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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
六章 王の帰還
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六章二十四話 『五人目』



「ぐ、ブッ……!!」


「どーした! そんなんじゃ碧眼のガキを殺しちまうぞ!」


「まだ、まだァァ!」


 初めから分かっていた事だが、ティアニーズが一人でどれだけ足掻いたところで魔元帥には勝てない。力とか技術とか、そういう話ではないのだ。

 彼女には魔法がない。呪いもないし、ましてや精霊の力もない。

 人間の力だけでは、どうしても越えられない壁がある。


「……ティアニーズさん」


 それでも立ち上がるのは、背後にいる人を守りたいから。

 魔元帥が狙う男を、絶対に守りたいから。


「女ってのは弱いと決め付けてたが……いや、人間だな。案外魂の強い奴もいるもんだなァ!」


 すれ違い様、振り回された拳を剣で受け止める。衝撃によって地震に襲われたような感覚が体を包み、フラりと足が無意識に後退る。

 ユラの時のようにデタラメな腕力はない。しかし決して、魔元帥の持つ地の力が弱い訳ではない。


「貴方達の目的はなんですか、なぜルークさんを狙うんですか!」


「そんなの簡単だろ。勇者だからだ、俺達を殺せる人間だからだ」


 回転しながら剣を振り回す。

 ニューソスクスは上体を後方へと反らす事でそれを回避し、


「だがまぁ、勇者を殺すのはついでだ」


「ついで……?」


「俺達魔元帥がたかが勇者殺すためだけに集まる訳ねーだろ。殺るんなら自分で、そういう奴らの集まりだからな」


 魔元帥は個人主義だと言っていた。今までも一人一人でしか行動していなかったし、王都という一番危険な場所ですらウルスは単身で乗り込んで来た。その事から、ティアニーズは勝手に決め付けていたのだ。

 魔元帥は、団体行動をとらないと。


 剣を逆手に持ち変え、魔道具を使って炎を放つ。


「そんな貴方達がなぜ、今回共に行動してるんですか!」


「そりゃ、それなりの理由があるからに決まってんだろ。俺は別だけどな」


 ニューソスクスは炎を素手で鷲掴みし、握り潰すようにして消し去った。掌から上がる煙にむせながらもう片方の手で払い、再び突進を開始。

 剣と拳が激突した。


「俺は強い奴と戦えればそれで良い。経験だよ、強くなってるって経験がほしいんだ」


「ぐ……そんな事のために!」


「そんな事のためって、酷い奴だな。これは俺の唯一の楽しみなんだよ。知ってるか? 魔元帥ってお前らが思ってるより暇なんだ」


 両手で柄を握り締め、必死に抗おうとする。しかし、対するニューソスクスは片腕の力のみでティアニーズを押していた。

 余裕ぶった表情ではなく、実際に余裕なのだ。

 現に、まだ彼は『力』を使う素振りすら見せない。


 力で勝負する事を止め、剣を傾けて体勢を崩すと、一気に懐に潜り込みんで剣を振り上げた。が、


「命のやり取りってのは良いよな。不死身の俺が唯一生きてる実感がわく。だから辞められねぇ、楽しくてしょーがねぇんだ!」


 その剣を、ニューソスクスは顔面で受け止めた。

 頬が僅かに切れ、血が滴り落ちる。

 その傷さえも楽しむように、狂気に満ちた瞳が至近距離で輝くのをティアニーズは目にした。


 ゾクリ、と背筋に寒気が走る。

 今までの魔元帥とは違う。殺すのを楽しむ訳でもなく、確かな目的がある訳でもなく、食欲がある訳でもない。純粋に、戦いという行為を楽しんでいるのだ。

 ティアニーズは逃げるように後方へと飛ぶが、剣を掴まれ、そのまま引き寄せられると、


「だからよ、もっと俺に経験させてくれ。死ぬかもしれねぇって恐怖を、生きてるって最高の幸福を!!」


 その拳が右の頬を捉え、ティアニーズの体が大きく吹き飛んだ。

 ぐにゃりと視界が回転し、勢いを保ったまま民家の壁に激突。口の中が血の味で満たされ、逃れるように乱暴に吐き出した。


 それを見たエリミアスは、


「ティアニーズさん!」


「来ないで!!」


 走り出そうとした瞬間、ティアニーズは声を張り上げた。主君に対する冒涜と知っていながら、涙ぐむその顔を睨み付けた。


「大丈夫ですから……来ないでください」


「でも、でも!」


「私はこれでもルークさんと色々な経験をして来ました。だから、こんなのへっちゃらです」


 剣を支えにして、重たい体を持ち上げる。

 強がりだと分かっていて、これっぽっちも大丈夫ではないと理解していて、それでも笑顔を振り絞る。


「私を、私達を信じて」


「はい……!」


 口元が麻痺していながら、やっと紡いだ言葉。エリミアスは瞳にたまった目一杯の涙を拭いとり、その言葉に信頼をよせるように頷いた。


 その直後、再び爆発が起きた。

 ニューソスクスが起こしたものではない。

 発生源は跡形もなく吹き飛んだ宿舎の残骸。その残骸が爆音とともにあちこちへと吹き飛び、その中からドーム状に広がる炎が見えた。

 風に吹かれるようにして炎が消え、


「あーもう! せっかくのドレスが台無しよ!」


「生きてるんだから文句言わないで。非常事態なんだから仕方ないでしょ」


「ゴホッゴホッ……やっぱりこうなった。ルークといると飽きないね……」


 焦げたドレスを指差し、激昂する巨乳の魔法使い。

 それを宥めるもう一人の魔法使いに手を借りながら、金髪の青年は呆れ笑いを浮かべていた。

 その背後には、傷だらけでたたずむ人影が数人。


 ニューソスクスは三人を見て目を細め、


「……結構本気でぶっ飛ばしたつもりだったんだけどな」


「だからこんなにボロボロなんでしょ。いきなりとかバカじゃないの」


「こりゃ認識を改める必要があるな。騎士団ってのは中々やるもんだ」


「あったり前よ。どんだけ面倒な仕事だと思ってんの、有休すらとれないんだからね」


 メレスの怒りは関係のないところへと飛び火し、横に立つハーデルトはやれやれといった様子でため息。

 剣を抜き、トワイルはいつもの爽やかな笑顔を口にすると、


「それじゃ、その認識をさらに改めてもらおうか。騎士団ではなく、人間の力をね」




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 分かっていたとはいえ、三人の生還に心底安堵したように息を吐き出した。メレスとハーデルトがいて、いくら不意討ちといえどあんな簡単に死ぬ訳がなかったのだ。


「トワイルさん!」


「ごめんごめん、なにも出来ずに死ぬところだったよ。良く一人で頑張ったね」


 トワイルは堂々とニューソスクスの前を横切り、フラフラとよろめくティアニーズに手を差し伸べる。

 差し出された手を強く握り締め、ティアニーズの瞳に再び闘志が満たされた。


「いえ、きっと大丈夫だと信じてましたから」


「部下からの信頼が厚いとは……副隊長明瞭につきるね。それで、状況は?」


 爽やかな笑顔から一変、トワイルの表情が真面目なものへと変化。アルフードが絶対的な信頼を置き、二十歳という若さで副隊長という地位を勝ち取った男の強さが見える。


「彼の話だと、この町には四人の魔元帥がいます。狙いは私と姫様、あとはルークさんです。多分、他にも……」


「完全に俺達の動きを分かっていて行動しているね。分かった、状況は大体把握出来たよ」


 即座に話を切り捨て、トワイルは未だに怒り心頭のメレスへと目を向ける。こんな危機的状況にいても、いつも通りなのはある意味凄い事なのだが、今回はそんな彼女に付き合っている様子は少しもない。


「メレスさん、ハーデルトさんと一緒に数人連れて住民の避難をお願いします」


「嫌よ、そこの男をぶん殴らないと気がすまない」


「この町にはまだ魔元帥が三人もいる。二人以外に誰が戦えるんですか。これは副隊長命令です」


「三人って……この町に疫病神でもいるんじゃないの」


 現在その疫病神が地下で戦闘中である。

 魔元帥が三人という言葉を聞き、どれだけ状況が悪い方向へと向かっているのかを理解したのか、メレスは燃えたドレスの端を引きちぎり、


「ここは任せて良いのよね?」


「はい、俺とティアニーズでどうにかします」


「りょーかい、副隊長さんに従うわ。ハーデルト、とっとと行くわよ」


「こっちは任せて。メレスの事ちゃんと見てるから」


 その言葉を最後に、二人は動ける部下を数人連れてその場を去って行った。

 戦力の計り知れない相手に全勢力を注ぎ込むのは軽率過ぎる。他にも脅威がある以上、今は人名を優先するしかない。

 たとえ、こちらの戦力が乏しくなったとしても。


「さて、待たせたようですまないね」


「いいや、俺は戦えればそれで良い。それにあの二人やべーと思うぜ。あの方向にはケレメデがいると思うし」


「いらぬ心配だよ。ああ見えてもかなり強い、だから任せて行かせたんだ」


 話が終わるまで律儀に待っていたのか、ニューソスクスは手足を伸ばしながら二人の走って行った方向を眺めた。

 ケレメデ、というのは魔元帥の名前だろうか。

 彼が言うかのなら相当強い相手だと思われるが、魔元帥という時点で強いのは知っている。

 であれば、多少のリスクを背負ってでも、事の対処にあたるべきなのだ。


「トワイルさん、ルークさんは……」


「大丈夫だよ。ルークの事だ、多分まだ地上でなにが起きてるのか分かってないと思う」


「……そうですよね。まったく、なんでこういう時に限っていないんですか」


 二人の言う通りなのだが、ルークもルークで絶賛ピンチの真っ最中である。しかしながら、この二人がそんな事を知るよしもない。

 ともあれ、いない人間に頼る事は出来ない。

 なによりも優先すべきは、


「俺達で姫様を守る。なによりも姫様の命を最優先にする」


「はい、でもどうするんですか? 正直、あの人凄く強いです」


「勝とうと思って戦うからだよ。俺達は勝たなくて良い、今はメレスさん達が住民を避難させるまで時間を稼ぐんだ」


 分かっている事は魔元帥が四人いる事。彼らの狙いはある程度絞れており、ルークを殺す事もその目的の一つだろう。

 本当の狙いが分からない以上、対策を立てる事は出来ない。となれば、


「今は皆と合流する事が大事だ。戦力を分散させられているこの状況じゃ、まともに戦略を立てる事すら出来ない。今ある戦力をかき集めて彼らの討伐に当たる」

 

「分かりました」


 こちらのメインの戦力であるルークがいつ帰って来るか分からないので、騎士団のみで立ち向かうしかない。

 ティアニーズ、トワイル、メレス、ハーデルト、そしてどこかにいるアルブレイルとメウレス、最後にアテナ。


 物足りなさはいなめないが、無い物ねだりをしても仕方がない。今あるものをフルに使い、この窮地を切り抜ける。

 戦うのではなく、生き残る。

 そのために、今は剣を握る時なのだ。


 しかし、


「作戦会議を邪魔して悪いが、俺はお前達を逃がすつもりなんてねーぞ。男が加わった事でさっきの約束はなし、つー訳で、俺も本気で殺しに行く」


「別に逃げる気はない。戦略的撤退だよ。それに、君を放置すればさらなる死人が出る。それだけは絶対にさせない」


「勘違いすんな、俺は殺すのが好きなんじゃなくて戦うのが好きなんだ。向かっても来ない奴を殺したりしねーよ」


「だったらなんでいきなり宿舎を爆破したんだい?」


「敵だから」


「……もっともだね」


 彼なりの信念があるにせよ、人を殺すという行為を見過ごす訳にはいかない。

 即答したニューソスクスに、トワイルは同意ともとれる言葉を口にする。


「さてと、作戦会議はもう良いか? そろそろ続きを殺りてぇんだが?」


「あぁ、どうせ戦う事にはかわりない」


「そうか、んじゃ……」


 腰を低くし、右の拳を突き出したニューソスクス。その拳に、光が集まり始めた。

 濁った光。暖かさも綺麗さもなく、ただ見る者の心を不安にさせるような光。

 ルークの放つ光とは真反対の光だった。


「お前ら、魔法は使えねーんだろ? お前らの手の内が分かってんのに、こっちは隠し事なんてつまんねぇ真似はしねぇ。だから見とけ、これが俺のーー『力』だ」


「まずい! 逃げろ!!」


 トワイルの言葉に、二人は一斉にエリミアスに向かって走り出した。

 直後、ニューソスクスの拳に集まった光が放たれた。

 拳くらいの大きさの光は真っ直ぐと突き進み、先ほどまで二人が立っていた場所で止まる。そこで光が強く輝き、瞬間的に肥大化した。

 そしてーー、


「ドン」


 ーー音もなく破裂し、近くにあった民家を消し飛ばした。


 遅れて爆発音が響き、衝撃波が激しく周囲に広がる。地面を競り上げ、木々を根こそぎ吹っ飛ばし、家だったものは跡形もなく消し飛んだ。

 まるで、そこには初めからなにもなかったかのように。


 衝撃波に背中を叩かれ、間一髪でエリミアスを抱き抱える事に成功したが、二人はそのまま数メートル押されるようにして弾き飛ばされた。

 耳をつんざくような音、焦げた匂い、ビリビリと震える空気。


「ひ、姫様……」


「私は大丈夫です……。でも、お二人は……!」


「これくらい、なんともないです」


 耳鳴りが激しく襲い、上手くエリミアスの言葉が聞き取れなかった。それでも彼女の無事だけを確認すると、身体中に負った細かい切り傷に構わず体を起こす。

 うねる煙の中へと目を向け、


「なるほどね……これで宿舎を吹っ飛ばした訳か。生きてるのが不思議なくらいだよ」


「魔元帥は……」


 冗談のような呟くトワイルだったが、その表情からは苦痛が見てとれる。あれだけの爆発を背にし、直撃していないとはいえ無傷ではすまない。

 だがしかし、それはティアニーズも同じだ。


 目を凝らし、煙の中からそれを探し出す。

 むせるような声とともに、


「ゴホッゲホッ……やっぱ手加減は苦手だな。もっと扱いやすい力が欲しかったぜ」


 自分の巻き起こした煙に喉をやられたのか、ニューソスクスは煙を吐き出すように必死に咳こんでいた。風に流されて煙が晴れると、新鮮な酸素を楽しむように手を広げ、


「俺の力は『爆破』。別に珍しいもんでもねーだろ? その分威力と規模には自信がある。つっても、手加減出来ねーから俺もやべぇんだけどな」


「……一番厄介じゃないですか、そんなの」


「気にすんな、自分の爆破で死ぬなんてつまらねぇ終わり方はしねーよ」


 コントロール出来ていない、という点では若干優位に聞こえるが、事態はもっと深刻だった。

 操れないからこその危険性。一発一発が必殺の一撃となり、本人も意図せぬ出力が出るという事だ。あんなもの、受けるという発想事態が間違っている。

 それに加え


「……ああ、クソ。やっぱあの二人を行かせるんじゃなかったかな」


「もう、本当になんで……こういう時に限っていないんですか!」


 文句を言ったところで状況は変わらないし、視界に入る景色から目を逸らす事は出来ない。

 さっき、ニューソスクスの拳から放たれた光の玉。あれが爆発の元と考えて間違いないだろう。


 そして、その光の玉が、彼の周囲にいくつも浮かんでいた。

 もし、あの光の玉が全て先ほどと同じ規模と威力を持つとすれば。それがなにを意味するのか、考えるまでもない。


「せいぜい頑張ってくれよ。俺に最高のスリルと恐怖を与えてくれ。生きてるってーー最高の実感をくれよ!」


 爆発する光の玉とともに、ニューソスクスの進撃が開始された。



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