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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
六章 王の帰還
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六章二十七話 『精霊は語らない』



「貴女は……」


 エリザベスという名前が出た瞬間、ティアニーズの頭には昨日聞いた話が過った。契約によって勇者が現れるまで祠を守ってきた精霊ーー名前は確かケルトといっただろうか。

 身につけている奇妙な仮面も、その話と一致する。


「ルークさんが言っていた、精霊……」


「この方が精霊……。あの、どうしてお母様の名前を……?」


「話はあとで、今はあれを止めます。トワイルさんも死にかけていますので」


 視線の先には瀕死状態のトワイルが倒れていた。まだ息はあるのだろうけど、あの爆発を至近距離でうけたのだ、本来だったら死んでいてもおかしくはない。

 ニューソスクスは怪訝な顔付きで、


「お前、精霊か? おかしいな、奴らは地上には下りて来ないって話だった気がするか?」


「…………」


「シカトかよ。人の喧嘩邪魔しといてそれはないんじゃねーのか?」


「…………」


 ケルトは答えない。聞こえているとは思うが、完全にニューソスクスの言葉を無視していた。返事の変わりに、ケルトは走り出した。

 放たれるのは殺気。

 ニューソスクスもそれを感じ取ったのか、タイムラグなしで光の玉を飛ばす。


 しかし、


「なんじゃそりゃ!」


 ケルトが手をかざすと、先ほどと同じように薄い膜が光を包みこんだ。まばゆい閃光が走るが爆発は起きない。いや、恐らく起きているのだろう。だがしかし、あの膜がーーケルトの力がそれを押さえ込んでいた。


 踏み込み、一瞬にして距離をつめると、真っ直ぐに突き出した拳がニューソスクスの腹に突き刺さる。

 体がくの字に折れ、


「ゴ、フッーー!!」


 剣ですらまともに対抗出来なかった体を揺らし、その拳はニューソスクスの体を大きく後方へと弾いた。

 転がるニューソスクスを気にも止めず、ケルトは倒れているトワイルへと駆け寄る。


「あの方を守っていただき感謝します。貴方を無視した事、今この場をもって謝罪します」


 ケルトが体に触れた瞬間、青白い光がトワイルの体を包みこんだ。頭から爪先までおおい、瞬く間にズタボロだった体から傷が消えて行く。流れていた血は止まり、乱れていた呼吸は一定のリズムを取り戻した。

 うっすらと、トワイルの瞼が持ち上がる。


「貴女は……ケルト? どうして、ここに」


「勇者が祠に入った事で私の契約は終わりました。なので、今私は自由です。彼に言われた通り、好きに自由を満喫しています」


「彼……? あぁ、ルークかい。そうか、でも助かったよ、ありがとう」


 ケルトの手を借り、ふらふらとよろめきながらも立ち上がった。

 魔法ですら、先ほどまでのトワイルを完璧に治療するのは難しかっただろう。それを一瞬で、ほぼ完璧に元通りに治した。

 たったそれだけだが、精霊の常軌を逸した力が見てとれる。


「……最高だな、まさか精霊と喧嘩出来る日がこんなにも早く来るなんてよ……」


 乱暴に血を吐き捨て、ニューソスクスは腹を押さえながら立ち上がった。ただの拳一発だが、彼の体に甚大な被害を及ぼしたようだ。

 ケルトを睨み付け、


「別に俺は精霊が人を助けてようが知ったこっちゃねぇ。親父が聞けばキレるだろうけどな」


「…………」


「ルールに厳しいお前らがここにいる理由も知らねぇ。だがよ、やっぱ精霊は良いなァ、久しぶりに拳をいてぇと感じたぞ」


 苦痛の色を浮かべながらも、彼の顔は確かに微笑んでいた。目の前に現れた強敵を心の底から楽しむように、これ以上の幸福はないと言いたげに。


「トワイルさん、あれは私が殺します。貴方達は彼女を連れてここを離れてください」


「彼女……? 姫様の事か。でもそれは出来ない、俺にも一応立場ってものがあるんでね」


「人間では彼らには勝てない。その傷を受けて分かった筈です」


「それでも、だよ。君主が逃げずに立ち向かったんだ、ここで俺が引く事はそれを侮辱する行為になる」


 ティアニーズを守るために立ち向かったエリミアス。誰よりも弱い筈なのに、それでも逃げる事はしなかった。

 そんなものを見せられて、小さな勇気を目にして、騎士が逃げる事など出来ようか。


 それは、ティアニーズも同じだ。


「姫様、ありがとうございます。もう、大丈夫ですから」


「無理はなさらないでください。私が必ず守りますから、ティアニーズさんはゆっくり休んでください」


「でも……!」


「それ以上言うと怒りますよ。私は、その……友達が傷つくのは見たくありません」


 その真っ直ぐな瞳に、ティアニーズは言葉を忘れてしまった。友達だなんて、おそれおおくて言えないけれど、彼女は本気でそう思っていたのだ。

 悲しみと怒り、その二つが混じった顔を見れば、もう無謀な事は出来なかった。


「分かりました。あとは、あの二人に任せます」


「はい、ゆっくりと休んでください」


 ティアニーズは体の力を抜き、自分に手を差し伸べるエリミアスに体を預けた。暖かくて、まるで母親のような温もり。

 思わず、笑みがこぼれ落ちた。



 自分の体の動きを確認し、トワイルは驚きを隠せずにいた。確かに自分は死にかけていた。というか、死んだとさえ思っていた。

 それを意図も簡単に治した精霊の力。

 今まで見てきたとはいえ、常識の範囲を大幅に飛び越えている。


「俺と君の二人でやる。良いね?」


「分かりました。では、トワイルさんはサポートを。彼女の友人を危険に巻き込む事は……」


「それも却下だ。あの爆発がある以上、後ろに下がっていても意味はない」


「……分かりました。あの爆発は私が全て止めます、気にせずに突っ込んでください」


 相変わらずの淡々とした喋り口調に、緊迫した雰囲気がほんの少しだけ和らいだ。一人でも冷静な存在がいるだけで、それは心の安心をもたらす。


「ここへ来て精霊と会えるなんてよ。アイツには感謝しねーとな。俺は今、最高に楽しいぜ」


「そのアイツっていうのが君達をここへ呼んだみたいだね。魔元帥のリーダーみたいな存在なのかい?」


「俺達にリーダーなんていねーよ。いるとしてもそれは親父だけだ。俺達魔元帥に優劣は存在しない、強くてもな」


「だったらなぜ、今になって共に行動を……」



「んなのーー親父がここにいるからだ」



 時間が止まったような感覚だった。

 あらゆる感覚がねじ伏せられ、まともに思考が働かない。

 今、なんと言った?

 そんな疑問さえわいてくる。

 確かに聞こえた。しかし、本能がその事実を拒んでいた。


「そんな事でもねーと俺達は一緒に動かねーよ。今頃アイツは親父のところに行ってんじゃねーのか?」


「待ってくれ……そんな、魔王が……ここに」


 心辺りがあった。いや、それしかない。

 もし、魔王がここにいるーー封印されているのだとすれば、その場所は一つしかない。

 嘘をついている様子もないし、嘘をつくタイプにも見えない。

 トワイルは震える声を必死に抑え、


「あの、祠だ」


「私が守っていた場所ですか?」


「あぁ、間違いない。エリザベス様はだから誰にも言わずにいたんだ。魔王が封印されているなんて言える筈がない。そんな事が知れれば、パニックどころの話じゃ済まないから」


 一国の王妃が、誰にも告げずにたった一人で一つの場所を守っていた。護衛すらつけずに、城を去ってまで。

 そうせざるを得ない理由があるとすれば、そんなもの一つしかない。


 五十年前の戦争で封印された、絶望の塊を決して外に出さないため。

 だとすれば、


「クソ! やっぱり一人で行かせるべきじゃなかった! ルークが、危ない……!」


 勇者であるルークは自ら封印場所に向かってしまった。どれほどの危険性を伴うのか、それが分からないほどバカじゃない。

 それに加え、魔元帥は今この町に集まっている。予想の範疇を出ないが、封印を解く術を既に得ている可能性すらある。


 それくらいのあてがなければ、個人主義の魔元帥は集まらないだろう。

 もし、封印が解かれた場合、真っ先に狙われるのが誰なのかーー無論、ルーク以外には考えられない。


「ケルト、状況が変わった。なんとしてもここで奴を倒す。そして早くルークの元に向かわないと」


「魔王ですか。私も話を少しは聞いた事があります。精霊の国でも有名ですからね。彼は」


「とにかく、一刻の猶予もない。今は一秒だって無駄には出来ない」


 ルークの命もそうだが、魔王が復活でもすれば今度こそアスト王国が、世界が終わってしまう。比喩でも冗談でもなく、その力を持っているのだ。

 だから、たかが魔元帥ごときに時間はかけられない。


「親父の事はどうだって良いだろ。今は目の前の喧嘩に集中しろ。油断してっと塵になんぞ?」


「そうだね、早く終わらせよう。悪いけど喧嘩じゃない、殺し合いを、だ」


 目配せを交わし、同時に駆け出す。

 ニューソスクスは二人が走り出した瞬間に手をかざし、二つの光を真っ直ぐに飛ばした。


「行ってください」


「あぁ!」


 二つの光を薄い膜が包みこんだ。あの技にどれだけの力と集中力を使うのかは分からないが、流石の精霊でもリスクなしとはいかないだろう。となれば、やるべきは短期決戦。

 どちらにせよ時間はない。迅速に、確実に勝利をーー、


「俺だってバカじゃねぇんだよ。同じ手をくらうと思うか?」


 接近するトワイルの前に、光が落ちて来た。視界を奪うほどの輝き、顔を逸らしたくならほどの熱。

 体が固まった。


「まさか、陽動ーー!?」


「どれを爆発させるかは俺の意思で選べる。動いてるやつだけが爆発するなんて、甘いんじゃねーのか!?」


「ーー甘いのは二人ですよ」


 避けられないーーそう悟った瞬間、目の前の光を膜が包んだ。起きる筈だった爆発は抑えられ、トワイルの頭上をなにかが飛び越える。

 ケルトだった。

 陽動だと読んだのかは分からないが、そのままニューソスクスへと飛びかかる。


「チッ……精霊は殺りづれぇなァ!」


 突き出されたニューソスクスの拳を無言のまま払いのけ、懐に潜りこんでアッパー。大きくはねあがった顔面をさらうように横からの肘が襲い、怯んだところへ追撃の掌底が胸を打ち据える。

 息がつまったような叫び。それをかき消すように頭を掴んでたぐりよせ、その鼻先に膝が直撃した。


「ゴバッーー」


 ニューソスクスだって黙ってやられている訳ではない。打撃を受けながらも抵抗しようと何度も拳を振り回しているが、一撃もかすらない。

 振り回せば届くほどの至近距離の攻防なのに、ケルトはその攻撃を完璧に、正確に捌いていた。


 トワイルが手を出す隙すらない。化け物同士の戦いに人間は無用だと、そう言っているようだった。


「クソったれ! 接近戦じゃこっちが不利か!」


 雄叫びの直後、ニューソスクスは強引に距離をとった。打撃の連打をかいくぐり抜け、数歩後ろへと下がると、


「全部防いでみろや!!」


 頭上に輝く光の玉が、一斉に二人に向けて降り注いだ。

 爆発するのは二つだけ。しかし、それがなにを意味するのか分からない訳じゃない。


(どれが、爆発するんだーー!!)


 無数に浮かぶ光の中から、爆発する光を見分けるのは至難の技。これだけの数があるのだ、適当に爆破してもトワイルとケルトを巻き込むには十分過ぎるし、今からでは逃げても無意味。

 十秒のインターバル、そして二つしか爆破出来ないという弱点を補うには十分だった。


 しかし、それが通用するのは人間の話だ。


「舐めるな」


 これが、ケルトがニューソスクスに向けて放った最初で最後の言葉だった。

 二人周囲で光が炸裂する。どれが爆発したのかすら分からず、防御のとりようがない。どの方向から来たとしても、大打撃を受けるのは明白。

 しかし、二人は無傷だった。


 なにが起きたのか、それを瞬時に理解したニューソスクスの目が揺れる。


「お前、まさか全部……!!」


 難しい話ではない。どれが爆発するか分からないのら、全て抑えてしまえば良い。

 そんな子供でも思い付くような方法を、ケルトは実際にやってのけたのだ。仮に魔法で同じ事が出来るとしても、それには全ての光の位置を知る必要がある。

 どうやって、どのタイミングで把握したのか、それすらも分からない。けれど、それを当たり前のようにやり遂げた。


 ーーこれが精霊。

 人間の上に立つ、神が造り出した存在。


「上等だ! かかって来い!」


 圧倒的不利を前にして、それでもニューソスクスは微笑んでいた。ピンチを楽しむかのように、迫るケルトに向けて交戦を開始する。

 余裕がある訳ではない。

 だがトワイルは、残された打開策を知っていた。


「待つんだ! 彼は自分の体をーー」


「おせぇ!!」


 トワイルの叫びも間に合わず、ケルトの拳を受け止めた左腕が爆発した。

 衝撃と熱は後ろに立つトワイルまで伝わって来た。片手で顔をおおい、


「ケルト!」


 視線を前に戻した時、目にしたのは殴られているニューソスクスだった。

 爆発は確かに起きた。だがしかし、二人の結ばれた拳を膜が包んでいたのだ。あの規模の爆発を拳で受ければ、どうなるかなんて考えるだけでもおぞましい。


 しかしケルトはそれを実行し、なおかつ反撃へと移っていた。爆発によって拳は見るも無惨に焼け焦げ、彼女のトレードマークである仮面は僅かに欠けている。

 それでも、苦しむ声一つ聞こえない。


 完全に封殺していた。

 爆発も、接近戦も、全てにおいてケルトの方が上だった。人間がどれだけ魔元帥に苦しめられて来たのか、それを嘲笑い、バカにしたような力。

 規格外過ぎる。

 トワイルが付け入る隙なんてなかった。


「最高だァ! あぁ、俺は今最高に楽しいぜ精霊!!」


「…………」


「死ぬかもしれねぇのに楽しくてしょうがねーんだ! 身体中いてぇのに楽しくてしょうがねーんだ!」


「…………」


「分かるか俺の鼓動が! 俺は、俺は今生きてる!!」


 どれだけ殴られても、ニューソスクスの顔から笑みが消える事はない。折れた歯が口から飛び出し、左目は度重なる打撃で完全に塞がっている。

 ケルトの方も仮面の四分の一ほどが欠け、金髪と赤い瞳が露になっていた。


 実力が拮抗している訳ではない。

 格上なのはケルトだ。だが、それを埋めているのはニューソスクスの純粋な嬉の感情。

 好きだから、楽しいから、拳を交える度に鋭さを増して行く。


 しかし、それも長くは続かなかった。

 ケルトの拳が胸を捉え、ピキ、とヒビが入るような音が鳴った。


 その瞬時にニューソスクスの膝が折れ、隙だらけになった顔面に靴の裏が直撃。鈍い音とともに体が宙に舞った。

 力なく大の字に寝転んだニューソスクス。

 それでも、彼は笑っていた。


「やべぇな、こんなの覚えちまったらまだ死にたくねぇって思っちまう」


「…………」


「お前最高だ。こんなに楽しかったのは初めてだぜ。身体中が嬉しくて震えてやがる」


 勝負は決した。

 壮絶な殴り合いを制したのはケルト。

 こんなものを見せられれば、己の無力さを痛感せざるを得ない。

 けれど、今はそんなものに浸っている時間はない。


「ケルト」


「はい、とどめをさします」


 最後まで、静かな口調だった。

 勝利に対する喜びもなく、痛みを感じさせるような叫びもない。機械的に、ただやるべき事を実行したとでも言いたげに。

 ゆっくりと、倒れるニューソスクスへと足を進める。


「……おい、また俺と戦ってくれよ。こんなの忘れられる訳がない、俺の人生の中で一番昂ったぜ」


「…………」


「最後まで無視かよ。まぁ良いか、言葉よりも拳で散々語り尽くしたしな」


 仮面から僅かに覗く赤い瞳が、寝転ぶニューソスクスを見下ろす。

 やはりそこに感情はなかった。

 最後まで、ケルトは語らない。

 振り上げた拳を、真っ直ぐに胸へとーー、


「だがよ、勝ちは譲らねぇ」


 小さな呟きがあった。

 瞬間、ニューソスクスの全身が白い光を放つ。


「ーーまずい!!」


 咄嗟に駆け出し、伸ばした手は届かない。

 ケルトでさえ、反応が遅れた。


 直後、激しい爆発が起こった。

 ーー辺り一面を、光が包みこんだ。



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