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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
七章 精霊の契約
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七章二十八話 『決別の刻』



「なん、で……貴方が……」


 なにが起きているのか、ティアニーズは理解出来なかった。

 昨日会った時に感じた優しい雰囲気や、物腰の柔らかい口調、落ち着いた目尻、そのなにもかもが消えていた。面影なんて、微塵もない。

 本当に同一人物なのか、そんな疑問さえわいて来る。


 だが、アレは紛れもなくあの青年だ。


「なんで、なんでそっち側に立ってるんですか!!」


 思わず声を荒げていた。

 別に付き合いが長い訳ではない。名前だって知らないし、会ったのだって会話を交わしたのだって二回だけだ。

 でも、なぜか、怒りの炎が煮えたぎっていた。


 男は目を細め、


「なんでってそりゃ、元々俺はこっち側の人間だからなぁ。ここに立つのは当たり前の事だ」


「私を、騙していたんですか!」


「人聞きの悪い事言うんじゃねぇよ。俺は奴隷商人について詳しい事を知ってるって言った筈だぜ?」


「そんなの……そんなのただの屁理屈です!」


「……アァ、良いねぇその顔。ゾクゾクする」


 一瞬、男と目があっただけでティアニーズは全身が震え上がるのを感じていた。瞳の奥底にある得体の知れないもの、それがなにかは分からないが、一瞬でも気を抜くと引き込まれてしまうーーそう本能が告げていた。


「魔元帥の仲間なんですね」


「それは違う。俺達は……そうだな、職業パートナーだ。仲間意識はねぇよ」


「だったらなんで……その人は、それは人類の敵なんですよ!」


「……で、だからなに? 人類の敵? だからなんだってんだ、こっちは利用さえ出来ればなんでも良いんだよ」


 その言葉を聞いた瞬間、黒マントに身をつつんだ魔元帥が男へと顔を向けた。男は適当な様子でニヤリと微笑み、


「うそうそ、立場はお前の方が上だ」


「あぁ、勘違いするなよ」


 この際、彼らの関係なんてどうだって良い。男が魔元帥を利用していようが、魔元帥が男を利用していようが、さして気にするべき事ではない。

 魔元帥の仲間、その事実だけで十分だ。


 ティアニーズは勢い良く剣を抜き、駆け出そうとするが、


「テメェ、言ったよな……見てると殴りたくなるってよ」


「随分と嫌われちまったみてぇだな、なにがそんなに気にくわねぇんだ?」


「全部だよ。テメェの顔も声も仕草も、見てると吐き気がする」


「勇者にここまで嫌われるとはなァ。……同族嫌悪、ってやつか?」


「勝手に喋ってんじゃねぇ!!」


 ダン!!と激しい音が響いた。ルークが地面を蹴り、一気に飛び出した男だ。

 狙いは青年。すでに魔元帥は視界に入っていない。ティアニーズが見た事がないほどの怒りを、ルークは男に対して向けていた。


 そこで、気付いてしまった。

 なぜ、自分がこんなにもムカついているのか。

 重ねてしまったのだ。青年の笑みを、立ち振舞いをーートワイルの姿に。


 それをやってしまった自分が、どうしても許せなかった。

 あんな男に、あんな男に、あんな男に!!


「……なにやってるんだろ、私……」


 プツリ、と嫌な音がした。

 自分の行いは、彼を汚していた。青年はトワイルとは違う、絶対に交わる事のない存在だ。紛れもない悪、言い訳のしようがないくらいの悪。なのに、なのに、あろう事か、ティアニーズは重ねてしまった。


 ーーなんて愚かなんだと、思ってしまった。


 青年は魔元帥を見つめ、


「そんじゃ手筈通り頼むわ」


「言っておくが……」


「わーってるわーってる。俺達の関係はフィフティーフィフティー。借りを作ったら必ず返す、それがたとえどれだけ小さくてもな」


「分かっているなら良い。その分しっかりと動いてもらうぞ」


「そりゃ、結果次第だな。お前の行動が俺の目的達成に貢献したのなら、俺はお前に手を貸すよ」


「どこまでも苛立つ奴だな。魔元帥をこきつかう人間など聞いた事がない」


 文句を言いつつも、魔元帥は青年に背を向けて突っ込んで来るルークに目を移す。

 真正面から睨みあい、


「勇者、お前はあの男の元にはたどり着けない」


「そこを、退け!!」


「退け、か。どうやら俺は敵としてすら認識されていないらしい」


 ズプッ、と奇妙な音が生じた。魔元帥の全身から大量の泥が流れ落ち、一瞬にして足元が泥で満たされる。ベルトスや他の男とは違う、黒く、黒く濁った泥だった。

 その泥が一気にティアニーズ達の足元に広がり、


「固まってくれていて助かったよ。多対一、足止めは俺の得意分野だ」


 言葉の直後、ルーク達の体が沈んだ。まるで、底なしの沼に足をとられ、一気に引きずりこまれるように。

 いや、それだけではない。先ほど降っていた泥の雨が身体中にまとわりつき、ルーク達の動きを鈍らせていた。


「んだよ、これ!」


 ルークの振り下ろした剣は、魔元帥の鼻先を通り過ぎた。魔元帥は微動だにしない。沈んで行くルークを、ただ見下ろしているだけだった。


「マズイ!! どうにかして抜け出すんだ!」


「どうにかって! 身体中に泥がくっついて上手く動けねぇよオイ!」


「お、お頭!」


 アテナ、アンドラ、アキン、彼女達も同じように沈み始めていた。膝の辺りまで泥に飲み込まれており、肩や腕についた泥が固まり、抵抗しようとする体を阻んでいる。

 奇妙な光景だった。町の大通りに広がる泥はルーク達だけを正確に引きずりこんでいる。放置された屋台や木々は一切変わりなく、なにかからくりがあるのだろう。


 いや、今そんな事はどうだって良い。


「……なんの、つもりですか」


 ティアニーズは視線を下ろし、自分の足元を見る。確かに泥が靴を飲み込んでいるが、ルークや他の面々のように沈む気配がない。自分だけ、訪れる筈の結果が訪れていない。

 魔元帥はルークに冷めた視線を向けながら、


「言った筈だ、俺は今回助太刀だと。本命は俺じゃない」


「そーいう事だ。さて、これでゆっくり話が出来るな」


 言って、青年は泥で満たされた地面を歩き始めた。怒鳴り、暴れるルークの横を通り過ぎ、呆然と立ち尽くすティアニーズの前に迫る。

 ティアニーズは構え、


「私を始めに殺すつもりですか」


「そんなんじゃない。お前を殺すつもりなんて毛頭ねぇよ。俺はただ、お前と話がしたいだけだ」


「私は貴方と話なんかしたくありません。貴方が敵である以上、今ここで斬るーー」


「力、欲しくないのか?」


 振り上げた剣が、男の眉間の直前で止まった。

 それティアニーズ自身、予想外の行動だった。迷いなく男を斬る捨てる筈だったのに、意思とは反して体が無意識に止まったのだ。


 男はそれを楽しそうに眺め、


「俺ならお前に力を与えてやれる」


「そんな戯れ言に耳を傾けるとでも?」


「どう受けとるかはお前次第だ。だが、俺は嘘はつかねぇぜ?」


「魔元帥と組んでるくせに……なにを今さら!」


「訊かなかったら答えなかっただけだ。お前が質問してたら答えてたぜ?」


 ようやく、ルークがこの男に苛立っている理由が分かった。

 似ているのだ、この青年とルークは。

 かつて、ルークは自分に似たイリートに怒りを向けていた事があった。恐らく、それと同等ーーいや、それ以上に近いものを感じたからこそ、ルークはこの男が気に入らなかったのだろう。


「力が欲しいんだろ? 守れる力がよ。くれてやるよ、魔元帥の力を」


「そんなものいりません! そんな間違った力、私は欲しくなんてない!」


「そう熱くなるなって、話す時は冷静さが大事なんだ。とりあえず落ち着けよ」


 熱くなるティアニーズを他所に、青年は足元の泥を救って握り潰した。多分、もう青年の耳にはルークの怒声は入っていない。

 しかし、それはティアニーズも同じだった。

 必死に抵抗しているアテナ達も、ルークも。

 その声が、耳に入っていなかった。


「悪いのは力じゃない。それを使う人間の方だ。だったらお前が正しい事に使えば良いだろ?」


「私は……!」


「なんでも良いんだぜ? 世界を救う、仲間を助ける。力があればお前はなんだって出来るし、英雄にだってなれる。それこそ、勇者にだってなれる」


「戦いにおいて重要なのは意思の強さです。武力なんかじゃーー」


「そのせいで、仲間を死なせちまったんだろ?」


「ーーーー」



 それは、一番言われたくない言葉だった。

 必死に誤魔化し、考えないようにして来た。意思の強ささえあれば、たとえ肉体が負けても心が負ける事はない。

 そう、信じていた。

 目の前で傷つくあの男を見て、それだけ間違いないと信じていた。


 けど。


「辛いよなぁ、自分が弱いせいで仲間が死ぬのは。だって力があれば守れてたのによ、力がないせいで死なせちまったんだ」


「それは……」


「戦いに重要なのは武力だ。意思なんて形のないまやかしは戦力になんてならねぇんだよ」


「それは……」


「だってそうだろ? 意思があってもお前らは俺に指一本触れる事すら出来てない。世の中力なんだよ、強い奴だけが生き残れる。強い奴だけが特する、それがこの世界の真理なんだよ」


「それは……」


「意思? なんだそりゃ、笑えるぜ。かっこつけたところでなにも守れやしない。それは、お前自身が誰よりも分かってる筈だろ?」


 言い返す事が出来なかった。

 それを認めてしまったら、今までの自分を、父親が残してくれたものを、ティアニーズは否定する事になる。これまでの旅も経験も、あの金髪の青年が教えてくれた事も。

 けれど、けれど。


「確かに魔元帥の力は悪だ。そりゃ世界を滅ぼそうって奴らなんだからな、俺にだって分かる。でも、お前がそれを変えれば良い」


「…………」


「魔元帥の力を使って世界を正せば良い。力は悪じゃない、それを使う人間の善悪が大事なんだ。お前なら分かるだろ?」


「聞くな、ティアニーズ!!」


 なにか、誰かの声が耳を掠めた。

 しかし、ティアニーズは顔を向けない。必死に叫んでいるアテナの声は、もう届かない。


「ダメだ、私の声が届いていない! クソ、初めからそのつもりだったんだ!」


「そのつもりってなんだよオイ!」


「奴らの目的はティアニーズだ! 今の彼女は危うい……簡単に折れてしまうほどにだ!」


「まさか、あの女を引き込むつもりで……!」


「あぁ、そうだよ! 聞くな、その男の言葉に耳を傾けてはいけない! 君は今でも十分強い、ティアニーズ!!」


 雑音が聞こえた。耳の端でなにかが騒いでいる。

 多分、言葉だろう。けれど、なにを言っているのか、誰が言っているのか分からない。

 もう、分からなくなっていた。


「魔元帥の力が悪なら、それを得たあとで殺せば良い。どうせお前の目的は魔王を殺す事だろ? なら分かる筈だ、アイツらは普通の力じゃ太刀打ち出来ない」


「…………」


「同じ力なら、お前は戦える。もうなにも失わなくて済むんだ、誰も傷つかないし、誰も苦しい思いをしなくて済む」


 男はティアニーズしか見ていない。

 ティアニーズ以外の人間を見ようともしていない。

 彼女の心を無理矢理こじ開け、泥を注ぎこんで行く。その旅に青年の顔は狂気に染まり、抑えきれていない喜びが溢れ出ていた。


 悪魔、そんな言葉が当てはまるだろうか。

 しかし、しかし。

 それも、ティアニーズは見えていない。


「傷つくのはお前一人だけで良いんだ。だって、お前はそれだけの力を得る事が出来る。全部一人で背負って、全部一人で成し遂げられる」


「…………」


「欲しかったんじゃないのか? そんな力がーー勇者に、なりたかったんじゃないのか?」


「ーーーー」


 かつて、ティアニーズはルークにこんな事を言った事がある。


『だったらその力を私に下さいよ。勇者としての力があれば、私は騎士団なんかに頼らずに済む。一人で全てを終わらせられるんです』


 それは本音だった。

 力さえあればなんでも出来る。全てを一人で終わらせる事も出来るし、全ての人間を平等に救う事が出来る。

 そうすれば、父親のように立派な人間になれる。

 父親のように、自分を誇る事が出来る。


 けれど、そんな力はない。選ばれたのはルークで、ティアニーズはただの人間だ。

 だから憧れた、いつかその背中に追い付きたいと本気で願った。


 けど。


 進めば進むほど、その背中は遠ざかって行く。

 力のある人間とない人間。そもそものスタート地点が違うのだ、それは当たり前の事だ。

 しかし、それが悔しかった。

 結局、自分は進んでも進んでも追い付けない。進めば進むほど、追い掛ければ追い掛けるほど、あの男との距離を痛感させられた。


 そして、失った。

 自分が弱いせいで、トワイル・マグトルは死んだ。

 もっと強ければ、自分が特別だったのなら、きっと守れてたいた筈だ。


 そう、力があれば。


 特別な力があれば、守れていた。

 あの男のように、なれる筈だ。

 なにもかも、思い通りに行っていた。


(あぁ……)


 プツリ、と最後の糸が切れる音がした。

 自分とあの男を、自分と父親を繋ぎあわせていた糸。

 その最後の一本が、千切れた音だった。


「私は、強くなれるんですか……」


「あぁ、なれる。そこの勇者よりも、誰よりも強くなれる」


「皆を、守れますか……」


「守れる。誰一人死なせずに進める。だってーーお前は強いんだから。これから特別になるんだから」


 そう言って、男は手を差し出した。

 ティアニーズはうつ向いたまま、その手を見つめる。

 その時、あの男の声が耳に入った。


「ティア!!」


 やっぱり、声を聞くだけで気持ちが安らぐ。

 だから、とティアニーズは思った。

 あの声を、失いたくはない。

 たとえ離れていたとしても、彼には生きていて欲しい。

 今までずっと辛い思いをさせて来たから、もう十分だ。彼が傷つく必要なんて、初めからなかったのだ。彼は平凡な村人で、勝手に村から引きずりだして戦場に巻き込んだのは自分だ。だから、その責任がある。もう傷つかなくて良いように、彼が笑っていられるように、幸せだと、そう思えるように。そんな世界を、創る責任がティアニーズにはあるのだ。もう、傷つく姿は見たくない。いつも傷だらけで、それでも笑っていて、ぶっきらぼうで自己中心的で口も悪くて適当で暴力的でーーそれでも、それでも優しくて。

 いつも、守ってくれた。

 口では乱暴な事を言っていても、守られて来た。


 そんなルークが。


 死んでほしくない。

 だってーー。


「力をください」

 

 ティアニーズは、青年の手を握った。

 握手が交わされ、青年の笑みが一段と深まる。その手に、暖かさはなかった。どこまでも冷たく、心をすら凍えさせるほどに。


 ティアニーズは、諦めた。

 自分を貫く事を、父親に追い付く事を、あの男の横に立つ事を。


「それじゃ行こうか。用事は済んだ」


「はい」


 手を引かれ、ティアニーズは青年とともに『仲間』の元へと向かう。

 その道中、ルークの横を通り過ぎた。

 顔は見れない。見たら、きった戻れなくなる。


 けど、


「ふざーーけんじゃねぇぞ!!!!」


 ズゥゥゥゥン!!という轟音とともに、激しい爆風が吹き荒れた。地面に満たされていた泥が大きく跳ね上がり、その中から一人の男が姿を現した。

 剣は握っていない。

 青年の横には、白い髪の少女が立っている。


「なんのつもりだ、お前」


「これが、私の出した答えです」


「んな事聞いてんじゃねぇよ! なんでソイツについて行くんだって聞いてんだ!」


「私は、弱いんです。弱くて弱くて、そんな自分が嫌でした。だって、弱いせいで守れないし、いつも守ってもらってばっかだから」


 目はあわせない。

 そんな資格はない。

 多分、きっと凄い剣幕なんだろう。

 いつもと同じあの顔で、青年は怒っているのだろう。


「前にも言っただろーが! お前は強いって!」


「そんなの、まやかしです。私は強くなんてない……そのせいで、トワイルさんが死んだんです。私が死なせたんです」


「ちげぇ! アイツが死んだのは誰のせいでもねぇだろうが!」


「私のせいなんです!!」


 青年の声をねじ伏せるように、ティアニーズは叫んでいた。

 そんな自分に嫌気がさして、思わず微笑んでいた。


「私が弱いから、トワイルさんは死んだ。私が弱いから、貴方はいつも傷ついてボロボロになる」


「戦いで重要なのは意思の強さなんじゃねぇのかよ!!」


「そんなの! そんなのなんの価値もないんです! 結局必要なのは武力なんです! 力なの! 全てをねじ伏せられる、純粋な暴力が力なの!」


「ーーーー」


 まさか、自分がこんな事を言うなんて思ってもみなかった。

 こぼれ落ちそうな涙を堪え、それでも必死に言葉を繋ぐ。拳を握り締め、歯を食い縛り、しかしーー顔は見ずに。


「私は貴方みたいにはなれない! なれないんです! どれだけ進んでも追い付けないし、どれだけ足掻いてもたどり着けない!」


「んなの当たり前じゃねぇか。お前はお前だ、俺は俺だろ」


 青年の声が、僅かにうわずった。

 それは、聞いた事のないような声だった。

 顔を見たい気持ちを必死に堪え、ティアニーズは言う。


「そう、ですよ。私は貴方にはなれない。なにをしたって私は私なんです、弱いままなんです。だから、私は私を捨てる。強くなるために、変わらなくちゃいけないんです」


「親父の事はどうなる……」


「謝ります。お墓の前で、何度も土下座します」


「……そうかよ、覚悟は決まったんだな」


 青年の声から怒りが消えた。静かな呟きだけが耳に滑り込んで来る。

 そして、


「ならお前はーーテメェは今から敵だ。桃頭」


「そう呼ばれるの、凄く久しぶりですね」


 ダメだった。

 堪えていた筈の涙がこぼれ落ちた。

 それを拭い、ティアニーズは魔元帥を見る。

 そして、はっきりとこう言った。


「その人達を、排除してください」


「俺に命令するのか?」


「借りを返せば良いんですよね? あと、出来れば殺さないでください」


「ふん、まぁ良い。しっかりと働けば文句はない」


 ティアニーズの言葉を乱暴に切り捨て、魔元帥はルークを見た。



「お前の負けだ。勇者」



 そのあとの事は、良く覚えていない。

 沼に沈み、泥の波に飲まれ、青年達の姿は見えなくなった。


 生きている、そう確信があった。

 そう簡単に、あの男が死ぬ筈がないから。


(道は違っても、目指す場所は同じです。だから、だからもう、ルークさんは傷つかなくて良い。私が、私一人が、全てを終わらせるから)


 ティアニーズ・アレイクドルは歩く。

 一番守りたかった人間を敵にして、前に立ち、それでも譲れない想いがあったから。


 二人の道は違えた。


 ーーこの日、少女は青年の敵になった。



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