一章閉話 『嘘つきは勇者の始まり』
マッチョが消えた。
文字にして起こしてみれば笑いが込み上げる内容だが、いざ目の前にしたルークとティアニーズは自らの目を疑っていた。
数秒前まで会話していた相手が跡形もなく消え去り、光の粒となって空へと上っていってしまった。
「そんな……何が……」
「お、おい! マッチョ!」
呼んでみるが返事は返って来ず、自分に乗っていた存在がいきなり消えてしまい馬も驚いた様子で混乱している。
何かしらのトリックがあって、魔法の一種なのかもしれない。けれど、それとは違う嫌な予感が頭を過る。
「どうなってんだよ……。俺だけに見えてたとかじゃねぇよな?」
「そんな訳ないでしょ。私だって見えてましたし会話もしました」
「だよな……じゃあ、魔法か?」
「私は魔法について詳しくはありませんが、姿を消す魔法なんて聞いた事がありません。基本の五属性と治癒……ともかく、可能性は低いかと」
「だったらどうやって消えたんだよ。つか、消えたって言うより消滅したって感じだったよな」
色々と思考を重ねて考察してはみるが、納得出来るだけの答えは得られない。
事実として残るのは、マッチョは光の粒となって完全に消滅したという事だけだった。
ティアニーズが馬に乗り、暴れているのを押さえ、
「……もしかして、死んでしまったんですか?」
「そんなの俺が知る訳ねぇだろ。それに、仮に死んだんだとしても死体すら消えるなんてのはおかしい」
「でも、だったらあの方はどこへ……」
「分からねぇ……でも、何か嫌な予感がする。桃頭、急いで村に戻れ。道くらい覚えてんだろ」
「そうしましょう。ただ、桃頭ではなくてティアニーズです」
意見が一致し、ティアニーズは急いで馬を走らせた。
不安、そして焦燥感。言い難い悪寒が体を駆け巡り、ルーク達は無言で村へと向かう。不安は村へ近付く毎に肥大化し、そろそろ着くかという頃には二人ともが一応の覚悟を決めていた。
そしてたどり着く。
馬を止め、荷台から下りた二人は目を疑う。
一日でこう何度も自分の目を疑う事は珍しい。
けれど、
「村が……なくなってる」
お出迎えもなければ、騒がしい声も聞こえない。人が居なくなってるだけならまだしも、家や井戸、全ての建造物が綺麗サッパリ消え去っていた。
村を囲う柵が立っていたから分かったものの、それすら無かったら村へとたどり着く事も困難だっただろう。
その光景は、まるで最初から何もなかったと言っているようだった。
村も人も存在せず、ルーク達が見た物は全て夢だとも。
「こんな事って……何で、何で村がなくなってるんですか!?」
「知らねぇよ。クソ、どうなってやがんだ……あのジジイ逃げやがったのか」
「そんな筈ありません。村ごと、建物すら消えるなんて……」
「んな事分かってるよ。宿で寝泊まりして、ちゃんと俺達はこの村の奴らと話をした。夢でも何でもねぇ、これは現実だ」
にわかに信じ難いけれど、それはどうしようもない現実だった。村の場所を間違えたとかではなければの話だが、それも低い可能性だろう。
マッチョが消え、村も消えた。
関連性が無いとは、とてもじゃないが思えなかった。
「まさか、魔獣に襲われたとか……」
「魔獣ってのは建物も喰っちまう生き物なのか?」
「いえ、魔獣が食べるのは人間だけです。仮に魔獣の仕業だとしても、建物を全て破壊する理由がありません」
呆然と立ち尽くしていたが、ジッとしていても始まらないと思い、ルーク達は村だった場所を歩き回る。
水源も畑もなく、生活していた形跡もなく、誰がどう見てももぬけの殻だった。
「何がどうなってんだ、勝手に剣だけ押し付けやがって。……そうだ、あの洞窟!」
「剣がまつられていた洞窟ですか?」
「そうだよ、探せ。あのジジイの家の床にあった筈だ」
思い出したように顔を上げ、地面を見ながら走り回るルーク。ティアニーズも同じように探そうとするが、地面を蹴って掘り起こしても地下へと続く階段はなかった。
漠然と覚えている老人の家の場所を掘ってみても結果は同じだった。
村の敷地内をひとしきり散策したところで結果は同じで、本当に、何もかもが消えてなくなっていた。
一旦馬車の横へと戻り、
「洞窟も建物も人も全部消えちまってる……。意味分かんねぇぞこれ」
「元々存在しなかった……幽霊とかじゃありませんよね?」
「ちゃんと足もあっただろ。俺達はマッチョに触られてるし、そもそも幽霊なんて存在するかよ」
「ですよね。だとすれば、これはいったい……」
「騎士団の方で話とかねぇのか? 村ごと消える事件とか」
状況に頭が追い付かないながらも、必死に頭を回しても原因を考える。
ティアニーズは僅かに考え、静かに首を横に振り、
「そんな話聞いた事もありません。魔獣に襲われたのならまだしも、そんな形跡は一つもない。こんな事件初めてです」
「クソ、あのジジイ約束はどうなるんだよ」
「約束……?」
「何でもねぇよ。それよか、これからどうすんだ?」
約束という単語に反応するティアニーズをうまく誤魔化し、ルークは次の行動を考える。
老人に両親の事を教えてもらうという目的を失い、現状の情報では村が消えた経緯を解き明かすのは無理。となれば、一旦頭を冷やす意味合いも兼ねて他の事を考えるのは当然の流れだろう。
「どうするも何も、流石に見過ごせないです。滅ぼされたにしろ勝手に消えたにしろ、私はこれを騎士団に報告するつもりです」
「そうか、んじゃさよならだ。俺が馬車使うからお前はどうにかして帰れ」
自然な流れでその場を離脱しようとするルーク。勿論、そんな行動が許される筈もなく、馬に手をかけたところで無理矢理引きずり下ろされた。
「何だよ」
「何だよじゃありません。貴方には王都に一緒に来てもらいます。この事件の事、そして勇者である事を報告しなければいけないので」
「嫌だ断る。ドラゴンを倒したんだからもう良いだろ」
「嫌です断ります。貴方は勇者の剣を使いこなしてました、貴方が勇者である事は明白です」
「そ、それはたまたまだっての。お前だって使えるかもしんないだろ」
しどろもどろになりながらも反論するルーク。確かに、剣を使えたのは事実なので認めざるを得ない。
しかし、しかしだ。だからと言って勇者である事にはならないだろう。
それに何よりも、本物の勇者の剣を折ってしまったなんて言える筈がないのだ。
なので、面倒くさいとか置いといて、どうあっても王都に行く訳にはいかない。
ルークは剣をティアニーズの視界から外すように背後へと回し、
「……怪しい。貴方なら、まず勇者である事を否定する筈です」
「ゆ、勇者じゃないよ? うん勇者じゃないです。だから王都には行かないよ」
「あの、ちょっと剣を見せていただけませんか?」
「な、なにゆえ?」
「貴方の言う通り、私も使えるかもしれないので」
この短い付き合いの中で、ルークの僅かな反応を見抜くという洞察力の高さを発揮。
ジト目で見つめるティアニーズから顔を逸らし、そよ風のような口笛で何とか誤魔化そうとする。が、そんな分かりやすい反応で騙せる訳もなく、
「早く渡して下さい」
「む、無理しない方が良いよ? この剣俺しか使えないみたいだし」
「そうですね、なら貴方が勇者で決定です」
「それは違う!」
「では剣を渡して下さい」
「それは無理!」
上手い事袋小路に追い込まれ、剣を渡そうが渡すまいが逃げれない状況が出来上がる。
しかし、ここで剣が折れている事が露見すれば、最悪の場合死刑だってありえる。それだけはダメだと首を振り、
「俺は勇者じゃないけど剣は渡せない!」
「どちらかにして下さい。……もしかして、剣に何かあったんですか?」
「い、いんや、何もないけれども?」
「怪しいです、とんでもなく怪しいです……隙あり!」
「や、やめい! 触るな!」
光にも匹敵するのではと思わせる速度で伸ばされたティアニーズの手が鞘を掴み、ルークは慌てて遠ざけようと柄の部分を引っ張る。
当然、そんな事をすればどうなるかなんてのは分かりきっていて、
「あ」
「え」
綺麗に真っ二つに折れた刀身が、出番だぜと言わんばかりに姿を現した。
その剣を見つめながらフリーズするルーク。
ティアニーズは静かに口を開く。
「説明を」
「だ、誰だよ剣折ったの! いかんよ! 人の物を壊しちゃ!」
「もう一度だけ言います。説明を」
「地面から抜く時に折れてしまいました」
悪あがきも通用せず、ティアニーズの眼力に負けて呆気なく白状。
ゴミでも見るかのような目を向けられ、背中を丸めて『テヘッ』とか言って可愛く振る舞うが当然無意味。
「い、いやいや、仕方なくだよ? 普通に抜いたら折れたんだよ。力とか全然込めてなかったし!」
「へぇ、そうなんですか。仮にそうだとしましょう、しかしですね、貴方が折った事は事実。これを国王に報告したらどうなる事やら」
「テメェ……脅してんか?」
「いえいえ、脅してなんていませんよ。事実ですし。大切な大切な剣を折ってしまったんです、軽くて死刑ですかね、重くても死刑ですかね」
白々しい言い方であからさまな脅しをしかけるティアニーズ。勝ち誇ったような笑みに反論したいけれど、ぐうの音もでないほどの正論である。
怒りを抑えるルークを嘲笑うかのように、
「でも、国王に自ら勇者ですって言えばどうにかなるかもしれませんね。勇者の剣は勇者の持ち物なので、そこは何も言えないと思います」
「こ、このヤロウ。おもいっきりぶん殴りてぇ……!」
「殴りますか? 別に良いですよ? ただ、貴方が勇者だと証明出来るのは世界に私一人ですよ? その私を怒らせたらどうなるのかな? 埋めますか? そしたら……死刑ですかね。地の果てまで追い回されますよ?」
脅迫という騎士団にあるまじき行為だが、やっている本人はルークの上に立ててノリノリだ。
今すぐ殴って解決する事も出来るが、それをしてしまえば後々どうなるか分からない。ティアニーズの言う通り、地の果てまで追い掛けられて処刑台に送られる可能性だってある。
逃げてかけに出るか、それとも自分から言って安全に生きるか。
二つを天秤にかけて悩み、ルークは悔しそうに奥歯を噛みしめ、
「分かったよ! 分かりましたよ行けば良いんだろ!? ただし、俺は直ぐに帰るかんな!直ぐ行って直ぐ帰るかんな!」
「はい、そう言ってもらえると助かりますっ」
「ッたく、やっぱお前性格悪いぞ」
「お互い様ですよ」
王都行きが見事決定。
受け入れがたいけれど、これが現状での最善だろう。
ティアニーズは顔を笑顔で満たして手を差し出す。
「これからよろしくお願いしますね」
「よろしくしねーよ。つか、何この手」
「握手です。握手しないと国王に言ってあげませんよ? それと、私の名前は桃頭ではなく、ティアニーズと言います。ティアと呼んで下さい」
差し出された手を見つめ、苦虫を噛み殺したような表情を浮かべる。この手を噛み千切ってやりたいところだが、今はそれすらも叶わない。
根本的に、立場はティアニーズの方が上なのだ。
「……よ、よろしくお願いします。ティアさん」
「はい、よろしくお願いします。ルークさんっ」
嫌々ながらも握り返すのを見て、ティアニーズは満足そうに、初めて心の底からの笑顔を見せたのだった。