあな、希望」


 今一度、少女は勇気を振り絞る。


 ーー命を投げ出し、この町を救うために。



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