七章三十八話 『同じ痛み』
「悪いな、一思いに心臓を貫いてやれなくて」
男の言葉を聞いた瞬間、肩の痛みを抑えて怒りが身体中を支配した。これで三度目になるが、やはりルークはこの男が嫌いらしい。
なにがとか、どこがとかではなく、生理的に受け付けないというやつだ。
「テメェだけは俺が潰す……!」
「肩から血ィながしてるくせに元気だな。まさか生かされてるって事に気付いてねぇのか?」
「今の一撃で俺を殺さなかった事を後悔しやがれ。倒れて謝んのはテメェの方だ」
男の登場は予想の外だったが、いつかは必ずぶん殴るつもりだったので好都合だ。別に少女を巻き込んだからとかではなく、いつものムカつくからぶっ飛ばしたいーーその対象に男は含まれている。
ルークは止まる事なく流れる血を押さえ、
「かかって来いよ。テメェをぶっ飛ばせばそれでしまいだろ」
「残念だがそうはならない。別に俺がリーダーって訳でもないしな」
「なら他の奴もぶっ飛ばすだけだ。その初めがテメェだ」
「まぁ待てよ、いきなり殺そうとしといてなんだが、今日は話をしに来ただけだ。俺はヴィラン、一応ここの奴隷商人を仕切ってる奴らの一人だ」
「テメェの名前なんざ興味ねぇんだよクソが」
敵意むき出しのルークに対し、ヴィランは余裕綽々の態度を崩さない。すでに致命傷を与えているという余裕の現れなのか、言葉の通りに戦う素振りすら見せない。
そこへ、少女が口を挟んだ。
流れる血を見つめ、ヴィランの腕を掴む。
「なにを……なにしてるんですか!」
「なにがって、仲間を守るためだ。ソイツが俺の大事な大事な仲間を連れ去ろうとしてたからな」
「そんな事思ってもないくせに! あの人は関係ないでしょ!」
「関係なら十分にある。大事な客を殺され、ベルトスをボコられた。もう十分に排除するべき相手なんだよ」
ルークを傷つけられた事がよほど気に入らなかったのか、少女は先ほどまでとは違い、明らかに焦った表情でヴィランに詰め寄る。
その姿からでは、どちらが仲間なのか分かったもんじゃない。
「商売の邪魔されんのは困る。お前だってそうだろ? アイツが邪魔をすればするほど、お前は目的から遠ざかる。力を得るって大事な目的からな」
「だからって……!」
少女と目があった。
多分気付いていないだろうけど、ルークに向けて歩き出していた。しかし数歩進んだのち、ハッとしたように足を止めた。
それを見て、ルークは笑った。
なにも変わっていない。
少女は少女のままだと。
ならば、やる事は一つ。
今まで通りに拳を握り、目の前に立つ気に入らない人間をねじ伏せるのみ。
「引っ込んでろ桃頭。ソイツは俺がやる」
「そんな傷でなに言ってるんですか! あの人は関係ないんです、だからもう攻撃する必要はないんです!」
「んな事言ってもよ、勇者はやる気満々だぜ?」
もはや、少女がどちらの味方なのか分からない状況だった。恐らく、少女本人が一番分かっていないのだろう。
ルークの敵なのか、味方なのか。
理由は分からないが、少女は二つの間で揺れ動いている。
だがしかし、もうそんな事はどうだって良い。なにを言おうが連れ戻すと決めたのだから、あとは横にいるヴィランとかいう男をぶちのめせば全てが解決する。
だから、ルークは立つ。
拳を握り、いつも通りに不敵な笑みを浮かべて。
「退いてろ、テメェを連れ戻すのはあとだ。まずはソイツをやる」
「ダメです! そんな体で……」
「俺とテメェは関係ねぇんだろ? だったら心配なんかしてんじゃねぇ、戦わねぇなら邪魔だから下がってろ」
ザッ!と地面を踏み鳴らし、力の入らない左腕ではなく右の拳を力強く締める。
もう迷う必要なんてない。
やるべき事が、やりたい事が、はっきりと分かるから。
「かかって来いよ、テメェだけはなにがなんでもぶっ飛ばす」
「えらく嫌われちまったなぁ。この女を取られたからか? お前じゃなく、俺を選んだからか?」
「くだらねぇ事言ってんじゃねぇよ。ソイツはもう関係ねぇ、俺はテメェが気に食わねぇから殴るんだ」
「勇者ってのは思ってたより乱暴でがさつなんだな。気に入らないから殴る? ただの頭のおかしい奴じゃんかよ」
「良く言われるよ。でも、俺はこんな俺が大好きだ」
二人の視線が交わり、同時に微笑んだ。
どちらも気持ちの悪い笑みで、人を不快にさせる事のみに特化した笑顔だ。
その笑顔のまま、ルークは走り出した。
真っ正直から挑んだところで勝ち目はない。こちらにはソラという重要な戦力がおらず、このまま突っ込んでも太刀打ち出来ない事は今朝学んでいる。
そう、学んだ。
だが、関係ない。
勝てるとか勝てないじゃなく、この男は好きなようにやる男なのだ
だから、真っ正直から突っ込む。
一直線、最短距離で顔面を殴るために。
「殴りあいは苦手なんだよ。見ろよ、この貧弱な腕。喧嘩なんか今までまともにやった事ねぇんだよ」
腕を振り上げ、ヴィランは自嘲。
しかし、指先に異変があった。手首の辺りから溢れだした泥が指先に集まり、小さな石ころくらいの塊が出来上がる。
直後、小さな泥の塊が消えた。
いや、
「ーーッぶね!」
顔面の真横をなにかが通過した。
本能的に顔を僅かに傾けて直撃は避けたものの、頬をなにかが掠めたのが分かった。
頬に、赤い線が刻まれる。
ヴィランは自らの頬を指先で擦り、
「血ィ出てんぞ」
「これか、俺の肩を貫いたのは」
「でけぇのは無理だが、小さいのなら飛ばせる。威力はお前が一番良く知ってるだろ?」
ルークの肩を貫いたのはこの小石だ。
原理は不明だが、泥を極限まで圧縮し、バカみたいな速度で放つ事が出来るらしい。たとえ小石であろうとも人間の体を貫通する事は容易い。流石は魔元帥の力といったところだろうか。
ルークは頬に伝う血を手の甲で拭き取り、
「くらわなきゃ良いだけの話だろ」
「おいおい、まさか見えてんのか?」
「見えねぇよ、けど避けれた。なら別に問題ねぇだろ」
「なるほど。暴力的でがさつ、その上バカと来た。ティアニーズ、お前も大変だったなぁ、こんなアホの面倒を見て来て」
「誰がアホだ。面倒見て来てやったのは俺だっつーの!」
ヴィランが僅かに視線を逸らした瞬間、ルークは再び突撃を開始。騎士道精神とかは皆無なので、この男の前で隙を見せる方が悪い。
その隙を、ルークは絶対に逃さない。
卑怯だろうがなんだろうが、勝てば良いのである。
ヴィランは再び指先に泥を集め、
「接近戦は不利だな。なら、それ以上近付かれると困る」
「残念だったな、俺は近付いてテメェを殴りたいんだよ!」
超人的な反射神経ーーではなく、ほぼ運任せと言った方が良いだろう。適当に左右に体を振りつつ、飛んで来る泥の塊を回避。
当然の事ながら見えてはいないので、腕や足をかする事もある。が、関係ない。
どのみち殴るしかないのだ。
多少の傷は無視。
ヴィランは少し眉をひそめ、もう片方の手を上げる。
十本の指全てに、手首から溢れだす泥が集まる。
「腕だけじゃ足りないんじゃねぇのか? 足の指も使ったらどうだ!」
「こんな汚い町の地面を素足で歩けるかよ」
塊の数が増える。接近すれば接近するほどに初速度とモロに向かい合う事になる。距離があるならまだしも、放たれる前に動き始めなくては間に合わない。
しかし、ルークは避ける。
かろうじて致命傷を避け、その度に足を一歩前に進める。
こんなものどうって事ない。
元騎士団の魔元帥の剣撃と比べれば、大した速度ではないのだ。
そして、
(あと少し……!)
地面を強く蹴って跳躍し、壁に足をついてさらに加速。
ヴィランの動きが僅かに鈍る。彼自身の身体能力はそこまで高い訳ではないらしく、ルークの瞬間的な動きに対応出来ていないようだった。
拳を握りーー、
「ぐーーがッ!!」
衝撃があった。一つではなく、いくつもの衝撃だ。
そしてそれは正面からではない。
ヴィランは依然として前に立っているが、彼の作る泥の塊は指先で止まっている。
背中だった。背中にいくつもの衝撃ーーなにか礫のようなものが叩きつけられた感覚。
ヴィランはほくそ笑みながら言う。
「本当にバカだな。学習しろ、昨日見ただろ」
ルークは地面に落ちた。自分の体になにが起きたのか理解出来ず、苦痛で声を上げる事すら出来ない。うつ伏せに倒れながら、首だけを動かして振り返る。それから自分の背中に手を回し、触れた掌を見ると、大量の血液で濡れていた。
「その泥は体から離れてもある程度は操れる。昨日見た筈だぞ、お前がぶっ飛ばした泥の破片、それを操作して拘束するのを」
「マジかよ……完璧に忘れてた……」
肩を貫いた時ほどの威力はないが、一つではなく無数の泥のせいでここまでの威力を発揮しているのだろう。それに加え、また背中だ。ほとんど治っているとはいえ、まだ完治と呼べる状態ではない。
ルークは体を引きずりながら立ち上がろうとする。
「うぐ……は……ふざけやがって……」
「お前程度の男に魔元帥が殺されたってのは本当なのか? 俺は強くなんかない、だが、その俺にこの様だ。魔王どころか俺すらも倒れない」
「うる、せぇ……まだまだこれからだっての」
「威勢だけは良いな。そうやって今までも諦めずに立ち向かって来たのか? 精霊がいなけりゃお前なんて雑魚なんだよ。勇者なんて肩書きは精霊がいて初めて得られるものだ。今のお前は勇者じゃない、ただの一般人だ」
左肩、背中。見えてはいないがーーいや、わざと見ないふりをしているが、恐らく出血多量で死ねるレベルなのではないだろうか。
午前中に死にかけ、傷は治ったがその体力はまだ回復していない。万全の状態なら勝てたーーという訳ではないが、明らかに不利過ぎた。
しかし、ルークは立つ。
地面を血で濡らしながら。
「テメェ、なんも分かってねぇんだな。俺が一般人だと? んなの当たり前だろ。ただ勝手に勇者だって名乗ってるだけの一般人だ」
「勇者なんて名乗る人間にロクな奴はいない。自分の力を過信してるバカか、無駄な虚栄心で強がるバカか、周りからちやほやされたいだけのバカ。まぁ、とにかくバカしかいないって事だよ」
「テメェに良い事教えてやるよ。バカって言う方がバカなんだぞ」
子供じみた言葉を口にし、必死に痛みに抗う。こんなもの、今までだって何度も味わって来た。死ぬかもしれないと、何度も思った。けれど、その度にこの男立ち上がって来た。立ち上がり、拳を握り、そして勝利をもぎ取って来た。
それに、
「テメェが勇者をバカにするのは構わねぇ。どーせテメェみてぇのは言っても無駄だろうしな。でも、ムカつくんだよ」
「あ?」
「勇気を振り絞って立ち向かう奴を、勇気を振り絞って立ち上がる奴を、勇気を振り絞って変わろうとする奴を、テメェみてぇなカスがバカにすんじゃねぇよ!!」
ルークは知っている。
諦めずに戦う勇気を。
どんな強敵でも立ち向かう勇気を。
恐怖に打ち勝ち、変わろうとする勇気を。
どれも、自分にはないものだ。
だからこそ思う。本当に、凄いと。
それを、バカにする事だけは許さない。
「俺やテメェはカスだ。けどな、他の奴らは俺達みてぇな人間じゃねぇんだよ! 俺やテメェなんかより何倍も凄くてつえぇんだよ! テメェが、テメェがそれをバカにすんじゃねぇ!!」
以前のルークからは想像も出来ない言葉だった。
他人を尊敬するなんてなかったし、これからもずっとないと思っていた。しかし、周りの人間に触れ、一番身近な人間からそれを教わった。
たとえ強さなんかなくたって、絶対に負けない勇気を。
意思さえ折れなければ、絶対に負ける事はないと。
「テメェは俺がぶっ飛ばす。テメェごとき俺で十分なんだよ」
ヴィランの表情が曇った。
先ほどまでの人をバカにしたような笑みは失せ、今はルークに怒りを覚えているようだ。
「なにを言い出すかと思えば、その体でなにが出来る? まともに動く事も出来ないだろ。これからお前を殺すのに十秒もかからない」
「やってみろや。吠えずらかかせてやるよ」
強がりだと分かっていながら、ルークは強気な姿勢を崩さない。
ヴィランの無表情のままゆっくりと手を上げーー、
「もう、止めてください」
ヴィランの前に少女が立ち塞がった。
ルークに背を向け、静かな声でそう言った。
「退け、ソイツは今殺しておかないと厄介だ。精霊を連れて仕返しに来られても困る」
「この人は関係ないと言った筈です。貴方達がなにを目論んでいるのかは知りませんけど、あの人に止められるような事なんですか?」
「いや、無理だろうな。だが安心を得るには必要な事だ。一切の余念をなくし、確実に目的を達成するには邪魔な存在だ」
「私が、その計画に協力します。そうすれば、成功する確率はもっと上りますよね」
「なに言ってんだテメェ……!」
勝手に話を進める少女に手を伸ばすが、ルークの手が届く事はない。足を前に出すだけで痛みが爆発し、それ以上動けば死ぬと本能が告げる。
少女はこちらに顔を向ける気配すらない。
「確かにそれなら問題はねぇかもな。けど良いのか? 人は殺さないんだろ? 薬は売らないんだろ?」
「やります。どうせもう戻れない、私は犯罪者ですから。だから、こうなったらとことん進むだけです。光が見えなくなる場所まで」
「……分かった。なら見逃してやる」
「ふざけんな! 勝手に終わらせてんじゃねぇぞ!」
ヴィランの笑みを見て、ルークは全てを確信した。
あの男はルークを見てすらいない。理由は不明だが、少女をあちら側まで、引き返す事の出来ない場所まで連れ込もうとしている。
初めから、ルークを殺す気なんてなかった。
少女の言葉を引き出すためだけに、こんな大袈裟な事までやってのけだのだ。
「退いてろ桃頭。ソイツだけは俺がやらねぇと気がすまねぇんだよ」
「勝てないですよ。ソラさんがいないんじゃ、貴方は戦う事すら出来ない。弱いんです」
「関係ねぇんだよ! 強いとか弱いとか、俺はソイツがムカつくから戦ってんだ」
「……そういうところ、直した方が良いですよ。無駄に怪我をするだけなので」
少女は背を向けたまま淡々と語る。
言葉だけでは感情が分からず、ルークの中にあった怒りが段々と静まって行く。
「行きましょう。この人に構ってる時間はありません」
「そうだな。……だが」
背を向けたままその場から去ろうとする少女。しかし、ヴィランは動かなかった。それどころか、再び奇妙な笑みで表情が満たされる。思わず鳥肌が立った。全身を寒気が襲い、血の気が引いて行く。
ヴィランが、腕を上げる。
「やっぱ殺そうか」
そこで、ルークは気付いた。
ヴィランはこちらを見ていない。
なにか別の、ルークの背後を見ていた。
無意識に、首が動いた。嫌な予感が頭を埋めつくしたが、意思とは反して体が動く。
「ーーーー」
エリミアスだった。
血相を変え、一直線にこちらへと走って来ていた。
その瞬間、ルークはーー少女が動いた。
少女はエリミアスの存在に気付いていない。
ただ、ルークを守るために動いたのだ。
「やめて!!」
これは、運命のいたずらではない。
エリミアスがここへ来る事を予想していた訳ではないだろうが、ヴィランは走るエリミアスの姿を見て瞬時に弾き出したのだ。
この状況で、もっとも少女を追い込む方法を。
少女の手が、ヴィランの手を弾く。
放たれた泥の塊は軌道が逸れ、ルークの真横を通過する。
真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに進みーーエリミアスの腹部を貫いた。
「ーーえ」
少女が声を上げた。間一髪でルークには当たらずに済んだーーその安心感から一瞬だけ頬が緩んだが、その背後で腹から血を流す少女を見て。
大きく、瞳が揺れた。
「ク、ソォォ!!」
ルークは駆け出した。身体中に力を入れた瞬間、ブシュッ!と傷口から血液が飛び散る音が聞こえたが、それを無視して走り出す。
なにが起きたか分からず、前のめりに倒れるエリミアスの下に滑り込み、その華奢な体をギリギリで受け止めた。
「いッ……おい、なんでここにいんだよ!」
「ルーク……さま」
そんなの、ルークを探しに来たに決まっている。そう、少女は言いたかったのだろう。
しかし、言葉が続かない。
肩を揺さぶって必死に息を吸い込もうとしているが、その顔色が次第に青ざめて行く。ぐったりと重くなった少女の体を地面に寝かせ、ルークは腹の傷に手を当てる。
それを見て、少女は震える声で呟く。
「そん、な……私」
「あーあ、狙いが外れちまったなぁ」
あっけらかんとした様子で、白々しい嘘をつくヴィランの声が耳に入った。
ルークはエリミアスの腹を押さえながら、ヴィランに目を向ける。
怒りだった。いまだかつてないほどの怒りが、ルークの体を支配していた。
「テメェ……なにやってんだ!!」
「違う……私は、そんなつもりじゃ……」
多分、少女は勘違いしている。
ルークの叫びが自分に向けられたものだと、自分が邪魔さえしなければ、エリミアスが傷つく事はなかったと。
違う。たとえ手を出さなくとも、ヴィランの一撃はエリミアスを貫いていた。全てを見越した上で、そうなるように仕向けたのだ。
泥を放つ瞬間の笑顔を、ルークは見ていたのだから。
「やっちまったなぁ、まさか姫様がいきなり現れるとは。でも気にすんな、お前がやった訳じゃない。泥を放ったのは俺だ、たとえお前が狙いを逸らしたとしても、な」
「……違う、違う、違う、私はこんな事」
今の少女にはなにを言ったところで届かない。自分の守りたい人を自分の手で傷つけた、そう思いこんでしまっているのだ。
瞳が揺れ、フラフラと今にも倒れそうになっていた。
ヴィランは少女の肩に触れ、
「行くぞ、人が集まって来たら面倒だ。大丈夫、心配すんな、アイツは勇者なんたろ? だったら任せとけば良いんだよ」
「……なんで」
放心状態の少女の手を引き、ヴィランはその場を去って行く。
ルークは一瞬だけ追い掛けようとしたが、自分の横で苦しそうに息を吐くエリミアスを見て、奥歯を噛み締めてその気持ちをなんとか抑えこんだ。
その代わりに、
「必ずぶっ潰す。テメェも、テメェの組織もだ。顔洗って待ってろ」
「そりゃ楽しみだ。顔洗って待つ事にするよ」
その言葉を最後に、二人はルークの前から姿を消した。
自分を落ち着けるように息を吸い、それから改めてエリミアスへと目を向ける。腹部から大量の血が流れており、放っておけばまず間違いなく出血多量でお陀仏だ。
医療に関してまったく疎いルークでは、応急措置の方法すら分からない。
なので、とりあえず上着を脱いだ。
自分の血で真っ赤になった服を丸め、
「ったく、なにやってんだお前は」
「えへへ、ルーク様が心配だったので、探しに来てしまいました……」
「他の奴らはどうした」
「実は、私も迷子になってしまったのです。本当は皆さんと一緒に探していたのですが……気付いたらどなたもいなくて」
「迷子探しに行って迷子かよ」
丸めた服をエリミアスの腹に押しあて、とりあえず出血を止めようとする。エリミアスは僅かに顔をしかめ、
「う……痛いのです」
「我慢しろ、死ぬよかマシだろ」
「ですが、ルーク様は大丈夫なのですか? 私よりも大怪我を……」
「俺のは舐めときゃ治る。つか黙ってろ」
適当に言うと、エリミアスは顔を逸らした。ルークは気付いていないが、多分ルークの裸を見るのが恥ずかしかったのだろう。
騒がしかった路地に、静寂が訪れる。
「凄く、痛いのです。ルーク様は、皆さんはいつもこのような痛みの中で戦ってこられたのですね……」
「いてぇだろ、俺なんかこの町に来てからずっとこんなんだぞ」
「でも、少し嬉しいのです。やっと、皆さんと同じ痛みを知る事が出来ました」
「お前頭おかしいだろ。それかドMのどっちかだ」
「ドM?」
「……なんでもねぇ」
こんな幼い純粋無垢な少女に、SMプレイやらなんやらの知識を叩きこむのは流石に気が引ける。
ルークは疲れを吐き出すように肩を下ろし、
「心配すんな、もうすぐアイツらが来る」
「はい。ルーク様は、心配してくださっているのですか?」
「たりめーだろ。お前が死んだら俺がバシレのおっさんに殺される」
「お父様、きっとものすごく怒りますね」
悪戯っぽく微笑み、エリミアスは大きく深呼吸をした。健気に心配かけまいと振る舞っているようだが、いつものような笑顔はそこにはない。触れただけでも、簡単に壊れてしまいそうな状態だった。
ルークはエリミアスを見つめ口角を上げる。
「アイツは、桃頭は俺が必ず連れ戻す」
「はい。ルーク様になら出来ます。だから、お願いします」
「おう、任せとけ」
ルークの言葉を聞いて満足げに頷くと、エリミアスは静かに目を閉じた。小さな寝息だけが辺りに響き、ルークは空を見上げて手を伸ばす。
右の手首にある魔道具。それを使って空に火の玉を放つ。
「必ず、必ず連れ戻す」
若干怒り気味のソラ達がやって来たのは、それから数分後になる。