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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
七章 精霊の契約
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七章六話 『選択肢』



「随分と派手な登場じゃねぇか。ソラ!」


「あぁ、気を抜くなよ」


 襲われたと分かれば、とるべき行動は一つだった。こちらの足はこの馬車しかない以上、なにがなんでも死守しなければならない。こんな草原のど真ん中では助けも期待出来ない。となれば、馬車を完全に破壊されるより早く、魔獣どもを殲滅する。

 剣を握り締め、ルークは迎撃を開始した。


「気持ちわりぃ顔しやがって!!」


 荷台から身を乗り出し、真正面から向かって来た魔獣に向けて剣を突き出す。伸びた刀身が額のど真ん中をぶち抜き、たった一撃で光の粒となって消滅した。


「両翼鬼、『ガーゴイル』。人を頭からボリボリとかじる魔獣だ」


「名前なんてどうだって良いんだよ。屋根吹っ飛ばすぞ」


 アテナの呟きを聞き流し、握った剣を振り上げる。荷台をおおっていた布を骨組みごと斬り裂くと、バタバタと風に乗って飛んで行ってしまった。見上げ、開けた視界に入って来たのはやはり魔獣。アテナの言っていたガーゴイルとやらの魔獣が、馬車の周りを十五匹ほど飛んでいた。


「意外と多いな」


「いや、それだけじゃない。向こうから来ているのも魔獣だ。合わせると……百は越えているだろうな」


「初っぱなから戦力ぶつけてくんじゃねぇか」


「魔獣の全体数からすれば、こんなものとるに足らない数だ」


 いくらなんでも、全てを同時に相手どる事は不可能。こちらの戦力は限られているし、これは馬車を守るための戦いだ。この馬から動けないルーク達にとって、もっともやり辛い状況だった。

 タイムリミットは魔獣の群れがたどり着くまで。

 アテナは瞬時に動き出した。


「アンドラ、君は前だけを見て進め。後ろは私達でどうにかする、馬車を転がさない事だけに全神経を集中させるんだ」


「りょーかいだオイ!」


「アキン、君は私とともに魔法で迎撃だ。ルーク、ケルト、二人は私達が撃ちもらし、迫って来た魔獣をねじ伏せろ」


「は、はい!」


「あいよ!」


「了解しました」


 的確な指示により、呆気にとられていた全員が一斉に動き出す。怯えながらも立ち向かう意思を宿したエリミアス、その横で肩を震わせるティアニーズを見て、


「……ティアニーズ、君はエリミアスを頼む」


「分かりました」


 返事をしたのはエリミアスだった。アテナの言葉は、ティアニーズに向けられたものではない。魔獣に対する恐怖からなのか、今のティアニーズは誰がどう見たって戦える状態ではなかった。

 だから、アテナはこう言いたかったのだ。

 ティアニーズを、守れと。


「生き残る事を最優先に考えろ。なに、心配はいらない。これだけの戦力が揃っているのだ、万が一にも負ける事などあり得ないさ」


 その言葉を合図に、馬車防衛戦が始まった。


 しつこいくらいに遠距離戦を強いるガーゴイル。最初のルークの一撃で、接近戦では勝てないと間学んだのか、時間を稼ぐように連携のとれた動きで絶え間なく馬車の周りを飛び回っていた。

 そこへ、アキンの魔法が叩き込まれる。

 例のあれ、爆発(? )魔法だ。


「とりゃぁ!!」


 いまいち気迫に欠ける掛け声とともに放たれ、炎の鳥はガーゴイルを追い掛ける。だがしかし、やはり異変が起きた。羽根の辺りが大きく膨らみ、次の瞬間には激しい爆風を巻き起こす。それはガーゴイルを殺すには十分過ぎるほどの威力だった。

 ただ、


「あっぶね!」


「ご、ごめんなさい!」


 当然、その熱風は馬車を襲った。荷台に積み込まれていた荷物を吹き飛ばし、かろうじて残っていた骨組みはボロボロと地面に転がり落ちてしまう。非常事態に見舞われ、馬は暴れるように首を左右に捻りだしたが、アンドラはそれを必死に押さえながら、


「アキン! それ禁止だオイ!」


「わ、分かりました!」


 飛ばされないように適当な場所にしがみつき、襲いかかる熱風をなんとか耐えしのぐ。

 その間にも、ガーゴイルの猛攻は続く。

 奇声のような音を口から発し、二匹が左右から挟むようにして荷台に迫る。


「ルーク!」


「分かってるっての!」


 申し訳なさそうに頭を下げるアキンをはねのけ、ルークはこちらに迫るガーゴイルと向き合った。落ちないギリギリのところで足を踏ん張り、すれ違い様に剣を振った。

 剣はガーゴイルの羽根を斬り裂き、そのまま落下。馬車の車輪がもがくガーゴイルを引き潰し、ガン!と大きな音を生じさせた。


 その背後、もう一匹と向かいあうのはアテナだ。狙いを定めるように腕を上げ、彼女の周囲に無数の風の刃が出現した。一斉に放たれたそれは、正確無比にガーゴイルの翼を切断し、歪に膨れ上がった体を上下に引き裂いた。


 二人は背中を合わせ、


「このままじゃらちがあかねぇぞ!」


「今考えている! 馬車に乗っていては上手く動けない。しかし、下りればかっこうの的だ!」


「斬って斬って斬りまくるしかねぇか……! あぁクソ、やりづれぇ!」


 足場が不安なのに加え、ルーク達はなにがなんでも馬車を守らなければならない。そもそもの勝利条件が相手とは違うのだ。純粋な殺しあいならまだしも、守る戦いはルークがもっとも苦手とする事だ。


「全然当たりません!」


「もっと相手を良く見ろ! こまけぇ事考えてっから外すんだよ!」


「落ち着けアキン! お前なら出来るぜオイ!」


「おっさんは前だけ見てろバカ!」


 こうしている間にも、前方から迫る魔獣の群れは確実に近付いて来ていた。突然の襲撃、さらには戦った事のない空を飛ぶ相手。明らかに状況は最悪の方向へと向かっていた。


「しゃらくせぇ!!」


 ルークの怒りが我慢の限界を越え、使う事を躊躇っていた斬撃を放った。横に並んでいた三匹のガーゴイルをまとめて真っ二つに両断し、ルークは息を吐き出す。

 だがしかし、ここでソラが呟いた。


『おかしい……』


「なにがだ!」


『なぜ奴らは一斉に襲いかかって来ない? いくらこちらの戦力の方が上だと言っても、数に押されればどうしようもない事は分かっている筈だ』


「んなの……って、待て」


 一旦頭を冷やし、辺りを冷静に見渡した。必死に魔法を放つアキンとアテナ。エリミアスとティアニーズを守るように立つケルト。アンドラは言いつけを守らずチラチラと後ろに首を向けているが、馬車はなんとか速度を落としながらも前に進んでいる。


 そして、問題は空にあった。

 ガーゴイルの数は減っていたが、ひっかかるものがあった。向かって来るのは数匹で、残りはルーク達を襲う気配はない。まるで、監視するかのように周りを飛んでいるだけだ。


 そして、ルークは気付いてしまった。


「……時間稼ぎかよ!」


 ガーゴイル達の目的は殺す事ではなかった。奴らの目的は、ルーク達を出来るだけ足止めする事だったのだ。

 殺すつもりなんてなかった。少し考えれば分かるが、あれだけの魔獣の群れが控えているというのに、なぜガーゴイルは向かって来た?


 答えは簡単だ。

 馬車の速度を遅らせ、群れの到着を早めるためだ。


「アテナ!」


「あぁ! 最悪だ、群れに追い付かれれば本当に打つ手がなくなるぞ!」


 アテナも魔獣達の狙いに気付いたのか、魔法を放ちながら舌を鳴らす。

 一定の距離をとられ、避ける事だけに専念すれば魔法を回避するのはそう難しくはない。奴らそれを選んだのだ。

 獣が獲物を狩る時、弱るのを待つように。


「おっさん、もっとスピード出ねぇのかよ!」


「これが限界だ! 乗合馬車の馬は早く走るための馬じゃねぇんだよオイ!」


「それをどうにかすんのがおっさんの仕事だろ!」


「俺の本業は盗賊であって運転手じゃねぇ! 無理なもんは無理!」


「つかえねぇな!」


「無駄口叩いてる暇あったら打開策を考えろオイ! お前勇者だろ!」


 奥歯を噛み締め、『クソ!』と小さく呟いた。

 魔獣の群れは真っ直ぐにこちらへと向かって来ている。明らかに近付いて来ており、その形が目視出来るようになっていた。この際、魔獣の見た目なんてどうでも良い。


 追い付かれればアウト。圧倒的な物量の前では、たとえ勇者だろうがなんだろうが、馬車ごと踏み潰されておしまいだ。

 出来る事といえば、ガーゴイルを全て殺して一刻も早くこの場から離脱する事。しかし、そちらは望み薄だろう。

 もう、ガーゴイルから攻めて来る気配はないのだから。


「考えろ、なにかある筈だ……」


『斬撃を使うか?』


「いやダメだ。最悪の場合……魔元帥が来る可能性がある」


『チッ……私の力が戻っていれば……!』


 魔元帥の気配を感じはしないが、もうなにが起こってもおかしくはない状況だ。軽率な行動はとれない。ここを生き延びたとしても、次に待ち受けているものがなにかーーそこまで考える必要がある。


 ソラの悔しそうな呟きを聞き、ルークは顔を上げた。

 唯一頭に浮かんだ打開策。勇者である、ルークにしが出来ない事。


「アテナ、コイツらをどうにかして安全なところまで届けろよ」


「……待て、なにをするつもりだ」


「色々考えたけどこれしか思い浮かばなかった」


 立ち上がり、荷台のふちに足をかける。


「俺はここで下りる」


 それが、ルークの出した答えだった。

 考えて、考えて、考えて、ようやく捻り出した答え。いつものような画期的な作戦は思いつかず、すがるようにして出した答えだった。


「ふざけるな! そんな事絶対に許さんぞ!」


「アイツらの狙いは俺だ。俺がここにいる限り、この馬車は狙われ続ける」


「君が下りたからと言って全てが上手く行く訳ではないぞ。もし、奴らが追い続けて来たらどうする」


「だからお前に頼んでんだろ。あの空飛んでる奴は無理だ。だから、魔獣の群れは俺がどうにかする」


 自己犠牲、なんて格好良いものではない。これが最善、これしか打つ手がないのだ。

 勇者であるルークがいる限り、たとえこの場を切り抜けたとしても魔獣の追撃は終わらないだろう。だからこそ、ここで下りて相手をする。

 せめて、馬車が安全圏までたどり着くまでは、時間を稼ぐために。


「君らしくないぞ。君は誰かのために自分を犠牲に出来る男ではない筈だ」


「たりめーだろ。なんで俺が誰かのために怪我しなくちゃいけねぇんだよ」


「ならばなぜ……!」


「俺のためだ。俺が生きるために、ここで奴らをぶっ殺しておく。逃げるなんてごめんなんだよ」


 それは、ルークが勇者になった経緯と同じだった。逃げても追いかけて来るのなら、こちらから出向いて蹴散らす。

 自己犠牲なんかじゃない。決して、違う。


「んじゃ、行ってくっから。あとは頼んだぞ」


「待てーー」


「ルーク……さん?」


 その瞬間だけは、全ての音が消え失せた。

 静寂の中で、はっきりと自分の名を呼ぶ声が耳へと入り込んで来た。

 自分を呼んだ少女へと、ルークは顔を向ける。


「泣いてんじゃねぇよ。いつもみたいに、強気な態度で立ち上がれ」


「いや、行かないで……」


 ルークは答えなかった。無言のまま顔を逸らし、不安を拭いさるように剣を強く握り締める。きっと、この不安はソラに伝わっている筈だ。それでもなにも言わないのは、彼女なりの気遣いと、覚悟の表れなのだろう。


 だから、ルークは踏み出す。

 この状況を切り抜けるためには、これしかーー、



「行かないで!!」



 その叫びを聞いて、踏み出した足が止まってしまった。

 覚悟は決めた筈なのに、振り返らないと決めた筈なのに、たった一言、少女の叫びで、ルークの足は止まってしまった。


 ギリギリと奥歯を鳴らし、再び踏み出そうとするが、


「行かせません。貴方は、絶対に死なせません」


 ルークの腕を掴み、静かにそう言ったのはケルトだった。表情は伺えないけれど、掴む手が強く皮膚に食い込んでいた。


「離せ」


「断ります」


「お前には関係ねぇだろ。姫さんを守るためだけに動いてりゃ良いだろ」


「そうです、私はエリミアス様のためだけに動きます。だから、だから貴方を行かせる訳にはいかない」


 不意に、エリミアスの姿が目に入った。子供のように涙を流し、今にも飛び出しそうなティアニーズを必死に押さえている。

 だが、その顔は、泣いていた。

 それでも『行かないで』とは言わず、唇を噛み締め、ルークの選んだ選択を受け入れるように。


 彼女だって、叫びたかった筈だ。

 止めたかった筈だ。

 それでも、それでも堪えたのだ。


「貴方が死ねばエリミアス様は悲しむ。私は彼女の涙を見たくはありません。だから、貴方を止めます。無駄死になんて絶対に許しません。私も、あの方も」


「ーーッ!」


 なぜだが分からないが、トワイルの顔が頭に浮かんだ。ここに彼がいたら、きっと止めていただろう。これしか方法がなくても、絶対にルークを止めていた筈だ。

 踏み出そうとした足が完全に止まった。

 拳を握り締め、


「だったら……だったらどうすりゃ良いんだよ! 他になにか方法があんのかよ!」


「分かりません。少なくとも、私はこの状況を乗り越える術を知りません」


「なら黙って見とけ! 邪魔すんな!」


「いえ、邪魔します。それでも行くと言うのなら、力付くでも止めます」


 怒りで頭がぐちゃぐちゃだった。どうすれば良いのか分からず、煮えたぎる感情こ捌け口が見当たらない。いつものルークなら、構わず飛び出していた筈だ。

 でも、それが出来ない。なぜか、出来なかった。


 そんな時、


「森だ!」


 アンドラの声が殺伐とした空気を引き裂いた。

 声につられて見ると、視線の先に巨大な森が広がっていた。視界を埋め尽くすほどの木々が不気味に揺れ、太陽の光さえ拒んであるかのような森だった。


「森……? 迷いの森だ! でかしたぞアンドラ!」


「お、オイ!?」


「全員下りる準備をしろ! この際手荷物はいらん、命だけを持て!」


 アテナの声を聞き、ルークの爆発しかけていた感情が収まる。それを感じ取ったのか、ケルトは掴んでいた腕を離した。

 全員が身支度を始める中、一人で応戦するアテナに近付き、


「どうすんだ!」


「馬を捨てて森に入る」


「迷いの森なんだろ、んな簡単に入って大丈夫なのかよ!」


「元々突っ切るつもりだったのだ。多少入る場所が違うから迷うかもしれんが、君が一人で犠牲なるよりは遥かにマシだ」


 皮肉めいた言葉に、ルークは思わず口を閉ざした。だがしかし、やらなくて良いのならそっちの方が良いに決まっている。

 床に転がっていたローブと適当にナイフを拾いあげ、


「アンドラ、速度を落とせ!」


「良いのかよオイ!」


「構わない、私を信じろ。アキン、私が合図したらさきほどの爆発を起こせ。全員一気に飛び下りるぞ!」


「は、はい!」


 ケルトはすかさずエリミアスの元へ近付き、アテナはアキンを守るように側に寄り添う。アンドラは放っておいても自分でどうにかするだろう。

 残るはティアニーズ。ルークは乱暴に息を吐き、


「あぁクソ! ボサっとしてんじゃねぇ! 掴まれ!」


『一応加護を使っておく。死んでもティアニーズと私を離すなよ!』


 ぐったりとうなだれるティアニーズを脇に抱え、もう片方の手で剣を握り締める。

 そして、


「今だ!」


「いきます!!」


 アテナの声を合図に、数匹の炎の鳥が散らばった。爆発は意図的に起こしている訳ではないのだが、今回ばかりは失敗してもらわなければ困る。

 そして、その願いは届いた。

 辺りを飛び回るガーゴイルの付近まで飛び、膨れ上がって激しい爆発を起こした。


 直後、ルーク達は一斉に荷台を飛び出した。



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