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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
六章 王の帰還
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六章三十八話 『弱音』



 あれから三日がたった。

 町の復興は既に進んでおり、寝る暇も惜しんで住人達は家の修復へと取りかかっていた。被害は小さくはない。だがしかし、魔元帥が四人乗り込んで来て、ここまで小さな被害で抑えられた事を、今は喜ぶべきなのだろう。


 死者十数名。重傷者五十六名。その中には最初の爆発に巻き込まれた騎士団のメンバーも入っており、あとはウェロディエに食われた者達だ。


 勿論、トワイルも。


 これを騎士団の失態だと罵る者もいるが、そうではない。最初から勝ち目なんてなかった。強者揃いの騎士団だとしても、誰が男の登場を予知出来ただろうか。

 いや、たとえ予想出来たとしても、結果は変わらなかった筈だ。


 失った命は、決して少なくはない。

 死者が出てしまった時点で、もう負けている。


 いや、あえて言おう。

 そんなのは、小さな事だと。

 王が帰って来た。

 まだ、その事実を知る者は多くないけれど、いずれ国中ーーいや、世界中に知れ渡る。


 その事による被害を考えれば、カムトピアでの死者はとるに足らない数でしかない。最近では、息を潜めていた魔獣の動きが活発になったと言う人間もいる。

 確かに、確実に世界は変わって行っている。

 それも、良くない方向へと一直線に。


 まだ、始まったばかりなのだ。

 なにも終わっていない。

 ここからが、本当の始まり。

 絶望という、黒い影が伸びる物語は。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「よう。腕なくなったって聞いたから落ち込んでると思ったけど……意外と元気そうじゃねぇか」


「あ? なんだ、ルークか。この通りピンピンしてらァ」


 身体中に包帯を巻き、額にはどでかいガーゼを張り付けたルークがやって来たのは、ビートの鍛冶場だ。本当なら一番に初めに傷を治すべきなのだが、生憎メレスもハーデルトも他で大忙しなのだ。

 そして、ルークの視線の先ーービートは生きている。


 腕を引きちぎられたと聞いていたが、本人はあまり気にしていないように見える。上着の袖はダラリと垂れ下がっており、なにも通っていないようだ。

 本当に、彼は右腕を失ってしまった。


「なんだよ、もしかして心配して来たのか?」


「んな訳ねーだろ。おっさんが死のうと俺には……」


 そこまで言って、ルークは頭に浮かんだ青年の顔を追い出すように頭を振った。それから適当な話題で誤魔化そうと汚く物が散らばった室内を見渡し、台に置かれた一つの剣で目が止まる。

 見覚えがあった。折れた剣を見て、


「その剣……」


「あぁ、これか? 嬢ちゃん……ティアニーズのだ」


「なんでおっさんが持ってんだ?」


「預かったんだよ。あの、アテナって姉ちゃんからな。多分直してくれって意味だと思う」


「その腕で直せんのか?」


「ハッ、無理に決まってんだろ。出来ねぇこたねぇが、前のようには無理だ」


 鼻を鳴らしてあっけらかんとした様子のビートだったが、その横顔はほんの少しだけせつなげだった。

 ルークはそれをわざと無視し、


「直せねぇのに預かったのかよ。どーすんだ?」

 

「さぁな、俺も勢いで預かっちまったからなぁ。このまま返すって訳にもいかねぇし……」


「おーい、じじい!」


 すると、そこで奥から一人の少女がやって来た。分厚い手袋をはめ、手には熱をもって真っ赤に燃える鉄の棒が握り締められていた。

 確か、名前はネルフリア。あまり面識はないが、ルークの部屋で暴れていた少女だ。


「あ、お前また勝手に触りやがったな」

 

「良いじゃんかちょっとくらい。じじいがそうなったのはうちのせいだ。だから、うちがじじいのあとを次ぐ!」


「まだんな事……。良いか、俺は教える気なんて……」


「良いよ。勝手に覚えるから。うちはうちの力でじじいに追い付く。じゃないと、大人になれないだろ」


「……ガキのくせに」


 僅かに嬉しそうに口角を上げるビートを背に、ネルフリアは奥の部屋へと戻って行ってしまった。


「あのガキ、剣打てんのか?」


「まだ無理だ。ありゃ鉄で遊んでるだけだよ」


「教えてやりゃ良いじゃん」


「お前まで……。確かに俺はもう打てねぇ。こんなんじゃ引退するしかねぇが、アイツにはまだ早い」


「良い事教えてやるよ。ガキってのは思ってるより早く成長すんだぞ」


「お前に言われたかねぇよ。んなの、とっくに分かってる」


 いつの間にか成長していたガキ。ルークの知っている中では、アキンがこれに該当する。

 あの日から、アンドラとアキンの姿は見えない。宿に戻って来る気配もないし、町で見かけたという話もない。トワイルと多少の面識があったらしいので、思うところがあるのだろう。


 空気が和んだところで、ビートは言い難そうに口を開いた。


「聞いたぞ。あのトワイルって兄ちゃん、死んだみてぇだな」


「……あぁ」


「ティアニーズは大丈夫なのか? あの嬢ちゃん、相当こたえてるんじゃねぇのか?」


「知らねぇよ。……ただ、次の日からずっと部屋にこもったままだ。飯もろくにとらねぇで、誰が呼んでも出てきやしねぇ」


 ティアニーズはなにも言わなかった。

 トワイルが命を落とした直後でさえ、涙を流してただ虚ろな瞳を浮かべているだけだった。部屋に閉じこもり、他の誰が呼び掛けても答える気配はない。


 仕方ない。ルークはそう思うだけだった。

 仲間が死んで、なにも思わない筈がない。ルークでさえ、トワイルの死にほんの少しだが心に来るものがあったのに。

 ずっと近くにいた存在が消えた。

 ティアニーズが受けた悲しみは、到底理解出来るものではないのだ。


「ルーク、ちゃんと気にかけてやれよ」


「なんで俺が」


「分かってんだろ。今の嬢ちゃんを支えられんのはお前だけだ。心に空いた穴はなにがあっても埋まらねぇ……。放っておくと、ティアニーズは壊れるぞ」


「……へいへい」


 いつになく真剣な表情のビートに、ルークは茶化しながら頷く。

 だが、彼の言う通りだった。今のティアニーズは非常に危険な状態だ。戦えると思っていたのに、自信がつき初めた直後に襲った悲劇。それこそ、自分で命を断つ可能性すらある。


 しかし、


「俺がなにか言って元に戻るほど……甘かねぇよ。アイツが自分自身で乗り込えるしかねぇんだ。どんな言葉を投げ掛けたって、んなの慰めにはならねぇ」


「慰めにはならねぇ。けど、支えにはなる。人ってのは一度倒れたら、立ち上がるのに時間がかかる生き物だ。お前みたいなタイプは違うと思うがな」


「俺は倒れねぇよ」


「だろうな。だから嬢ちゃんを支えてやれ。一人で無理なら、お前が側にいてやれ。それが、人間の強さだ」


 しかし、ルークは思う。

 今のティアニーズにどんな言葉を与えても、彼女の罪悪感は増すだけだと。彼女を締め付けているのは、他でもない罪悪感だ。自分のせいでトワイルは死んだと、本気でそう思っているのだ。


 大丈夫、お前のせいじゃない、トワイルが選んだ事だ。

 頭に浮かぶ全ての言葉をかき集めても、ルークではティアニーズを慰める術を見つける事は出来ない。


「ま、そっちはお前に任せる。ここが正念場だ、嬢ちゃんが本当に強くなれるかのな」


「アイツは十分つえぇよ。俺なんかより……よっぽどな」


「俺もそう思う。んで、今日はなにしに来たんだ? まさか本当に心配で来た訳じゃねぇだろ?」


「ん? あぁ、そういやそうだった」


 言われて思い出し、ルークは自分のポケットに手を突っ込む。奥の方にあったそれを掴みとり、指でつまんでビートに見せた。


「なんだそりゃ」


「魔王を閉じ込めてた宝石の欠片。他のは消えちまったけど、なんかこれだけ残ってんだよ」


 ルークの手にあるのは、魔王を封印していた水晶の欠片だ。朝になってポケットに入っている事に気付いたが、恐らく砕けた拍子に入りこんでしまったのだろう。

 他の欠片は光となって消えたのに、なぜこれだけが残ったのかは分からない。


「んで、それがなんだ? くれんのか?」


「あげねぇよ。つか、これ売れんのか?」


「精霊の力で作られたもんなんだろ? そら、相当な高値がつくと思うぜ」


「……マジ、かよ」


 生唾を飲み込み、思わず売っちゃおうかなぁなんて邪念が頭を過る。しかし、邪念を振り払うように拳で頭を叩き、


「これ、その剣に上手い事混ぜらんねぇ?」


「出来ねぇこたねぇと思うが……。見た事ねぇ素材だな」


 ルークから欠片を受け取り、ビートは物珍しそうな目で見つめる。一切の濁りがなく、どこまでも遠くが見えそうなほどに透き通った宝石だ。


「ま、とりあえず預かっとく」


「勝手に売るんじゃねぇぞ」


「バカ言え、俺はお前とはちげぇよ。試すだけ試してみる」


「じじい!これ、これ見てくれよ!!」


 ルークが鍛冶場を去ろうとした時、再び奥からネルフリアが跳ねながらやって来た。先ほどの同じように鉄の棒を握っていたが、形状は限りなく剣に近いものだった。

 嬉しそうに頬を緩ませ、自慢げに見せつける。


「どーだ! すげぇだろ! うちもやれば出来るんだよ!」


「……はぁ、ガキの成長ってのははえぇなぁ」


「ん?」


「ちょっとこっち来い」


「な、なんだよ!」


 大きなため息をこぼしたのち、ビートはネルフリアの首根っこを掴んで奥へと行ってしまった。

 好奇心に背中を押され、ルークはそのあとをつける。と、


「まだまだだ。お前のはただ形になってるだけだで中身がすっからかんだ」


「ぶー、良いもん。直ぐにマスターしてやるもん」


「……お前に俺の技術を全て叩き込む。一週間だ、それで無理なら帰れ」


「……え? 良いの!?」


「二度も言わせんじゃねぇ。ほら、とっとと始めるぞ」


「お、おう!」


 ネルフリアの純粋な笑顔を見て、ルークは鍛冶場をあとにした。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 宿へと戻る道すがら、ルークは町並みをボーっと眺めていた。自分が地下にいる間、地上でなにがあったのかは一目瞭然だった。

 その中で生き残ったティアニーズ達は凄いと思う。

 だが、もしそこに自分がいれば。

 もしかしたら、結末は変わっていたのだろうか。


「……んなの考えても意味ねぇよな」


 頭に浮かんだ考えを切り捨て、ルークは足を進める。すると、視界の先に小さな白い頭の精霊が見えた。

 ソラはこちらに気付くなり、テクテクと歩みよって来ると、


「貴様も町を見ていたのか?」


「いんや、ちょっとビートのおっさんに会いに行ってた」


「そうか……。ならば暇だな、少し付き合え」


「いや別に暇って訳じゃ……」


「良いから来い」


 半ば強引に腕を引かれ、ルークはソラについて行く。抵抗しようと思えば出来た。だが、ソラの顔を見て、あの顔を思い出して、逃げる事なんて出来なかった。


 しばらく歩き、二人がやって来たのは町の外れだ。ここら辺はまったく被害がなく、目の前を流れる川は綺麗なままだった。泳ぐ魚も、流れる音も、平和そのものだった。

 ソラ川の畔に座り、隣に座れと地面を叩く。嫌々ながらも隣に腰をおろすと、


「すまなかったな。あの時、貴様を止めてしまって」


「あ? 別に良いっての、もう過ぎた事だろ。今さらなに言ったっておせぇよ」


「そうだな。なにもかも、遅いな」


 ルークはソラを攻めるつもりはない。あそこで足を止めたのは自分の意思だし、ソラに当たったところでなにも解決しない。

 ソラは揺れる川を見つめ、


「正直に言おう。情けない話だが、私は怖かったのだ」


「怖かった? なにが?」


「トワイルが刺され、向かって行く貴様を見て……死んだあの男の事を思い出した」


 あの男、というのは始まりの勇者の事だろう。

 かつて、魔王と戦って命を落とした人間。


「貴様とあの男の姿が重なったのだ。そしたら、もう無理だった。貴様が死ぬかもしれない……そう思ったら、行かせる事など出来なかった」


「……別に、気にしてねぇよ」


「本当に、情けないな。あれだけの大口を叩いていながら、任せろと言っておきながら、結局私はなにも出来なかった。奴の言う通りだよ。私は……弱い」


 初めてだった。あのソラが、ここまで弱音を吐くのは。いつだって強気で、過剰過ぎるほどの自信を振り回し、その通りになんとかしてしまう存在。それがソラだった筈だ。

 いや、それはルークが勝手に思っていた事だ。


 本当のソラの姿は、これなのかもしれない。

 普通のどこにでもいる少女なのかもしれない。

 不安で押し潰されそうになりながも、強がりを口にして自分を鼓舞しているーーそんか、弱い少女なのかもしれない。


「トワイルが死んだ。私のせいとは思わないが……それでも、もう少しやりようがあったのではと、今でも思う」


「……間に合わなかった。あの距離じゃ、どう足掻いても無理だった」


「ルーク。私は辛いよ。親しい人間が死ぬのは、友が死ぬのは、もう懲り懲りなんだ」


「…………」


「救えた筈の人間が、守れた筈の人間が、目の前で消えるのは耐え難い。心が、張り裂けそうなほどに痛むのだ」


 止まる事なく、ソラの口から弱音がこぼれ落ちる。川だけを見つめ、その全てを捨ててしまいたいーーそんな思いすら感じ取れる。

 

「……もう誰も死なせなたくない。あんな思いは、もう二度としたくない」


「お前らしくねぇな」


「これが私だ。か弱い少女だと言っているだろう」


「……そうかよ」


「強くなるぞ。もう誰も死なせない。今度こそ奴を殺す。このふざけた惨劇を、私と貴様の手で終わらせるのだ」


「たりめーだろ」


「そうだな、当たり前だな。貴様が羨ましいよ。いつだって前を向いている。いや……そういう男だからこそ、私は貴様を選んだのだったな」


 ルークは前しか見ない。振り返ったところでなにもないからだ。一度振り返ってしまえば、そこにあるのは後悔だけ。自分の体を縛り、出来ることも出来なくなってしまうーー強力な呪いだけだ。


「やるぞ。もう二度と負けん。二度と折れん。二度と後ろは振り返らない。弱音はこれで最後だ」


 そう言って、ソラは立ち上がる。ルークの顔を見つめ、なにを思ったのかおもむろに背後へと回った。

 それから肩に触れ、


「あの、痛いんですけど。俺肩斬られてんですけど」


「少しくらい我慢しろ。男だろ」


「男でもいてぇもんはいてぇんだよ」


「うるさい。振り返るなよ、前だけを見ていろ。魚の数を数えていろ」


 ルークが口を開くよりも早く、背中に温もりが触れた。見えないので分からないが、恐らくソラが体重を預け、ルークの背中を抱き締めているのだろう。

 これはルークにしか出来ない。

 ソラを支えるのは、ルークにしか出来ないのだ。


「……いつまってやってんだよ」


「もう少しだ……」


 涙をすする音が聞こえた。

 呼吸音が耳を刺激し、暖かい息が背中に押し付けられる。

 しばらくそのまま無言が続き、ルークはこう言った。


「……やっぱ貧乳じゃねぇか」


「うるさいぞ。私の美乳を独り占め出来ているのだ、誇らしく思え。これは……詫びだ」


「……そうかよ」


 精霊は、強くなんかない。

 同じなのだ。人間と同じように楽しい事があれば笑い、悲しい事があれば泣く。

 友人の死を経験し、ルークはそれを知った。


 たった一人の、初めて出来た友人の死を経験して。



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