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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
七章 精霊の契約
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七章二十四話 『歪んだ感情』



「さて、と……」


 パンパン、と二度ほど掌を合わせた音が響く。

 その仕草は、手についた汚れを払うようだった。ぐるりと辺りを見渡し、蒼い瞳の女ーーアテナは一人の男を見る。

 壁に背中を預け、身体中に傷を負い、今にも意識を失いそうな男だ。


「一応手加減はしたが、恐らく数日は目を覚まさないだろうな。仮に覚ましたとしても、当分は動けないさ」


 アテナ、そしてケルトの周りには大勢の男達が倒れていた。これといった外傷がないのは、彼女達が彼らを一撃で綺麗に沈めたからだ。ピクピクと肩を揺らして痙攣している者もいるが、恐らく命に別状はないだろう。


「オタクはマジで何者? 言い方悪いけど化け物みたいな強さだな……」


「私も一応女だ、そこまで言われると傷つく。が、その言葉はそのまま君に返そう。それは、なんだ?」


 アテナの視線の先には男がいる。しかし、アテナが指す『それ』とは男の事ではなく、彼の肩の辺りから出ている赤黒い土の事だ。先ほどまで肩だけではなく全身から溢れていたが、もうその力を使う事も出来ないようだ。


「魔法とは少し違う、私の知らない力だ」


「言えない。言ってもどうせ信じないだろうしな」


「それを決めるのは私だ。だが、別に言わなくても構わない。このまま拘束させてもらう」


「それは勘弁してほしいな。捕まったらなにされるか分からないしよ」


 今さらだが、改めて状況を説明しよう。

 と言っても特に記す事はなく、襲いかかって来た集団を返り討ちにしただけだ。騎士団団長と精霊の力を持ってすれば、ただのチンピラなど相手にすらならない。

 泥を出す力には多少驚いたが、それでも潜って来た修羅場の数が違い過ぎたのだ。


 男は息苦しそうに肩を上下し、


「つかよ、貧民街の方は気にならないのか? 今頃俺の仲間が行ってる筈なんだけど」


「問題ない。貧民街へ向かったのが君と同じ強さの人間なら、逆にやられるのはその仲間の方だ」


「随分とお仲間を信用してるんだな」


「付き合いは短いが、彼の強さが本物なよは理解している。まぁ、正確にやや難があるが……」


 頭に浮かんだのはあの勇者の青年だ。

 やや、というか問題しかない世性格なので、最悪やりすぎているーーなんて事も考えられる。しかし、流石にあの怪我で無茶はしないだろうと思い、アテナは過った不安を無理矢理頭の隅に追いやった。


「ともかく、君には一緒に来てもらう。訊きたい事が山ほどあるのでな」


「残念、俺はバカだが口は固いんだ。オタクらがどんな拷問するのかは知らないが、なにも言うつもりはないぞ」


「拷問なんてしないさ、君が喋るまで待つ……いや、それまでには君の組織は潰れているかもしれないな」


「無理だな。オタクは相当強いが、あの人には敵わないよ」


「あの人? 君達のボスか?」


 そこで男はやっちまった、と言いたげに眉間にシワを寄せ、わざとらしく口を結んだ。

 この調子では口をが固いというのも怪しいが、一応喋ってはいけない事は分かっているらしい。


「まぁ良い、喋っても喋らなくても連れて行く事には変わりない」


「抵抗しても、か?」


「出来るものならやりたまえ。今度は本気で君の意識をとりに行く」


「はいはい、そんな目で睨まれたら戦意なんて失せるっつーの」


「ならば初めから挑発するのを止めた方が良い」


 大人しく両手を上げ、戦意のない事を証明する男。

 アテナは呆れたように息を吐きながらも、男を拘束しようと側までーー、


「ーーーー!?」


 瞬間、アテナの本能が危険を察知した。

 踏み出した足を素早く引き、そのまま後ろへ大きく跳躍。

 目の前をなにかが通り過ぎた。厳密に言えば、空から巨大な土の塊が落下して来た。


「ったく、おせーぞ」


 土の向こう側から男の声が聞こえた。自分達に向けられたものではない、ならば誰にーーその答えは直ぐに分かった。

 男が背にしている建物の上、その屋上に人影が見えたのだ。


「くッ、マズイ、逃げられる!」


 咄嗟に走り出したアテナとケルト。

 しかし、それよりも早く屋上の人影が動いた。人影が手を伸ばすと、その指先からなにかが垂れる。

 土だった。

 その土はロープのように下まで下り、満身創痍の男の体に巻き付く。


 二人が巨大な土の塊を越えた時には、男の体が屋上に向けて引っ張られている最中だった。

 たとえジャンプしても届かない、男はその位置まで引き上げられている。


「悪いな、何度も言うが捕まる訳にはいかないんだ」


「待て!」


「待てって言われて待つかよ。どーせ直ぐに会える、流石にまたオタクらの相手はごめんだけどな」


 アテナの叫びをバカにするように男は微笑み、身体中に巻き付いた土の隙間からヒラヒラと呑気に手を振っていた。

 男の体はそのまま屋上まで引き上げられ、瞬く間にその場から消えてしまった。


 アテナは舌を鳴らし、足をついている巨大な土の塊に爪先を軽く叩きつけた。

 チンピラは放置して行ったのを見るに、彼らはあくまでも末端、さらに言えば使い捨ての存在なのだろう。


「すまない、油断した。まさか助けが来るとは思っていなかった」


「いえ、油断したのは私も同じです。アテナさんのせいではありません」


 表情は伺えないが、ケルトの言葉には悔しさが混じっているようにも聞こえた。

 逃げられたものは仕方ないと自分を納得させ、アテナは土の塊から飛び下りる。それから倒れている男を適当に選び、


「仕方ない、大した情報は得られないだろうが、連れて行って話を聞こう」


「そうですね。それよりも、あの男の事で一つ気になる事が……」


 完全に伸びている男を肩に担ぎ上げ、二人は足早にこの場を去ろうとする。あの音を聞きつけ、多少ながら野次馬が集まり出していた。

 姿を隠しながら来た道を進む。


「気になる事? あの力の事?」


「はい、あれは魔法ではありません。僅かですが、魔獣に似たものを感じました」


「魔獣に? では、あの男は人型の魔獣なのか?」


「いえ、間違いなくあの男は人間です。魔獣でも精霊でもない、正真正銘普通の人間です」


「人間が魔獣の力を持っていた、そう言いたいのか?」


「恐らく。確証はありませんが」


 男を担いで人混みを抜ける女ーー正直かなり怪しいのだが、周りの野次馬はこちらにあまり興味を示していない。よほどなにが起きたのか気になるのか、アテナ達の横を過ぎて現場に走って行ってしまう者ばかりだ。


「はぁ……まったく、なにが起きているのか見当もつかないな。一度貧民街まで戻ろう」


「あの男は貧民街に仲間が向かったと言ってましたが、あの勇者は大丈夫でしょうか」


「多分大丈夫だとは思うが……私も少し強がってしまったところはある。それにルークの事だ、あの怪我でも暴れまわるだろうな」


「私もそう思います」


 ルークの思考は簡単だ。ムカついたら殴る、そんな子供みたいな思考で動いている。

 なので、たとえ付き合いが短かろうが、彼を理解するのに大した難しさはない。実際、出会った時期がほぼ同じ二人が、まったく同じ考えに行き着いている。


 あの男のイカれた性格はともかく、


「急ごう、エリミアスが心配だ」


「はい」


 二人の不安はそこにあった。エリミアスもエリミアスで、ルークに負けず劣らず変わった性格の持ち主なのである。

 人混みを一気に抜け、二人は貧民街に向けて走り出した。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「今日は天気が良いですねぇ。こんな日は外で過ごすに限る」


「そ、そうですね」


 男の能天気な言葉に、ティアニーズはどう返事したら良いのか分からず、適当な相槌をうつ事しか出来ていなかった。


 誘われたまま男と食事を済ませ、二人は今噴水広場のベンチに並んで腰をかけている。昨日ティアニーズが一人で来た時、ボーっとしながら座っていたベンチだ。


「あの、そろそろ良いですか? 訊きたい事があるんですが……」


「あぁ、ごめんごめん、そういえばそうだったね。君と過ごすのが楽しくてつい……」


「そ、それは構いません。私も、その、久しぶりにゆっくり出来て楽しいので」


 照れくさそうに頬をかく青年を見て、ティアニーズは作り笑いを浮かべた。

 確かにゆっくり出来て嬉しいのだが、なにか物足りない感じがしていた。隣にいるのが青年ではなく、ルークだったらーーと考えている自分に気付き、ティアニーズは慌てて頭を振り、


「私が訊きたいのはこの町の奴隷商人についてです」


「奴隷商人? あの、変な事を訊くけど、君はいったい何者なんですか?」


「騎士団の者です。えと、訳あって奴隷商人について探してるんです」


「騎士団……だから堂々と町を歩いていたんですね。それなら納得だ」


 嘘はついていない。騎士団だし、奴隷商人を探しているのは事実だ。しかし、騎士団だから奴隷商人を探している訳ではない。

 これはあくまでのティアニーズ自身の意思なのだ。仕事ではなく、個人の欲望で動いている。


「なにか知りませんか? なんでも良いんです、些細な事でも」


「うーん、奴隷商人については謎が多いですからね……。一人がまとめているって話もあれば、組織で動いているって話もある。でも、なんで君は一人で探しているんですか?」


「え?」


「いや、こういうのって普通何人かでパトロールするものですよね? それに奴隷商人と言えばこの町では絶対的な悪です。いくら騎士団とはいえ、それを君みたいな女の子が一人で探すなんて……」


「それは……その……」


 思わず口ごもってしまった。勘が鋭いというか良く見ているというか、この青年は探偵でもやっているのだろうか、なんて考えさえ頭を過る。

 青年はティアニーズの顔を覗きこみ、


「答えたくなかったら無理して答えなくても良いですよ。でも、僕で力になれるのら……話を聞く事くらいは出来ますから。でも、僕みたいな男には言いたくないですよね……」


「い、いえ! そういう訳ではないんです。ただ、これは私のわがままなので、そこに他人を巻き込むのは……」


「そんな事ありませんよ。困っている人がいたら助ける、そんなの当たり前じゃないですか」


 青年は柔らかい笑顔でそう言った。

 その笑顔に、なにか不気味なものが混じっている様子はない。ルークは気持ち悪いと言っていたが、ティアニーズにはそれがなにを意味するのは分からなかった。

 やがて、ティアニーズは静かに口を開いてしまった。


「昨日、私と一緒にいた男の人を覚えていますか?」


「あぁ、はい。目付きの悪い彼ですよね?」


「はい。さっきも言いましたが……あの人、怪我をしてしまったんです。私を守って、大きな怪我を」


「でも、生きてるんですよね?」


「命には別状はないです。寝ていれば治るとも言ってました」


 今頃なにをしているだろうか、そんな考えが頭を過る。きっと、文句を言いながらも寝ているだろう。

 勝手に家を抜け出し、あとで怒られるに違いない。あの青年はともかく、他の人間は間違いなく怒るだろう。

 しかし、それでも、


「私のせいなんです。私がもっとしっかりしていれば、もっと強ければ……あの人は傷つかずに済んだ……」


「それは君のせいじゃ……」


「前にも、同じような事があったんです。私が弱いせいで……大事な人を……」


 こぼれ落ちそうになった涙を必死に堪えた。

 何度泣いても涙が尽きる事はない。金髪の青年の事を思い出すだけで、後悔と己の無力さに胸を締め付けられる。

 多分、これはこの先も消えてはくれない。

 いや、消えちゃダメなものだ。


「だから、今回の一件は私が一人で解決しなくちゃいけないんです。もう、誰も傷ついてほしくないから、私一人で絶対に……!」


 強迫観念にも似た思いだ。自分が一人で背負えば、誰かが傷つかずに済むというイカれた考え。間違っている、間違っているけれど、今のティアニーズはその間違いにすら気付けていない。

 なにもかもを、本気で一人で背負おうとしている。


 そんなティアニーズに、青年が静かに言う。

 ティアニーズはうつ向いているので分からなかったが、狂気の混じった笑顔を浮かべ。


「強く、なりたいですか?」


「はい。誰にも負けないくらい、皆を守れるくらい」


「そうですか。ならーー強くなってみますか?」


「え?」


 突然の言葉に、ティアニーズは間抜けな声を出してしまった。

 青年の顔を見ると、先ほどと同じように優しい笑顔で顔を満たしている。


「えと、それはどういう意味ですか?」


「強くなれますよ。僕もその方法で強くなったんです」


 怪しさしかなかった。お世辞にも青年が強そうなんて言えなかった。背はルークよりも高いが、筋肉質という訳でもない。覇気も感じられないし、どちらかと言えば喧嘩とは無縁そうに見える。

 いつものティアニーズなら、適当に流していただろう。


 そう、いつものティアニーズなら。

 しかし、今の彼女は正常ではない。

 強くなれる、その言葉が酷く魅力的に感じてしまった。


「……どうすれば、強くなれるんですか?」


「簡単だよ。訓練するとか変な薬を飲むとか、そんな面倒な事はない。ただ一つ、約束するだけで良いんだ」


「約束?」


「そう、約束だよ」


 引き込まれるような感覚だった。

 戯言だと、聞くに絶えない事だと流せば良いのに、ティアニーズは身を乗り出していた。本人も気付いてはいない。

 それほどまでに、彼女は強さを求めていた。

 武力を、純粋な力を。


 この時点で、ティアニーズはもう手遅れだったのだろう。いや、もっと前から、その前兆はあった。

 なんのために戦っているのか、なんのために力が欲しかったのか、なんのために力を使えば良いのか。


 そんな簡単な事が、分かっていた事が分からなくなっていた。


「その約束って……」


「それはーー」


 ダン!と激しい音が響くと同時に、二人の体が大きく揺れた。至近距離で響いた音、その方向へ目を向けると、誰かの手がベンチの背もたれに乗っかっていた。

 誰かが背もたれを勢い良く叩いたのだ。

 そして、ティアニーズはその人物を知っていた。


「……お前、なにやってんだオイ」


「……アンドラさん?」


「お知り合いですか?」


 青年は驚いたように体を震わせたが、直ぐに姿勢を正してアンドラを見た。

 しかし、アンドラは青年を見ようともしない。存在を分かっていながら、わざと無視しているようにも見えた。


「なんでここにいるんですか……?」


「なんでじゃねぇよ、お前がいきなりどっか行っちまうからだろーがオイ。ルークに連れ戻せって言われたんだよ」


「ルークさんに?」


 意外な人物の名前が聞こえ、ティアニーズ中に驚きと喜びが生まれた。

 すると、少し離れたところから見知った顔が二人現れる。


「お頭! いきなり走らないでくださいよ!」


「なんでルークもアンタも女を置いて行っちゃうのよっ」


 現れたのはアキンとシャルルだった。アンドラと同じく探しに来たのか、息を切らしていた。

 肩を揺らして呼吸を整える二人。ティアニーズは隣の青年を紹介しようと立ち上がったが、その瞬間にアンドラに手を握られた。


「行くぞオイ」


「え、いやでもこの人がーー」


「良いから、行くぞ」


 有無を言わせぬ態度にティアニーズは静かに頷いた。心なしか、昨日のルークと雰囲気が似ていた。

 明確な怒りが、混じっていた。


 結局、ティアニーズは青年に最後の挨拶をする暇も与えてもらえず、引きずられるようにしてその場を去る事になってしまった。別れ際に青年が手を振っていたが、アンドラはそれすらも無視し、ティアニーズの視界から青年を消すようにして立ち塞がった。


「お前、アイツとなに喋ってやがったオイ」


「別に、なんでもないです。ちょっとした世間話です」


「そうか、なら良いんだけどよオイ。これは俺からの忠告だ、二度とアイツには関わるな」


「なんで、ですか?」


 チラリ、とアンドラは青年に目を送った。苛立ったように眉間に力を込めたが、アキンの手前あまり強くは言えないのか、小さくため息をこぼし、


「俺と同じ悪人だからだ」


 その言葉を最後に、貧民街につくまで会話はなかった。

 ティアニーズがその言葉の真の意味を理解するのは、これよりもう少しあとの事になる。



 少女が去ったあと、青年は深くベンチに腰をかけた。姿勢を正して座るでもなく、だらしなく足を広げて。

 青年は多分笑っていた。

 多分というのは、正確に彼の感情を読み取るのは難しいからだ。


 顔は笑顔の形をしている。が、それを一目で嬉しいという感情だと分かる人間は少ないだろう。

 それほどまでに歪んだ表情だった。


 青年は顔を歪めたまま、静かに呟く。


「あぁ、やっぱり最高だ。あの女はーー俺の物にする」



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