二章五話 『やれば出来る子勇者の子』
服屋の店員の話を聞くに、ここ数ヵ月で数十人が剣狩りに襲われているらしい。中には命を落とした人間もおり、憲兵は総力を上げて探しているという話だ。
襲われる人間に変わった共通点などはなく、剣を持っているかどうかだけ。
人数は不明で、人により話が違う。五人だったり二人だったり、恐らく組織的なもので事件を起こしているのだろう。
目的は剣を売りさばいて金を儲けるとの事だが、これは店員の推測である。
「王都に行く前に手柄の一つでも上げれば、貴方が勇者だという信憑性も上がります」
「上げたくない。死刑じゃなけりゃ何でも良いっての」
服屋を後にした二人は、町の中心にある噴水広場へとやって来ていた。ここなら人が集まるし、有益な情報も集まると考えての行動だ。
ベンチに座り、人混みを眺めて作戦会議を始める。
「幸い、私達は剣を持っています。なので襲われる可能性は十分にあります。ルークさんに限っては勇者の剣を持っているので、見る人が見れば分かると思います」
「何が幸いだ。何も嬉しくねぇよ、俺もしかしたら襲われちゃうじゃん。つか、下手したら昨日の内に襲われてた可能性だってあったじゃん」
「確かに、その可能性もありましたね。というか、貴方が襲われて捕まえてれば全部解決してたのに」
「無茶言うんじゃねぇよ、一般人を囮に使うな」
「勇者のくせに」
「男のくせにみたいに言うな。あと勇者じゃねぇ」
とまぁ、何時も通りに話は逸れ、飽きずに言い合いを始める二人。
実際、ルークが昨日晩に捕らえてれば事件は無事解決していたが、相手が複数で動いている以上、いくら勇者といえど捕らえられるかは微妙なところだっただろう。
「場所も年齢も性別もバラバラ。昼間から犯行に及んでいるとは考えにくい……探すとしても、どこから行きます?」
「無理だな。広いし、二人でどうにか出来る問題でもねぇだろ。仮に運良く見つかったとして、捕まえられるかすら怪しい」
「直ぐに諦めないで下さい。私と貴方なら捕まえられますよ、大丈夫です」
「知ってるか? 根拠のない大丈夫って言葉は何よりも不安を煽るんだぜ?」
「大丈夫なものは大丈夫なんです。それより、早速行きましょう」
減らず口の尽きないルークにため息をつくと、ティアニーズは立ち上がる。子供のように『えー』と駄々をこねるルークだったが、結局は腕を掴まれて強制的に出動。
宛はないけれど、二人は広場を後にした。
始めに訪れたのは、店員から聞いた一番最初に人が教われた場所だ。特に変わった所のない民家が並ぶ住宅街で、人目や音を気にするならこんな場所は選ばないだろう。
「どうしてこんな場所で襲ったと思います?」
「知らん、気分だろ」
「真面目に考えて下さい。先ほども言ったように、これは貴方が勇者である信憑性を上げるためでもあるんですから」
「はいはい。……バレても問題ないと思ったからじゃねぇの? 絶対に逃げ切れる自信があったか、見た奴は全員殺すつもりだったか……どちらにせよ、自信過剰な奴らなんだろ」
「どうしてですか?」
「どうしてって、普通に考えれば剣を奪うのは売って金を作るためだ。盗賊なのか何なのか知らねぇけど、これだけ大事になってんのにまだこの町に居るんだろ? 俺なら拠点を他の町に移す」
真面目に考えている事に驚いたのか、ティアニーズは感心したように頷く。別段推理力に長けている訳ではないけれど、やる時はやる子なのである。
ティアニーズの様子を見て、少し調子に乗ったようにドヤ顔へと変化。
「まぁ、町を出ない理由は二つ考えられる。自信過剰なのか、それともこの町でしか出来ないのか。もしかしたら、高く買ってくれる奴が居るのかもな」
「なるほど、では、次に襲う場所はどこだと思います?」
「知らん、今のだって俺の勝手な推測だ。全然違う可能性だってある」
「仕方ないですね、手当たり次第に町を歩いてみましょう」
「ゼッテーやだ。そんな効率悪い事してられっかよ」
いくら小さな町と言っても、歩いて回れるほどの規模ではなく、あくまでも国全体から見ればの話だ。それを宛もなく歩くなど効率が悪すぎる。
無駄に体力と時間を消費するだけだろう。
「剣が狙いなんだろ? だったら鍛冶屋とか狙えば良いのに、なんで犯人は普通の人間を襲うんだ?」
「た、確かに言われて見れば……鍛冶屋なら剣だけではなく他の武器だってある。それに、材料だってある筈です」
「鍛冶屋が狙われない理由があるのか、それとも狙えない理由があるのか。とにかく、鍛冶屋に行ってみるのが良いんじゃねぇの」
「そ、そうですよね! うん、意外な特技を見た気がします。貴方でもやれば出来るんですね」
「素直に褒めろ。俺はやれば出来る子なんだ」
目をキラキラと輝かせ、羨望の眼差しを向けるティアニーズ。悪い気はしないのだけれど、いちいち言葉に若干の刺が見え隠れしている事に、本人は気付いていないのだろうか。
ティアニーズは早速と言わんばかりに、町を歩く人に声をかけに行ってしまった。
「……あれ、もしかしてアイツのやる気を煽っちゃった感じ?」
今さらながら、自ら面倒な方向へと進んでいる事に気づくルーク。どんよりとしたオーラを出しながら項垂れていたが、不意に、脳裏に稲妻が走った。
何か閃いたように顔を上げると、
(まてまて落ち着け俺。鍛冶屋って剣を直す場所だよな? つー事はだ、この折れた剣を直せっかもしれねぇって事だ。そんで、剣さえ直っちまえば俺は王都に行く必要がなくなり、死刑にかけられる理由もなくなる!)
瞬間的に、そして爆発的に思考能力が飛躍。そこから導きだした答えにほくそ笑み、ルークは肩を揺らして自分の勝ちを確信した。
無駄なところで頭の回転が早くなり、無駄なところで閃くダメな子なのである。
しかしながら、この作戦には一つ問題点がある。それは、ティアニーズという壁だ。
彼女はどうあってもルークを王都に連れていくつもりなので、この話を聞けば力強くで止めて来るだろう。
すなわち、
(桃頭に気付かれる前に鍛冶屋を見つけだし、剣の修理を完了させる。フフフフ、やっぱ俺って出来る子だな。アイツに気付かれる前に行かねぇと)
聞き込みをしているティアニーズの視界からゆっくりと離脱し、一瞬の隙を見て全力のダッシュ。ドラゴンから逃げた時以上の走力を発揮し、ルークは瞬く間にその場からの逃走に成功したのだった。
一旦噴水広場まで戻ると、ルークは町全体の地図が記された看板を見ていた。
並外れた視力で鍛冶屋を見つけると、広場からのルートを指でなぞる。
「意外と遠い……。しゃーない、これも俺が平穏な暮らしをするためだ」
ルークの心情に従えば、これはやらなくてはいけない事なのである。なので、多少の無理も受け入れて我慢出来る。
地図を何とか頭に刻み込むと、ティアニーズが来る前に広場を後にして鍛冶屋へと歩みを進めた。
「ボロ……ゴミ屋敷かよ」
しばらく歩いて鍛冶屋の前までたどり着くと、ルークはその見てくれに呆れたように呟いた。
そもそも、町の中心からかなり離れた場所にあり、周りには鍛冶屋以外の建物が見当たらない。
鍛冶屋の周りには材料と思わしき物がいくつか転がっていて、他にはにんじんとか落ちてる。
群がるカラスを横目に、ルークは扉をノックした。
「あのォ、すんませーん。誰か居ませんかー?」
返事はない。ただ、人の気配はする。
ドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を押して中に足を踏み入れた。
その瞬間、鼻を刺激する異臭と熱気に当てられ、思わず足を後退させた。
「鉄の溶けた匂い……つか、暑すぎんだろ」
「誰だ、今日の分はもう渡した筈だぞ」
息苦しさに顔をしかめていると、奥から男性の声が聞こえてきた。薄暗さに目を細め、よくよく見れば老人である。
白髪混じりの髪を後ろで束ね、顎に生えた髭は僅かに焦げている。鋭い眼光は歳を重ねたからこその強さを宿し、ルークを真っ直ぐに睨み付けていた。
「いや、あの、剣の修理をお願いしたくて来たんすけど」
「ここいらじゃ見ねぇ顔だな。だったら教えてやる、俺は剣を打たねぇし直しもしねぇんだ」
「嘘つけ、今打ってただろ。今日の分は渡したとか言ってたし」
「聞き間違いだ。歳のせいだろ」
「おっさんはともかく、俺はまだまだ若い」
「あ? なんだって?」
「今さら耳が遠い振りしてもおせぇよ!」
耳に手を添えて聞こえませんとアピールする老人。茶目っ気というよりただ面倒なだけである。
ルークは剣を見せ、
「これ、折れちまったんすよ。どうにか直してくれないっすか?」
「何度も言わせんな、俺は打たねぇんだよ。いや、お得意さん以外は打たねぇんだ」
「良いじゃねぇかよ、今回だけ頼む。一回直してくれりゃ良いから」
頑なに譲る気配のない老人に引くこともなく、ルークは厚かましく剣を押し付ける。
老人は手を上げて触る事すらしなかったが、剣を見た瞬間に顔色を変え、
「おい、テメェ、なんでそれを持ってやがる」
「なんでって、そりゃ色々と難しい事情があってだな」
「良いから答えろ! どこでそれを手に入れた」
「いきなり怒鳴んなっての。ここから少し東に行ったところにある村だよ。手に入れたってか押し付けられた」
突然声を荒げた事に体を震わせるルーク。老人は剣を見つめ、指先で柄の部分の宝石を叩く。
それからルークを見ると、
「勇者の剣……なんでテメェが持ってやがるんだ」