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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
六章 王の帰還
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間話 『約束の時』


短かったので二話めです。

これで六章終了となります。





「だぁぁ、クソッ。んでこんなに金かかってんだよ」


 苛立ちをそのまま口に出し、机に並べられた大量の紙を見つめる男がいた。ボリボリと頭をかき、ぶつくさと文句を言いながらも紙に目を通して行く。

 男の名前は、バシレ・レイ・アスト。

 こんな感じだが、これでも一応この国の王様である。


「人員不足は深刻だな。サルマの復興がおっつかねぇ。他から送ってやりてぇが、そうすると他の警備が……」


 このご時世、人はどれだけいても足りない。

 あちこちで姿を現し始めた魔元帥。一応、騎士団や勇者のおかげで被害は少なく留まっているが、それも時間の問題だろう。

 こちらが後手に回っている以上、いつかは牙城が崩壊する。


 そのための人員要求だった。

 五大都市や他の町、迫る魔元帥の脅威から守るためには、騎士団を派遣するしかない。だがしかし、騎士団の人数には限りがある。

 どうしても他の町よりも五大都市の守りを優先してしまい、その他が追い付かなくたっていた。


「……明らかにヤバいよな。この状況は普通じゃねぇ」


 今までも何度かこういう事はあった。現れた魔獣の討伐願い、そのための守りの強化。アスト王国のあらゆるところから、その要求は来ていた。

 だが、今回はその非ではない。

 数が多すぎるのだ。


 魔元帥の出現。

 その噂が、間違いなく広がっていた。


「……頭が爆発しそうだぜ。ったく、王様ってのは辛いなァ」


 背もたれに体重を預け、声を漏らしながら全力で体を伸ばす。ペキペキ、骨が鳴り、身体中がこれ以上の疲労を拒んでいるかのようだった。

 そんな時、コンコン、と扉がノックされた。


 ここは自室なので、誰かが来る事はまずない。

 よほど急がねばならない報告。あるいは、


「ナタレムか?」


「あったり。いやぁ、凄いっすね。ノックだけで分かっちゃとか」


「お前くらいしか来ないんだよ」


 ひょこり、と顔を覗かせたのは、口調からして適当な匂いが漂う男ーーナタレムだ。

 ナタレムは遠慮もせずにずかずかと室内に侵入し、そのままベッドに腰を下ろす。ベシベシと掌を叩きつけ、


「いやぁ、やっぱ王様の布団は違うなぁ。俺の硬いんすよ。交換してくれません?」


「バカ野郎。それは俺とエリザベスの愛が育まれたベッドだ。お前なんぞに渡すか」


「おっと、手に変なものついてないかなぁ……」


「何年前だと思ってんだ。とっくに洗濯してる」


「いやいや、王の事なんでそのまま放置してるって可能性もあるじゃないっすか」


「まぁ、そうだな」


 軽い口調で掌を合わせ、なにかを払うようにブンブンと振り回すナタレム。

 王に対してこの態度はどうかと思うが、バシレは怒る素振りもない。この男は言っても聞かないと知っているからだ。


「んで、なんの用だ? お前が部屋を訪ねて来るなんて珍しいじゃねぇか」


「いやね、ちょっと色々とマズイ事が起こったっぽいんで報告に」


「なんだよ。暴動か? ついに王政に不満が出たのか?」


「それは俺じゃどうにも出来ませんて。大人しく王が死ぬのを見てますよ」


「…………」


「うそうそ、ちゃんと言いますって」


 無言の重圧を受け、ナタレムは手を振りながら誤魔化すように苦笑い。

 改まったように座り直し、バシレの方に体を向けると、


「封印、解けちゃいましたよ」


 あっけらかんとしていた。

 まるで、コップを割ってしまったかのような言い方だった。

 そのため、バシレはなんの事なのか直ぐには分からなかった。


「封印? なんの事だ」


「なにってーー魔王のに決まってるじゃないすか」


「…………………………は?」


 遅れて、バシレはその言葉の意味を理解した。耳に滑り込んで来た言葉の意味を理解し、それを整理するのに十数秒かかった。

 信じられない、というよりも、意外と『早い』というのが素直な感想だった。


「そりゃ……本当か?」


「えぇ、勿論。いくら俺でも、ついて良い嘘とダメな嘘はわきまえてるつもりですって」


「そうか……来ちまったか……」


 大袈裟に驚く事はしない。いつか、こんな日が来るとどこかで分かっていたから。

 そりゃ、封印は解けない方が良いに決まっている。だが、願望と現実は違う。

 これは、実際に起きた、紛れもない事実なのだ。


「エリミアスは、大丈夫なのか?」


「そこまで俺には分かりませんよ。まぁ、仮に姫様があそこにいたとしても、多分ケルトが守ってんじゃないすか?」


「あぁ……そうだな」


 正直、魔王の復活なんかよりも、娘の安否の方が心配だった。世界が終わるかもしれない非常事態にどうかと思うが、これがこの国の王様なのだ。

 王よりも、父親でありたい。

 そんな男なのだ。


 バシレは小さく息を吐いた。

 眉間によっていたシワをほどき、天井を見上げる。

 起きた事、そしてこれから起きるであろう事。それを想像するだけで頭が痛くなる。

 だが、向き合わなくてはならない。

 王として、人間として。


「分かった。お前は最後の契約に従ってくれ」


「マジでやるんすか? 自信ないっすけど」


「こうなった以上、もう人間だけでどうにか出来る問題じゃねぇ。形振りも構ってられねぇ」


「まぁ、そうっすけど」


 こうしている間にも、どこかで泣いている人がいる筈だ。叫んで、泣いて、それでも助けが来ない人だっている筈だ。

 家族も、恋人も、友人も、なにもかも失った人間だっている筈だ。


 それは、絶対に許せない。


「ここは俺の国だ。俺が守る」


「……しゃーないっすね。俺もやれるだけやってみます。ただ、期待はしないでくださいよ?」


「やれ、なにがなんでもやってみせろ」


「いやいや、こればっかりはやる気でどうにかなるもんじゃないんすよ。久しぶり過ぎるんで……最悪、殺されちゃうかもなぁ」


 明後日の方向を見つめ、しみじみと呟くナタレム。

 しかし、バシレはナタレムから視線を逸らさない。


「あとはお前らと、ルークに託すしかねぇ」


「頭かたいからなぁ。聞いてくくれば良いすけど」


「そこためのお前だ」


「いやだから、俺ってば勝手に出てきた身だし。王との契約がなかったら、とっくに消えてますよ」


 ナタレムは瞼を下ろし、それからバシレを見た。彼の強い意志のこもった瞳を見て、ため息とともにえみを浮かべる。

 恐らく、覚悟が決まったのだろう。


「ほんじゃま、行って来ますわ」


「おう、頼んだぞ」


「善処しますよ」


 そう言って、ナタレムは部屋から出て行った。

 残されたバシレは再び資料に目を通す。


「弱音は吐いてられねぇな」


 自分よりも頑張っている人間がいる。

 それなのに、王が弱音を吐いていられる訳がない。

 今は、かけに頼るしかない。勝算なんてないけれど、もうこれしか手はないのだ。


「頼んだぞ、ルーク」


 勇者の名前を呟く。

 だが、バシレは知らなかった。

 彼の行く先で、彼をーー彼らを待つ物語を。



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