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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
六章 王の帰還
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六章三十四話 『光』



「アスト王国騎士団第一部隊所属ーーいや、魔元帥メウレス。それが俺だ」


 そう言った男の顔は、酷く落ち着いていた。

 自分がなにを言っているのかを理解していて、それでもなお、平然と事実をルーク達に押し付ける。

 騎士団最強の男は、敵として前に立ち塞がった。


「……オイオイ、なにがどうなってやがんだオイ」


「あの人、騎士団の人なんですか……?」


「クソ、アルフードの奴なにやってやがんだ。身内の中に敵が入り込んでんだぞ、なんで気付かねぇんだよオイ……!」


 後ろの二人ーーアンドラとアキンは彼と面識がない筈だ。しかし、メウレスの述べた言葉に驚愕の色を浮かべて視線を送る。騎士団が魔元帥、その事実だけで驚くには十分なのだろう。


「テメェが誰だろうと興味ねぇよ。魔元帥なら殺す、ただそれだけだ」


「あぁ、そう言うと思っていた。躊躇う必要はない。用があるのは後ろの水晶だけだからな」


 言葉の通り、メウレスが敵だろうと味方だろうと関係ない。邪魔をするなら、歩く道に立ち塞がるのなら、ルークはそれを蹴散らす事になんの迷いも持たない。

 飛びかかろうとした瞬間、横からソラの声が響いた。


『ルーク! 待て、奴には聞きたい事がある』


「あ? んなの知らねーよ、敵なんだからとっととぶちのめす」


『待てと言っているだろう。ここで暴れるのは危険過ぎる、僅かでも時間を稼ぐのだ』


「……わーったよ」


 舌を鳴らし、剣を手離した。切っ先が地面に触れる頃には人間の姿に変わっており、地に足をつけたソラがメウレスを見る。

 メウレスはほんの少しだけ首を傾け、


「なんのつもりだ。今さら戦わないとでも言うつもりか?」


「いや、貴様とはちゃんと決着をつける。だが、その前にいくつか聞きたい事がある。なぜここに入れた、ここには精霊しか入れない筈だ」


「……なるほど、どうやら記憶がないというのは本当らしいな。まぁ良い、少し考えれば分かるだろ? 俺は今ここにいる、そういう事だ」


「魔元帥とは……精霊、なのか」


「いや、あんな奴らと一緒にするな。俺達は精霊じゃない」


 僅かにメウレスの眉が動いた。彼が初めて見せた感情の突起だった。それは怒り、どこに向けられたものかは分からないが、メウレスはなにかに対して怒りを覚えているように見えた。

 しかし、ソラは構わず続ける。


「ならばなぜ、ここに入る事が出来た! なぜ貴様はこの場所を知っている!」


「ここを見つけたのはたまたまだ。任務でこの祠を見つけた時は流石に驚いたよ。血眼になって探していたものが、こんな辺鄙なところにあったのだからな」


「ずっと、狙っていたのか」


「あぁ、最悪の場合は精霊を殺して入るつもりだったが、まさかお前達が来るとはな。おかけで楽に入れたよ」


 全てが偶然、メウレスはそう言っている。彼が任務でここに来た事も、たまたま魔王が封印されている祠を見つけた事も、勇者であるルークが町を訪れた事も。

 いや、そんな訳があるものか。それはもう偶然なんかじゃない。

 明らかに、そうなるように仕向けられている。


「もうすぐあれは復活する。俺がこの手で目覚めさせる。まぁ、その頃にはお前は死んでいるがな」


「出来るものか。貴様一人で本当に出来ると思っているのか」


「出来るさ。それに俺一人じゃない。この町には、既に俺を含めて四人の魔元帥が来ている」


「な、に……! そんな……地上の奴らは、ティアニーズ達は無事なのか!」


「さぁな、地下に入ってから上手く機能が働かない。魔元帥を含め、地上の様子は分からないな」


 その言葉に、ルークを含めた全員が冷や汗を流した。ソラは声を荒げ、アンドラとアキンは言葉を失う。

 それもその筈、この場にいる者は全員魔元帥の強さを理解している。一度は殺されかけた事もあるし、辛くも勝利をもぎ取った事もある。


 だからこそ分かる。

 四人も同時に相手して、勝てる訳がないと。


「多少の抵抗はしていると思うが……いや、何人かは死んでいるだろうな。地上にはアルブレイルさんがいる。それだけで一人は死ぬだろうな」


「随分とあの筋肉の力を買っているようだな。魔元帥のくせに」


「これでもあの人にはお世話になった。全員殺すとしても、あの人だけは俺の手で殺す」


「バーカ、誰も死んじゃいねぇよ。テメェらに殺されるほど弱い奴は一人もいねぇ」


 ここで、ルークが口を挟んだ。

 ここまで一緒に旅をして来たからこそ分かる。ティアニーズも、トワイルも、エリミアスも、アテナも、他の人間も、そう簡単にくたばるような人間じゃない。

 みっともなく足掻いて、最後の最後には必ず勝つ。


 そんな人間だからこそ、ルークはここまでこれた。

 そんな人間達だからこそ、ルークは信用しているのだ。

 だから、


「残るはテメェだけだ。ここでテメェを殺す、そうすりゃ魔元帥の戦力はほとんど残っちゃいねぇ」


「大きく出たものだな。一度お前は俺に殺されかけている。本当に、勝てると思うか?」


「たりめーだろ。たっぷりと後悔しろ、あん時殺さなかった事をな」


「……残念だが、後悔する事はない。もし地上の奴ら負けていたとしても、俺一人いればどうとでもなる」


「随分とでけぇ口叩くじゃねぇか」

 

「事実だ。それに俺の目的は殺す事じゃない。戦力を削り、封印を解く事だけだ」


 あくまでも、第一目標は魔王の復活。仮にルークが魔元帥だとしても、恐らくそうしていただろう。たとえどれだけ一方的な展開だとしても、それを一瞬で覆す事が出来るほどの力ーーそんな馬鹿げた力の塊が、今ルークの背後にはある。


 しかし、ここで疑問がうまれる。

 ソラは目を細め、


「貴様に出来るのか、この封印を解く事が」

 

「出来るからここにいるんだ。ウルスには悪いが、元々その算段は整っていた」


「無理だ、そんな力がどこにある。貴様がどれだけ強かろうと、この封印を解くほどではない」


「力ならあるだろう」

 

 僅かにメウレスの口元が緩んだ気がした。

 殺気が漏れる。底なしの、一度引き込まれれば二度と這い上がる事は出来ないーーそんな終わりのイメージを突き付けられ、ルークは一瞬動く事を忘れてしまった。


 動いた。

 メウレスの口が、ゆっくりと。


「力ならあるだろう。ここに腐るほどの力が……お前のだよ、精霊」


 ルークが動きを取り戻した時には、メウレスが目の前から消えていた。いや、先ほどまで立っていた場所にはいなかった。

 首に風が当たる。冷たく、そして全身に震えが走った。

 そこでルークは気づく。

 メウレスの振り上げた剣が、自分の首もとに迫っていると。


「バカ者!!」


 ソラの叫びの直後、体が大きく突き飛ばされた。横に立っていたソラが咄嗟に反応し、全身を使ってルークにタックルをしたのだ。

 切っ先が首筋に掠り、傷口から血が流れ落ちる。


 直ぐ様立ち上がり、剣を握り締めると、


「行かせるかよ!」


 ルークを無視しして一直線に水晶へと向かうメウレスの背中に、剣を振り下ろされる。

 しかし、防がれた。

 こちらに目もくれず、前を向いたまま剣だけを背中に回して。目の前でメウレスの体が回転し、


「邪魔だ」


「ガッーー!」


 靴裏が腹部に食い込んだ。息が止まり、胃液が口から溢れ出す。しかし、攻撃は止まらない。

 メウレスの拳が的確にこめかみと顎を狙い打ち、力が抜けたように膝が折れた。意識が飛びかけ、重力に体が引っ張られる。


 見える光景全てがスローになり、メウレスの持つ剣の動きが鮮明になった。ゆっくりと、自分の肩に剣が食い込む様子を、避ける事も出来ずに受け入れた。

 上がる血渋き。

 ルークは痛みを押し殺し、


「止めろッ!!」


 かろうじて絞り出せた言葉。その言葉に体を跳ねさせ、水晶の前にアンドラとアキンが立ち塞がる。

 二人では絶対に勝てない。

 それを理解していながら、ルークは叫ぶ事しか出来なかった。


「下がってろアキン!!」


 震えながらも勇敢に立ち向かう意思を示したアキン。しかし、アンドラはアキンの腕を引いて無理矢理突き飛ばした。

 バランスを崩して倒れるアキンの横を過ぎ、たった一人でアンドラは走る、


「誰だお前は」


「いずれ世界に名を轟かせる男ーー盗賊勇者だ! 覚えとけオイ!」


「興味ないな」


 冷たく突き放したような呟き。それを聞いて、アンドラの表情が一瞬だけ真面目なものへと切り替わった。

 勝てないと分かっていて、立ち向かうのはそれ相応の覚悟がいる。絶対に埋まる事のない力の差、それをアンドラは理解している筈だ。


 けれど、止まらない。

 アキンという守る存在のために、どうしようとないくらい悪人の男は、初めて勇気を振り絞った。

 しかし、無情にも剣はーー、


「舐めんな!!」


「ーー!」


 その場で誰よりも驚いたのは、メウレスだった。

 当たる筈の一撃、殺す筈の一撃。奇跡でも起こらない限り、その剣はアンドラの命を一太刀で奪う筈だった。

 だが、アンドラはそれを避けた。怯む事なく真っ正直から飛び込み、最小限で回避不能の死を避けたのだ。


 懐に飛び込み、拳が硬く握られる。

 その拳が真っ直ぐに伸び、メウレスの顔面を捉えた。


「どうだオイ!」


 ルークでさえ、悪知恵を働かせて姑息な手を使う事でしか彼を殴れなかった。それなのに、あろう事かアンドラは小細工なしで一撃を叩き込む事に成功したのだ。

 その表情が勝ち誇ったものへと変わる。

 だが、次の瞬間、


「驚いたな」


 バチン!と鈍い音が響く。

 凪ぎ払うようにして振り回された拳が、アンドラの体を弾き飛ばす音だった。空中で一回転し、そのまま壁に激突した。

 メウレスは殴られた頬に触れ、アンドラに目もくれずにゆっくりと歩みを進める。


 その前に立ち塞がったのは、震える足を必死に止める少女だった。


「こ、ここは通さないぞ!」


「退け、お前に用はない。子供は下がっていろ」


「こ、子供だからってバカにするな! 僕がお前を止めてやる!」


「や、やめろ……アキン……」

 

 小さく呟いたアンドラの言葉。恐らくアキンの耳には入っていないだろう。恐怖を消すために強がり、声を荒げる事で自分を誤魔化している。

 戦える状態じゃない。

 勇気ではなく、それはただの無謀だ。


「そうか、退かないのなら殺す」

 

「僕が……僕が相手だ!」


 一段と強まった殺気に、アキンの足が下がる。それでも、涙を浮かべながら踏み出した。体を縛りつける恐怖に逆らい、腕を振り上げる。

 小さな勇気を振り絞った少女の手に、炎が集まる。燃え盛る炎は鳥へと姿を変え、熱を放ちながらメウレスへと射出された。


 ここで異変があった。

 アキンはまだ、魔法に形を与える術を完璧に会得していない。破壊力はあるものの、それをコントロールする事が出来ていないのだ。

 しかし、一向に形が崩れない。炎は鳥の形を保ったまま、風を切って突き進む。

 そしてーーメウレスに直撃した。


 アキンは土壇場での成功に、目を丸くして、


「や、やった! 出来た!」


 喜びを全面に出し、殺気だった雰囲気を忘れたかのように跳び跳ねる。

 本来ならば当てる事すら難しかっただろう。だが、メウレスはその威力を過小していたのか、避ける事すらしなかった。

 煙が晴れ、その姿が晒される。方膝をつき、表情を曇らせるメウレスの姿が。


「……お前、なにをした」


「……え?」


「なにをしたと聞いているんだ」


 低い声だった。怒りの中に戸惑いがあり、アキンの顔を見上げながら呟く。

 確かに、その一撃はメウレスにダメージを与えていた。普通なら、たとえ受けたとしても大した傷にはならなかった一撃。なのに、明らかに、初めて目に見える傷を与えていた。


「ゆ、勇気の力だ!」


「……そうか、なるほど、そういう事か。状況が変わった、まずお前を殺そう。お前だけは生かしておけない」


 動く。アンドラのようにずば抜けた身体能力のないアキンでは、絶対に避ける事の出来ない一撃。

 ただ、十分だった。

 二人の活躍により、ルークが動けるまで回復するには。


「テメェの相手は、俺だろうが!!」


 加護のオンオフはない。初めから全開の一撃を打ち込んだ。一々切り替えてる余裕などないと判断し、加護の全てを今この場で使いきると決めたのだ。


「邪魔をするなと言った筈だ」


「俺がテメェの言う事を聞く訳ねぇだろ……!」


 ルークの剣を受け止め、メウレスが静かに呟く。

 その隙にアキンは駆け出した。壁に体を打ち付け、ぐったりと寝転ぶアンドラの元へ。


「あの子供はなんだ。お前、なにも知らないのか」


「あ? なんの事だボケ。あのちびっこはおっさんの手下だ」


「なにも知らない……いや、気付いていないとは。お前も不幸な男だな」


「誰のせいで不幸になってると思ってんだよ!!」


 ガギン!!と剣同士がぶつかる音が生じ、火花が散った。

 激しく剣撃が繰り広げられる。加護がなければまともに対応する事も出来ないし、一進一退の攻防でもない。明らかに押しているのはメウレスだった。

 全開の加護をもってしても、この男には届かない。


 それだけの力の差が、まだ二人にはある。

 戦えると思いこんでいた。対等に張り合えていると思いこんでいた。そんなのは、ただのまやかしだった。

 たとえ三人が手を組んだとしても、メウレスには勝てない。

 その事実を、剣が触れ合う度にルークは痛感させられていた。


『なんとしてでも止めろ! 封印に近付けさせるな!』


「わーってんだよ! ちと黙ってろ!」


 全神経を受ける事だけに集中しなければ、勝負は一瞬で決着がつく。反撃する暇なんてありはしない。こちらが手を出そうものなら、メウレスはそれを動く前に止める。

 戦えているように見えているが、そうではない。

 ただ、防いでいるだけだ。


「く……!」


 ルークの体が、僅かにブレた。

 それは致命的な隙だった。

 メウレスの剣がルークの腕を刺し、その手から剣がこぼれ落ちる。

 そして、強烈な蹴りが叩き込まれた。

 加護のない、ただの人間の体に。


「ガ、フーーッ!!」


 内臓が全て潰れたような衝撃に、口から血液が飛び散った。体がくの字に折れ、地面を何回もバウンドしながら後ろへと吹っ飛ぶ。部屋の隅ーー扉に背中を強打する事で、ようやくルークの体は止まった。


「ルーク!!」


 メウレスを無視し、人間の姿に戻ったソラが走る。うずくまり、大量の血を口と肩から流すルークへと。

 そんな二人を見送り、メウレスは剣を鞘に納めた。そして、歩く。封印された、父親の元へと。


「待たせたな、ようやくだ」


 メウレスが水晶に触れた瞬間、洞窟が激しく揺れ始めた。部屋を支えていた支柱に大きな亀裂が走り、天井がパラパラと石の雨を降らせる。

 ソラはルークを支えながら、


「どうやって封印を解くつもりだ……!」


「言っただろ、ここにある力を使う」


「そんな事、出来る筈が……」


「この洞窟の力を全て封印にぶつける。俺の体を通してな。それで無理なら、俺の力も足してやれば良い」


「そんな事をすれば、貴様もただでは済まないぞ!」


「だろうな。だが、それで良い。たとえ俺が死んだとしても、これが起きればそれで良い」


 仮にそれで封印を解けるとしても、正気のさたとは思えない。今言った方法は、ソラの全ての力を己の身一つで引き受けるという事だ。たとえ魔元帥だとしても、そんな事をすれば体の崩壊は免れられない。

 けれど、メウレスは言う。『それで構わない』と。


「クソ! 起きろルーク! 早くあれを止めるんだ!」


「分かってんだよ……」


「ならば起きろ! 手遅れにーー」


「もう、遅い」


 ソラの声を、光が引き裂いた。

 水晶を中心として光は広がり、そのまばゆさは部屋を一瞬にして飲み込んだ。


 なにも見えない。

 暖かい筈の光なのに、底知れぬ冷たさが全身を包み込む。


 そして、そしてーー。



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