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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
七章 精霊の契約
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七章二十七話 『狂気の宴』



 意気揚々と町に繰り出したルーク達。

 作戦内容は至って単純。

 適当にしたっぱを見つけ、ボコり、話を訊く。もしなにも知らないのであれば再びしたっぱを見つけ、ボコり、話を訊く。

 それを永遠と繰り返し、相手の幹部が出て来るまで待つというものだ。


 作戦と呼べるかはともかく、現状有効な手立てがない以上、こちらは嫌でも地道な作業を積み重ねるしかないのだ。

 特攻隊はルーク、ティアニーズ、ソラ、アンドラ、アキン、アテナの六人だ。戦力としては申し分ないが、相手の実力は未だ 未知数。

 警戒はしておくに越した事はない。


 町のど真ん中で騒ぎを起こすという方法もあるが、流石にそれだと人目を引いてしまう。なので、迅速かつ穏便に事を進める必要があるのだ。

 ……あるのだが、


「おうコラ、さっさとテメェらの親玉がどこにいるか吐きやがれ。じゃねぇとこのおっさんがひでぇ事すんぞ」


「そうだ、俺がひでぇ事しちまうぞオイ」


「ひ、ひぃぃ!」


 まぁ、この有り様である。

 適当な路地裏に入ると同時にアホ二人が走りだし、それっぽい男を拘束。あとは恐喝とほぼ同じようなものだ。喋らないと殴っちゃうよ?的な頭のおかしい感じを全面に出し、ルークとアンドラが怯えている男につめよる。


「素直に洗いざらい吐いてくれんならなにもしねぇ。ただ、もし嘘をついたりしたら……俺が嘘だと判断したらテメェに悲劇が襲いかかる」

 

「そ、そんなの理不尽だ! 俺の言ってる事が嘘かどうかなんて分からないだろ!」


「おう、分からねぇ。だから勘でやる。つまり、テメェの運命は俺の機嫌次第って事だ。あと付け足しとくと、このおっさんは俺よりも酷い人間だ」


「なに言ってやがる、お前よりかはマシだ……と思うぜオイ」


 そこで言いきれない辺り、アンドラは少なくとも自分のやって来た事が悪い事だと理解しているのだろう。

 さりとて、この二人を同時に怒らせた場合、それこそなにが起きるか分かったもんじゃない。


「言え、別に親玉じゃなくても良い。ボサボサの男と……あとは鎖を巻いた男だっけか? ソイツらの居場所を言え」


「こっちも切羽詰まってんだ。そんなに待ってはやれねぇぞオイ」


「ボ、ボサボサ頭の男は知らないが鎖の男なら見た事がある! で、でも居場所は分からない!」


「はい嘘」


「う、嘘じゃないって!」


 とんでもなく理不尽である。誰がどう見ても男は本当の事を喋っているのだが、ルークはそれを即座に切り捨てた。毎度の事だが、どちらが悪者なのか判別が難しい光景である。

 そこへ、アテナは口を挟む。


「一応、私は騎士団の長だ。手段を選んでいる暇がないとはいえ、良心を持った行動をしてほしいな」


「良心ならありまくりだっての。だから殴らずに我慢してんだろ」


「……それは良心とは言わない、脅している時点でな。私達は話を訊きたいだけだ、目的を間違えるなよ」


「へいへい」


 適当に相づちを打ち、ルークは震える男へと視線を戻す。

 ただ、我慢しているのは事実だった。前のルークだったら問答無用で跳び膝蹴りをくらわしていただろうし、話を訊かずに男を引きずり回して町を歩いていた筈だ。それでも暴力を振るわないのは、自分の体の状態を正確に理解しているからだ。


「はぁ……マジでなにも知らねぇのか?」


「ほ、本当になにも知らない!」


「ならその鎖の男を見た場所を言え」


「ふ、噴水広場の近くだ! あ、あとは時計台の近くでも見た事がある!」


「噴水広場と時計台ね、りょーかい」


 むしりとる勢いで掴んでいた胸ぐらを離すと、男はへたりこむようにその場にしりもちをついた。

 ルークは気遣う様子もなくアテナ達へと顔を向け、


「だってよ。先にどっち行く?」


「分かってはいたが、君の人間性は破綻しているな。まぁいい、それについてはあとで話すとしよう。ここからだと噴水広場の方が近い。そちらへ行こう」


「あいよ」


 頭を抱えるアテナを他所に、ルークは噴水広場へと歩みを進めるのだった。


 賑わう大通りを抜け、時計台近くの噴水広場を目指す一同。すれ違う人々の中に明らかな殺気をもつ者もいるが、あえてそれは無視。有益な情報を得た今、したっぱ相手に無駄な体力を使っている暇はないのだ。


 その道中、アテナがこんな事を言った。


「それにしても妙だな。私やルークの顔は覚えられている筈なのに、誰一人として手を出して来ない」


「確かに。町中で魔道具ぶっぱなすような奴らだ、今さら人目を気にする必要なんてねぇのになオイ」


「危害を加える必要がない……手を出すなと指示されているのか……?」


「理由は? いくらこっちが強いっつったって、数で押されりゃおしまいだ。わざわざ見逃す理由がねぇぜオイ」


「それについては……まぁ、直接会って訊く他ないな」


 確実に相手側はルーク達の存在に気付いている。先ほどの情報を手に入れるまでに十人ほど同じ手口で脅したが、全て危害を加える事なく逃がしている。あわよくば、逃げたしたっぱが上の連中を呼んでくれるかもしれない、という期待からの行動だ。


「どのみち決着は今日でつける。奴らがどれだけの組織だろうが我々が勝つ」


「えらく俺らの力を高く評価してんじゃねぇかオイ」


「な、なんだか照れちゃいますね!」


「事実だからな。よほどの事がない限り負ける事はない」


「そのよほどの事が起きなきゃ良いんだけどな」


 基本的にルークの嫌な予感は当たる。特に、最悪の想定はいつも現実として降りかかる。なので、今回もそうなるに決まっている。

 魔元帥の出現、今回の件で言う最悪の想定はこれだろう。


 隣を歩くソラがルークを見上げ、


「戦いの前にこんな事を言うのはあれだが、奴らは魔王の復活とともに間違いなく強くなっている。その上、今回は私達がまだ知らない魔元帥との戦闘になる可能性が高い。正直に言おう、私は不安だ」


「んなの今に始まった事じゃねぇだろ。不安だろうがなんだろうが勝つ、今まで通りに勝ちゃ良いんだよ」


「そう、だな。私は貴様の力になるだけだ。だが、無茶だけはするなよ……まぁ、言って無駄だろうが」


「無茶せずに勝てる相手なら苦労しねーよ。やるしかねぇんだ……」


 不安がないと言えば嘘になる。

 一度勝ったデストにすらボコボコにされたのだ、能力の分からない相手となれば不安の一つや二つ当然の事だ。しかし、それでも勝たなくてはならない。

 人類とか世界平和ではなく、自分自身が生き残るためには。


 目指すは噴水広場。そこで目的の人物に会えなければ時計台。それでも無理なら、再び恐喝を繰り返す。

 しかし、そうはならなかった。

 ーールーク達は、噴水広場にたどり着く事は出来なかった。


 最初にその異変に気付いたのはアテナだった。


「……おかしい、人が少なすぎる」


 大通りを歩いていると、いつの間にか人混みが綺麗さっぱり消えていた。店は締まり、屋台は引き上げ、家の窓は全て閉じてある。振り返っても人影が見えず、昼間だというのに活気が見当たらない。

 アンドラは辺りを見渡し、


「確かに……人が全然いねぇなオイ」


「どっかで集まりとかあんの?」


「そんな筈はねぇと思うが……それにしたっておかしいだろオイ。店や屋台ならともかく、家の窓まで閉めるこたねぇだろ」


「……いや、なるほど。こちらとしては好都合のようだ」


 アテナの静かな呟きが耳に入る。と同時に、その視線の先に一人の人影が現れた。

 始めに聞こえたのは鎖の擦れる音だ。ジャラジャラと鳴り響き、その音がこちらに近付いて来る。

 振り返り、ルーク達は顔を揃えてそちらを見た。


 男がいた。首に鎖を巻き付けた男だった。


「いやまさか本当に攻めて来るとはな。ベルトスがボロボロになって帰って来たからどんな奴かと思ったが……俺と同じ単細胞のバカって訳か」


「……君は」


「昨日ぶりだな、一応また会えるとは伝えといたけど、俺もこんな早くに会う事になるとは思わなかったよ」


 フレンドリーな口調でアテナに語りかける男。首に巻き付いている鎖、その特徴はアテナから聞いた男のものに酷似していた。

 緩んでいた意識が一瞬でしまる。

 ルークは男を睨み付け、


「昨日の奴はどうした」


「今日は来ないよ。相手は俺一人……って訳じゃないけど、今は俺しかいない。ったく雑用も楽じゃないよな」


「勝手にペラペラ喋ってんじゃねぇよ。あのボサボサ頭の場所を言え、あとついでにテメェらのボスの居場所もだ」


「いきなり喧嘩腰かよ、俺の苦手なタイプだなオタク。でも言えない、昨日逃げて帰ったのでも絶叫くらったんだぜ?」


「知るかよ、言え」


「人の話も聞かないタイプだなこりゃ。なんでこんな奴ら俺一人で相手しなくちゃいけないんだか」


 やれやれ、といった様子で両手を広げ、男はけだるそうに呟く。一見やる気がなさそうに見えるがそうではない。滲み出る敵意を隠せてはいないーー否、隠す気などないのだろう。

 ルークはとりあえず殴ろうと踏み出すが、アテナがそれを手で制止した。


「人払いをしたのは君達か?」


「一応今まで派手に動く事態なんてなかったもんでな。顔見られたら困るわけよ、だから噂を流しといた」


「噂?」


「そ、噂。奴隷商人同士の小競り合いってやつ? ともかく、今日町に出るのは危ないって噂」


「しかし、全ての人間の目を誤魔化せる訳ではない筈だ」


「だから俺が一人で出てきた。俺一人なら顔がバレても問題ないし、それになにより、雑用だからな」


 ある程度のリスクをおかしてまでも、彼らにとってこちら側は潰しておきたい相手らしい。流石に騎士団団長や勇者という事を知られている訳ではないだろうが、芽は早いうちにつんでおくという事なのだろう。

 男はヘラヘラとした様子で、


「結構上手く立ち回って稼げてたんだぜ? それがオタクらのせいで台無しだ。外から来た連中ってのは分かってるけど、俺らに喧嘩売るとはなぁ」


「それは残念だったな。君達の行いを見逃せるほど私達は優しくない。それに、反逆をしないように仕向けたのも君達だろう?」


「……せーかい。俺達好みの町を作るのも結構大変だったんだぜ? 前は正義感で立ち向かって来る奴もいたが、その度にバカどもを沈めた。それを繰り返して、ようやく分かってもらったんだ。歯向かう事は愚かだってな」


「恐怖で人を縛ったところで長くは続かない。ここは君達の町ではないんだ、与えられた自由を奪う事など許されない」


「まだ、な。でももうすぐ『俺達』の町になる。だからオタクらみたいなのは早めに潰しておきたい」


 ようするに、計画を邪魔者する部外者ーー自分達の思い通りにならない人間を消しておきたいという事なのだろう。

 アテナは進もとするルークをなんとか抑えつつ、


「一つ、訊きたい事がある。君達の力についてだ」


「訊くのは自由だけど答えないぞ」


「それで構わない。……君達の後ろにいるのはーー魔元帥か?」


「……!! あぁ、なるほど、そういう事ね」


 魔元帥という単語を聞いた瞬間、明らかに男の表情が変化した。それはもう肯定しているようなものだが、男は隠そうともしない。

 アテナの顔を見つめ、小さく口角を上げた。


「なるほどなるほど。オタクらも『そっち側』の関係者って訳か」


「そっち側、だと?」


「最近噂になってんだろ? 魔元帥を殺してる勇者達の話。噂の中には魔王が復活したってのもあるが……それ、本当だろ?」


「……それが答えか?」


「そう受け取ってもらって構わない」


 魔王が復活した、それはまだ国中に知られている事実ではない。カムトピアの住人でさえ本当かどうか掴めていない事だ。

 それを知っているのは、あの場にいた人間ーーもしくは魔元帥に関係のある人間だけだ。


 であれば、もう間違いない。

 この男は、魔元帥に近しい人間で当たりだ。


「そんじゃ次はこっちの質問に答える番だ。勇者はどいつだ?」


「俺だ」


「お前? んじゃそのちっこいのが精霊か……。精霊にも見た目の違いってあるのな」


「誰がちっこいのだ、私は大きいぞ。そりゃもう凄いんだぞ」


 なにが凄いのかはさて置き、ルークはなにも考えずに即答してしまった。ただ、こちらに勇者がいるとバレている以上、無理してまで隠すような事実ではない。

 勝手に名乗ってしまったルークに呆れつつ、アテナが口を開く。


「魔元帥はどこにいる。君達は魔元帥に脅されているのか?」


「自分で言ってただろ、恐怖じゃ人を縛りつける事は出来ないって。俺達は俺達の意思で力を貸してる」


「目的はなんだ」


「言えない、言うつもりもない。それよか、とっとと始めようぜ。遅くなると俺が怒られちまう」


 男は腰をかがめ、両の掌を地面につけた。もう話をするつもりはないらしい。その証拠に、辺りの空気が一変した。

 男の体から、赤黒い泥がこぼれ始める。


「ここに来ちまった自分の行動を呪え。魔元帥を殺して回るのは勝手だが、ここに来たのは間違いだったな」


 男の体からこぼれる泥は波をうち、男の周りの地面を濡らして行く。いや、それだけにはとどまらない。地面を這い、周囲一体にその泥は広がって行く。

 灰色の地面が、泥に染まる。


「さよならだ、勇気ある人間さん」


 微笑んだ直後、地面を這っていた泥が津波のように数メートル跳ねた。うねり、そしてルーク達を飲み込むべく迫る。ただの水ならまだしも、あれに飲まれれば呼吸はおろか、動く事さえ難しいだろう。土砂崩れに真正面から立ち向かうようなものだ。


「く、アキン!」


「はい!」


 危機を察知し、アテナとアキンが瞬時に前に飛び出す。構え、そしてーー、


「退いてろ」


 小さく呟き、ルークが一歩を踏み出した。その手にはすでに剣が握られており、まばゆい光を放っていた。

 ルークは剣を振り回した。

 凪ぎ払うように、横一閃に。


「え」


 男の小さな声をかき消し、放たれた光の斬撃が泥の津波と激突した。津波のど真ん中にデカデカと穴を空け、激しい風が吹き荒れる。並んでいた屋台を吹っ飛ばし、地面を抉り、泥の津波もろとも辺りの物を根こそぎ凪ぎ払った。

 光に飲まれた泥の津波が弾け、泥の雨が降り注ぐ。


 男はただその光景を口を開けて見ているだけだった。多分、今のが全力だったのだろう。人数的に見ても、戦力的に考えても、男は奇襲ーーなおかつ一撃でしとめる必要がある。だから、開始と同時にありったけをぶつける……ぶつけたのだが、


「……………………いやいや、そんなんありかよ」


 その全力は意図も簡単に吹き飛ばされた。

 本来であれば窒息、もしくは圧殺する筈だった波は弾け、汚い雨のように地面にべちゃべちゃと落ちている。

 一言で言うのなら、理不尽だった。


 その理不尽を起こした青年はさらに進む。

 泥の雨の中を。


「ごちゃごちゃ勝手に喋りやがって。俺が知りてぇのは昨日の奴とテメェらのボスの居場所だけだ」


 肩に泥が落ちる。

 服に染み、なんとも気持ちの悪い感触が皮膚を刺激する。


「黙ってそれだけ言ってりゃ良かったものを、俺は長い話が大ッ嫌いなんだよ」


「あれ、これヤバいかな。もしかしてピンチかな」


「もしかしなくてもピンチだ。言え、言わなきゃ殴る。いや言っても殴るけどな」


「力も性格も理不尽ときたか。こりゃ……俺も覚悟をーー」


 男はなにかをしようとした。飛び出し、もしかしたら反撃しようとしていたのかもしれない。

 だが、それは叶わない。

 なぜなら、飛び出した男の顔面の前に、待ち受けるようにルークの拳が突き出されていたのだから。


「あ」


「勝手に動いてんじゃねぇよッ!」


 バヂン!!と鈍い音が鳴った。

 男の顔面を拳が捉えた音だ。

 ソラの加護を受け、ルークの身体能力は飛躍的に高まっている。真正面から、しかもカウンターの要領でヒット。

 男の体は空中で三回転ほど回り、そのまま地面に落ちた。


『……はぁ、貴様はバカなのか、いやバカだったな忘れていたよ』


「んだよいきなり。危ねぇから反撃しただだろ」


『やり過ぎだ。気絶させてどうする、まだ訊きたい事は山ほどあるというのに』


「……う、うっせぇ。どっか連れてって訊きゃ良いだろ」


 まぁ、相変わらず後先は考えていないようである。

 とりあえず倒れた男に近付き、手を伸ばすーー、


「ルークさん!!」


「あーー!?」


 ティアニーズの声が聞こえた瞬間、ルークは無意識に体を丸めていた。これまでの経験により、あの声で呼ばれた時はなにか危機が迫っていると、本能に刻まれていたからだ。

 そして、直後に衝撃があった。

 なにか硬いもので、全身を殴打されたような衝撃だ。


「うぐ、がぅッーー!!」


 堪えきれず、ルークの体は吹っ飛ばされる。ゴロゴロと地面を転がり、そのままなにかに激突。直ぐ様体を起こすと、物ではなくアテナの顔が近くにあった。


「大丈夫か?」


「お、おう、なんとか」


 アテナに支えられ、ルークは体を起こす。

 まだ身体中が痺れている。そして、ルークはその感覚を覚えていた。遠い昔ではなく、つい最近同じような衝撃を受けた事がある。

 昨日、まったく同じ痛みを感じていた。


「……ようやく来やがったなテメェ」


「本当は来るつもりなかったんだけどな。流石にこいつ一人じゃお前の相手は無理だと思ってよ」


 倒れている男の側に寄り添う、黒いマントに身を包んでいる男がいた。フードを深くかぶっているので顔は見えないが、声、雰囲気、そしてなにより、体が覚えていた。

 あの黒いマントは、昨日の男だと。


 男は倒れている男に肩を貸し、


「なにやってんだお前。あんだけ警戒しろって言ったじゃねぇか」


「さ、流石にこれは予想外だっての。デタラメ過ぎ、ベルトスが負けるのも分かるわ」


「昨日は、だ。間違えるんじゃねぇ」


 ベルトス、というのは昨日の男の名前だろうか。

 鎖の男はフラフラとよろめきながら、ベルトスの肩を借りてなんとか立ち上がり。鼻から大量の血をながしており、口回りが真っ赤に染まっていた。


 ルークはベルトスを見て、僅かに笑みをこぼす。


「さっさと昨日の続きをやろうぜ。あんな中途半端な喧嘩は認めねぇ」

 

「そりゃ俺も同感だ。だが、わりぃが今日は無理だ。他の目的があるらしくてな」


「あ?」


 カツン、と音が鳴った。革靴が地面を叩くような音だ。

 その直後、屋根から人が飛び降りた。ベルトスと同じく、全身を黒いマントに包んでいる。だが、違う、あれは違う。

 ベルトスほど生易しくはない。

 比べ物にならないほどの狂気が、マントの内側から溢れ出していた。


 あれは人間なのか。

 そんな疑問をもつほどに。


「……テメェ、誰だ」


「こうして会うのは初めてだな。勇者」


「なるほど、テメェが魔元帥か……!」


「流石に分かるか。ウルスの言う通り、気性と口が荒いな」


 そもそも人間なんかじゃなかった。

 そして、こちらの予想した通り、まだルーク達が出会った事のない魔元帥だ。聞いた事のない声、落ち着いた口調、その声からは余裕すら感じ取れる。

 ルークは柄を強く握り、


「黙れ、テメェは今ここで殺す!」


「残念だがそれは無理だ。今回は俺の番じゃない、いわばーー助太刀だ」


「助太刀? なに言ってーー」


 そこで、言葉が途切れた。

 意識を他にもっていかれたからだ。確かに魔元帥の放つ空気は異色だ。しかし、それでも他に誰かが現れれば気付く。

 でも、気付かなかった。

 ルークだけではない、その場の全員が気付かなかったのだ。


 もう一人、黒いマントがその場に現れた事を。


「…………」


 思わず息を飲んだ。

 ルークだって、見ればその人間がどれだけの強さをもつのか分かるくらいには修羅場を潜って来た。でも、分からなかった。

 魔王の時のようになにも感じない訳ではないのに、その黒いマントの力量をはかる事が出来なかった。


 動く。

 手を上げ、フードに指先が触れる。


「俺が出る必要はねぇと思ったが、来て正解だったな」


「その、声……」


 反応したのはルークではなく、ティアニーズだった。

 しかし、ルークもその声を知っていた。

 一度しか聞いた事はないけれど、なぜか耳にこびりついていた。


 フードをとり、男は言う。


「俺の町へようこそ、クソッタレども」


 ルークは感じていたが、以前見た時の好青年のような雰囲気はない。

 笑ってはいるけれど、それが笑顔なのか分からないーーそんな表情だ。


 ルーク達が逃げている時に出会った男。

 ティアニーズがぶつかった男。

 そして、ルークが心の底から嫌悪感を抱いた男だった。



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