表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
六章 王の帰還
158/323

六章三十二話 『向ける敵意』



 魔法とは万能の力ではない。

 良く勘違いをしている人間がいるが、傷を治すという魔法ーー厳密に言うとあれは治している訳のではないのだ。

 対象者の自然治癒の力を強制的に高め、勝手に治っているという方が正しい。


 そして、魔力には底がある。

 主に魔法の才能とは二種類存在する。魔力の量、あとは魔法の応用力だ。二つの属性の魔法を併用して合わせたり、魔法に形を与えたり、主にこれらが上げられる。

 それらの全てを持ち合わせてこそ、本物の天才と呼べるのだ。


 そして、とある魔法使いはさらにその上の領域を目指した。

 そこへ達する事が出来たのなら、それは精霊に親い存在となれる。

 そんな戯言を信じて。


 今、その領域にもっとも近い人間。

 それがメレス・ルータという女性だ。

 

 別に彼女自身、そんなものになりたい訳ではない。彼女に初めての魔法を見せた女、その女が格好良かっただけの話だ。

 だから魔法を学んだ。才能があったのはたまたまだ。


 いつか彼女のような女性になって、自分は格好良いんだと胸をはりたい。

 それが、メレスの始まりだった。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「だぁぁもう! しゃらくさいわね!!」


 叫び、怒りーーというか不服を全面に出すメレス。

 あれからひたすらに魔法をぶっぱなしているが、これっぽっちも効果は見られない。自分のこれまでの日々をバカにされたような気分に陥り、その怒りは限界へと向かいつつある。

 しかしながら、今の叫びはそこに向けられたものではない。


「なんで全然攻めて来ないのよ!」


「知らないわよ、私に怒鳴らないで」


 一方、隣に立つハーデルトは冷静な様子で呟く。

 そう、目の前少女ーー魔元帥ケレメデはまったく攻めて来る気配がない。ただ真っ直ぐに、魔法の豪雨を気にせずに歩いているだけだ。


「舐めてるって訳じゃなさそうよね」


「防御に特化し過ぎてるせいで攻撃が出来ないって事?」


「そうだと良いけど。流石に魔法くらいは使えると思うわ」


 もし、ハーデルトの言う通りに攻撃手段を持たないのなら、いくら魔元帥とはいえ相手にするだけ時間の無駄だ。だがしかし、そうだと決め方つけてこの場を去るには早計過ぎる。


「このままじゃこっちの魔力切れで負けるわよ。どうするの? まさか大人しくやられるつもり?」


「そんな訳ないでしょ。必ず一泡吹かせてやる。て言っても、全然作戦とか思いついてないけど」


「……そんな事だろうと思ってたわ」


「う、うっさいわね! だったらアンタはなにか思いついたのっ?」


「まったく」


「なんでそんなに偉そうなのよ!」


 呆れた態度のくせに、これといった案を口にしないハーデルト。それどころか、なぜか偉そうである。

 メレスは地面をバシバシと踏みつけながら抗議し、


「とにかく、このままじゃらちがあかない。いくら攻めて来ないって言ったって、私達も攻め手がないんじゃ意味がない。あのふざけた力の種を明かさない限り、どっちみち殺されるだけよ」


「全ての攻撃を無効化、って力だったら正直お手上げよね」


「そうじゃないって信じるしかないわ」


 口にした言葉は、状況を冷静に見極めた末に出た答えではない。希望、願望、そうであってほしいという自分勝手な願いでしかない。けれど、そうでなくては困る。

 無敵なんてふざけた力が、あってなるものか。


「お姉さん達、まだ諦めないの?」


 喧嘩ーーもとい作戦会議をしているのと、不意にケレメデが静かな声で呟いた。

 本来ならばまともに口をきける状態ですらないのだが、少女は近所を散歩しているかのようだった。


「言ったでしょ、諦める訳にはいかないって」


「でも、全然痛くないよ? お姉さん達のやってる事、全部無駄なんだよ?」


「無駄かどうかなんてのは、終わってからじゃないと分からないものなのよ。まだなにも終わってないくせに、勝手に決めてつけてんじゃないわよ」


「……うん、分かった。じゃあ、お姉さん達の頑張りが終わるまで待つね」


 少女の口調は変わらない。本当に、すべてが終わるまで待つ事になんの抵抗も感じていないようだ。彼女の目的はルークを殺す事の筈なのに、それすらも放棄すると言いたげに。

 思わず、メレスの手が止まった。


「……ねぇ、あのガキ、本当に魔元帥なのよね?」


「私達の魔法を受けて無傷なんだもの。少なくとも人間じゃない事は確かね」


「そんなのは分かってるわよ。でも、なんて言うか……殺り辛い。敵意とかも全然感じないし」


「それは私も同感。これだけやっても、向こうは私達に少しも敵意を向けて来ない。戦う気がないのかしら」


 これが陽動、という可能性もある。だがしかし、かといってまったく敵意を感じないなんて事があり得るのだろうか。これでも、この二人は騎士団として様々な困難を乗り越えて来ている。そんなメレスとハーデルトでさえ、悪感情を微塵も感じなかった。


「でも、だからといって逃がすの?」


「そんな訳ないでしょ。殺さないにしても、あのガキの身柄は確保する。魔元帥の情報を洗いざらい吐かせてやる」


「ヒートアップするのは良いけど、熱くなり過ぎて暴走しないでよね」


 いくら傍若無人なメレスとはいえ、無抵抗の子供をなぶるのには若干の躊躇いはある。あの勇者ならば、なんの迷いもなく拳を振るうのだろうけど、そこまで性格が破綻している訳でもない。


 メレスは冷め始めた炎に、再び薪をくべるように力強く拳を握る。


「それになによりも、負けっぱなしで終わるなんて絶対に嫌。少なくとも一発はぶちこんでやらないと」


「はいはい。それじゃ手を休めてないで、きっちりと働きなさい」


「分かってる。ーーって、ちょっとストップ!」


 再び攻撃を開始しようとした時、ケレメデの背後に金色のなにかが下り立った。瞬時にそれがトワイルだと分かり、メレスはハーデルトの腕に掴みかかる。

 その直後、


「ハァァァーー!」


 トワイルの振り上げた剣がケレメデの右肩に落ちた。

 しかし、トワイルの顔が歪む。完璧に隙をついた一撃だった。防御はおろか、反応すら出来ていなかった筈だ。

 しかしながら、ケレメデは気にする素振りすら見せない。遅れて自分の肩になにかがあると気付いたのか、ゆっくりと首を回した。


「誰?」


「……また理不尽が相手か」


 静かな呟きに、トワイルも同じように答える。反撃の気配がないと察したのか、そのままケレメデの横を通り過ぎてメレス達の元までやって来た。


「すいません、遅くなりました」


「イケメンのくせに不意討ちとか、中々こすい事するじゃない」


「そんな事言ってられる状況じゃないんでね。それより、あれは彼女の力ですか?」


 言って、トワイルは自分の剣へと目をやる。遠目からでも間違いなく当たっていたのだが、剣には僅かな血液すら付着していない。

 掴みかかって来たメレスを優しく押し退け、ハーデルトが口を開く。


「こっちの攻撃が一切通じないのよ。魔法も、トワイルがやった物理的なものもね」


「それはまた……厄介な敵と当たりましたね」


「力についてはほとんど分かってないわ。こっちの攻撃が効かない、ただそれだけ。汚れすらつかないわ」


 少なすぎる情報に、トワイルは思わず苦笑い。とはいえ、そうしたいのはこちらの方なので、メレスはトワイルの頬を指先でつまみ、


「そんな事より、向こうはどうなったのよ。ちゃんと勝てたんでしょうね?」


「まぁ、一応。勝てたというか、最後は向こうが自爆しました」

 

「自爆って……こっちに来といて良かった」


「ティアニーズも姫様も無事です。ケルトが助けに来てくれたので」


「へぇ、あの無口がねぇ」


 顔は知らないが、人助けをするようなタイプには見えなかった。けれど、向こうにはエリミアスがいたので、恐らくそれに関する事で参上したのだろう。

 ともあれ、全員が無事ならば問題はない。

 問題は、


「増援は助かるけど、正直言ってアンタじゃないも出来ないわよ?」


「ボロボロの状態で駆けつけたのに辛辣ですね」

 

「だって事実なんだもん。しょうがないじゃない」

 

 頬に走る痛みから逃れるような顔を逸らすと、トワイルは改めてケレメデへと目を向けた。

 依然として変わりなく、彼女はこちらに歩いて来ていた。


「さっきの一撃、多分当たってませんよ。手応えとか、剣が肉体に触れた感触がありませんでしたから」


「見えない壁で守られてるとか?」


「いえ、そうじゃないと思います。さっき見たんです。彼女の背中に、僅かな汚れがついているのを」


「それ、本当?」


「はい、間違いないです」


 メレス達の攻撃ではホコリ一つつけられていない。となると、トワイルの言う汚れはそれ以前についたという事だ。力のオンオフが出来る可能性もあるが、これは重大な事実である。

 ほんの少しだが、希望が見えてきた。


「お兄さんも敵なの?」


「あぁ、そうだよ。君みたいな子供を傷つけるのは少し嫌だけど、俺も一応立場ってものがあるからね」


「そう、分かった。じゃあ、お兄さんも一緒に頑張ってね」


 ほのぼのとした会話に、トワイルは首を傾げた。それからメレスへと目を移し、『なにあれ』的な視線が注がれる。


「ずっとあの調子なの。攻めて来る気配もないし、ただ私達に向かって歩いて来るだけ」

 

「まぁ、本当に無敵なら、ナイフ一本あれば人は殺せますからね」


「無敵なんて嫌。絶対にぶん殴ってやるの!」


「そんな子供みたいな事言われても……。そんなだから婚期が……」


 一瞬、凶悪な殺意がカムトピアをおおった。この町にいるであろう魔元帥の仕業ではない。正真正銘、ただの人間が放ったものだ。

 トワイルは慌てて口を抑えたが、既に悪魔は目の前にいる。


「なに、その続き聞かせてちょうだい。婚期がなんだって?」


「い、いや、なんでもないですよっ。ちょっと口が滑ったっていうか……」


「口が滑ったった事はなにか思ってたのよね? それ、教えて。ねぇ、早く、ほら、早くしてよ」


 最強の敵は身内にいたらしい。目の前の魔元帥を遥かにしのぐ殺気をまとい、婚期が遅れている魔法使いはニヤリと微笑む。

 そこに幸福なんて感情は存在しない。本来の笑顔の意味が薄れるほどに、邪悪な存在だった。


「だからなんでもないですって、本当に。メレスさんみたいな美人な女性は、きっと婚期なんて気にしないんだろうなぁって」


「気にしてないわよ、気にしてないけどなにか? 私が足掻くみたいに婚活パーティーに行ってるのがダメなの? どうして良い男が寄って来ないの? ねぇ、なんで?」


「い、一旦落ち着いてください。俺に言われても分かりませんから、ね?」


 どちらかといえば、メレスはツンデレの部類だ。しかしこの瞬間に関しては、若干ヤンが入っている。婚活お化けとかし、狂気に顔面を染めている。

 そこへ、とどめの一撃は容赦なく放たれた。


「そんなんだから、結婚出来ないのよ」


 あっけらかんとした様子で呟きハーデルト。

 しかしその言葉は、この世界で一番踏んではならない地雷だった。メレスの頭の中で、『結婚出来ない』という言葉がぐるぐると回る。


 ピキ、と普通なら鳴らない音が響く。

 見れば、メレスの額に青筋が浮かんでいるではないか。それに加え、なんだか鋭い歯もはえた気がする。もし、この世界に悪魔がいるとすれば、それはきっとこんな顔をしているに違いない。

 今のメレスは、そんな顔だ。


「悪かったわね! 結婚出来なくて! 私だって好きでこんなんになったんじゃないわよ! ちゃんと恋愛して、幸せな家庭を築きたかったわよ! なのになによ騎士団って! アンタ達のせいで私は結婚出来ないの! 分かった!?」


 とんでもない暴論を振り回すメレスに、ハーデルトは小さくため息。

 そして、爆発寸前の爆弾に、強大な炎をぶちこんだ。


「結婚出来ないのはアンタのせいでしょ」


「ムキィィィィィィ!!」


 火山が噴火した。

 大地が揺れ、魔法を使っていない筈なのに、メレスの背後には燃え盛る炎が見える。

 トワイルは背を向け、あろう事は魔元帥の方へと逃げようとする。が、逃げられる筈がなかった。今のメレスのしつこさは、あのルークですら上回る。


「イケメンのくせになんで私を放っておくのよ! 良いわよね、モテる人間は興味ないとかちょームカつい言葉を自然に言えて!」


「いや、俺は本当に興味がなくて……」


「うっさいバカ! 美男美女、この世から私が一匹残らず駆逐してやる!」


 時既に遅し。メレスの手には荒ぶる炎が逆巻いている。魔法に詳しくないトワイルでも分かった筈だ。この炎は、人の命を奪うには十分過ぎると。

 そしてその炎は、これから自分に向けて投げ付けられると。


「え、あ、いや! ちょっと待ってください!」


「死ねぇぇぇぇぇ!!」


 トワイルの静止も聞かず、メレスの手から炎が離れた。荒々しく燃え盛り、炎は真っ直ぐと突き進む。咄嗟に頭を下げ、ギリギリのところで回避したトワイルの綺麗な金髪が僅かに燃えた。

 焦げた臭いが鼻を刺激し、されど炎は止まらない。


 そう、炎は進む。

 トワイルの背後の先ーー魔元帥に向けて。


「……あ」

 

 ーー炎が直撃した。

 ケレメデの体は大きく後方に向けて吹っ飛び、小さな少女の体は地面に叩きつけられる。


「なに避けてんのよ! 避けたら殺すわよ!」


「言ってる事が無茶苦茶ですって!」


「ちょっと二人とも! あれ!」


 背中を向けているトワイル。暴走中のメレス。

 二人は気付かなかったようだが、ハーデルトが異変にいち早く気が付いた。手を振り回しているメレスを抑え、トワイルの肩を掴んで体の向きを変更。

 しばらく一方向を見つめ、


「あれ、え? なんで当たってるの!?」


「メレスさんの魔法……ですよね?」


「ええ、間違いないわ。この目で見たから。でもなんで……」


 今までまったく当たらなかった魔法が、ここへ来てケレメデに直撃した。怒りが振り切れたから、とかではないだろうし、メレスの中に眠る特別な力が目覚めた訳ではない。

 しかし、


「これで戦えるわね! 流石私!」


「結果論ですけどね」


「でも戦える。とっとと終わらせましょう」


 理屈は分からないが、当たるのなら戦える。先までの狂気はどこへやら、メレスは自信に満ちた瞳でやる気満々のご様子である。

 しかし、そこで再び違和感が三人を包む。

 ケレメデが、倒れたままピクリとも動かない。


「……あのガキ、なんで動かないのかしら」


「さっきの一撃で倒したとか?」


「そんな訳ないでしょ。あの魔元帥よ? ウルスだって私の魔法何発打ち込んでも立ち上がって来たのに」


 しかし、ケレメデはやはり動かない。

 安易に近付いたところをドカン!、とかもあり得るので、三人は警戒心を高めながら倒れている少女へと近付く。

 ケレメデの傍らに立ち、顔を覗きこむと、


「……完全に伸びてるわね」


「うそ、あれで? いや、手加減したつもりはなかったけど」


「あぁ、俺避けなかったら本当に死んでたんだ」


 ぐるぐると目を回し、ケレメデは意識を失っている。

 どうやって当てたのかも、なぜ当たったのかも分からない。だが、メレスの一撃によって勝利は人間へともたらされた。

 拳を握り、それを空へ向けて突き上げると、


「私達の勝ちィ!」

 

 婚活お化けーー魔法使いメレスの雄叫びが、辺りに響き渡った。



 ちなみに、ケレメデの力は敵意を持った攻撃を全て無効化するというものだ。それはある程度間接的なものにも効果を及ぼす。例えば、魔法で岩を砕いて礫を放ったとしても、そこに敵意があれば無効する事が出来る。


 つまりあの瞬間、メレスの敵意の全てはトワイルへ向けられていた。それが項か不幸かは分からないが、結果としてケレメデに魔法が当たったのだ。


 そんな事を知るよしもなく、メレスは己の強さに胸をはるのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ