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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
七章 精霊の契約
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七章三十話 『悪人』



 薄暗い空間に、木の板の間から光が射し込む。

 朝日が頬を暖め、次第に意識が覚醒して行く。


「……ここは……ッ」


 うっすらと目を開け、ティアニーズは首を動かして辺りを確認する。

 昨日の事を思い出そうとすると、なぜか酷い頭痛が襲って来た。どうやら、脳ミソは昨日の出来事を思い出したくはないらしい。


「そっか、私……」


 夢ではない。

 昨日の出来事は、なに一つ夢ではない。

 ティアニーズが今いるのは小さな馬小屋だ。重ねられた藁の束にを枕にして寝ていたらしく、首や背中がほんの少しだけ痒い。


 あの勇者達と決別したあと、ティアニーズはここを訪れた。当たり前だが、まだ完全にはされておらず、とりあえず一晩はここで寝ろと言われたからだ。その後の事は聞いていない。迎えに来ると言われたのだが……。


「頑張らないと……。私が、誰よりも頑張らないとダメだから」


 眠気を吹き飛ばすように両手で頬を叩き、ティアニーズは大きく背伸びをした。この小屋は中々ボロく、木の板で出来た壁に所々隙間が見られる。そのせいで少し肌寒く、伸ばした手をそのまま振り回した。


「ふぅ……大丈夫。もう覚悟は決まった。迷わない、私は私のやり方でこの世界を救ってみせる」


 とは言いつつも、やはり不安は残る。ここから先はたった一人で進まなくてはならないし、魔元帥の力を得て、万が一自分がそちら側についてしまったとしたらーーあの勇者達と本気の殺しあいをしなくてはならない。


 それだけは、それだけは絶対にあってはならない。

 あの勇者をこれ以上傷つけさせないために決別したのに、それでは意味がない。

 たとえなにがあろうと、自分を維持しなければ。


「…………大丈夫」


 静かな馬小屋に力ない呟きだけが響く。

 と、突然馬小屋の扉が開いた。開いたというより、壊れたと言った方が正しいだろうか。元々立て付けが悪かったらしく、扉を外して男が現れた。ボサボサ頭の男ーー名前は確かベルトスといっただろうか。


 ベルトスは扉を壁に立てかけ、


「きったねぇところだな。よぉ、調子はどうだ?」


「特に問題ありません」


「冷めてんなぁお前。まぁ良い、とりあえず今から俺らの集会所に行く」


「……そんなに簡単に私を信用して良いんですか?」


「あぁ、もし裏切るんならその場で殺すしな。それが俺達のルールだ」


 今の言い方では、裏切られても問題ないと言っているようだった。もしかしたら、以前にそういう事があったのかもしれない。

 ベルトスは埃を払うように手を振りつつ、


「それにお前は裏切らねぇよ」


「なぜ、言いきれるんですか?」


「あの男……えーとあれだよ、勇者。アイツの仲間なんだろ? だったら問題ねぇ」


「理由になっていません」


「アイツと長くいられるんだ、相当肝が座ってねぇと出来る事じゃねぇ。それによ、昨日のお前、相当覚悟決まった顔してたぜ。それこそ、アイツと同じ顔だ」


「……違います。私とあの人は、同じじゃありません」


 一瞬、勇者の顔が頭を過った。

 それだけなのに、胸に耐え難い痛みが走る。ティアニーズは誤魔化すように奥歯を噛みしめ、姿勢を正してベルトスを見つめる。


「でも、裏切ったりはしません。私には私の目的がありますから」


「そう、その顔だよ。んま、とりあえず行こうぜ。積もる話はそっからだ」


 小さく笑みを浮かべ、ベルトスは背を向けて歩き出す。完全に信用されている訳ではないが、一応ともに行く事は許可されたようだ。

 決意を固め、ティアニーズはベルトスのあとに続いた。


 見なれない風景を進み、二人は大通りに出た。先ほどまでいた馬小屋は大通りの外れにあったらしく、少し歩いただけで道が開けた。

 人混みを抜けてそのまま進むと、


「ここが……?」


「あぁ、灯台もと暗しって言葉があんだろ? デカデカと視界にうつってるからこそ、意外と見落としちまうらしいぞ」


 訪れたのは、この町のシンボルとも呼べる時計台だ。高さはそれなりにあるが、リヴァイアサンを目の前で見たあとなので、これといった衝撃はない。

 時計のある正面ではなく、裏側へと足を進める。


「観光客の方が来るのでは?」


「観光客が見れるのは中、あとは正面の入り口から入ったところだけだ。上には上れないし、下にも下りれない」


「ですが、騎士団の警備がある筈です」


「お前バカか? いい加減に気付け、んな長い間、騎士団の目からなにもせずに逃れられる訳ねぇだろ」


「まさか……騎士団の中に貴方達の仲間が……?」


「そゆ事。人間金を積まれれば善人だってコロっといっちまうんだよ。お前もそうだろ? ま、金じゃねぇけどよ」


 一瞬、強く言い返したい気持ちがわいて来たが、ティアニーズは喉まで出かけた言葉を飲み込んだ。実際に当たっているし、今は力を得る事が最優先だからだ。

 裏側に周り込むと、一人の男が扉の前に立っていた。眼鏡をかけて七三分けの真面目そうな男だ。


「よ、こいつが昨日言ってた女だ」


「ようこそ。僕も騎士団ですよ、貴女と同じね」


 軽く手を上げて挨拶をしたベルトスに対し、眼鏡の男は礼儀正しく頭を下げた。それからティアニーズを吟味するように眺め、


「いやぁ、騎士団に仲間が出来るとは心強い。正直僕一人では後始末に限界があったのでね」


「……貴方、騎士団なんですよね? こんな事して心が痛まないんです」


「貴女には言われたくないです。が、痛まないと言っておきましょう。元々お金が良いから入っただけですし、世界を守るとか国を守るとか、正直言ってどうでも良い」


「……私は貴女とは違う。私がここへ来たのは、この国を守るためです」


「理由はどうであれ、もう引き返せない。この扉の中へ一歩を踏み入れた瞬間から、貴女は反逆者だ」


「覚悟は出来ています」


 短くそれだけ告げると、二人は顔を合わせて微笑んだ。その笑みにどんな意味があるのかは分からない。今のティアニーズの言葉を聞いて、この場で追い返される可能性もあった。

 しかし、男は迷う事なく扉を開け、


「では行きましょう。悪人の世界へようこそ。小さな小さな騎士団さん」


 不気味な言葉とともに、ティアニーズは扉の中へと踏み込んだ。


 そこには狭い通路があり、上に続く階段が伸びていた。恐らく、時計台の壁の中に階段が設置されていたのだろう。壁の向こう側からは観光客と思われる声がちらほらと響いている。

 階段の幅は、一人が一人歩くのでやっとだ。


 ティアニーズは壁を叩き、


「この中はどうなってるんですか?」


「でっけぇ空間がある。一応壁にそって上まで続く階段もあるが、鍵がなけりゃ上の階には入れねぇ。まぁ元々、観光出来るのは地上と同じ高さの階だけだけどな」


 こんなところに潜伏しているのは予想外だったが、いかにも悪人が考えそうな事である。というか、騎士団に仲間がいる時点でこの時計台には捜査が及ばなかったのだろう。

 それもこれも、あの青年の考えだろうか。


 観光客の楽しそうな声を聞きながら、三人はぐるぐると回りながら壁の中を上がって行く。すると、ようやく上の階層にたどり着いたようだ。明らかに違う雰囲気の漂う、鉄で出来た頑丈そうな扉があった。

 眼鏡の男が扉を三回ほどノックし、


「僕です、カストリーダです」


 返事はない。しかし、数秒後にガチャリという音が聞こえ、扉がゆっくりと開く。

 そこに立っていたのは、


「待ってたぜ」


 あの、青年だった。

 もう隠す気はないのか、好青年のような雰囲気はない。出会い頭から奇妙な笑みで口元を満たしており、なにを考えているのかまったく読み取る事が出来なかった。

 二人に続き、ティアニーズは進む。


「……こんなところに」


 生活空間がある訳ではなかった。だだっ広い空間に机とソファー、あとは明かり代わりの松明とガスランプがいくつか。ただ、まだ日が登っているという事もあり、壁に設置されたガラス窓から日差しが射し込んでいた。


 奴隷と薬で大量の金を獲得している筈なのだが、贅沢な暮らしをしているという訳でもないようだ。

 ともあれ、ここで彼らはずっと話あっていたのだろう。

 何年も、騎士団に見つかる事もなく。


「まぁ座れよ。ソファーは俺のを使って構わねぇ」


 青年に言われ、ティアニーズは警戒しながらも緑色のソファーに腰をかける。それに続き、ベルトスとカストリーダが自分のと思われるソファーに座った。

 青年は座らず、フラフラと歩き回っていた。


「……あの、魔元帥はどこに?」


「アイツは基本ここには来ねぇよ。アイツの部屋はこの上、やる事があるからこもって作業に没頭中だ。下りて来るように言っといたからその内来るとは思うが」


 ますます分からなくなっていた。昨日の光景、そして今の状態を見ても、魔元帥のこの男達に仲間意識があるとは思えない。力を貸している以上友好関係が結ばれているのは確かだが、まだ見えないなにかがありそうだった。


 ティアニーズが考えていると、青年が注目を集めるように手を叩いた。


「さて、お前らも知ってると思うが、今日からその女も俺達の仲間だ」


「話始めちまって良いのか? ロイがまだ来てねぇぞ」


「アイツは昨日のあと始末だ。適当に人かき集めて魔獣が入りこんだって噂を広めてもらってる」


「相変わらず人使いが荒ぇな。まぁ、ちゃんと借りは返してやれよ」


「分かってるよ」


 ロイ、というのは昨日の男の事だろう。

 本人も雑用と言っていたし、あまり良い待遇を受けている訳ではないらしい。


「そんじゃ、まずは自己紹介からだ。相手に自分を知ってもらうってのは大事だよな」


「なら俺からだ。名前はベルトス、呼び方はなんでも良い」


「次は僕、名前はカストリーダ、カストって呼んでください」


「ティアニーズです」


 二人に続き、ティアニーズは簡潔に名前だけを告げる。元々なれあうつもりなんてない。力さえ手に入れられれば、こんな犯罪者集団とともにすごす必要もないからだ。

 最後に残されたのは青年だ。

 青年は怪しげな瞳でティアニーズを見つめ、


「俺はヴィラン。一応ここのまとめ役だ。でもリーダーって訳じゃねぇ、俺達の中に上下関係はないからな。ま、1人例外はいるが……それは下りて来てからにしよう」


 例外というのは魔元帥の事だろうか。

 彼がまとめ役という話を聞く限り、純粋な強さで関係が決まっている訳ではないようだ。

 青年ーーヴィランはニヤニヤと微笑みながら、


「自己紹介も終わった事だし、次は俺達の中でのルールを話す」


「待ってください。その前に私から皆さんに言っておきたい事があります。良いですか?」


「構わねぇ、言ってみな」


 昨日も感じていたが、ヴィランの笑みは向けられていると気持ちが悪くなる。全てを見透かされているというか、心の内まで迫られているような感覚だ。多分、あの勇者はそれを見抜いていたのだろう。

 ティアニーズは小さく息を吐き、


「私は皆さんの仲間になりました。けれど、犯罪に手を貸すつもりはありません」


「ほう、それはどういう意味だ?」


「奴隷も薬も、私は販売には一切をかかわりません。そもそも私の目的は力を得る事だけです。いくら貴女達の仲間になると言っても、それだけは譲れない」


「関わってないから自分は無実、なんてのは通用しねぇぞ? お前は知ってて見過ごした、それだけでも立派な罪になる筈だ」


「分かっています。これは私の自己満足、あくまでも心の問題です」


「お前はこれから悲惨な人生を送る人間をわざと見過ごすーーって事は分かってんだよな?」


「はい」


 自分はおかしくなっている、そんな事ティアニーズが誰よりも分かっていた。手を貸していないから関係ない、なんてバカな理屈は通用しない。いやそれどころか、自分は手を汚さずに安全な位置だけを守るーーティアニーズの言っている事はそれだ。

 まだ、罪を理解して進むヴィラン達の方がマシなのかもしれない。


 だとしても、理解していても、そこだけは譲れなかった。

 卑怯だと分かっていても。


「なら俺は構わねぇ。お前らは?」


「良いんじゃねぇの、ルールさえ守れば」


「僕の仕事が楽になると思ったんですが、そう上手くはいきませんね」


 あっさりとティアニーズの言葉を受け入れ、ベルトスとカストリーダは頷いた。

 流石にここまでなにも文句を言われないのは予想外だったが、ティアニーズとしてはその方が良いに決まっている。言葉を飲み込み、静かにヴィランへと目を向ける。


「それじゃ本題だ。俺達の中でのルールは三つ、まずは仲間を絶対に売らない。二つめは与えられた仕事はキッチリこなす。そこのバカが昨日ミスって帰って来たが……まぁこれは仕方ねぇ。相手が勇者ってのは流石に考えつかなかった」


「昨日って……ベルトスさんはル……あの人と戦ったんですか!?」


「そうだが……聞いてなかったのか? まぁお前いなかったしな。キッチリ負けたよ、でも次は俺が勝つ」


「本当に、あの人は……!」


 怪しいとは思っていたが、階段から落ちたなんてのは真っ赤な嘘だったらしい。恐らく、自分に文句を言われるのが嫌だったのだろう。

 だが、今となってはもう関係ない。

 その文句は、一生彼に届く事はないのだから。


「勇者の事はいずれどうにかするとして、三つめがなによりも大事だ。他のルールは破っても良いが、これだけはキッチリ守ってもらう」


「分かってます」


「ルールは簡単。借りは必ず返す、それがたとえどんなに小さなものだとしても、だ。それさえ守りゃあとは無視してくれても構わない」


「例えばどういうものですか?」


「俺は昨日コイツらの手を借りた。だから俺はその借りを返す。たとえどんな無理難題を押し付けられたとしてもだ」


「それが、死ぬような事だとしても?」


「あぁ、それがルールだ。だから俺達に上下関係はない、全員対等な位置なんだよ」


 確か、昨日魔元帥がそんなような事を言っていた気がする。となると、魔元帥は彼らになんらかの借りがあり、彼らも魔元帥に借りがあるという事だ。

 信頼とか仲間ではなく、利用出来るから利用する。

 仲間というより、ただ目的が同じだけなのだろう。


「だから、お前も力が欲しがったらアイツに借りをつくれ。一つでも作ればお前の目的は達成される」


「なんでも良いんですか?」


「それは分からねぇ、と言いたいところだが、タイミングが良かったな」


 足音が響いた。

 ヴィランの視線の先に目を向けると、そこには1人の男がいた。昨日のようにマントで顔を隠している訳ではなく、ハッキリと、その赤い二つの瞳が輝いていた。


 色の抜けた白い髪。やる気のない目尻の落ち着いた瞳。今までの魔元帥とは違い、なんというか……どことなくダメな感じが伝わって来る。猫背だし。

 しかし、警戒を解く事はない。

 魔元帥の驚異を、ティアニーズは良く分かっているから。


「遅かったじゃねぇか、ようやく完成か?」


「あぁ、やはりなれない事はするべきではないな。しかし準備は整った、あとは……」


 なにかを言おうとして、魔元帥の目がティアニーズで止まった。

 思わず、飛び出しそうになっていた。その赤い瞳を見るだけで、ティアニーズの怒りが抑えきれないほどに煮えたぎる。今すぐにでも、この男を殺してしまいたいと心が叫ぶ。


 だが、堪えた。

 唇を噛み、太ももに爪を立て、爆発しそうな怒りを抑える。


「……そこまで俺を睨むな。お前の友を殺したのはウルスだ」


「ーーッ!!」


 その名前が出た瞬間、ティアニーズは無意識に机に拳を叩きつけていた。

 その時、ティアニーズは気付かなかったが、ヴィランの笑みがいっそう狂気に満ちていた。


「その名前を、私の前で出すな……!」


「あぁ、そうか、悪かったな。俺は空気を読むのが苦手なんだ」


「喧嘩は止めろ、今日から俺達は仲間だ。それに、ティアニーズちゃん、君はコイツの力が欲しいんだろ?」


「くッ……! はい、すみませんでした……」


 堪えろ、堪えろ、堪えろ。

 そう何度も言い聞かせる。

 ここで暴れてなんになる。なんのためにあの勇者と決別したのだ。

 彼を守るためにここへ来た。

 たとえ敵だろうと、今は堪えるしかないのだ。


「仲間になるのは構わないが、俺のために働いてもらうぞ」


「そこら辺は大丈夫だ。今まさに仕事が出来ただろ?」


「それを狙ったんだろう、お前は。それと、仲間を増やすのは構わないが、俺が契約出来るのはお前を含めて九人が限界だ。それを忘れるなよ」


「はいはい、魔元帥さん」


 適当な様子で答えるヴィラン。

 魔元帥はポケットからなにかを取りだし、それをヴィランに手渡した。小さな粒のようなものだった。薬ではなく、植物の種のようなもの。


「ほー、これが?」


「あぁ、俺はユラのようには出来ない。それでも色々と試行錯誤した結果そうなった」


「んま、俺は借りを返すだけだ。これが失敗作だったとしても、困るのはお前だけだよ」


 言いながら、ヴィランは全員にその種を配り始めた。

 ティアニーズはそれを受け取り、改めてまじまじと見つめる。特に怪しいところはなく、見た目だけならばひまわりの種くらいの大きさだった。


「これは?」


「内緒。お前の最初で最後の仕事だ、それをこれから言う場所に置いて来てほしい」


「なんなのか教えてもらわないと出来ません」


「種だよ。薬を作るのに必要な種だ。売る訳じゃない、ただ種を植えるだけだ。それなら問題ないだろ?」


 疑っていないと言えば嘘になる。

 だが、これで力が手に入るのならば。

 そんな呪いにも似た欲望が、ティアニーズの体を突き動かす。

 小さな種を握り締め、


「どこへ行けば良いんですか?」


「貧民街だ。あそこは良い土があるからな」


「…………」


「出来ないのか?」


「いえ、出来ます」


 もしかしたら、あの勇者に会ってしまうかもしれない。いや、ヴィランはそれを分かっていて行けと言っているのだ。

 本当にその覚悟があるのか。決別する事が出来ているのか。

 彼は、それを行動で示せと言っているのだ。


 迷う必要はない。

 行って、ただ種を植えるだけで全てが終わる。

 たとえ遭遇したとしても逃げれば良い。

 そう、逃げるのだ。今、あの勇者に会ったら、きっと覚悟が鈍ってしまうから。


「……行って来ます。この借りを作ったら、必ず力を与えてくれるんですよね?」


「約束しよう。与えた瞬間に襲いかかって来る可能性は否めないが、その時はお前を殺すだけだ」


「……私が初めに殺すのは、あの魔元帥です」


 ゆっくりと、体が闇に沈んで行くような感覚だった。でも、もう後戻りは出来ない。

 ティアニーズは受け取った種をポケットにねじ込み、逃げるようにしてその場を去って行った。


 ティアニーズの姿が完全に見えなくなったあと、突然大きな、下品な笑い声が響き渡る。


「アハハハハ! やっぱ最高だなあの女はァ! 俺の好みだ、俺の目に狂いはなかったよ!」


「……時々思うよ、お前は俺よりも魔元帥だ」


「そう褒めるなって。これが種? んな訳ねぇだろバーカ! あぁ、やべ、興奮して来た……気持ち良いなぁ。勃起しそうだぜェ……」


「災難だな、あの嬢ちゃんも」


 仲間であるベルトスでさえ、変わり果てたヴィランの姿にため息をこぼした。

 だが、これが本来の姿だ。

 欲望をむき出しにして人を嘲笑い、利用出来るのものは全て利用して捨てる。それを、この男は本気で笑って楽しんでいる。


 正真正銘の悪人。

 人間のクズ。


「さて、俺らも行こうか。種が芽吹くまであと二日。それで全てが終わる……いや、俺達の国が出来上がる……!」


 果てしない欲望は、ただの狂気でしかない。

 狂っている事を認めながら、それすらもこの男は楽しんでいる。


 これが、悪人だ。



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