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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
七章 精霊の契約
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七章四話 『仮面の弱点』



 カムトピアを出発してから約一週間が過ぎた。

 大所帯という事もあり、食料は直ぐに底を尽きたので、近くの町を転々としながら進んでいた。

 目的地であるテムランまでは早くても三週間ほど。舗装された道をひたすら進むだけなので迷子にはならないと言っていたが、途中で『迷いの森』というフラグの塊のような森があるらしい。


 迷いの森を避けて進む事も出来るが、それだと予定よりも時間がかかってしまうらしく、ルークは泣く泣く森を突っ切る事を受け入れた。

 なのだが、


「…………」


 基本的にルークは乗り物に弱い。三半規管が度重なる戦闘でおかしくなったのかは不明だが、馬車だろうが船だろうが長時間乗っていると酔ってしまう。なので、今回もそうなる……と、思っていたのだが、


(……いやなにこれ)


 目の前の光景を表すのに相応しい言葉があるのなら、それはきっとお通夜という言葉だろう。縁起が悪いし、あんな事があったので洒落にもならないのだが、それ以外に表す言葉をルークは知らなかった。


 馬に股がるのはアンドラ。その他の全員が荷台で各々が好きなように座っている。ただ、誰も口を開こうとはしない。

 その現在はすばり、ティアニーズである。

 全員がティアニーズに気を使ってしまい、なにを言ったら良いか分からなくなってしまっているのだ。


 今回ばかりは、ルークは乗り物に酔う事すら忘れてしまっていた。


「おい、なんだこの空気は。流石に一週間も続くと私も耐えられんぞ」


「俺に言うんじゃねぇよ。本人に直接言えや」


「バカ者、言える訳がなかろう」


 小声で話しかけて来たソラも同じ事を思っていたらしく、うつ向いたままピクリとも動かないティアニーズを見て、ため息をこぼした。

 さりとて、この状況で口を開ける強者はおらず、


「知っているか? ため息をつくと幸せが逃げて行くらしい」


「大丈夫だ、もう逃げる幸せはここにねぇから」


「随分と悲しい事を言うではないか。なに、ならば私が幸せをわけてやろう」


 なんて事を言った直後、ソラがルークの羽織るローブの中に侵入して来た。ちなみに、あまり顔を見られたくないのと、北は寒いとの理由で、全員がローブを羽織っている。

 あぐらをかくルークの膝の上にすっぽりと収まり、


「どうだ、美少女が貴様の膝に乗っているのだぞ? これは幸せ以外のなにものでもないだろう」


「退け、重いわ。色々と重いわ。体重とか空気とか全部」


「最近牛乳を飲めていないから大丈夫だ。そこまで体重は変動していない」


「そういう事を言ってるんじゃねぇよ。見て、周りの皆を」


 多分、ソラなりに周りを気遣っての行動なのだろうけど、誰一人としてこちらに目を向ける者はいない。ただ二人で戯れているだけである。


「……仕方がない。ここで休むか」


「だから下りろっての」


「あ、あの!」


 膝と融合しつつあるソラを退かそうとした時、左隣に座っていたエリミアスが声を上げた。先ほどからソワソワしていたので、恐らく口を挟むタイミングを見計らっていたのだろう。


「な、なにか楽しいお話をしませんか?」


「そ、そうですね! 僕もそう思っていました!」


 エリミアスに賛同したのはアキンだ。彼女も空気に耐えきれなくなり、ずっとどうにかしたいと思っていたようだ。

 二人の視線が、反応を確かめるようにティアニーズへと注がれる。


「……? 私ですか?」


「はい!」


「そうですね……では、なんのお話をしますか?」


「えっと、それは……」


 空気を変えるのに気をとられ過ぎていたのか、エリミアスは話の内容を考えていなかったようである。ティアニーズが乗ってきたは良いけれど、これは致命的なミスだ。

 眉間に手を当て、卯なり声を上げながら考えていたが、なぜかその視線がルークへと移動。


「え、俺?」


「ル、ルーク様は、なにかお話したい事はありませんか?」


「いやねぇよ」


「なんでも良いのです! 話題をください!」


 もう自分で考える事は諦めたようだ。話題がないのを派手に暴露し、ルークに迫るエリミアス。

 とはいえ、いきなり言われて思いつく筈もなく、苦笑いをする事しか出来ない。


「好きな食べ物の話でもしますか?」


 ここで増援に参加したのはケルトだ。

 ただ、それはどうかと、という雰囲気が流れる。子供の自己紹介レベルの話題だ。今さら改めて話す事ではない。


「……そうだな、では、恋の話でもするか?」


 万事休す、かと思われたその時、救世主が現れた。話題については置いておくとしても、女子が好きそうな話題である。それを口に出したのはアテナ。ソラについで女子トークという言葉が似合わない女性だった。

 エリミアスはそれだ、と言わんばかりに目を輝かせ、


「恋の話! 私、ずっとしてみたいと思っていたのです!」


「ぼ、僕はその……恋とか良く分からないし……」

 

 楽しそうなエリミアスと、照れたように顔を伏せるアキン。少女達の反応はまずまずだ。だがしかし、この二人の反応はあまり問題ではない。

 女子全員の視線がティアニーズに集まり、


「……そうですね。恋の話、しましょうか」


「はい!」


 ぎこちない笑みだったが、ティアニーズは微笑みながら頷いた。小さくガッツポーズを作るエリミアスを横目に、ルークはアテナを見た。

 そこで気付いたが、なんだか一番楽しそうである。まったく興味なさそうだが、一応女子なのだろう。


「んじゃ、俺は外れるわ。んな話聞いてても楽しくねぇし」

 

「ルーク様もご一緒にいかがですか!?」


「遠慮しとく。お前らだけで楽しんどけ」


 男一人のいずらさは異常なので、ルークは早々とその場から離脱。エリミアスが残念そうな顔をしていたが、無視して一人無言で馬に股がるアンドラの背後まで移動した。


「オイルーク」


「あ?」


「アキンの好きな奴を聞いて来い。それを俺に報告しろ」


 お父さんが一番興味津々のようだった。良く見れば、視線は前を向いているけれど、耳だけは別の生き物かのように後ろを向いている。

 意外な才能、下らない才能に驚きつつ、

 

「なに、おっさん気になんの?」


「バ、バカ言え! 気になる訳ねぇだろオイ!」


「とか言いつつめっちゃ気にしてんじゃん」


「こ、これは保護者として当然の事だ! もしアキンが変な男にでも捕まったら……」


「捕まったら?」


「ぶっ殺す」


 過保護もここまで行くと、ただの狂気でしかない。というか、恐らく変な男ではなくても、アンドラはとりあえず殺そうとするだろう。

 そんなお父さんの気持ちも知らず、後ろでは甘ったるいトークが続いていた。


 ルークは荷台から顔を出し、辺りの風景を見る。どこまでも草原が広がっており、のどかな空気が続いていた。爽やかな風が頬を撫で、太陽の光が暖かく包み込む。

 そこにあるのは、普通の平和だった。


「なぁ、なんで協力する気になったんだ?」


「あ?」


「おっさん俺と同じタイプだろ。嫌な事からは全力で逃げるクズだ」


「お前にだけは言われたくねぇが……まぁ、その通りだなオイ」


 ずっと、それだけが気になっていた。

 どちらかと言えばルークよりも人の心があるが、それでもクズな部類のアンドラ。今までも成り行きで何度か一緒に戦った事はあったものの、それはあくまでも本人にとって特があったからだ。

 だが、今回はない。

 というか、本人も言っていた通り、ルークに関わる事は損でしかないのだ。


「自分で言うのもアレだけど、俺といる死ぬかもしんねぇんだぞ」


「だな。お前といるとろくな事にならねぇ。初めて会った時から気付いてたぜオイ」


「あれはいきなり襲って来たおっさん達がわりぃんだろ」


「うっせぇ、こちとらそのせいで部下失ってんだよオイ」


 思えば、アンドラとの付き合いはそれなりに長い。この中でなら、ソラよりも早くに出会っているのだ。腐れ縁、という言葉が近いだろう。

 友達でもない、かと言って敵でもない。なんとも不思議な関係なのだ。

 そんなアンドラがなぜ。


「俺を育ててくれた奴は勇者の最後を看取った。本人はたまたま通りがかっただけっつってたが、俺にはそうは思えねぇ」


「どういう事だ?」


「たまたま最後を看取った奴が俺を拾って、たまたま拾われた俺が勇者であるお前に出会った。偶然にしちゃ出来すぎだろオイ」


「まぁ、そりゃそうだな。おっさんとの運命とか気持ちわりぃけど」


「バカ野郎、こっちこそごめんだぜオイ」


 勇者の最後を看取った男がアンドラに出会い、そのアンドラがルークに出会った。しかも、アンドラと出会った当初のルークはまだ勇者と呼べる存在ではなかった。そのあとに立ち寄った村でソラと出会い、そこで精霊の力を手にしたのだ。

 こんな出来た偶然があるだろうか。

 いや、ここまでの偶然はない。


 アンドラは前を向き、吹き付ける風に目を細め、


「別に世界を救おうなんざ思っちゃいねぇよオイ。俺は俺と周りの人間だけ生きてりゃそれで良い。その中に、今いるのはアキンだ」


 ルークと別れた直後に出会い、なぜか部下になった少女。正直、アンドラなんかよりも知らない事の多い存在だ。追い掛けてくる騎士団から二人で逃げたと言っていたが、それ以前の話はなにも聞いていない。

 だが、そんな繋がりだとしても、アンドラにとっては大事なものなのだろう。


「こんな世界になっちまって、安全な場所なんてどこにもねぇ。俺もアキンも、いずれは死んじまう。だったら、立ち向かった方が良いだろオイ」


「…………」


「お前の側にいりゃ奴らは嫌でも近付いてくる。そうすりゃ、それだけ殺せるチャンスが増えるって事だろ? 俺がお前に協力するのは、そうすりゃ奴らを殺せる確率が増えるからだ。とっとと魔王を殺して、普通に暮らせる世界をつくるためだ」


 その考えは、ルークが勇者になる事を決めた経緯に近かった。

 いくら逃げても近付いて来る魔元帥の驚異を消すため、ルークは戦う事を選んだ。逃げ回るよりも、奴らを殺す方が自分の望む生活にたどり着くには早いと思ったからだ。


 アンドラもそうだ。

 アキンを守るため、逃げるのではなく戦う道を選んだ。ルークに協力する事で勝つ可能性を増やし、少しでも早く平和に暮らせる世界へたどり着くために。


 やはり、二人の本質は近い。

 一つ違う点を上げるとすれば、自分のためか、他人のためか、それだけだ。


「こんな俺でも頭って慕ってくれる奴がいる。自分でもどうしようもねぇクズだってのは分かってるが、そういう奴の前でくらいは格好つけてぇんだよ」


「ほんと、俺と似てんな」


「似てねぇよ。俺は……守りてぇ奴が出来ちまった、ただそれだけだ」


 自分にそんな存在がいるだろうか。そんな事をルークは考えた。

 ティアニーズ、ソラ、エリミアス、近しい人間の顔が頭に浮かんだが、彼女達のために命を捨てられるかと聞かれれば、ルークは即答するだろう。

 ーー絶対に無理だと。


 それがルークだ。

 いくら長い付き合いだとしても、大事なのは自分自身。

 彼女達が死んだら悲しむかもしれないが、それでも命を投げ出してまで助けようとは思えない。


 それが、多分ルークの持つ唯一の弱さであり、揺らぐ事のない強さなのだろう。


「おっさん、つえぇんだな」


「たりめーだろ、俺は盗賊勇者だ。お前がボケっとしてっと、美味しいところ全部持ってっちまうぞオイ」


「前はボコボコにされてたくせに良く言うぜ」


「あん時は手加減してたんだよオイ。今はめっちゃ強くなってんぞ」


「へいへい。んじゃ、期待しとくわ。ヤバくなったら俺の事助けろよ」


「気が向いたらな。ま、アキンを優先して助けるけどよ」


 無意識に緩んだ口角を隠すように顔を逸らしたルーク。前を向いているので分からないが、多分アンドラも笑っていた。

 と、ここでルークは気付く。

 振り返ると、女子トークに花を咲かせていた全員の視線がこちらに向いている事に。


「なんだよ、見てんじゃねぇよ」


 なぜか喧嘩腰になってしまったルークだが、それでも視線が逸れる事はない。しばらく全員がルークを見つめていたが、納得したように頷く。


「顔は、普通だな」


「そこまで格好いいという訳ではないな。契約者としていささか不満な点ではある」


「わ、私は格好いいと思います!」


「僕もルークさんは格好いいと思います。お頭と同じくらいに!」

 

 良く分からない感想を口にし、顔を合わせるアテナ、ソラ、エリミアス、アキンの四人。

 ティアニーズはそれを苦笑いしながら見守り、ケルトに至っては会話に参加しようという意思すら感じられない。


「人の顔ジロジロ見やがって。そんで出てきた感想がそれかよ」


「なに、これでも一応褒めているぞ。私は世界を旅して色々と見て来たが、君ほどおかしな人間は見た事がない」


「ゼッテー褒めてねぇだろ。おかしいっつってんじゃん」


「男としてはともかく、人間としてならば中々見惚れる箇所はあるぞ」


「男としてが重要だろ。そこ抜けたら世の中の男は頑張る事を辞めるぞ」


 アテナの男としては見てません発言を受け、不満を漏らしながらルークは元の場所へと戻る。なんの会話をしていたのかは知らないが、参加しなくて正解だろう。

 フラフラとよろめきながらも歩いていた時、不意に荷台が大きく揺れた。


「あ、やべっ」


 アンドラの呟きも遅く、荷台がガン!となにかに乗り上げたように跳ね上がった。一瞬、気持ちの悪い浮遊感に包まれ、ルークは咄嗟に手を伸ばす。

 そして、掴む。ケルトの仮面を。


「うおっ!」


 掴んだ瞬間に荷台が着地し、再び大きく上下に揺れた。倒れないように力を込めた瞬間ーーケルトの仮面が外れてしまった。

 揺れが収まると同時に胸を撫で下ろし、ルークは掴んだものを見る。


「……なんだこれ、仮面か?」


 仮面と言えば心当たりは一人しかおらず、そちらへと目を向ける。と、一人の女性がルークを見つめていた。

 それがケルトだと気付くのに、ほんの少しだけ時間が必要だった。


 綺麗な女性だった。艶めいた黒髪、ほんの少し、ソラよりも色彩の薄い赤い瞳。仮面に覆われていたからなのか、肌は透き通るように白い。

 ルークは目を細め、


「あ? お前ケルトか? なんだよ、めっちゃ美人じゃん」


 そう言った直後、ケルトの体が傾いた。そのままグラリと揺れーーぶっ倒れた。頭から床へとダイナミックに着地し、中々鈍い音が響く。顔を覗きこむと、ケルトは目を回して意識を失っていた。


「え、俺が悪いの?」


「ケ、ケルトさん!」


「大丈夫ですか!?」


 慌てて駆け寄るエリミアスとアキンを横目に、ルークは謎の罪悪感に襲われる。だが、ルークはただ仮面を間違って外してしまっただけである。変なところを触った訳ではないし、変な事を言った訳でもない。

 倒れた真意を確かめるため、結局ケルトが目を覚ますまで待つ事になった。


 それから数分後、


「すみません。いきなり倒れてしまい」


「どこか痛みませんか?」


「はい、問題ありません」


 目を覚ましたケルトは、至って普通だった。額に大きなたんこぶをつくっていたものの、それ以外に変わったところはない。ルークの持っていた仮面を奪いとり、何事もなかったかのように装着。


「あの、でもなんでいきなり倒れたんですか?」


「以前言った筈です。私は人と顔を合わせて喋るのが苦手だと」


「え、それだけぶっ倒れたの?」


「はい。それだけです」


 いつだって冷静で、何事もそつなくこなしそうなケルトだったが、とんでもなく意外な弱点があったらしい。


「人見知り過ぎんだろ」


 人と目を合わせて喋れないという、致命的な弱点が。



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