表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
六章 王の帰還
162/323

六章三十六話 『魔元帥』



 どう、表現したら良いのだろうか。

 なにも感じなかった。水晶に中にいる時に感じた恐怖も、殺意も、威圧感も、底知れぬ悪意も、今の男からはなにも感じない。静かな声とともに放たれた言葉は、周囲の音を全てねじ伏せて耳に滑り込んで来た。


 だが、なにも感じない。

 本当に『あれ』が魔王なのかという疑問さえわいてくる。とてもじゃないが、この国を滅ぼそうとした存在には思えない。

 ルークがまったく勇者に見えないように、男はまったく魔王に見えない。


 似ている、という訳ではないけれど、ルークは一目見て理解した。

 あの男の本質は、自分に近しいものなのだと。


「あれが……魔獣の王」


「間に合わなかったのか……」


 隣で倒れていたソラが、悔しさを拳に乗せて地面に叩き付けた。

 だがしかし、ルークはそれほどの危機感を抱いてはいなかった。確かに強いのかもしれないが、こうして向かいあった今も、危険度ならばメウレスの方が上だとさえ感じている。


「本当にアイツがそうなのかよ。全然やばそうに見えねぇぞ」


「貴様は分かっていないのだ。覚悟しろ、ここで全滅する可能性もある」


 ルークは立ち上がる。身体中にまとわりつく水晶の欠片を手で払いのけ、男へと視線を送った。

 男はしばらく辺りを見渡し、一人一人の顔を確認するように頷く。それから顎に手を添え、


「どういう事だ。なぜお前しかいないーーメウレス」


「すまない。色々と予定外の事が起きた」


「予定外の事? お前が予想出来なかった事だと? 笑わせるな、お前が……いや、まて、なるほど……これは驚いたな」

 

 自分に歩み寄るメウレスに僅かな怒りを向けていたが、男はソラを見た瞬間に笑みで口元を満たす。

 その時、全身を寒気が襲った。見られたのはルークではないのに、一瞬だけ動くという当たり前の行動が頭からすっぽ抜けたのだ。


「こうしてまた会えるとは……いや、俺を封印したのだから会えて当然か。久しいな、アルト」


「アルト、だと?」


「ん? なにを驚いている」


「その精霊は記憶を失っている。当然、本当の名前も忘れている」


「記憶を? そうか、俺を封印するのに力を使った代償か。まったく惨めだな、パートナーを失い、自分の記憶も失った。その上、俺はこうして再び目を覚ました」


 衝撃的な発言に、ルークは思わず息を飲んだ。いや、元々適当につけた名前なので当たり前なのはそうなのだが、ソラの本名ーーあの男はアルトと呼んでいた。

 それは本人も同じで、呼ばれたソラが一番驚いているようだった。


「お前の負けだ。お前の努力は全て水の泡。あの男の命も全て無意味。だが誉めてやろう、俺を五十年も封じ込めていたのだからな」


「黙れ……! 私の前で奴を侮辱するな!」


「ほう、記憶はなくとも心が覚えているか。相変わらず弱いな、精霊。その安っぽい友情とやらのせいで、お前は敗北したんだよ」


 初めて、ソラが本気で怒りを露にしている瞬間を見た。以前、多少は前の勇者を覚えていると言っていたが、ソラはその話をまったくしようとはしなかった。

 ルーク自身、興味がないので聞かなかったが、彼女なりに思うところがあるのだろう。


 それを、男はバカにしたように鼻で笑った。

 下らないと、無様だと、面白くて仕方がないと、そう言って笑った。


「だがまぁ、これは俺も予想外だった。メウレス、お前の言う通りだ」


 男は腕の感覚を確かめるように拳を握り、今度は屈伸を始めた。全身が思い通りに動く事を確認すると、


「まさか、俺が四人も殺されるとはな。デスト、ウルス、ユラ、ニューソスクス。殺ったのはどこにいる?」


「そこの男だ」


「……ほう、あれか」


 メウレスの指先ーールークへと男の視線が注がれる。

 ルークは一瞬躊躇ったが、直ぐ様睨み返した。


「今度の契約者はお前か。まったく、懲りない奴だな。また死ぬだけだぞ」


「黙れ、もう二度と殺させん」


「その言葉、前にも聞いた気がするが?」


「おうコラ、さっきから好き放題言いやがって、俺は死なねぇぞ」


「随分と大きな口をきくな。殺すぞ」


「やってみろ、カス」


 たまらず口を挟んだルークに、男の殺意が注がれる。しかし、ルークは動じない。なぜだか分からないが、腹の底から男に対して怒りがわいていたのだ。

 イリートと初めてあった時と同じように、理由はないが本能が叫ぶ。

 この男の事が、大ッ嫌いだと。


「今回のは態度がデカイな。まぁ、どのみち殺すが」


「上等だ、今すぐぶっ飛ばしてやるからかかって来い」


「では……と言いたいところだが、いかんせん体が上手く動かない。今戦ったとしても、ギリギリ勝てるかどうかだな」


「ざけんな、言い訳して逃げてんじゃねぇ」


「状況を冷静に見極めただけだ。お前はバカか? 俺は勝ちめの低い勝負をするほどバカじゃない」


「魔王が聞いて呆れるぜ。結局ビビったるだけじゃねぇかよ」


「調子に乗るなよ」


「だったら来いや」


 今のやり取りで分かったが、向こうもルークが嫌いらしい。お互いがお互いを牽制し、今にも飛びかからんとする空気が流れる。

 しかし、男は一旦流れを立ちきるように手を叩くと、


「お前の相手はあとだ。先にやらなばならない事がある」


「あ?」


「言った筈だ、勝ちめのない勝負はやらないと」


 そう、男が言った直後だった。

 ベキ、と音がなる。

 男が、自分自身の腕を引きちぎる音だった。ボタボタと流れる血を気にもせず、男は千切った腕を乱暴に投げ捨てる。


「なに、やってんだテメェ……」


「まぁ見てろ。お前らにくれてやる、絶望をな」


 投げ捨てられた腕が、一人でに動き始めた。皮膚が波打ち、指先が勝手に暴れる。まるで、それ自体が生き物かのように、腕は地面を転がる。

 そして、それは起こった。

 千切れた腕が、さらに四つに別れる。


 ただの肉片は内側から肉が盛り上がり、メキメキという音を出しながら巨大化していく。やがてそれは、人の形となった。目も口もない、のっぺらぼうの人形のようだった。

 そこへ、男は呼ぶ。


「デスト、ウルス、ユラ、ニューソスクス。起きろ」


 直後だった。

 肉の人形が激しく伸び縮みを始めた。

 肉をこねたような音、骨が折れたような音。雑音、快音、それらを奏で、肉の塊は形を得て行く。


 ルークは、ただそれを見ているだけだった。

 いや、その場の全員が、目の前で起きる歪な光景を眺める事しか出来ない。


 そしてーー、


「アァ……? なんだ、こりゃ……」


 白髪の男が呟く。

 頬に刻まれた傷が特徴的で、全体的にチンピラを思わせる風貌の男だ。


「……あれ、意外と早かったのね」


 次に口を開いたのは女性だった。

 胸の辺りまで伸びる茶色の髪、妖艶という言葉が当てはまる女性だった。


「んぁ……? 俺爆発したよな?」


 次に口を開いたのは男だった。

 ボサボサの寝起きのような緑色の髪、病人服のようなものをまとった男だった。


「ふぅ、ようやっと生き返れた。おせぇぞ親父」


 最後に口を開いたのは男だった。

 真っ赤に燃える炎のような髪。飄々とした態度だが、一本筋の通った男だ。


 赤い髪の男ーーウルスは言う。


「また会えたな。ルーク、ティアニーズ、トワイル、メレス……それと、嬢ちゃん」


 ルークは気付かなかった。

 いつの間にか、その場にエリミアスが来ていた事を。

 だって、そんな事を気にしている余裕なんてなかった。

 四人の魔元帥を前に、ルークは瞳を揺らす事しか出来なかったのだ。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 デスト、ウルス、ユラ。

 その三人は、かつてルーク達が殺した魔元帥の名だ。宝石を砕き、確かに彼らはこの世界から消えてなくなった。魔元帥にとって宝石とは命であり、それが砕ければ生きてはいけない。

 なのに、なぜ、


「なんで、テメェらが……」


 ーーなぜ、死んだ筈の魔元帥がここにいるのだ。

 訳が分からなかった。千切った腕が形を変え、殺した筈の魔元帥になった。常識の範疇なんてとっくに飛び越えている。元々人間の常識が当てはまるような連中ではなかったが、それでも、見た目は人間となにも変わらない。


 けれど、今のを見たら、人間なんて言葉は絶対に出て来やしない。

 正真正銘、化け物でしかない。

 そして、それをやった男は、


「なんのつもりだ。なぜお前らが死んでいる」


「しょーがねぇだろ。思ったよりも人間が強かったんだよ。それよか褒めろよな、一人で王都に乗り込んだんだから」


「んー、私は最後望んでたところもあるし、正直起こされて苛々してるわ」


「俺は自爆した。……しかも誰も殺せてみてーだな」


「なんだよ、俺は……死んでたのか……?」


 あろう事か、彼らは普通に会話を始めた。家族団欒の賑わいを見せ、各々が好きな事を口にする。

 そんな中、現実を受け止められていないのか、デストが両手を見つめながら歯ぎしりをした。それから顔を上げ、ルークと目があう。


 目が、大きく開かれた。

 その奥に怒りが燃え盛り、


「テメェェェェェェェ!!!」


 デストの叫びが響き渡る。それはルーク一人に向けられたものであり、憤怒の感情だった。誰に殺されたのかを思い出し、彼の怒りは極限まで高まっているようだった。


「ぶっ殺してやるッ! テメェなんぞに俺が殺される筈がねェんだよ!」


「デスト……!」


「きやすく俺の名前を呼んでんじゃねェぞカスがァ!!」


 咄嗟に手を伸ばし、ルークは剣を握りしめようとする。が、その手はソラへと届かなかった。突然全身から力が抜け、その場に崩れ落ちたのだ。

 当たり前だ。ここまでどれだけ力を使って来た。

 数千のゴーレムとの戦闘。メウレスとの戦闘。

 とっくに、ルークの体は限界を迎えていたのだ。


「ルーク! バカ者、もう戦える状態ではないぞ!」


「うっせぇ、んなの関係ねぇんだよ……! 今ここでアイツら全員ぶっ潰す!」


「止めろ! 無理に動けば死ぬぞ!」


「関係、ねぇんだよ!」


 勝てる筈がない。メウレス一人でさえ勝てないのに、それを五人ーーいや、六人同時に相手に出来る筈がない。今までだって、一対一ですら勝つのがやっとだったのに、もうルークの体は戦える状態ではない。


 しかし、相手にそんな事情は関係ない。

 怒りを露にするデストは、倒れるルークへと走り出す。


「テメェだけは俺がぶっ殺さねェと気がすまねェ!!」


「待て、デスト」


 感情に体の主導権を奪われていたデストを止めたのは、父親の一言だった。たった一人で、その足は止まる。別になにか特別な事をした訳ではない。子供をしかるように、怒鳴り付けた訳でもない。

 ただ、静かに呟いただけだ。


「うっせェぞ、俺はアイツを殺す……!」


「……俺は待てと言ったんだ。殺すなとは言っていない」


「だったらいつ殺して良いんだよ、アァ!?」


「少し黙れ。俺は腕を千切ったんだぞ? あまり苛つかせるな」


「……く、そ!!」


 行き場のなくなった怒りを発散するように、デストは硬く結んだ拳を地面に叩き付ける。拳が触れた箇所を中心に蜘蛛の巣のような亀裂が走り、デストは舌を鳴らして元の場所へと戻った。


「相変わらず短気だなぁ」


「うるせぇ、殺すぞ」


「おー怖い怖い。久しぶりだな、ルーク。また会えて嬉しいぜ」


 楽しそうに地面に入った亀裂を飛び越え、ウルスがルークへと近付く。

 彼も同じだ。ティアニーズ達が殺した筈なのに、前と変わらずにふざけた態度で口を動かしていた。


「テメェ……死んだ筈じゃねぇのか」


「あぁ、きっちりバッチリ死んだよ。ティアニーズにとどめを刺されてな」


「じゃあなんで……!」


「お前も見ただろ。これが親父の力。俺達魔元帥や魔獣を作った力だ」


 確かに、魔王は全ての魔獣の生みの親だと言われている。だから魔王と呼ばれているのだが、ルークの思っていた作り方とは大分異なる。

 わき上がる怒りに突き動かされ、ルークは拳を握って立ち上がろうとする。そんな時、


「ウルス、さん」


「よォ。俺の言った通りになっただろ?」


 背後から声がした。ウルスの顔を見つめ、声を震わせながら呼んだのはティアニーズだ。

 殺した筈の男が生きている。その事実は、ティアニーズを動揺させるには十分だった。


「なんで、生きてるんですか……」


「言っただろ? また会えるのを楽しみにしてるって」


「でも、私は確かに……!」


「殺されたよ。俺はお前達に負けた。別にリベンジしたかったって訳じゃねぇが、こうして戻って来たぜ」


 手を広げ、心底楽しそうに微笑むウルス。

 彼はなにも変わっていない。人間が好きで、人間の強さを認めていて、それでも敵であると宣言した男。

 エリミアスに、踏み出す覚悟を与えた男。


「本当は嬢ちゃんとも話しておきてぇが、そろそろ戻らねぇと親父にきれられちまう」


 そう言ってウルスは再びスキップをしながら戻って行った。

 魔王、そして五人の魔元帥。

 これ以上ないほどに、それは絶望と呼べる光景だった。

 人間は勝てない。

 そう思わせるには、十分だった。


「んで、どうすんだ?」


「ここに用はない。今は俺の傷を癒す事を優先する。いずれ殺す機会は回ってくる。だが、それは今ではない。良いな、デスト」


「あぁ」


 男の言葉に、デストは気に入らないといった様子で頷いた。そのご、男達はルークに背を向ける。もう、興味はないと言いたげに、その場から去ろうとしていたのだ。

 しかし、そんな事ルークが許す筈がない。

 拳を叩き付け、


「待て! 逃がす訳ねぇだろ!」


「今回は……そうだな、あえて逃げるという言葉を使おう。今のお前には殺す価値すらない。それを理解しろ」


 ルークへと視線を送る事すらせず、男はゆっくりと足を踏み出した。男達の前に黒い影が出現した。ゆらゆらと揺れ、転がっていた石ころを吸い込む。

 しかし、そこで一旦足が止まった。

 首を捻り、男はその場の全員を眺める。

 ニヤリと、怪しく口元が動いた。


「……いや、止めておこう。ここでなにもせずに逃げれば、俺がただの負け犬になってしまう」


「どうすんだ?」


「一人殺して行く」


「あいよ。誰にする?」


 軽いテンポの会話だった。男の言った『殺す』という言葉に、ウルスはなんの迷いもなく即答で頷く。

 男は吟味するように全員の顔を見つめ、一人の少女で視線を止めた。

 そして、言う。

 殺すべき、人間の名を。


「ーー桃色の頭のガキを殺せ」


「ーー了解」


 タンッ、とウルスの体が跳ねた。

 突然過ぎて、意味が分からなくて、誰も動けなかった。ルークは動けず、横を過ぎるのをただ見送った。

 しかし、ウルスは止まらない。

 力で造った剣を握り締め、ティアニーズの目の前に降り立つ。

 そして、小さく、呟いた。


「悪いな」


 直後、ウルスの剣が左胸を貫いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ