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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
七章 精霊の契約
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七章五話 『迫り来る魔手』



 ケルトの衝撃的な弱点が発覚してから早三日。特になにか起こるでもなく、そりゃもう平和な日々が続いていた。

 平和は良い事なのだが、今までが今までだったので、いきなり魔元帥が襲いかかって来てもおかしくはないーーと考えるのが普通だ。


 しかし、そんな気配は微塵もない。

 ここまでなにもないと逆に体がなまってしまい、ちゃんと戦えるのかーーという不安すらわいてくる。

 ただ、平和とは満喫出来る時に満喫しておくべきなのだろう。


 と、いう訳で、


「ピクニックです!」


 そんなエリミアスの提案により、一同は荷台を出て野原へと下り立っていた。なにもするのか知らされておらず、とりあえず横一列に並ぶルーク達。

 エリミアスは指揮をとるように全員の前に立つと、


「私、広大な草原で皆さんと一緒にご飯を食べるのが夢だったのです!」


「……それは別に構わないが、具体的になにをするんだ?」


「お料理をしましょう! 昨日寄った町で購入した食材が残っているので、今日は私が頑張ります!」


 アテナの問い掛けに、エリミアスは腕捲りをして気合い十分の様子だ。鼻息を派手に射出し、一人だけ楽しそうである。

 とはいえ、


「俺らまで馬車を下りた意味は? 料理するんならしたい奴だけやりゃ良いじゃん」


 と、料理が出来ない男二人は不満げだ。当然、横で眠そうな白頭も料理なんて出来る筈もないが、ソラの場合そもそも作る気すらないようである。

 そしてなによりも、ルーク不安点は、


「お前料理出来るっけ?」


「出来ないので、教えていただきます。おにぎりだけは作れますけど、今回はもう少しだけステップアップするのです!」


 以前、ルークはエリミアスの握ったおにぎりを食べた事がある。別に不味くはなかったのだが、奇跡的に味がないおにぎりだったと記憶している。振りかけた塩の味も、たっぷりと詰まった具の味も、全てが消えていた。


 なので、若干の不安がある。

 壊滅的に不味くないとしても、味がないのは男にとって致命的なのだ。


「私は少しだけ出来る。旅をする際、自炊は必須科目だからな」


「私は無理です。エリザベス様が料理する姿を拝見していましたが、作った事はありません」


「僕もやった事ありません。スープくらいなら出来るかもしれませんけど」


 残りの女性陣もこの調子だ。アテナには期待しているが、彼女の場合食べれればなんでも良いという雰囲気がある。旅という不安定な生活の中で培った料理スキルを一度は味わってみたいが、今は遠慮しよう。

 となると、


「ティア、お前が全員に教えてやれ。つかお前が作れ」


「私ですか? 構いませんけど、簡単なものしか作れませんよ?」


「簡単なもので良いんだよ。無駄に手のこんだものでも要求してみろ、旅がその場で終わるぞ」


「ふむ、私も久しぶりにティアニーズの料理が食べたいぞ。アップルパイが懐かしいな」


 唯一の希望の星であるティアニーズ。出発した当初よりは元気そうだが、まだまだ本調子には遠そうだ。だが、今回は彼女の力に頼るしかない。前に食べたアップルパイ、あれはルークの知る料理の中でもかなり上位に入るものだ。


 ティアニーズは少し考え、


「うーん……では、サンドイッチを作りましょう。具材を挟むだけなので簡単ですし、皆で作れますよ」

 

「は、はい! 頑張るので、どうかご教授をお願いします!」


「なんだか楽しそうですね! お頭、僕達も頑張りましょう!」

 

「お、おう! 頑張るぜオイ!」


 そんなこんなで、サンドイッチ作りが開始。のどかな草原で、のどかな調理タイムが始まった。

 あらかじめ洗濯しておいた布を敷き、その上にパンやら具材やらを広げる。多めに購入していたので、全員が食べる分は優にあった。


「ではまず、このパンをナイフで二つに切ります。指を切らないように注意してくださいね」


「ナ、ナイフ……。使うのは初めてですが負けません!」


「お気をつけてください」


「ひ、姫様っ、もう少し肩の力を抜いてっ」


 初めて手にしたナイフだったらしく、エリミアスの手は見てるこっちが不安になるほど震えていた。その横、震えるエリミアスを横目に、ケルトは淡々とナイフを進めて行く。


「うわぁ! お頭上手ですね!」


「おうよ! ナイフ使いにはなれてっからなオイ!」


「僕も見習わないと!」


「気をつけろよ。指切ったら直ぐ言えよ、俺が直ぐに心配して直ぐに駆け付けて直ぐに治してやるからなオイ」


 過保護なパパのナイフの使い道については、あまり触れるべきではないのだろう。特にアキンの前では。絶対に料理なんて平和的な使い方ではないだろうし、今までになにを切ってきたか分かったもんじゃない。


「見ろ、アキン。ナイフ使いに関しては私もそこそこ自信がある」


「だ、大道芸人さんみたいですね!」


 アテナに関しては、謎の対抗心を燃やし、二本のナイフを頭上に投げて遊んでいる。子供に間違った知識を植え付ける、典型的なダメな大人である。

 ただ、アキンは楽しそうなので突っ込むのは野暮というやつだ。


 そして、それを見守るやる気のない奴が二人。

 レタスを貪るソラと、ハムを貪るルークだ。

 作るとか作らないではなく、そもそもパンとナイフに手をつけておらず、指先は口元とハムを往復していた。


「ちょ、ちょっとルークさん! 食べる分がなくなっちゃいます!」


「心配すんな、ちゃんと残ってっから」


「今まさに減ってってるでしょ! もう、ソラさんもダメです!」


「私もレディだからな。草を食べて肌に気を使わねば」


 ティアニーズの注意も聞かず、二人は食べる手を止めない。草を必死に頬張るその様は、どっかの草食動物そのものである。


「前にもこんな事ありましたよね! ルークさんが勝手に食べ物食べちゃった事」


「あの時は食べ盛りだったからな、仕方ねぇよ」


「だったらその手を止めてください」


「今も絶賛食べ盛り中だ」


「口を開けば屁理屈ばっか。その性格直さないといつまでたっても結婚出来ませんよ」


「結婚なんて面倒な事一緒しませんよぉだ。稼いだ金を誰かのために使うとか、考えるだけでヘドが出るわ」


 久しぶりの口論を前にし、それを見守っていた全員が思わず口元を緩めた。言いあっている本人達はまったく気付いていないが、このやり取りはちょっとした心の休憩になっているのだ。

 しかし、このまま放っておくと日が暮れるまで続けるので、


「ティアニーズさん、落ち着いてください。今は料理に集中する時なのです!」


「ハッ、そ、そうでした。ルークさんのせいで忘れるところでした」


「そうなのです! お喋りは全部完成したあとで楽しみましょう。それまではお預けですっ」


「はい。ルークさんも姫様を見習ってくださいよ」


「へいへい」


 時折見せる大人びたエリミアスの一面により、始まりかけた口論は幕を閉じた。その後はルークも文句を言いながらも手伝いを始めたのだが、草食動物となりつつあるソラは相変わらずなのだった。


 サンドイッチ作りも佳境を迎え、最後のパンにティアニーズが具材を挟む。そうして、待ちに待った食事タイムがやって来た。

 エリミアスは並べられたサンドイッチを見て、キラキラと目を輝かせると、


「こうして青空の下で食事がとれる日が来るなんて……私、とっても嬉しいです!」


「たまにはこういうのも良いな。いささか物足りない気もするが、それは雰囲気で誤魔化すとしよう」


「大勢で食べると、それだけでご飯は美味しくなりますからね!」


 改めて見ても、これといって特別な食事ではない。普通に暮らしていれば、当たり前のようにありつける食べ物ばかりだ。しかし、こんな時だからこそ、その普通のありがたみが分かるというものだ。

 全員で手を合わせ、


「いただきます!」


 食事が開始された。

 こうして見ると分かるが、各々が作ったサンドイッチに特徴が出ている。形が変なもの、具が飛び出しているもの、逆に少なすぎてほぼパンだけのもの。

 ルークは何気なく一つを手にとる。が、


「……え? なにこれ」


「あぁ、それは私が作ったサンドイッチだ。こう見えても料理には自信がある、味は保証するぞ」


 名乗りを上げたのはアテナだった。見た目的には家事全般そつなくこなしそうだが、ルークはサンドイッチを見て違和感を感じた。

 パンは普通。だがしかし、具材に問題があった。


「あのさ、これなに入れた?」


「ん? ハムにレタス、あとはトマトにきゅうりだ。あぁ、そうだった。キノコも入れておいたぞ」


「うんそれだね。最後のそれ。俺並んでたの結構食ったけどキノコなんて見当たらなかったけど?」


「当たり前だろう。キノコはそこに生えていたのを入れた」


「はいアウト。アテナさんアウトね」


 アテナの横の地面に掘り返されたあとがあるので、恐らくそこに生えていたのを入れたのだろう。衛生面でも色々と問題があるし、なによりと見た目が良くない。

 傘の部分が濁った紫色で、ところどころに黒い斑点がある。

 毒キノコですと言っているようなものだ。

 というか、これで毒キノコでなければ、もう見分ける事は不可能だろう。


「うし、これ止めよ。他のーー」


「一度手をつけたのだ、今さら戻すなど許されないぞ」


「ふざけんな、こんなの食ったら死ぬわボケ。もう毒キノコですって主張が激しすぎてお腹いっぱいだよ」


「問題ない。同じような見た目のキノコを食べた事があるが、その時は……なにも起きなかった」


「はいツーアウトね。その無言の間なにさ。その無言の間で百個くらい嫌な結末が頭に浮かんだよ俺」


 ともかく、これだけは食べてはいけないと本能が告げている。それなりに戦場を乗り越えて鍛えられた勘だが、いまだかつてないほどに止めろと叫んでいた。

 ルークは元の場所に戻そうとするが、アテナがその手を掴む。


「ルーク、私はこれでも一応女だ。愛情込めて作った食事を拒否されるのは、それなりに心が傷つくぞ」


「これ食ったら俺の心がズタボロになるわ。下手したら爆発するね。俺勇者なんだけど」


「問題ない。ルーク、君は私が見てきた人間の中でも、上位に入るほど強い人間だ。さぁ」


「さぁ、じゃねーんだよ。いくら外見が強くたって胃袋は弱いの! 乗り物にも弱いの!」


「大丈夫だ、このキノコにはそれらを治療する効果がある」


「嘘つけ! そんな万能キノコがあってあまるか!」


 アテナの手を掴み、無理矢理ひっぺがそうとするが、謎の握力によりびくともしない。女子の欠片もない腕力に若干引きながらも抵抗するも、激しい攻防の末、次の瞬間にはサンドイッチを取り上げられてしまった。

 ゆっくりと、アテナの手が動く。ルークの口に狙いを定めるように。


「待て、せめて自分で食べさせてくれ。心の準備がねぇとマジでそれは無理だ!」


「そう言って逃れるつもりだな? そうはいかない、君には私の愛情を受け止めてもらう」


「重い、重いからその愛情! 命とる気満々じゃん!」


「フッ、隙あり!」


「ボフーーッ!?」


 迫る物体エックスが口の中に侵入した。必死に吐き出そうとするが、それ以上の力で押し込められる。結果、ルークはそれを噛んでしまった。

 まず初めに訪れたのはパンのパサパサした舌触りだ。そのあとにトマトの果汁が溢れだし、続けてシャキシャキとした食感が襲いかかる。


「どうだ、私の愛は」


「……あれ」


 今世紀最大の衝撃を受けた。あれほど存在を主張していた筈のキノコが、どこにもいないのだ。何度も噛んでも、一向に訪れない。舌を這わせて探してみるが、殺人キノコは見当たらない。結局、ルークは普通のサンドイッチを食した。


 いくら味がないとはいえ、謎のキノコが胃に溶けて行くのを想像するのは、それなりに不安をかい立てられる。

 腹を擦り、ルークは頬をひきつらせながら、


「めっちゃ普通なんだけど」


「言っただろう、問題ないと」


「逆に怖いわ。え、大丈夫? 俺透けてない? 実は死んでるとかいうオチじゃないよね?」


 ペタペタと自分の体を触り、見えているか確認をとるように他の面々へと顔を向ける。と、ティアニーズとエリミアスがこちらを見つめていた。

 手にしたサンドイッチとルークの顔を交互に眺め、


「「食べますか!?」」


「いらねぇよ」


 アーンするチャンスを問答無用でへし折られ、二人の少女は残念そうに肩を落とした。口直しに自分の作ったサンドイッチを食べようとしたが、不意に横に座るソラが視界に入る。

 なぜだが分からないが、サンドイッチを持ってルーク口元へと手を伸ばしていた。


「え、なに」


「……いや、なんでもない」


「……もしかして俺に食わそうとした?」


「バ、バカを言うな! そんな訳がないだろう!」


 図星だったらしく、ソラは慌てて自分の口に放りこんだ。その横顔がほんのりと赤く染まっていたが、それを指摘すると多分お星さまになってしまうで、ルークは気付かないふりをして食事を進めるのだった。


 ちなみに、数時間後に謎の腹痛に襲われたが、その原因については言うまでもない。



 食事を済ませ、つかの間の休息を満喫した一同。なにもない道をただひたすらに進む、暇な時間が再び始まった。

 だが、ここで突然ケルトが立ち上がった。

 ルークを押し退け、荷台から顔を出して辺りを見渡す。


「あ? どうした?」


「……どうやら、最悪の事態のようです」


 ケルトの言葉を聞き、ルークはつられるようにして顔を出した。うっすらと見える視界な遥か先、なにか土煙のようなものが上がっていた。

 それは地面を鳴らし、こちらへと真っ直ぐに迫って来る。


「まずいな。エリミアス、下がっていろ」


 続けて異変に気付いたのはアテナだった。眉を寄せ、深刻な表情でエリミアスを荷台の奥へと押しやる。

 事態が飲み込めず、不安げな表情を浮かべるエリミアス。


 ルークは目を細め、ソラに手を伸ばした時だった。

 ガゴン!!と激しい衝撃が横から響き、荷台が大きく傾いた。


「ーー! んな!」


「アンドラ! かじをとれ! 絶対に倒れるな!」


「お、おう!」


 激しい揺れによって横転しかけた瞬間、アテナの叫びを聞いたアンドラの馬捌きによって馬車は体勢を取り戻す。しかし、荷台をおおう布には大きな穴が空いていた。

 そこから見えてしまった。

 羽根を羽ばたかせた、なにかが通り過ぎるのを。


「おい、まさかこりゃ……」


「あぁ、どうやらピンチというやつらしい」


 ソラの呟きを聞き、ようやく全員が事態を飲み込んだ。

 宙に浮かび、荷台を襲ったなにか。それは全身が張り裂けんばかりの筋肉でおおわれ、額には皮膚を突き破って飛び出る角が見えた。血走った瞳、だらしなくヨダレを垂らした口元。

 人間ーーいや、普通の生物ではなかった。


 そして、それは見えるだけでも十数匹。馬車をかこうように空を飛び、上空にも数匹見える。完全に、退路を塞がれていた。


「早速お出ましかよ、魔獣……!」


 幸せな時間は終わりを告げ、不幸は姿を現した。

 先手を打たれるという、最悪の形で。



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