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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
七章 精霊の契約
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七章三十六話 『エンカウント』



 ティアニーズが立ち去ったあと、ベルトスは不機嫌ーーいや、少し苛立った様子で立ち上がった。

 酔っている気配はなく、ほんのりと赤かった頬も元に戻っている。


「おい、エリミアスってのは確かこの国の姫様だよな?」


「あぁ、アイツらと一緒にいるらしいぞ」


「ソイツを殺すのは俺達の目的になんか関係あるのか?」


「いや、まったくねぇ」


 表情を変えずにヴィランは言う。

 そんな事だろうとは思っていたが、ベルトスは眉をつり上げる。この男のこういうところが、ベルトスは大ッ嫌いだった。


「ならなんであんな事言った?」


「理由なんてねぇよ」


「……は?」


「あんなガキ殺したところで俺達の計画にはなんの影響もない。いずれこの国をしょって立つって意味じゃ早めに潰すべきなのかもしれねぇが……物事には順序ってものがある」


「だったらなんでだ。そんな意味のねぇ事に時間割いてる余裕あんのかよ」


 ベルトスとヴィランはまだ出会って三年ほどだ。

 この町の奴隷商人を仕切っていた男をヴィランが殺し、その男の下についていたベルトスは、なんとなく流れで今もこうして付き合っている。だから、恩義もクソもない。

 なんなら、上司を殺した敵でもある。


 しかし、復讐しようとは思わない。

 金さえ手に入るのなら、たとえ相手が子供だろうが老人だろうが、魔元帥だろうがなんだって良いのだ。

 どれだけ善人でも、どれだけ悪人でも。

 金さえ、手に入るのなら。


 ヴィランはベルトスに目を向けず、


「仲間を自分の手で殺す時ってよ、人はどんな顔するんだろォな」


「……なに言ってやがんだ」


「自分の大事な人間を自分の手で殺す。撲殺でも絞殺でも刺殺でもなんでも良い、そういう時って、人はどんな顔するんだろうな……」


「…………」


 すでにベルトスの言葉は届いていない。

 彼はこういうところがある。

 なにを考えているのかは分からないが、頭の中でクソッタレな妄想を繰り広げ、誰に言うでもなく独りで呟き、気持ちの悪い笑みを浮かべる時が。


「きっとよ、すげぇ綺麗なんだろうな。見ただけでイッちまうくらいに、身体中が震え上がるほどに……楽しい顔なんだろうなァ」


「…………」


「考えただけで興奮しちまうんだ。あの女の顔がどうなるのか……」


「テメェ、なに考えてやがる」


「俺はただ見たいだけなんだよ。人が絶望するその瞬間を、なにも出来ずに地面を這いつくばる様を。あの女なら、俺を満たしてくれるかもしれねぇ」


 ベルトスは思う。

 心底この男は気持ち悪いと。

 金が欲しい訳でもない、女が欲しい訳でもない、力が欲しい訳でもない。この男の欲するものがなんなのか、未だに分かっていない。


 普通の人間ならある筈の、行動原理がまったく見えないのだ。

 だから、気味が悪い。

 この男の欲望がどうしたら満たされるのか、それが分からないから。


「別にお前がなにをしようが俺には関係ねぇ。けどな、計画に支障が出るようなマネだけはすんなよ」


「あぁ、それなんだけどな、ちょっと変更しようと思う」


「は? 今さら変更だと?」


「大きな変更点はない。ただちょっと、結末をいじくるだけだ」


 先ほどの気持ち悪い笑みは消え、ヴィランはいつもの表情に戻っていた。しかし、なにがいつもの表情なのかそれもあやふやだ。

 恐らく、あの狂気に満ちた顔こそが、彼の普通なのだろう。


「計画通りなら、町を絶望のどん底に突き落として、それから俺達希望が登場する予定だったろ? それを変えるんだ。希望はーー現れない」


 ヴィランは口角を上げる。

 この部屋の誰を見ている訳ではない。

 どこか、誰か、なにかを見ている。


「この町の奴らには絶望のまま生きてもらう。自由もなにもない生活、俺達が全てを管理するんだ。俺達の国を、ここに創る」


「……上手くいくのか?」


「いくさ、もう準備は整ってる。勇者だろうが精霊だろうが関係ない。なにもかもを飲み込んでやるんだ……!」


 その先になにがあるのか、ベルトスには分からない。

 多分だが、この男は国が欲しいなんて思っちゃいない。管理などと言ってはいるが、数日立てば飽きて捨ててしまうだろう。


「なぁ、ベルトス、ロイ、カスト。この町が滅茶苦茶になった時よ、町の奴らはどんな顔をすると思う? 全員の顔色がきっと、綺麗な絶望に染まるんだろうなァ」


 彼の目的はこれだ。

 ただ人の苦しむ顔が見たいから、苦痛に満ちた声が聞きたいから、そんなくだらない理由で町一つを滅ぼそうとしている。

 いや、そのためなら、この男は国だって本気で壊しに行くかもしれない。


 ベルトスはヴィランを見つめる。

 怒りを通りこして、哀れだと思っていた。


「計画の変更は把握した。でもなヴィラン、テメェに一つだけ言っておく」


「なんだ?」


「テメェはボスじゃねぇ。計画を変更するのは構わねぇが、テメェの独断ってのが気に入らねぇ。ちゃんと前もって報告しろ」


「分かってるよ。俺達は対等、ボスはいない。殺しちまったからな」


「……悪いな、ついでにもう一つ」


 ニヤニヤと微笑むヴィランとは対象的に、ベルトスは静かに呟く。明確な怒りと殺意を言葉に乗せ、


「あんま調子に乗んじゃねぇぞ。余裕ぶって高見の見物してるつもりなんだろうが、そんなんだと足元すくわれるぞ」


「肝にめいじておくよ。俺はお前みたいになりたくないからな」


「……金はしっかりもらうぞ」


 ヴィランの飄々とした態度に、ベルトスは強く言う事を諦めた。聞いてなんかいないだろうし、たとえ聞いていたとしてもこの男は考えを改めたりしない。

 なにを言っても無駄なのだ。


「計画の実行は明後日。俺はそれまでここには来ねぇぞ」


「あぁ、しっかりと休んでおいてくれ」


 最後まで苛々が晴れる事はなく、ベルトスはソファーを蹴り飛ばしてその場をあとにした。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




『ーーエリミアス・レイ・アストを殺せ』


 その言葉が、ティアニーズの頭を埋め尽くしていた。

 無理だと言えば良かったのに。

 出来ると言えば良かったのに。

 否定も肯定も出来なかった


 藁の上に寝転びながら、ティアニーズは天井を見つめる。

 口が勝手に動いた。

 言葉が、勝手にこぼれ落ちる。


「出来る訳……ないよ」


 ティアニーズが守りたい人間は、なにもあの青年だけではない。自分の知る人間全てに笑っていてほしいのだ。誰一人傷ついてほしくないのだ。

 だから、殺すなんて選択肢はない。

 ない、筈なのに。


「なんで、悩んでるんだろ……」


 今のティアニーズは正常な判断を下せない。心も頭もぐちゃぐちゃにかき回され、なにが間違いでなにが正しいのかすら分からなくなっていた。

 自分を友達と言った少女の顔が、頭を過る。


「……選べないよ」


 このまま力を得る事に失敗すれば、あの青年はまた傷つく事になる。

 しかし、力を得るためには守りたい人を自分の手で殺さなければならない。

 二つに一つ。

 植えた種から芽が出るまで待っている余裕なんかない。


 けれど、ティアニーズは選べずにいた。

 当たり前だ。どちらも大事で、どちらも守りたい人なのだから。

 片方を捨てて片方を得る。言葉で言えば簡単なのかもしれないが、十六歳の少女にそんな決断下せる筈がなかった。


「結局、中途半端だな……」

 

 ティアニーズの覚悟なんて、こんなものでしかない。

 大事な人と決別して、背中を向けて、それでも力を得ると決めた筈なのに、踏み出す事を今も躊躇っている。


 もし、自分があの青年ならどんな答えを出すのか。

 挙げ句の果てにはそんな事を考えてしまっていた。


「ほんと、情けないな。どこまで行っても、私は私のまま……」


 選べないのなら考えなければ良い。

 そんな悪魔の囁きすら聞こえてくる始末だ。

 それは逃げるのとなにも変わらない。


 それでは今までとなにも変わらない。

 そんな自分が嫌でここへ来たのに、強い自分に、誰かに誇れる自分になりたかったのに。

 一歩が、あまりにも遠すぎた。


「……姫様は殺せない。絶対に、それだけは嫌だ。今さら綺麗事を言うつもりなんかないけど……」


 ティアニーズの植えた種が誰かを不幸にするかもしれない。けれど、それは別に良いと思っていた。

 それなのに、自分の知る人間には笑顔でいてほしい。

 どこまでも、どこまでも、ティアニーズは自分の事しか考えていない。


 愚かで醜くて、これが人間の本質なのかもしれいが、そんな自分がどうしようもなく許せなかった。


「どうすれば良いんだろうな……」


 ゴロゴロと藁の上を転がりながら、卯なり声を上げる。そんな事をしてもなにも変わらない。答えが遠くへ行ってしまうだけだ。


 そんな時、


「よぉ、悩んでるみてぇだな」


 扉を開いてやって来たのは、ベルトスだった。どうやら酔っぱらっているらしく、離れた距離でも酒の嫌な臭いが鼻を刺激する。


「……なんの用ですか」


「いやよ、ちょっとだけ話がしたかっただけだ」


「貴方達と話す事なんか一つもありません」


「そうかたい事言うなっての。別に嫌みを言いに来た訳でもねぇんだしよ」


 辛辣な言葉と冷めた態度も気にせず、ベルトスはフラフラとよろめきながら藁に向かってダイブ。

 ティアニーズは慌てて飛び起きてそれをかわすと、藁まみれになったベルトスの頭がはえて来た。


「お前、もしかして殺すつもりか?」


「いえ、たとえ力を得るためでも、私は人を殺したくはありません」


「……そうか、なら良いんだけどよ」


 ティアニーズの真っ直ぐな瞳を見つめ、ベルトスは独りで何度も頷く。頭についた藁を鬱陶しそうに一本一本指でつまみながら、


「お前に忠告してやろうと思ってよ。ヴィランには気をつけろ、アイツはなに考えてるのかまったく分からねぇ」


「元々信用なんかしていません。力を得るまでの関係ですから」


「そういう問題じゃねぇんだよ。アイツと関わっちまった時点で、お前はすでに手遅れだ」


 真っ赤な顔で信憑性の欠片もないが、ベルトスの声は静かだった。別にティアニーズの事を心配してる訳ではないのだろうけど、ヴィランを本気で警戒しているようだ。

 ティアニーズはその場で正座し、


「手遅れなのは言われなくても分かってます。もう、私には居場所なんてありませんから」


「バーカ、居場所なんてのは自分で決めるもんなんだよ。良い事教えてやる、あの勇者、お前の事心配してたぞ」


「……そんな訳ありません」


「いやいやマジだって。でなけりゃ俺負けてたしよ」

 

「あり得ません」


「いやーー」


「あり得ません」


 食いぎみに反論すると、ベルトスは肩をすぼめてシュンとしてしまった。

 だが、断言出来る。あの男は他人を心配するような良心は持ち合わせていないと。

 あるとすれば、この戦いに巻き込んでしまった自分へとの恨み。なにがどう転んだとしても、心配なんてあり得ない。


「アイツおもしれぇよな、俺が今まで出会った人間の中でダントツだ」


「面白くないです」


「……あのよ、一つ聞いても良いか?」


「人に質問する時は勝手にするべきだと思います」


「なら遠慮なく。ーーお前、アイツの事好きなの?」


 時間が止まった。

 身体中の筋肉が硬直し、息をする事さえ忘れた。

 だが、なぜか胸の辺りが熱い。その熱が段々と上にあがり、最後には顔に到達。顔面を深紅に染めながら、


「そ、そそそそそそんな訳ないでしょ!」


「あらら、当たりかよ」


「違うって言ってるじゃないですか!」


「顔に書いてあんぞ。大好き、愛してるって」


「か、書いてないもん! あっても直ぐに消します!」


 心音がうるさかった。

 それでなくても意思とは反して顔が真っ赤になっているのだから、もうバレバレである。というか、逆にここまで分かりやすい人間は珍しいのではないだろうか。


 ベルトスはニヤニヤと笑い、


「なるほどね、だからお前は力が欲しいのか。アイツを守れる力が」


「好きじゃないですけど、好きじゃないですけど! 理由はそうです」


 大事な事なので二回言いました。

 しかしまぁ、それが裏目に出てるとはまったく気付かないティアニーズなのである。


「止めとけ止めとけ、アイツは誰かに守られるような奴じゃない。放って置いても勝手に突っ走って進み続けるようなタイプだろ」


「はい。初めて会った時からそうでした。人の話も聞かない、待っててって言ってもどこか行くし、その上迷子になっても認めないし……なのに、肝心な時にはいつもいる」


「そこに惚れたのか?」


「違う!」


 完全におもちゃである。

 ティアニーズは気付いていないが、彼女の頬は緩んでいる。ただあの青年の話をしているだけなのに、青年とともに歩んで来た旅路が鮮明に頭を過ったからだ。

 全て、なに一つ欠ける事なく、ティアニーズの記憶に刻まれていた。


「好きとかそういうのじゃないんです……。ただ、憧れたんです。自分のやりたいようにやって、そこに迷いがなくて……私には、どう頑張っても真似出来ません」


「当たり前だろ。自分のやりたい事だけやってる人間の方が珍しいぞ。普通は疑問に思う、これで良いのか? これが正解なのか? ってな。理性ってやつだな」


「はい、それが普通です。けど、あの人は違う。誰になんと言われても曲がる事ない、自分の信念を、進むべき道を、誰に言われずとも分かっている人なんです」


 初めはーーいや、今もクズなのは変わらないが、出会った当初は人間の中でも群を抜いてクズだと思っていた。

 だがあの時、初めて魔元帥と戦った時、ティアニーズはただのクズではないと気付いた。


 自分の昇進のために利用していると知っても、あの男の態度が変わる事はなかった。力を得るために関係のない青年を巻き込んだと知っても、やはりなにも変わらなかった。

 ティアニーズの汚い部分を見ても、あの勇者は普通だったのだ。


 それが当たり前だとても言いたげに。

 自分の考えをぶつけて来ただけだった。


「私にはないんです。父のようになりたいという願いで騎士団に入って……けど、それは借り物でしかない。私自身が本当に進むべき道がなんなのか、私は分からないんです」


「だからアイツに憧れた、と。アイツみてぇになりたくて、アイツのあとを追い掛けてればそれが見つかるかもしれねぇって」


「はい」


「とんでもねぇ自己中野郎だな。アイツに全部ぶん投げてるだけじゃねぇか」


「そんな事、私が一番良く分かっています」


 結果的に勇者になったとはいえ、出会った当初は一般人だった。それを過酷な戦いに巻き込み、その上自分の進む道を彼に探してらおうとしている。

 そのくせに守りたいなんて、どの口が言えるのだろうか。


 しかし、それでも、傷ついてほしくなかった。

 自分勝手な願いだと分かっていても。


「私は特別な人間じゃないんです。特別な人間に頼りたくなるのは、期待してしまうのはおかしい事ですか?」


「……いんや、なんもおかしくねぇ。俺も人の事言えねぇしよ」


 一瞬、ベルトスの表情が曇った。

 しかし次の瞬間には笑顔に戻り、


「お前の悩みは分からねぇ。俺は金のために生きてる。生きるために金が欲しいんだ」


「関係のない人間を巻き込んだとしても、ですか」


「あぁ、他人がどうなろうが俺は知らない。世の中金なんだよ、金さえありゃなんでも出来る」


「お金では解決出来ない事もあります」


「そうだな。でも、金で解決出来る事の方が多い」


 ベルトスは頭についていた藁を全て取り終えると、よろめきながら立ち上がった。身体中から藁をはやしたボサボサ頭の酔っ払い。なんとも異様な光景である。

 ベルトスはティアニーズの鼻先に人差し指を向け、


「俺はお前の悩みを理解する事は出来ない。自分の進む道なんて曖昧なものに時間を使うなんてバカらしいからな」


「だったら放っといてください」


「だから、俺が言える事は一つ。お前はお前だ。誰に頼ったって、なにを言われたって、結局最後に決めるのは自分なんだよ。それが正解か不正解か決めるのも、誰でもないお前自身なんだよ」


「……私が、決める」


「だからよ、人に甘えんな。成し遂げたい事があるなら、欲しいものがあるなら、みっともなく足掻いて勝ち取れ」


「無理ですよ。私の欲しいものは、どれだけ手を伸ばしても届かないんです……」


 手を伸ばした。足を踏み出した。

 それでも、それでも指先すらかする事はなかった。

 だから、ティアニーズは方法を変えたのだ。

 勝ち取るのではなく、与えてもらう方法に。


 そんなティアニーズに、ベルトスは言う。

 鼻先に向けていた人差し指を戻し、開いた掌をティアニーズの頭に乗せ、


「なら、諦めろ。諦めて違う道を探せ。手を伸ばしても無理なら足を伸ばせ。それでも無理なら棒でも拾って来い」


「なんですかそれ。あと、気安く触らないでください」


「ようするに、暴力だけが力じゃねぇって事だよ。お前は俺達とは違う。俺達クソ野郎にはないものを、本当の力を、お前は得るべきだ」


「それじゃダメなんです。純粋な暴力じゃないと、私の大事な人達を守れないんです」


「確かにな。この世界は強い奴が特するように出来てる。けどよ、多分それは一時的なもんでしかねぇ。最後の最後に笑うのは、きっと暴力じゃない強さを持つ人間だ」


 頭に乗っかっていた手の感触が消える。

 撫でるというより、本当に手を置いただけだった。

 ベルトスはティアニーズの横を通り過ぎ、


「お前はお前だ。お前の道はお前にしか決められない。それだけを理解してりゃ、あとはなんとかなんだろ。あの勇者を間近で見て来たんだろうしよ」


 言葉を返す事が出来なかった。

 それは綺麗事でしかない。形のない優しさなんて力では、意思の強さなんかでは、守りたい人を誰も守れやしない。

 それを、ティアニーズは痛いほどに感じさせられた。


 ベルトスは扉に手をかけ、最後にこう言った。


「見せてくれよ。絶望を払う希望の力ってやつを。お前なら、お前とアイツなら、それが出来るって俺は思うぜ」


 結局なにをしに来たのかは分からないが、ベルトスはそれだけ言ってどこかへ行ってしまった。

 本当に、本当になにをしに来たのだろうか。

 悩みはなに一つ解決していないし、むしろ増えた上にぐちゃぐちゃにかき回して行ってしまった。


 ティアニーズは扉を見つめ、小さく息を吐いた。

 すると、再び扉が開いた。


「なんですか、まだ言い残した事でもーー」


 そこで、言葉が途切れた。

 予想外という言葉は、今この瞬間のために生まれてきたのではないか。

 そう思うほどに、ティアニーズにとってそれは予想外だった。


「へ」


 変な声が出てしまうのも無理はない。

 だって、扉を開けたのはベルトスではない。

 ヴィランでもロイでもカストリーダでもない。


 ティアニーズが、今一番会いたくない人だった。


 青年はいつもの表情で言う。


「……あ? なにしてんだテメェ」


 その声も、悪い目付きも、なにもかもをティアニーズは知っている。

 忘れたくても忘れられない男。


 ーー勇者が、そこに立っていた。



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