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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
七章 精霊の契約
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七章四十五話 『解放』



 その日の朝、いつもよりも晴れやかな気分で起床ーーなんて事はなく、なんだったら通常よりも眠気が酷い気がしていた。

 昨日は昨日で休んだのか休んでないのか分からないような過ごし方をしたし、ルークの記憶が所々抜け落ちている。

 心は落ち着いているが、体には疲労感が重くのし掛かっているのであった。


「……ねむ」


 だらしなく大きな欠伸を噛み殺し、まだ半開きの目をごしごしと擦る。ルークの声を聞いたのか、それを期に寝ていた面々が次々と目を覚まし始めた。

 全員寝惚けており、決戦前の緊張感など欠片もありはしない。


「もう朝か……私は眠いぞ」


「だからって俺の体にくっつくんじゃねぇよ」


「貴様は私の物、つまり抱き枕だ」


「つまりってなんだよ。繋がりがまったく見えねぇから」


 寝惚け眼でルークの顔を見つめ、這いつくばりながら胸の上に乗ろうとするソラを掌で無理矢理押しやると、そのまま立ち上がってカーテンを開いた。

 眩しいくらいの朝日を全身に浴び、ルークはもう一度欠伸。


 すると、


「起きたのか。君にしては中々早起きだな」


「あ? おう。つか、お前いつも何時に起きてんの?」


「わざわざ時間を確認した事ははい。朝になると自然と目が覚めるんだ」


「羨ましいけど老人みてぇだな」


「失敬な、私はまだまだ若いぞ」


 見た目は子供、中身は老人の精霊はボサボサの頭をかきむしり、老人という言葉に反応して口を挟んだ。

 ルークとアテナは顔を合わせて小さく微笑むと、


「さて、そろそろ全員起きる時間だ。寝惚けたままでは戦えないぞ」


「はーい……」


「ねみぃぜオイ……」


 虚ろな瞳で手を上げるアキンと、休日のお父さんのような雰囲気のアンドラ。

 ここ数日は安心して熟睡出来る機会がなかった事もあり、アテナ以外全員が寝不足のようである。


 そんな中、自分の頬を叩いて意識を強制的に覚醒させる姫様がいた。


「おはようございます! さぁ、皆さん早く起きるのです!」


「朝から大声出すんじゃねぇよ。つか、お前腹の傷は?」


「アテナさんに治していただいたので、もうばっちりなのです! 私も皆さんと一緒に戦えますよ!」


 昨日の晩、ルークとエリミアスの傷の治療は終えてある。寝不足なのは治療に体力を消耗したせいもあるが、エリミアスは逆にすこぶる元気そうだった。

 今日は服をめくる事なく腹を確認し、まったく痛くない事を確かめると、


「元気もりもりなのです!」


「やる気なのは良いけどよ、お前なにすんの?」


「皆さんのサポートです!」


「具体的にどうぞ」


「……い、色々なのです!」


 協力したいという心意気は凄く伝わって来るのだが、なにをするべきなのか本人も分かっていないようだ。

 エリミアスの寝るソファーの下で横になっていたケルトが体を起こし、


「エリミアス様には私がつきます。なので、なにも心配はありません」


「わ、私もなにか皆さんのお役に立ちたいのです!」


「そうですね……でしたら、私の側を離れないでください」


「分かりました!」


 単純というかなんというか、とりあえずやる事が見つかって嬉しそうに何度も頷くエリミアス。

 室内が騒がしくなってきたところで、全員の目が完全に覚めて来たようだった。


「さて、作戦の内容をまとめようか。奴隷商人を全て叩き潰す、以上だ」


 そう言ったアテナの顔は、心なしかいつもよりも楽しそうだった。

 作戦と呼べるほど年密に練られたものではなく、子供でも数分あれば思いつく内容だが、誰一人として異論を唱える者はいない。


「とりあえず目についた奴を片っ端から殴れば良いんだろオイ」


「あぁ、そうすれば必ず組織にたどり着ける。奴らだって私達の脅威を理解している筈だ、いくらしたっぱとはいえ放置はしないだろう」

 

「分かりやすくて結構。こざかしい事するよか全然楽だぜオイ」


「目的は四つ、奴隷の解放、組織の壊滅、魔元帥の討伐、そしてーーティアニーズの奪還だ」


 どれだけ巨大かも分からない組織を潰し、なおかつ人類の脅威である魔元帥を倒し、そしてあの少女を連れ戻す。

 やる事が多く、一筋縄ではいかない事は全員が理解している。


 今までの戦いとは比較するまでもなく、最上位の難易度だ。しかも、戦えるのはここにいる人間とガジールのみ。本来なら騎士団の手を借りるべきなのだが、裏切られて窮地に陥る可能性もあると、その案は却下された。


 間違いなく、難易度は最高クラス。

 ベクトルは違うものの、ルークにとっては魔王を前にするよりも難しいものだ。


 しかし、


「問題ねぇよ。全部ぶっ壊しゃ良いだけの話だろ」


 静かな闘志を瞳に揺らし、ルークは言う。

 誰一人不安な顔をする者はおらず、ルークの言葉を満面の笑みで聞き、そして最後には静かに頷いた。

 不安なんかない。これだけの仲間がいて、失敗する訳がないのだから。


「ルーク、君には面倒な役目を押し付けているな。すまない」


「気にすんな。これは俺のやらなきゃならねぇ事だ。魔元帥ぶっ飛ばして、桃頭を連れ戻す。お前らはそれを邪魔する奴をぶっ潰してくれ」


「あぁ、任せてくれ。頼んだぞ」


「おう、任せろ」


 恐らく、今の『頼んだぞ』という言葉は魔元帥を倒す事に向けてではない。

 必ず、あの少女を連れ戻してくれ。

 そういう意味の含まれた言葉だったのだろう。

 だから、ルークは頷いた。いつもの不敵な笑顔で。


 顔を洗い、決戦の準備を整え、一同は一階へと下りて行く。

 ガジールの姿が見当たらなかったが、テーブルの上に『必ず駆け付ける』という書き残しがあったので、恐らくなにか準備をしているのだろう。


「…………」


 ドアノブに手をかけ、ルークは大きく息を吸う。

 ソラ、アンドラ、アキン、エリミアス、ケルト、アテナ、シャルル。それぞれが決意を抱き、その背中を見つめていた。


 ドアノブをひねり、


「うっし、行くか」


 勇者の青年と仲間達は、戦いに向けて家を飛び出した。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 家を出たルーク達がとりあえず目指したのは、この町でも一番人通りが多いと言われる大通りだ。南門から噴水広場、そして時計台を過ぎて北門へと続く一直線の通り。

 そこでド派手に暴れれば向こうからやって来てくれるーーそう、思っていたのだが。


「あ? なんか騒がしくねぇか?」


「なにかあったのかもしれない」


 大通りに近付くに連れ、人の騒ぎ声のようなものが耳に入った。歓喜、怒り、悲しみ、恐怖、様々な感情の入り交じった声。町自体が震えているようだった。

 その声に導かれるようにルーク達は足を進め、大通りにたどり着く。


 そこにはありふれた光景が広がっていた。

 多少いつもよりも人が多いかもしれないが、大量の人間で通りが埋め尽くされている。多分、上から見下ろしたら隙間なく人の頭で満たされているーーそれくらい人数だろうか。


 だが、違和感があった。

 当たり前の風景に、なにか当たり前ではないものが混じっているような。

 シャルルが、口を開いた。


「そんな……なんで……」


 シャルルの言葉を聞き、ルークはその違和感の正体を明確に理解した。

 大通りを埋め尽くす人間の姿だ。

 服とは程遠いボロボロの布を身にまとい、頬は痩せこけ、顔色は青ざめ、まともに歩く事すら出来ていない人間だっている。


 そんな人間と再会を喜ぶように抱擁を交わす者、驚いたように騒ぐ者、恐怖の声を上げる者。

 ルークは、口を開く。


「まさか……奴隷か?」


 見た目だけで判断しているので確証はないが、その姿は出会った当初のシャルルと酷似していた。一つ違う点を上げるとすれば、その表情は晴れやかで、まるでなにかから解放されたようなものだった。


「どういう事だ、あれが奴隷だとして……奴らに管理されているのではなかったのか……?」


「分かんないわよ、私だって……。でも、見た事ある顔もいるの。同じ牢屋に閉じ込められて……」


 ヴィランやベルトス達に管理されていた筈の奴隷が、大通りを埋め尽くしていた。

 シャルルは瞳を大きく揺らし、呆然としてその人間達をただ眺める事しか出来ずにいる。


「逃げ出したのか?」


「いや、それは考えにくい。今までそんな事一度もなかったのだろう? それに、あの男達がみすみす逃がすとは思えない」


「つっても、あれどっからどう見ても奴隷だった奴らだろ? なんか逃げて来たって感じだし」


「それはそうなのだが……」


 彼らの表情から伝わる安心感や達成感。

 それをヴィラン達からやっと逃げ出せたと解釈すれば納得がいく。ただ、ソラの言葉にも一理ある。

 あの男がそう簡単に逃がす筈がないし、逃げられても良いようになにか対策をたてておくような男の筈だ。


 それをこんな簡単に。

 もう用済み、という事なのだろうか。


「でもよ、奴隷が解釈されたんなら一つ目的達成したって事だろ? 俺らからすりゃ良い事じゃん」


「バカ者、奴らがそう簡単に逃がす筈がない。だとすれば、なにか目的があって見逃した可能性もあるだろうに」


「つっても……あぁめんどくせぇ、ちょっと聞いてくるわ」


「お、おい!」


 ソラの静止を振り切り、考えるのが面倒になったルークは人混みへと突入。ぎゅうぎゅう詰めになり、人の波に押し流されそうになりながらも、オロオロと辺りを見渡す一人の男性の肩を掴んだ。

 男性はルークに肩を掴まれた瞬間、大きく体を跳ねさせ、


「ひ、ひぃぃ! ごめんなさい、俺はただ皆について来ただけで、逃げ出すつもりなんかなかったんだ!」


「あ? なに勘違いしてんだよ。つか、お前奴隷だよな?」


「え、あ、はい。今はもう、違うらしいですけど……」


「なにがあったか話せ。長いの嫌いだから手短にな」


 ルークを奴らの仲間だと思ったのか、男は明らかに動揺したように声を上ずらせる。しかし、続けて背後から現れたアテナ達を見つめて危険はないと判断したらしく、深く息を吸い込んで事のあらましを語り始めた。


「あの、俺達ずっとどこかの牢屋に閉じ込められてて。一生この暮らしが続くんだって思ってたんです……」


「……短くしろ。お前の心境とか過去とか興味ねぇんだよ」


「す、すいません」


 なんだか話が長くなりそうだったので、ルークは威嚇するように詰め寄る。と、背後に立つシャルルから脳天に拳骨をもらい、そのまま襟首を引っ張られ、


「ゆっくりで良いですから、なにがあったのか話してください」


「は、はい。ええと、今日もそんな日が始まると思って、憂鬱な気分で寝ていたんです。そしたら……いきなり男が現れて……」


「男、ですか?」


「えぇ。その男がなにを思ったのか知りませんが、牢屋の鍵を開けて、俺達を外に出してくれたんです」


 ルーク達は顔を見合わせる。

 奴隷の幽閉場所は誰も知らず、だからこそガジールはそこへたどり着く事が出来なかった。しかし、その助けたという男は牢屋の場所を知っていた。

 ルークはシャルルを押し退け、


「おい、その男ってどんな奴だ。あとお前らがどっから来たか言え」


「え、ええと……」


「そんな脅すみたいな言い方しないでよ。この人だってなにがなんだか分かってないんだから」


「うっせぇ、んなの知るか」


「アンタが出ると話が進まないから引っ込んでて」


 基本的に他人の心中を察する事の出来ない、というかしない男なのである。しかもオロオロしている歯切れの悪い男見て、段々と苛々し始めている始末だ。

 シャルルがルークの肩を押し、ソラが右手を握り、エリミアスが左手を握り、最後にアテナが背後から羽交い締め。ルークは完全に動きを封じられてしまった。


「あの、その男ってどんな人でした?」


「どんな人もなにも、俺達をあそこに閉じ込めた男の一人だよ」


「それって……奴らの仲間?」


「詳しい事は分からないど……いつもくる若い男とは違った。なんと言いますか……頭がボサボサで……」


「っ!! 頭がボサボサって……まさか」


 男の特徴を聞いた瞬間、シャルルが振り返る。

 ルークの知る限り、ボサボサ頭で奴らの仲間、なおかつ奴隷を閉じ込めている場所を知っている人間には一人しか心当たりがない。

 ベルトス、そう呼ばれていた男だ。


「あ、あの! その人どこに行ったか分かりますか!?」


「わ、分かる訳ないだろ! それに知りたくもない! あの男は牢屋の鍵を開けて、『今日から奴隷じゃない』と言って直ぐにどこかへ行ってしまったんだ……それに……」


「それに?」


「多分、あの怪我だと……もう生きていないかもしれない」


「怪我……?」


 男性からはもう関わらないでくれというオーラがひしひしと伝わって来る。彼にとって奴隷商人とは恐怖の象徴で、自由になった今、もう二度とか関わりたくない相手なのだろう。

 しかし、そこへこの男は土足で踏み込む。

 しがみつく三人を引きずって前に出ると、


「おい、今の話詳しく聞かせろ。その男は怪我してたのか?」


「あ、あぁ。俺は顔を合わせていないから詳しくは知らないが、全身血だらけだったよ。立っているのが不思議なくらいに」


「ソイツ以外には誰も来なかったんだな?」


「俺は見てない。血だらけの男が現れて、鍵を開けて、それから直ぐにどこかへ行ってしまった。誰か、会わないといけやい人間がいると言って」


 ベルトスがなぜ怪我をしていたのかは分からない。一昨日、ルークが戦った時にはピンピンしていたし、ルークはまともにダメージを与える事すら出来なかった。となると、なにか他の原因で怪我をしたのか?

 そんな事を考えていると、


「も、もう良いだろ! 俺は家族に会いたいんだ。やっと、やっと手に入れた自由を、君達なんかに邪魔されてたまるか!」


「あ、おい! ちょっと待て!」


 我慢の限界を迎え、男性は叫ぶようにして声を上げると、人混みをかき分けて姿を消してしまった。

 男性がいなくなった事により、ルークはようやく解放。逃げてしまった男に対して舌打ちをし、


「ったく、なにがどうなってやがんだよ。ボサボサ頭ってアイツの事だろ?」


「うん。多分そうだと思う。でもなんでだろ、アイツ私の事……奴隷の事凄く見下してたのに……」


「つか場所聞くの忘れてんじゃん」


「あ」


「あ、じゃねーよ」


 シャルルの間抜けな声に訝しむ視線を向け、ルークは改めて辺りを確認。この中から奴隷を探す事は難しくなく、なんだったら数歩歩けば届く距離にいる。

 とりあえず適当な人間に声をかけようとした時ーー、



「イヤァァァァァァァァァ!!!」



 悲鳴が上がった。

 歓喜の声に包まれていた大通りに一瞬で沈黙が訪れ、その場にいる全員が悲鳴の方へと顔を向ける。

 嫌な予感がしたルーク達は言葉を交わす事なく動き出し、力づくで人の波をかき分けて悲鳴の元へと突き進む。


 しばらく進むと、一ヶ所だけ人混みがはれている場所があった。なにかを囲うように人が立ち、中心で寝そべる男を見つめていた。

 ルークは人混みから飛び出し、人で作られた円の中へと飛び込む。


 そして、


「……よぉ、探したぜ。ったく、こちとら死にかけてんだ、もうちょい見つけやすい場所にいろよな」


「テメェ……なんだよそれ」


「あ? これか? ちょいと喧嘩してな、ボコボコ……つか、身体中穴だらけにされたんだよ」


 男の寝転ぶ地面には、大量の血液が溢れ出していた。男が歩いて来たと思われる方向には点々と血液が垂れており、その姿を見るだけで痛々しさが伝わって来た。

 左目はふさがり、呼吸は小さく、片方の耳は千切れかけている。全身の至るところに小さな穴が見られ、そこから止まる事なく血が流れている。


 しかし、男は笑っていた。

 ルークと会えた事を、心から喜ぶように。


「……最後にお前に会いたかった」


「止めろ、男に言われても気持ちわりぃだけだ」


「だよな、俺も言ってて鳥肌たった」


「なら言うんじゃねぇよ」


「でもな、これは俺の本心だ」


 小さく息をもらし、男はーーベルトスは力なく微笑んだ。

 震える唇が、僅かに動く。


「お前に、勇者であるお前に頼みがある。この町をーーぶっ壊してくれ」



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