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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
七章 精霊の契約
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七章三十九話 『勇気を与える者』



「流石に驚きを隠せないぞ。君は出かける度に怪我をしないと済まないのか?」


「バーカ、だれが好き好んで怪我すんだよ」


「…………」


「止めて、そんな目で見ないで」


 アテナの冷めた瞳を見て、ルークは涙目になりながらそう言った。

 重症を負ったルークとエリミアスだったが、炎の玉を見て駆け付けたアテナ達の手により、とりあえずは大事に至らなかった。とはいえ、腹に穴を開けられて無事な訳がなく、エリミアスは治療をしてソファーで休んでいる。


 今いるのはガジールの営む骨董屋の二階だ。一階が店になっており、二階が寝泊まり出来る空間になっている。この大人数で寝るのは多少無理がありそうな狭さだが、寝床があるだけでもこちらとしてはかなり嬉しい。


 ルークは再びミイラ男になりながら、


「姫さんは大丈夫なのか?」


「あぁ、君の打ち上げた炎のおかげだよ。一応治療はしておいたが、直ぐに、起きるのは無理だろうな。今は休ませておくしかない」


「なるへそ。んで、そこのイライラしてるお前」


 そう言って、ルークはケルトに目を向ける。

 仮面をしているので表情は伺えないが、見ているだけでその怒りが伝わって来た。ギチギチと音を立てて拳を握り、今にも暴れだしそうな雰囲気を漂わせている。


「殺します」


「それだけだと俺を殺そうとしてるみたいに聞こえるから」


「エリミアス様を傷つけた人間を、私は殺します」


「ふざけんな、アイツは俺がぶっ飛ばす」


「私です」


「俺だ」


「まぁまぁ、一旦落ち着け」


 互いに譲る気配のないルークとケルト。

 アテナは呆れながら二人の仲裁に入り、


「ルークも、エリミアスも生きている。今はそれだけで十分だろう。ケルト、エリミアスを守れなかった事に怒りを感じるのは分かる。が、後先考えずに感情で動くのは一人でも手に追えん」


「その一人が誰なのか分からないけど、ソイツ多分バカだろうな」


「あぁ、今のでそれが証明されたよ」


 勿論、そのバカはルークの事である。

 しかし気付いている様子もなく、ルークは身体中に巻き付いた包帯を鬱陶しそうに弄っていた。


「とにかく、なにがあったのか説明してくれ。決戦前にある程度情報をまとめておきたい」


「なにって、桃頭がいて、追い掛けて、追い詰めて、そしたらあのクソ野郎が来て、いきなり撃たれて、んで姫さんが来て、姫さんが撃たれて、今ここにいる」


「凄く分かりやすいのは助かるが、その、もうちょっとだな……」


「説明の仕方がバカっぽい」


「誰がバカだ」


 抽象的な説明に、頭をかいて苦笑するアテナ。

 そこへすかさず隣に座るーー厳密にはルークにくっついて手を握っているソラが空気を読まずに事実を伝えた。ちなみに、目を離すと勝手に消えてしまうので、これからは手を繋いでいる事に決めたようだ。


「他になにか情報は?」


「ない、アイツらの目的もなーんも分からねぇ。でも別に問題ねぇだよ、なにを企んでようがぶっ潰すんだし」


「確かにそうだが、目的が分かっていれば先手をうてる。それに加え、妨害すれば奴らの出鼻を挫く事も出来る」


「んな面倒くせぇ事やってられっかよ」


「私も勇者に同意です。殺してしまえば関係ない」


「まてまて、ちょっと違うから。それだと俺が殺戮者みたいじゃん」


「違うんですか?」


「俺は人を殺さねぇの。死んで終わりなんて甘い結末は絶対に許さねぇ」


 珍しくルークに同意したケルトだったが、ルークは慌ててそれを否定。別に優しさとか同情ではなく、殺して全ての罪が帳消し、なんて甘えをこの男は許さないだけだ。

 自分の罪を悔いて一生悩んで暮らせ、ルークはそういう男なのである。


 アテナは話題をかえようと咳払いをし、


「それで、ティアニーズは?」


「結構きてたみたいだぜ。多分、アイツは自分のせいで姫さんが怪我したって思ってる」


「それも、あの男の狙いか?」


「多分な。理由は分からねぇが、アイツは桃頭に執着してる。ただ仲間に率いれて終わりって感じでもなかった」


「……ますます分からないな。ティアニーズになにか利用価値があるとでも?」


「そういうんじゃねぇと思う。アイツは桃頭を仲間とは思ってない、道具でもねぇ。なんつーか……困らせてぇっつーか」


 ルークも答えを得る事が出来ずにいた。

 これまでの男の行動を考えても、ただティアニーズを仲間にしたいという訳でもないだう。貧民街に火をつけ、わざとエリミアスを狙い、行動の一貫性が見えない。

 ルークが言った通り、ティアニーズを追い込んでいるようだった。


「まぁ、ああいうタイプは理解しようとするだけ無駄だ。理屈ではなく感情で動くタイプ、自分を満たすためだけに周りの全てを利用する人間だ」


「どっかの誰かさんと一緒だなオイ」


「一緒ですね!」


「そこの二人あとで拳骨な」


 会話に参加出来なくて寂しかったのか、盗賊親子が茶々を入れる。ソファーで寝ているエリミアスの看病をしてもらっているが、それが終わったらグーパン決定。


 ソラはルークの手を強く握り、


「それで、どうするんだ?」


「どうするって、なにが?」


「ティアニーズの事だ。貴様の事だから相手の気持ちも考えずに言いたい事を言ったのだろう? なにを言われたかは知らんが、それでも連れ戻すのか?」


「たりめーだろ。もうそこはなにがあっても変わらねぇ。桃頭は連れ戻す、あのクソ野郎はぶん殴る、それで全部解決だ」


「そう上手くはいかんぞ。まさかとは思うが、魔元帥の事を忘れてはいないだろうな?」


「…………」


「分かった、忘れていたんだな」


 ため息とともに、ソラは逸らしたルークの顔を目で追いかける。

 忘れていた訳ではないが、頭からすっぽ抜けていたのである。あの少女と、あのいけすかない悪人のせいだ。


「奴らを倒すのはそう難しくはない。だがそうなれば、必然的に魔元帥とも戦わなくてはならない」


「今まで通りにやりゃ良いだけの話だろ」


「本当に、そう思うか? 今まで通りに戦って勝てると」


「思うわない」


「どっちだバカ者」


 この町に来てから、ルークは負け続きだ。

 今までも潰されかけたり腹をぶった斬られたりと色々怪我をして来たが、この町に来てからはその非ではない。

 背中を燃やされ、ボコボコに殴られ、全身に擦り傷と穴を空けられーーとまぁ、軽く上げるだけでもぶっちぎりである。


 それになによりも、魔元帥は明らかに強くなっている。


「正直に言うが、私は勝てる気がしない。貴様のメンタルの問題もあるだろうが、一度勝ったデストにすらあの様だ」


「うるせ、今回は余裕だっての。どーせ泥操るだけだろ?」


「そのどーせの力で上手いようにやられたのを忘れたのか? それに、貴様が余裕という時はちょっと不安な時だ」


「……エスパーかよ」


 ルークが余裕と口にする時は、自分の中の不安を気合いでねじ伏せようとしている時だ。

 それを簡単に見抜かれ、驚いたように口を開けるルーク。


「でもよ、やるしかねぇだろ。どのみち魔元帥は全部殺す」


「そうだな。勝ち目が薄いとしても、魔元帥を殺せるのはルークとソラしかいない。やってもらわねば困る」


「騎士団の団長が他人任せかよ」


「適材適所というやつだ。その代わり、私達で君の負担を出来るだけ減らす。君が魔元帥との対決に集中出来るようにな」


「から、私がエリミアス様を傷つけた男を殺します」


「それはダメだ。アイツをぶっ飛ばしてから魔元帥を殺す」


「そんか苦労を貴方に強いる事は出来ません」


「なにちょっと優しくなってんだよ。嘘だってバレバレだからな」


 出会い頭にぶん殴られた人間と、ぶん殴った精霊。当たり前の事だが、この二人はあまり仲がよろしくない。

 頑なに譲る気配のないケルトに張り合いながら、


「俺一人じゃ難しいかもしんねぇ……けど」


 少女を救い、ヴィランを倒し、魔元帥を殺す。それに加え、ルークは完全に無視するつもりだが、アテナ達は奴隷の解放も考えてもいる。それは、この町を丸ごと救うのと同義で、この町の奴隷商人を全て敵に回すとの同じだ。


 今までみたいにただ暴れておしまい、なんて簡単な話ではない。やる事が多すぎる。

 とてもじゃないが、ルーク一人で手に追える内容ではない。

 難易度は最高。ルークが一番苦手な、なにかを守るための戦いだ。


 しかし、


「お前らがいれば、まぁなんとかなんだろ」


 一人ではない。

 それだけで十分だった。

 ルークはなにも考えずに言った言葉だが、その場の全員が目を見開いた。


 それもその筈、この男は基本的に人を頼らない。

 やる事は一人で全部やってしまうし、失敗するのが嫌だから他人に任せたりはしない。


 ーーそんなルークが、人を頼りにした。


 アテナな小さく、しかし確実に微笑んだ。

 瞳を閉じ、一瞬だけなにかを味わうように言葉を噛み締める。


「あぁ、任せてもらおうか。騎士団団長アテナ・マイレード、勇者の仲間としてしっかりと働かせてもらう」


「おう、頼んだぜ団長さん」


「仕方ねぇな、俺もこの町のために一肌脱いでやるよオイ」


「ぼ、僕も頑張ります! お頭の育ったこの町を、そしてなりより、この町の人達をこれ以上苦しめる事は許せませんから!」


「おう、お前らも頼んだ」


 口では仕方ないと言いつつも、頼られて嬉しそうにもじもじと体をよじるアンドラ。アキンは勢い良く立ち上がって拳を握り、やる気に満ちた瞳でルークへと目を向けた。

 ソラは鼻息を噴射し、


「私はとうに貴様とともに行くと決めてある。貴様が来るなと言ってもな」


「たりめーだろ、お前は全部が終わるまで逃がさねぇ」


「に、逃がさない……。し、仕方ないな、ちゃんと捕まえておくんだぞ」


 なぜか頬を染めて照れた様子のソラ。

 多分だが、ルークの発言を良いように脳内で変換し、勝手照れて赤くなっているのだろう。


 そう、ルークには仲間がいる。

 今まで意識した事はなかったが、言葉に出して、考えて、ようやくそれに気付く事が出来た。

 一人ではないと。

 そしてその中に、あの少女も含まれていると。


 だから、連れ戻す。絶対に一人になんてさせない。

 自分がなぜあの少女を連れ戻したいのか、自分が少女にどんな感情を向けていたのかに気付けたから。


 緩んだ空気をまとめるようにアテナが口を開く。


「明日は一日休むのだろう?」


「おう、仕掛けるのは明後日だ。そこで全部終わらせる」


「分かった。それまでは魔力を回復させる事に専念する。そんな状態では戦えないだろうからな」


「僕もちょっとだけなら治癒魔法を使えるので、頑張ってルークさんを治します!」


「早くしてくれよ。ミイラ男だと身体中痒くなる」


 風呂に入る訳にはいかないので、一応濡らしたタオルで体を拭いてはいたが、やはり包帯のせいで体が蒸れる。体から血の匂いやら泥の臭いがするので、とっとと終わらせて風呂に入りたいのだ。


 最後の作戦会議が終わり、各々が休む体勢に入り始めた。ここ数日、というかカムトピアを出てからまともに休む事がなかったので、ようやく訪れた至福の時間だ。

 そんな中、ずっと黙りこんでいたシャルルがルークの元へと歩みより、


「ねぇ、ちょっと話がある」


「あ? なに?」


「ここじゃし辛い話なの。それくらい察しなさいよ」


「……愛の告白か?」


「ち、違うわよバカ!!」


 シャルルは感情に任せて手を振り上げたが、流石にミイラ男(背中に穴だらけ)の姿を見てマズイと思ったのか、掌がルークの頬に触れる寸前で止まった。

 風圧で頬をプルプルと揺らしながら、


「し辛いっつっても、俺外出たくねぇぞ?」


「別に無理して引きずりだしたりしないわよ。だから、その……皆には悪いけど……」


「分かった、私達は下でガジールさんの手伝いをしている。終わったら呼んでくれ」


「私はエリミアス様のお側に」


「少しくらいは我慢しろ。エリミアスだっていつまでも子供じゃないんだ」


「……はい」


 過保護のケルトは当たり前のようにエリミアスの側に行こうとしたが、それをアテナが手を引っ張って阻止。名残惜しそうな声を出しつつも、結局はそのまま下の階に引きずられて行ってしまった。

 他の面々もあとに続く中、


「私は残るぞ」


「……うん。ソラって精霊なんでしょ?」


「あぁ、だが普通の精霊ではない、偉大な精霊だ」


「なら大丈夫。アンタにも聞いてほしいから」


 邪魔だと言われてもこの精霊はてこでも動かなかっただろうが、シャルルの言葉を受けて偉そうにない胸をはるソラ。

 残ったのはルーク、ソラ、シャルル、そして寝ているエリミアス。


 ルークが体勢を崩すと、シャルルはその前に座り込んだ。

 そこから、謎の沈黙が続く。

 三分、五分、十分。時計の秒針が動く音だけが部屋に鳴り響く。

 しかし、我慢の限界を迎えたルークは、


「んだよ、いつまで黙ってんだよ。用がねぇなら寝るぞ」


「今言おうとしてたの。アンタが口挟むからタイミング逃した」


「ガキかよお前」


「う、うっさい! 心の準備くらいさせて」


 顔を真っ赤に染めながらブンブンと腕を振り回すシャルル。そこから再び数分間の沈黙ののち、シャルルはゆっくりと唇を動かした。

 顔を上げ、ルークの二つの瞳を見据え、


「……ありがと」


「は?」


「ありがとって言ったの!」


「いや前後の文がねぇから意味分かんねぇぞ」


 普通、こういう場合はとりあえず受けとるべきなのだが、この男は空気を読む力がないーーというよりもわざと読まないようにしているので、そんな気の効いた対応を期待するだけ無駄なのだ。


 肩を上下に激しく揺らしながら、シャルルは再び口を開く。ボソボソと、聞き取り辛い声で。


「貧民街で、アンタが言ってくれた事よ。あの人達に私は弱くないって言ってくれたでしょ」


「そういやそんな事言ったっけな」


「それだけじゃない。アンタの言葉があったから、私は前に進めた。変わりたいって、そう思えた」


「俺はなんもしてねぇだろ。決めたのはお前だし、やったのもお前だ」


「ほんとにもう! なんでアンタは黙ってお礼を受け取れないの! 空気を読みなさい空気を!」


「残念だったな、俺は空気が読めないんじゃなくて読まないんだ」


「なんでドヤ顔すんのよ。まったく……なんでアンタなんかにお礼言わなくちゃいけないんだか……」


 突然偉そうにふんぞり返ったルークだったが、その行動が思ったよりも背中に不可をかけてしまったらしく、ふんぞり返ったまま固まってしまった。

 シャルルはそれを見て吹き出し、


「プッ、アンタって本当に勇者?」


「う、うるせぇ。別に勇者なんて特別なもんじゃねぇだろ」


「確かにね。この国には勇者がいっぱいいる。でもね、その勇者は私を助けてくれなかった。ううん、助けようともしなかった」


「俺は助けてねぇ」


「はいはい、助けてない助けてない。でもアンタがどう思おうが、私が助けられたって事実は変わらないのよ」


 ルークは人を助けない。今までも、これからも。

 しかし、今までルークは何度も誰かを救って来た。ルークの意思は関係なく、助けられた側はその恩を一生忘れる事はないだろう。

 重要なのは助けた人間ではなく、助けられた側の想いなのだ。


「あの腐った生活から私を助けてくれた。絶望に染まって、もうそれで良いやって諦めてた私の心を溶かしてくれた。私は、アンタに救われたのよ」


「気持ちわりぃからやめろ」


「乙女に向かって酷い。そうやって言いたい事言ってるから、ティアニーズは拗ねちゃったんじゃないの?」


「…………んな訳」


「その通りだな」


 ルークが否定しようとした瞬間、横から肯定する声が聞こえた。少女だけではなく、横に座る精霊もその被害者の一人なのだ。


「でも、これだけは断言出来る。きっと、ティアニーズもアンタに救われた筈よ。善意じゃなくて、自分の思うがままに行動してるアンタだからこそ、そんな自分勝手な勇者だから救われる人もいる」


「人間なんてそんなもんだろ」


「そんなもんだけど、普通の人間は出来ないのよ。動く前に考えて、悩んで、それが正解なのか確かめる。それすらないって、はっきり言うけどアンタ異常よ」


「俺にとっちゃこれが普通なんだよ」


「そう、普通だから。普通にしてるアンタだから、私は変わろうと思った。そんな風になれたらって、少しだけ、ほんの少しだけ思ったの」


 何度も言うが、ルークは善人ではない。

 自分が正しいと思った事のためなら平気で他人を傷つけるに、積み上げて来た思いを簡単に踏みにじる。そこに躊躇いはない。それが正しいのだから。


 だが、普通の人間はそうはいかない。

 他人の心に触れて同情し、本当にこれは誰かのためになるのかと考える。そんな当たり前の過程が、この男にはないのだ。

 自由なんて言えば聞こえは良いが、ただ自分勝手なだけである。


「ーー変わる勇気。なんか格好いいじゃん。私にはそんなものなかった、変わるのが怖くて、普通が壊れるのが怖くて、ずっとこのままで良いって本気で思ってた」


「言っとくが、俺がムカついたのはあのハゲだけじゃねぇぞ。そういう事考えて、この世の終わりみてぇな顔してたお前にもムカついてた」


「うん、知ってる。私もそんな自分が嫌いだったから。踏み出す勇気もないくせに、しょうがないって諦めてた。でもね、アンタが勇気をくれたの。私にも出来るって、変われるって思う勇気を」


「俺はなんもしてねぇ」


「してるのよ。アンタが自分をどう思っていても、私はアンタから勇気をもらった。私は勇者の事なんて全然知らないけど……多分、それが勇者にとって一番大事なものなんじゃないかな」


「あ?」


「人に勇気を与えられる存在。それが勇者、それがアンタなの」


 その言葉を聞いて微笑んだのは、ルークの隣に座るソラだった。小さく息を漏らす程度の笑みだったが、表情は確かに和らいでいる。多分、ソラもそう思っていたのだろう。

 この男には、誰かに勇気を与えられる力があると。


「私はアンタから変わる勇気をもらった。ううん、私だけじゃない。ティアニーズだって、エリミアスだって、ソラだって。だから、ありがとう。きっかけをくれて、背中を押してくれてーー本当にありがとう」


 そう言ったシャルルの表情は、ルークが今まで見た彼女の表情の中で一番幸せそうだった。絶望にがんじがらめに縛られ、身動きがとれない状態から解放された。踏み出すために背中を押され、変わるために一歩を踏み出した。

 これが、本来の彼女なのだろう。


 ルークはその笑顔を見つめ、頬を緩めた。

 多分、この笑顔を見るのが好きだった。

 あの少女も、ソラも、エリミアスも、そしてシャルルも。

 本物の笑顔を見るのが、ルークは好きだった。


「しゃーねぇから礼を貰っといてやる」


「うん。そうして」


「んで、話ってそれだけか?」


「あと一つ。ティアニーズの事、絶対に助けなさいよ。あの子は多分、アンタといすぎたせいで違いを見せつけられて、自分が弱いと思いこんでる。だから、アンタが助けるの。言いたい事言って、ティアニーズにも与えてあげなさい。アンタの勇気を」


「言われなくてもそうするっつーの」


「そ、なら良かった」


 そう言って、シャルルは満足そうに頷いた。お互いの笑みが交差しシャルルは立ち上がる。

 それからルークに背を向けると、


「じゃ、私も下でガジールさん手伝って来るから。アンタはちゃんと休みなさいよ」


「へいへい、わーってますよ。休まねぇとコイツがキレるからな」


 ベシベシと乱暴にソラの頭を叩くルーク。

 最初は空いている手で鬱陶しそうに手を払っていたが、最終的には気持ち良さそうに頭を撫でられるのソラだった。

 階段を下りて行こうとするシャルルを見つめ、


「ちょいまち、俺からも一つ」


「ん?」


「お前笑ってる方が可愛いぞ」


「んなーー! う、うっさい! 死ね!」


 最後までシャルルらしく、顔を真っ赤にして逃げるようにドタドタと階段を下りて行った。

 今のはただの嫌がらせだ。一方的に言われるのが気にくわないという、ルークの自己満足。


 ルークはソラの頭を撫でながら、


「ぜってー連れ戻すぞ」


「当たり前だ。私がいるのだから問題はない」


 言っている言葉は格好いいし、本人も格好つけているつもりなのだろうけど、顔はだらしなく緩んでいるソラなのだった。



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