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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
七章 精霊の契約
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七章十七話 『ノルマ達成』



 ガジールから始まりの勇者の話を聞いたルーク達は、とりあえず家へと戻っていた。結局、魔王を倒すための情報を得る事が出来なかったが、ルークは満足していた。

 恐らく、人の過去話を聞いても苛々しなかったのはこれが初めての事だろう。


 自分とはまったく違う人間ーー始まりの勇者。

 人助けをする彼を気持ち悪いと思うのは今でも変わらないが、ほんの少しだけ、勇者という存在の役目を自覚したからだ。


 家へと向かう道中、両手に野菜を抱えながら、ガジールがこんな事を訊いて来た。


「お前らいつまでここにいるんだ?」


「さぁな。魔王に関する事を聞きに来ただけだし、あんま長居するつもりはねーよ」


「んだよつれねぇな。もうちょいゆっくりしてけ」


「無理。おっさん後悔するぞ」


「は? なんで後悔するんだよ」


「多分この町滅ぶから」


「そりゃ大変だ」


 あっけらかんとした様子で微笑むガジール。

 だがルークの言葉は決して冗談ではない。腕のマーキングがある以上、遅かれ早かれ奴らは再び襲って来る筈だ。しかも、以前よりも遥かに高まった戦力を持って。


 そうなれば、今のルークでは太刀打ち出来ないだろう。力そのものの問題もあるが、自分の中にある迷いが消えていないからだ。

 なにせ、ルークはその迷いがなにに対するものなのかを理解していない。こんな状態では、まともに戦う事すら出来ないのだ。


「ルーク」


「あ?」


「……いや、なんでもない」


 ソラの問いかけに、上の空で答えるルーク。恐らく、悩むような顔をしていたのだろう。自分の顔をペタペタと触り、頬を引っ張って伸ばすと、


「つっても、行き先ねぇしなぁ……」


「王都に戻る……というのはなしだな。奴らはどういう訳は私達の居場所を把握している。身を隠す事を優先するべきだ」


「なんだ、もうどっか行っちまうのか?」


「ええ、出来れば直ぐにでも」


「今日一日くらいはゆっくりしてけ。無理し過ぎると動きたい時に動けねぇぞ」


 ゆっくりと休みたいのは山々だが、その結果、どうなるのかをルーク達は見てきた。消えてしまったゴルークス達のように、もしこの町に同じ事が起きるとすれば。

 出来れば、ルークとしてもそれは避けたい。


「一日くらいへーきへーき。行く宛もねぇんだ、せめてどこに向かうかは考えた方が良いだろオイ」


「どこに行けば良いか分からねぇから困ってんだろ」


「そりゃ、そうだなオイ」


 それが一番の悩みの種だった。魔王を殺すという最終的な目標は変わらないが、そこに至るまでの道順が分からない。殺す算段が整っていないのに挑むほどバカではないし、かといってこのままなにもしない訳にはいかない。


 どん詰まり。ようするに、つみというやつだ。

 なにをすれば良いのか、どこに行けば良いか。

 なに一つ、進むべき道が分からない。


「今まで通りフラフラしてどーにかなんならそれで良いけど、そういう訳にもいかねぇだろ。今の戦力が勝ち目はねぇんだし、なにか有効な手が一つでも見つかりゃなぁ……」


「こういう時は一人で悩むだけ無駄だ。夕飯を食べ、皆でゆっくりと話しあおう」


「そうするしかねぇか」


 悩めば悩むほど土坪にはまり、思考は迷宮へと迷い込んでしまう。ブンブンと頭を振り、引っ張っていた頬を離すと、ようやく家が見えてきた。

 が、なにか様子がおかしかった。

 アキン、エリミアス、ケルト、そしてシャルルの四人が慌てた様子で家の前に立っていた。


「あ、ルーク様!」


 ルーク達に気付くと、一目散にエリミアスが走って来た。子供達と遊んでいたからなのか、額には汗が滲んでいる。


「あの、ティアニーズさんのお姿が見当たらないのです!」


「は? ティアの? そういやアイツ朝からいねぇんだっけか」


「皆さんと探したのですが、どこにも見当たらなくて……」


 他の二人も額に汗が流れており、首を縦に振るだけだった。

 四人の焦った様子を見て、ルークの頭に嫌な予感が過る。それはソラも同じらしく、


「……少し、嫌な予感がするな。今のティアニーズはなにをするか分からない」


「そ、そんな……! ティアニーズがそんな事する筈が……」


 する筈がない、そう言いかけて、エリミアスの口は止まった。するかもしれない、そう思ってしまったのだろう。エリミアスはルークの言い付けを破り、ティアニーズに会いに行っている。恐らく、その時になにかあったのかもしれない。


「あのバカ……しゃーねぇ、俺は町の方見て来る」


「で、でしたら私も!」


「ダメだ、お前達はここに残ってろ。アイツがひょっこり帰って来るかもしんねぇだろ」


「……分かりました」


「ならば私も行こう。貴様は一人にすると迷子になるからな」

 

 納得行っていない様子のエリミアスを無言のプレッシャーで黙らせ、ルークはソラとともに歩き出そうとする。しかし、それを止めたのはアンドラだった。


「ちょっと待て、俺も一緒に行くぞオイ」


「別にいらねぇよ」


「道案内出来る奴がいた方が良いだろ? 俺はこの町の地図を全て頭に叩き込んでる。つか、断られても勝手についてくぞオイ」


「わーったよ」


 ルークは渋々頷いた。

 迷子に定評のあるルークにソラが加わったところで、対した戦力にはならない。なので、アンドラの加入は願ったり叶ったりだった。

 三人は早速行こうとするが、そこへもう一人手を上げた。


「私も行く。私もこの町の事なら良く知ってる」


 口を開いたのはシャルルだった。

 だがしかし、アンドラは険しい顔をしていた。


「良いのかよオイ。またアイツに会うかもしれねぇぞ」


 アイツとは、昨日までシャルルを奴隷として連れていた男の事だ。

 いきなりルークに暴力を振るわれ、もしかしたら血眼で探しているかもしれない。そんな状態の男に会ったらーーいや、そもそもシャルルにとって町は良い思い出のある場所ではない筈だ。


 しかし、シャルルの瞳は揺らがない。

 ルークへと視線を向け、


「逃げたくないのよ。私も、ちゃんと逃げずに立ち向かいたいの」


「……勝手にしろ」


 ぶっきらぼうなルークの言葉に、シャルルは口元を緩めて頷いた。

 この瞬間、町へと出るメンバーは決定。

 走り出した三人の背に、アテネが言葉を投げ付ける。


「私達はもう少し付近を探してみる。なにかあったら直ぐに戻って来るんだぞ」


「おう、もし見つけたら逃げねぇように縛りあげとけよ」


 そう言って、ルーク達は市街地へと走り出した。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 時刻は夜の七時頃という事もあり、町は活気に包まれていた。酔っぱらいの親父、買い物を楽しむ親子、どこかで夕飯を食べようと店を探すカップル。ともかく、人で溢れていた。

 人混みに目を向け、ルークはため息混じりに呟く。


「人多いなクソ……邪魔だ」


「一応これでも五大都市の一つだからな。騒がしくて当然だぜオイ」


「手当たり次第に探すしかねぇか。おっさん、アイツの行きそうな場所知らねぇ?」


「んなの知る訳ねーだろオイ。お前の方こそ分かんねぇのか?」


「知らん」


 皆目検討もつかなかった。勝手にいなくなるのはいつもルークの役目だったし、年頃の、しかも悩んでいる少女がどこへ行くのかなんて分かる筈がなかった。

 なので、


「かなり疲れそうだな」


「それでも探すしかないでしょ。あの子……私が言うのも変だけど、凄く思い詰めてるみたいだったし……」


「意外と見てたんだな。あんだけ悲劇のヒロイン気取ってたくせに」


「うっさい。そういう状況だったんだから仕方ないでしょ」


 どうやら自覚はあったらしい。

 ただ、今のシャルルにはその面影はない。地に足をつけ、ちゃんと前に進もうという意思が感じられる。本人は拒んでいたが、ルークのした事は間違いではなかったのだろう。


「ともかく、こんな時間に女の子一人で出歩くなんて危ない過ぎる。早いとこ探さないと……私みたいになるわよ」


「……そん時はそん時だ。この町の奴隷商人片っ端からぶちのめして探しだす」


「必死だな。そんなにティアニーズが気になるのか?」


「おう、当たり前だろ」


 はっきりと、ルークはそう断言した。

 そんな答えが返って来ると予想していなかったのか、ソラは目を見開いたまま固まる。が、直ぐに笑みを浮かべると、


「そうか、では早く見つけてやらねばな」


 遅れて自分がなにを言ったのか理解し、ルークは乱暴に頭をかきむしった。なぜあんな事を言ったのかは分からないが、ティアニーズを気にしているという自覚があったからだ。


「さ、早いとこ見つけちゃいましょ」


 そんなこんなで、本格的に迷子の少女探しが開始。

 特徴は綺麗な桃色の髪、そして、それが霞んでしまうくらいに暗い表情。多分、近くにいれば直ぐに気付くほどに違和感を放っている筈だ。


 しかし、ルーク達は直ぐに違和感を見つける事となる。

 ティアニーズではなく、敵意という違和感を。


 しばらく町を歩いていると、ルークは妙な視線を感じた。一人ではなく、数人のものだ。

 どうやらアンドラも気付いているらしく、


「オイ、さっきから見られてんぞ」


「わーってるよ。おっさんの知り合いか?」


「ちげぇと思う。多分……昨日の奴の仲間だ」


「こんな直ぐにか? おっさんに恨みがある奴じゃねぇの」


「……否定出来ねぇ事言うんじゃねぇよオイ」


 軽口を叩きつつも、二人はその違和感を探そうと辺りを見渡す。人が多すぎるので誰がこちらを見ているのか分からないが、敵意を向けている人間がいるのは明らかだった。

 不審な様子の二人に気付き、あとをついて来ていたシャルルが口を挟む。


「どうかしたの?」


「多分昨日の奴が俺達を見てる。お前の事狙ってんじゃね?」


「バカ言わないでよね、奴隷なんて代えは沢山きくの。狙いは私じゃなくてアンタよ」


「なんで俺なんだよ」


「殴ったからに決まってるでしょ。ねぇ、コイツバカなの?」


「バカなんだ、言わねぇでやれよオイ」


「お前らあとでぶん殴ってやる」


 この町で奴隷に関係のある人間に手を出すというのは、そのグループを丸ごと敵に回す事を意味する。ルークはいまいち理解していないけれど、テムランに住む人間なら知っていて当たり前の常識なのだ。

 ただ、その常識を知っていたとしても、この男は殴っていただろう。


「どーする? 探して殴るか?」


「止めとけ、また来るだけだ。ソイツらをやってもまた次がある、本気で全員潰すくらいの気持ちでやらねぇと無理だぜオイ」


「それは勘弁。流石に面倒過ぎる」


「なら今は無視だ。手ェ出して来るんなら話は別だが……そん時はやり返して逃げるぞオイ」


「昨日は関わるなって言ってたくせに」


「どこのどいつのせいだろうなオイ!」


 ここのコイツのせいです。

 ともあれ、隠れているのならわざわざ探して手を出す必要はない。視線が身体中に刺さるのは気持ち悪いが、面倒なのはルークとしても御免だ。それになによりも、今はティアニーズを探すのが先だ。


 と、思っていたのだが、


「おい、テメェ昨日の奴だよな?」


 一人の男がいきなり四人の前に現れた。忘れもしない、昨日ルークが殴ったスキンヘッドの男だ。頬にはガーゼが腹れており、頭には軽い擦り傷が刻まれている。

 ルークは男を見上げ、


「テメェなんか知らねぇよハゲ」


「誰がハゲだゴラ。これはスキンヘッドだ」


「ハゲだろーがハゲ。ハゲ隠すためにスキンヘッドにしてんだろ。じゃあハゲじゃん」


「ハゲハゲうるせぇぞ!」


「騒ぐんじゃねぇよハゲ。頭の傷ひらいて毛根終わるぞ。あ、もう終わってるか」


「こんの……!」


 ペラペラと回る舌。そこから繰り出されるハゲ攻撃に男は顔を真っ赤にし、明らかに激怒していた。

 次の瞬間には殴られる。ルークはそう思った。

 なので、とる行動は一つ。

 先手必勝あるのみ。


「ふん!!」


 問答無用で叩き込んだ拳を受け、スキンヘッドの男の体が再び宙を舞った。昨日よりも高く空へと上がり、綺麗な放物線を描いて人混みへと消えて行ってしまった。

 まぁ今さらなだが、この男に騎士道とか正々堂々とかは言っても無駄なのだ。


 シャルルはゴミでも見るかのような目をルークに向け、


「アンタ……その、なんて言えば良いんだろ。……そう、クソみたいな性格してるわね」


「誰がクソだ。俺はやられる前にやれってババアから教わったんだよ」


「それはそうだけど、なにもいきなり殴る事ないじゃない。アイツ、なんか言おうとしてたわよ」


「知らん。殴られる前に喋らなかったアイツが悪い」


「うん、クソよりもゴミね」


 ルークの極悪非道な行い、なぜかシャルルまでもがスキンヘッドの男に同情していた。ただ、シャルルは知らないがこれが通常営業なのである。

 すっきりとした表情を浮かべ、ルークは再び歩き出そうとする。が、


「待てよ兄ちゃん。このまま逃がす訳ないだろ」


「そりゃそうなるよなオイ……」


 どこに隠れていたのか、ぞろぞろと現れた男達。あっという間に囲まれ、逃げ道を塞がれてしまった。

 どこから視線が向けられているのか分からない筈だ、とルークは思った。

 なぜなら、辺りにいた男達ほぼ全員が、敵だったのだから。


「この町で俺達に手を出すなんて良い度胸してんじゃねぇか」


「テメェらか、奴隷を売ってる奴らってのは」


「だったらなんだ?」


「消えろ。テメェらがどこでなにしようが知ったこっちゃねぇが、俺に関わんじゃねぇ」


「随分と生意気な奴だなァ。一回ぶっ殺しとくか」


 男が手を上げると、周りの取り巻き達が懐に手を忍ばせる。次に手が見えた時には、小さなナイフが握られていた。喧嘩なんかじゃない、どうやら本気で殺すつもりのようである。

 となると、やはりとるべき行動は一つ。


 ルークは一歩踏み出し、男の目の前に立つ。

 膝を曲げ、一気に地面を蹴って飛ぶと、


「邪魔だボケ!」


 硬い硬い膝のお皿を、男の鼻に向けて叩き付けた

 ブシュッ!と潰れた音が響き、男は白目を向いてそのまま後ろへと倒れてしまった。

 開けた道、なにが起きたのか分からずに固まる取り巻き。

 つまり、


「うし、逃げよう」


 男を踏みつけ、ルークは全力で走り出した。

 残されたアンドラ達はルークの背中を見つめる。そこでアンドラは気付いたのだが、既にソラがいなくなっていた。流石パートナー。ルークがどういう男なのか良く分かってらっしゃる。


 じゃなくて、


「なんかこれ前にも見た気がすんぞオイ!!」


「ちょ、男のくせに女を置いて逃げるな!」


 遅れて反応したアンドラとシャルル。

 一足先に逃げ出したルークに苛立ちながらも、その背中を追うように走り出した。


 本当に、何度目になるだろうか。

 やはりこの男は、なにかから逃げる宿命のようだ。



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