七章十一話 『その瞬間まで』
「なんで……テメェがここにいやがんだ!」
「テメェを殺すために決まってんだろォが」
「んな事を言ってんじゃねぇ! なんでここが分かった!」
「そうか……テメェ気付いてねェんだな?」
右の眉を上げ、デストは嬉しそうに口元を緩めた。ルークの上に立てた事が嬉しかったのか、挑発するように口角が波打つ。
怒りに飲まれそうになったが、唇を噛み、痛みで頭を冷やし、
「ケルト、二人連れてどっか行け」
「精霊がいない貴方では太刀打ち出来ません。ここは私が」
「あ? ソラなら……?」
ケルトに言われ、ルークは自分の手を見る。いつものくせでソラの頭に手を置いたつもりだったのだが、そこにいたのは頬を染めたアキンだった。背丈がほぼ同じなので勘違いしていたらしい。
格好つけた手前、なんだか恥ずかしくなってしまうルーク。それを誤魔化すためにアキンの頭を乱暴に撫でると、
「アイツの狙いは俺だ。俺が相手する」
「許容出来ません。エリミアス様、戦ってもよろしいですか?」
「は、はい! あまり無理はしないでくださいね!」
エリミアスに確認をとると、ルークを押しやってケルトが前に出た。
デストは全員の顔を見渡し、
「別に逃げても構わねェぜ? どのみち全員殺すからな」
「誰も殺させません。貴方は私が殺す」
「ざけんな、アイツは俺の客だ、俺がぶっ潰す」
「そう来なくっちゃなァ。テメェを殺させなきゃ俺の気が済まねェんだよ」
明らかに、デストの殺意はルーク一人に向けられていた。あくまでも他はおまけ、ルークさえ殺せればあとはどうでも良いのだろう。
しかし、それはこちらも同じだ。
敵が目の前に現れてくれたのに、それを見逃すような男ではない。
「わざわざ探す手間が省けた。この間の借りはきっちり返させてもらうぞ」
「良いのか? あの精霊も無しに俺に勝てると思ってんのかよ」
「バーカ、これくらいが丁度良いハンデだろ? 一度テメェには勝ってるしな」
「忘れてたなァ。テメェがとことん俺の癪に触れるクソッタレだって事をよォ!!」
風圧とともに、一瞬にして殺意がバラ撒かれた。いち早く感じ取ったのは鳥だ。騒がしいほどの鳴き声が村中に響き、遅れて羽ばたく音がうるさく鳴る。
それを受け、ルークの額に汗が伝う。
わざと挑発したとはいえ、めちゃくちゃ不利なのは事実だ。
「かかって来いよ。またぶっ殺してやっから」
「舐めてんじゃねェぞ。俺は負けてなんかいねェ、それを証明するためにここに来たんだ!」
動きがあったのはデストの方だ。
両手を広げ、一瞬にして間合いをつめる。彼の能力は硬化。皮膚の硬度は鉄をも上回り、人間が殴れば拳が余裕で砕けるのは目に見えている。
ルークは腰をかがめ、
「うおォォォ!!」
逃げるのではなく、一気に懐へと飛び込んだ。自分の肩をデストの腹にぶつけ、腰へと手を回す。
バカみたいな硬さだった。鉄の塊に自分から突っ込んだような感覚に陥り、その全ての衝撃が右肩に集中している。最悪の場合脱臼ぐらいは覚悟していたが、幸い両手は動く。
歯を食い縛り、腹の底に力を込め、
「真正面から殴りあう訳ねぇだろ!」
「な、テメェーー!」
叩くように振り下ろされた拳を背後に回る事で回避し、逃がさぬように両手を結んでロック。後ろからデストを抱き締めるような形になり、そのまま全力で持ち上げるのと同時にぶん投げた。
ルークは肩で息をしながら、頭から地面に落下したデストを見る。あの程度で倒せるなんて思っちゃいない。というか、ダメージを与える事さえ難しいだろう。
その予想は当たり、
「テメェ、まさかこんなんで俺を殺れるなんて思っちゃいねェよな?」
「そこまでバカじゃねぇよ。でも倒れたな、それに頭ついた。精霊の力もねぇ、ただの俺の力でだ」
「とことんムカつく野郎だなァ……!」
立ち上がったデストはルークを睨む。額に青筋を浮かばせ、既に怒りの沸点は限界値を大幅に越えている事だろう。だがしかし、ルークは挑発を止めない。
「なぁ、死ぬってどんな感覚だ? つか、覚えてんのか? でけぇ肉の塊になった瞬間を」
「……黙れ」
「俺は良ぉく覚えてるぜ。テメェの体を真っ二つに引き裂いた感覚をな」
「黙れつってんのが聞こえねェのか……」
「今回も追い詰められたらアレになんのか? そういや、魔元帥は二つ姿があるんだったな。つー事は、あのキモいのがテメェのもう一つの姿って事か」
「黙れって言ってんだろォがァ!!」
ベキベキベキ、と血管が千切れるような音がルークの耳にまで入って来た。今のデストは怒りの塊でしかない。そんな彼を挑発するの危険だと分かっていて、なおもルークは止めない。
狙いを自分に絞らせるという目的もあるが、なにより、
「ルーク!」
「おせぇよバカ!」
「仕方ないだろう、子供達に美乳がなんたるかを叩きこんでいたのだ!」
暗がりの中から白い頭の少女が走って来た。遅れた理由のアホさはともかく、これでようやく戦う事が出来る。
それに加え、騒ぎを聞き付けた村の者達が次々と家から顔を覗かせていた。
「離れるなっつってたのはどこのどいつだよ」
「……そうか、そんなに寂しかったのか。しょうがないな、今度からは片時も離れずに貴様のーー」
腕を組んでどうでも良い事を口走り始めたので、頭の上に手を置いて強制的に口を閉ざす。剣の感覚を確かめるように握り締め、ニヤリと口角を上げた。
「待たせたな、これでテメェをぶっ殺せる」
「調子に乗るんじゃねェ。その精霊ごとテメェを殺さなきゃ意味がねェ。まとめて手足もいでやるよ」
「やってみろや。また地獄に送り返してやっから」
一度勝った相手とはいえ、明らかにその雰囲気は変わっていた。相変わらずの沸点の低さと不気味な瞳は変わらないが、恐らくなんらかの変化はあった筈だ。
剣を握り、足を踏み出す。
『どういう訳かはあとで聞こう。今はアレをどうにかするのが先だ』
ソラの呟きの直後、二人は同時に飛び出した。
突き出した拳と振り下ろした剣が激突し、当たりに甲高い音が響き渡る。たった一度の激突だというのに、その風圧は木々を激しく揺らして森の音を一瞬にして消し去った。
「ようやくテメェを殺せる!」
「バカ言ってんじゃねぇ、何度やっても勝つのは俺達だっての!」
「なんにも分かってねェみてェだな。クソ勇者ァ」
至近距離で目に入った不気味な笑み。その瞬間、ルークの全身を寒気が走った。逃れるように拳を弾き、一旦距離をとる。
直ぐ様姿勢を低くし、全力で地を蹴って走り出す。放たれた一突きは、デストの左胸に直撃した。
しかし、
「どうした? 全然通ってねェぞ?」
「なーー」
口を開くよりも早く、デストの拳がルークの顔面を弾いた。以前に殴られた事はある。あの時は加護もなしに突っ込み、生身の状態で好き放題殴られたものだ。
だが、今殴られた瞬間には加護が働いていた。気味の悪い違和感が体を包んでいたし、ソラだって反応出来る速度の攻撃だ。
けれど、
「ガ、グゥッ!!」
拳の衝撃に耐える事が出来ず、ルークの体は大きく後方へと吹っ飛んだ。空中で意識が飛びそうになるが、地面に落ちた痛みで意識を引き戻される。
ぐちゃぐちゃにかき回された空を見上げ、一瞬思考に空白が生まれた。
『ルーク!』
「ーー!」
ソラの声が耳元で響き、ルークはハッとして立ち上がる。が、二本の足に上手く力が入らなかった。しっかりと踏ん張った筈なのに、意思に反して体が横へと傾く。
その様子をデストはニヤニヤと見ていた。
「まさかあれで本気だなんた思っちゃいねェよな? だとしたら舐められたもんだぜ、魔元帥はよォ」
「コイツ……前よりも硬くなってやがる……!」
硬さだけではない。恐らく腕力そのものも大きく向上していた。紙でも斬るかのようにして振った剣でも斬れた筈なのに、裂けた衣服の下に見える皮膚は無傷だ。その上、耐えられた筈の拳で一瞬意識が飛んでいた。
ソラの呼び掛けがなければ、あのまま終わっていただろう。
「いきなり強くなったのか……」
「バーカ、んな訳ねェだろ。これが本来の力だ。親父が寝てたせいであんな醜態を晒しちまったが……あんなもんじゃねェぞ」
いきなり強くなった理由は分からないが、恐らくーーいや十中八九魔王が復活した事と関係があるのだろう。考えても答えは出ないが、一つだけ理解出来てしまった。
この状態の魔元帥を相手にして、普通の人間が勝てる筈がないと。
五十年前の戦争で、なぜ魔元帥を一人も殺す事が出来なかったのかを。
ニヤニヤと挑発的な笑みを浮かべながら、デストは歩みを進める。その一歩一歩の足音が、嫌に大きく聞こえた。
「どうした? ビビって動けなくなっちまったのか? さっきまでの威勢の良さはどこに行った?」
「うっせぇぞ、ちょっとした休憩だ。このあと華麗にぶっ飛ばしてやるよ」
「そうか、ならやってみろ。その前に殺しちまうかもしんねェけどなァ!」
デストが動き始めた瞬間、ルークは無意識に足を下げていた。だが、動かない。まだ上手く脳から指令が伝わっていないのだ。下げた筈の足はその場で震え、迫るデストをただ見ているだけしか出来ない。
動けない、なら、
「ーーッ!」
避ける事を止め、真正面から拳を受け止める。
ふざけるな、とルークは思った。
受け止めた瞬間に衝撃が弾け、僅かでも気を抜けば吹き飛ばされてしまいそうだった。震える足ではふんばる事も出来ず、ルークの腕力ではデストを止める事が出来ない。
しかし、デストは手を緩めない。
「オラオラどうしたァ!? 勇者ってのはその程度のもんだったけかァ!?」
デストの右足が、ルークの足を払った。激痛とともに視界が回転し、空いている手を地面についてなんとか体勢をとろうとした。が、遅い、遅すぎた。
目の前には拳。吸い込まれるようにルークの顔面へと迫り、
「バハッーー」
鼻っ柱に拳が直撃し、血の臭いで鼻の中が満たされた。しかし、そこで追撃は止まらない。体勢を崩し、のけ反った体が引き寄せられる。
胸元掴まれたーーそう気付いた時には、痛みが腹で暴れ回っていた。膝が腹部に食い込み、体がくの字に折れる。
口から血が溢れた。多分、鼻血も出ている。だが、今のルークの頭には、それを理解するだけの余裕はない。
視界の端でなにかが動いた。
鞭のようにしなる足だった。
「俺は勘違いしてたみてェだな。テメェ、本当に勇者か?」
バヂン!!と変な音がした。それと同時に目の前で火花が散り、全身が浮遊感に包まれる。
多分、蹴られた。多分、吹っ飛んだ。
ルークに分かったのはそれくらいだった。
「……グゥ……バ…………」
気付くと、地面が目の前にあった。うつ伏せに倒れ、頬にひんやりとした感覚が広がる。
理解が追い付かない。思考が追い付かない。
少し遅れて自分が倒れていると気付き、ルークは立ち上がろうとする。
「つまんねェなァ。せっかく殺しに来てやったのによォ。まァ良いか、ここで死ね」
足音だけが近付いて来る。耳元で聞きなれた精霊の声が響いているが、なにを言っているのか上手く聞き取る事が出来ない。
視覚、聴覚、嗅覚。五感の半分がおかしくなっていた。
だが、そこでデストの足が止まった。
彼の胴体に、真っ赤な炎が直撃したからだ。
「下がれ!!」
「大丈夫かオイ!」
声のあと、丸太のようなものが回転しながらデストの顔面に当たった。しかし、顔がブレるどころか、当たった丸太の方が音を立てて粉々に砕け散った。
その隙に、二人の人影が前に立ち塞がる。
アンドラとアテナだった。
そして、
「ルークさん!!」
その声だけは、なぜか分かった。
ティアニーズが涙を浮かべて駆け寄って来た。ぐったりとしたルークの体を持ち上げ、自分の膝に乗せる。
デストは散らばった丸太の破片を踏みつけ、
「……いてェいてェ。どこのどいつだ、俺にこれ投げつけたのは」
「俺だ。忘れたとは言わせねぇぞオイ」
「誰だテメェ……いや待て、そうか、見覚えがあるな。あん時のおっさんか、俺に半殺しにされたおっさんかァ」
「そうだよ。今ここでその借りを返してやるぜオイ!」
「待つんだ!」
デストの白々しい態度に当てられ、アンドラは怒鳴り声を上げた。武器も持たず、アテナの制止も無視して走り出すーー、
「そこまでだ」
静かな呟きが響く。人混みをかき分け、その老人はアンドラの横を過ぎてさらに前へ出た。
ゴルークスだった。表情が変化していないので、断定は出来ないが、その声に僅かな怒りが混じっていた。
無言のまま、ゴルークスはデストを睨み付ける。
「なんだその目は。俺が誰だか分かっててやってんだろォな?」
「魔元帥デスト。良く理解しているよ」
「俺の方がテメェより上だ。そこを退け」
「出来ない。いや、そんな事は絶対にしない」
デストの好戦的な態度を前にしても、ゴルークスの表情はまったく変化しなかった。
そこで、ルークは気付いた。エリミアス達が側にいる事に。ルーク達を囲い、村の大人達が守るように立っている事に。
その様子を見て、デストは腹を抱えて笑った。下品な笑い声だけが辺りに響き、静かな村を汚して行く。
「弱いな勇者。皆に守ってもらわねェとなんにも出来ねェのか? アァ!?」
「黙れクソが……! テメェは俺が……」
「ダメです! 動かないで!」
必死に立ち上がろうとしたが、ティアニーズがルークを押さえ付ける。頭を強く抱き締められ、身動きがとれなかった。そんなルークの耳元で、涙をすする音が聞こえた。
また、ティアニーズは泣いていた。
たったそれだけなのに、動く事が出来なかった。
二人を見て、ゴルークスがゆっくりと唇を動かした。
「確か、君達はテムランを目指していたんだったね」
「そんなのはどうだって良いだろオイ!」
「これが私の最後の力だ。テムランまで直接弾く事は出来ないが、出来るだけ近くにしよう。あとは、君達の足で歩いてくれ」
「なに、を」
「子供達を、どうかよろしく頼む」
その言葉を合図にしたかのように、囲んでいた大人達が一斉に動き出す。状況を理解していない子供の背中を急かすように押し、さらに子供を含めたルーク達を一ヶ所に集める。
なにをしようとしているのか、方法は分からないが分かってしまった。
「待て、止めろおっさん!」
「良いんだ、これが私に出来る唯一の償いなんだ。ティアニーズさん、だったかね?」
「……はい」
「すまなかった。あえて、私はこの言葉をもう一度口にするよ」
ばつの悪そうに顔を逸らしたティアニーズだったが、ゴルークスは構わずに言葉を続ける。
「確かに、君の言う通りだよ。私は人間の真似事をしていただけに過ぎない。けど、これだけは分かってほしい。憧れたんだ、綺麗だと思った、家族や友人を思いやる人間の強さが……私には眩しいくらいに羨ましかったんだ」
「私は……貴方に酷い事を……」
「気にしなくて良い、全て事実だからね。でも、これだけは分かってほしい。私は、人間が大好きなんだ。人間の美しさが……本当に大好きなんだよ」
「……! 待って! 私はまだーー」
「すまない」
その言葉を最後に、ルークの視界は白に染まった。
背後からルークや子供達が消えたのを確認すると、ゴルークスは改めてデストへと目を向けた。それと同時に、周りの魔獣もデストを睨み付ける。
デストは苛立ったように目を細め、
「なんのつもりだ、テメェ」
「逃がしたんだよ。分からないのかね?」
「テメェ、自分がなにしたか分かってんのか? 魔獣のくせに人間ごっこなんてくだらねェ事して、情でも移ったんじゃねェのか?」
「そうだ。私は人間を助けたいから助けた。もう、私には守る村はないからね」
そう言って、背後へと目をやる。
ーー全てが、消えていた。
畑も家も井戸も、そこにあった生きるためのものがなにもかもなくなっていた。当たり前だ、自分でそうしたのだから。
この場所は生きるという役割を終えた。
だから、人間はいなくなって当然なのだ。
そして、その側にいた子供達も。
恐らく、今頃は無事にどこかへたどり着いている筈だろう。ゴルークスの力では場所を定める事は出来ないが、テムランの出来るだけ近くに弾かれるように設定した。
「テメェ、親は誰だ」
「…………ウルスだ」
「そうか、アイツとは昔っから頼が合わなくてなァ……テメェらぶっ殺して嫌がらせすっからよ、ここで死ね」
「貴方は可哀想な方だ」
その呟きを聞いて、デストの眉がピクリと動いた。
あえて、ゴルークスは口にした。怒りを煽るように、皮肉めいた笑顔を浮かべて。
「貴方は人間の強さを理解していない。だから、負ける。貴方は必ず負ける」
「俺が勇者に負けるだと……?」
「いいや、貴方が負けるのは勇者じゃない。ーー人間にだよ」
ぶち、と変な音がした。
ゴルークスの腕が千切れた音だった。
目の前にいた筈のデストが背後にいる。その腕には、ゴルークスの右腕が握られていた。
しかし、ゴルークスは言う。汗を流し、痛みを噛み殺して。
「貴方だけじゃない……。我々魔獣は負ける、初めからそう決まっていたんだよ」
「いい加減口閉じろカス」
「我々にはなくて人間にあるもの……それは愛だよ。私はそれを最後まで手に入れる事は出来なかった……けど、誰かを守りたいという気持ちは、最後に得る事が出来たよ」
「そうかよ。死ね」
デストはどうでも良いと言いたげに、言葉を吐き捨てた。
直後、激突があった。
いや、激突なんて簡単なものじゃない。一方的な虐殺だった。
それでも、最後までゴルークスは立ち向かった。
ーー命が消えるその瞬間まで、なにかを護るために抗い続けた。
森が静けさに満たれた頃、ルーク達は見知らぬ土地で目を覚ました。硬い岩が背中に突き刺さり、逃れるように体を起こす。
瞬間、激痛が駆け巡る。当然だ、先ほどまで殴られまくっていたのだから。
「どこだここ……」
視界に広がるのは荒野だった。
高く伸びた雑草が生い茂り、枯れた木がそこら中に倒れていた。空は真っ黒だが、夜だからという訳ではなく、雨雲が頭の上に流れている。
「子供達は……」
重い体を引きずり、立ち上がった瞬間、アキンの声が耳に入った。首を回して背後に目を向けると、既にルーク以外の人間は目を覚まし、一つの場所に集まっていた。
そう、ルーク以外全員が、集まっていた。
ゆっくりと、そちらへ歩みよる。
「お頭……子供達はどこですか!」
「アキン……」
「僕達一緒だったじゃないですか! なのに、なのになんで!」
涙を浮かべ、アキンは叫んでいた。アンドラはなにも言わずにうつ向き、横に立つアテナも同じように答える事はない。
ケルトに抱き付くエリミアス、虚ろな瞳で座り込むティアニーズ。
ソラはルークに気付き、
「助けられた……ようだな。私が造った封印の祠と同じ原理だ。役目を終え、その空間が消えたために異物である私達は弾き飛ばされた……」
「……そうかよ」
「いや、すまない。少し、動揺しているみたいだ」
淡々とした口調で、聞いてもいない事を説明するソラ。多分、気を紛らわせたかったのだろう。
子供が誰一人いないこの状況を、認めたくなくて。
ルークは首を動かす。
痛みすら、今は忘れられた。
ティアニーズを、見る。
「謝れなかった……また、守れなかった……!」
そんなティアニーズの言葉だけが、いつまでのルークの頭に響いていた。