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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
六章 王の帰還
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六章十八話 『最後の平穏』



 新しい情報を得て、一旦宿に戻る事になったルーク達。腕が治るのかはさておき、これからの戦いに役立つなにかがある事は間違いだろう。

 カムトピアについてからーー来るまでもそうだが、困難を乗り越えたかいがあったというものだ。


 なのだが、


「……なにこれ」


 宿に戻り、静けさになんだか不安をかきたてられたが、とりあえず自分の部屋に戻ったルーク。

 扉を開け、そこで目にしたのはーー見知らぬ少女を含めた三人の少女が、自分のベッドで飛び跳ねている光景だった。


「あ、お帰りなさい。思ったよりも早かったんですね」


「ルーク様見てください! この子とても可愛いのですよ」


「な、撫でんじゃねーよぉ」


 ガチャリ、と無言で扉を閉めた。

 顔から全ての感情が消え失せ、無の領域へと達したルークはそのまま隣の部屋へと移動。

 ノックする事もせずに扉を開けると、


「ん? なにか用か?」


 ベッドに寝転びながら、なぜかクロールをしているソラがいた。この際なんでそんな事をしているのかは無視するとして、どうやらここはソラの部屋で間違いないらしい。

 無言のまま室内を見回すルーク。すると、


「なんだ、ようやく私の魅力に気付いて寝込みを襲いに来たのか。残念だったな、私は今泳ぐ練習をしている。なぜか? そんな顔をしているな。サルマへ行った時に海を見て思ったのだ、私は泳いだ事がないと」


 ドヤ顔でなんか言ってるが、ルークの耳にはなに一つ言葉が入って来ない。そんなのはお構い無しにソラは永遠と語っているが、自分以外の会話が成立する精霊に会えてご機嫌なのだろう。


「だが、貴様がどうしてもというのなら相手をしてやらん事もないぞ。さぁ、私の大きな胸に飛び込んで来い」


 クロールを中断し、ベッドの上に正座するソラ。それから両手を大きく広げて胸を強調するようにはり、迎え入れる準備は万端のようである。

 しかし、ルークはそれを無言のままスルーし、振り返って部屋をあとにーー、


「どうして無視するんですか!」


 聞き覚えのある声の直後、強烈なタックルが背中に直撃。身をよじりながらなんとか振り返ったところ、なぜか見知らぬ少女の追撃があり、大きくルークの体が吹っ飛んだ。

 ソラの頭上を飛び越え、そのまま壁に激突。


 しばらくひっくり返ったまま固まっていたが、やがて怒りメーターが限界をむかえ、


「なァにしやがんだクソガキどもが! 人の部屋に勝手に入った挙げ句、いきなりタックルとは何事じゃボケ!」


「ルークさんが無視するのが悪いんです! 帰りが遅いから待ってたんですよ!」


「自分の部屋で待てば良いだろーが! なんでわざわざ俺の部屋にいんだよ!」


「それは……それはなんとなくです! ルークさんの部屋がどんなんだろうとか、まったく考えてませんからね!」


「知らねーよ! つか、そこのちっこいガキは誰だよ! またガキが増えてんじゃん!」


「ガキじゃねぇぞ! うちはネルフリア!」


「知らん! そして今すぐ消えろ!」


 ズビシ!と人差し指を突き付けるが、負けじと踏み出して声を荒げるネルフリア。いきなり現れてタックルをかます少女ーーいつも通りと言えばそうなのだが、なれたり我慢出来るほどこの男は大人ではない。

 四肢を蜘蛛のように動かしてベッドに這い上がり、


「ネルフリアだかなんだか知らねぇが、俺に一発くれたってのがどんな事か思い知らせてやるわ!」


「知ってる。兄ちゃん勇者なんだろ? ティアニーズから聞いたよ。だから会いに来たんだもん」


「余計な事言ってんじゃねぇよ。つか、こんなガキ拾ってくんな、今すぐ元の場所に戻して来なさい」


「捨て犬じゃないんですから……。それと、ネルフリアさんはビートさんのお知り合いです」


 なぜか得意気に偉そうにしているネルフリア。その頭を無言のまま撫でているエリミアスがおり、なんだかもうしっちゃかめっちゃかである。

 相も変わらずつきまとう面倒にため息を溢していると、不意にトワイルが部屋の前を通りかかった。


「うるさいと思ったら、やっぱり君達かい。一応他のお客さんもいるんだから静かに」


「うわぁ! すっげー! 金髪だ! 初めて見たぞ!」


 トワイルの金髪を見るなり物珍しそうに目を輝かせ、ノーモーションから突進を試みるが、簡単にかわされてしまったネルフリア。

 倒れそうな体を支え、


「いきなり飛びかかると危ないよ、お嬢さん」


「……か、かっけぇ! コイツが勇者じゃねぇの!?」


「残念ですがこの人が勇者です」


「残念ってなんだよ。あと指差すな」


 こちらへと向けられた人差し指を叩き、ルークは自分を落ち着けるためにベッドに腰を下ろした。

 騒がしさが静まりを見せたところで、ティアニーズが思い出したように手を叩く。


「そうです! なにか情報は得られたんですか?」


「まぁ、一応な」


「私にも教えてください」


 出掛け先でなにがあったかを語ろうとしたが、ふと視界の隅にネルフリアを追いかけるエリミアスの姿が目に入った。

 トワイルと目があい、珍しく空気を読む事にしたルークは、


「姫さんとそこのちっこいの。お前らは出てけ」


「なんでだよー! せっかく待ってたのに」


「私もルーク様とお話がしたいです」


「これから話す事は……あれだ、機密事項ってやつだ。お前らみたいなガキは部屋に戻って寝てろ」


 同じタイミングで頬を膨らませ、不機嫌な様子を全面に出す二人。

 とはいえ、ここでエリミアスの母親の話をするのはどうしても避けたかった。ルーク自身も理由は分からないが、そうしなければいけないと思ったのだ。


 わがまま少女を追い出すのに手を焼いていると、


「姫様、それとお嬢さん。俺達は今からとても大事な話をしなくちゃならないんです」


「わ、私も聞きたいです!」


「うちもうちもー!」


「幽霊って、信じてますか?」


 その瞬間、トワイルの顔つきが変わった。

 ルークがこれまで見てきた爽やかな青年のイメージは消え去り、そこにいるのはいかにもヤバい事に手を出してそうな人相の男である。

 声のトーンを落とし、トワイルは二人の少女の肩に手を置くと、


「俺達が行って来たところには、そういう類いの話があったんです。それに、その話を聞いた人間は……」


「聞いた人間は……? な、なんですか! 気になります!」


「いえ、それは言えません。夜中に幽霊に襲われて、あの世に連れ去られてしまうなんて……そんなおぞましい事……」


 わざとらしく掌で顔をおおい、迫真の演技力を発揮するトワイル。僅かに声も震えており、その震えは手を伝って二人にも届いている筈だ。

 ありきたりな子供騙しで、普通は騙されたりしない。

 しかし、ここにいる少女は普通ではないので、


「ネ、ネルフリアさん! お部屋に戻りましょう。お部屋でいっぱいなでなでさせてください!」


「え、なんでだよ! 話の続き気になるじゃん!」


 おばけの恐怖に怯え、エリミアスは青ざめた顔でネルフリアを無理矢理引っ張って部屋へと戻って行ってしまった。

 その後ろ姿を見送り、曇った表情のまま部屋の中に入り扉を閉めると、


「ふぅ、これで姫様に話を聞かれる心配はないね」


「お前って結構えぐい事するよな。マジで夢とかに出るんじゃねぇの」


「そんな事より、俺はルークが姫様を気遣う事の方が意外だったよ」


「うっせぇ、別に気遣ってなんかねぇよ」


 乱暴に吐き捨て、ようやく部屋に安寧が訪れる。一人状況を理解出来ていないティアニーズはきょとんとした顔になりながらも、とりあえず適当な椅子に腰を下ろした。

 部屋に残っているのはルークとティアニーズ、ソラとトワイルだけになった。


「あの、もしかして姫様には聞かれたくない事なんですか?」


「今はまだ、ね。別に話しても問題はないと思うけど、念のためだよ」


 扉の鍵を内側から閉め、トワイルはベッドに腰を下ろす。

 呼吸を整え、それから先ほど体験した事を全て話した。ケルトという精霊の事、祠の事、そして祠をずっと守っていたエリミアスの母親について。


 ティアニーズは真剣な表情で口を挟まずに全てを聞き終え、話が終わったタイミングで大きく息を吐いた。


「そんな事が……。私もエリザベス様は病気で亡くなったとしか聞いた事がありませんでした」


「多分姫さんもそうだろうよ。前にそんなような事言ってた気がするし」


「でも、だとすると……王もそれを知ってたって事になりますよね? どうして姫様に言わなかったんでしょう」


「分からない。なにか理由があったんだろうけど、今の俺達には見当もつかないよ」


 バシレが精霊をソラと出会う前から知っていた以上、恐らくケルトの存在も認知しているのだろう。元々精霊の存在を騎士団にも言っていなかったので、なにかしらの言えない理由があるーーとしか今は考えようがない。


「まぁ、ハッキリしてる事はあるよ。祠に入れば分かるって」


「精霊と勇者しか入れない祠……ですよね。そんな限定的な制約、魔法で出来るんですか?」


「メレスさんとハーデルトさんもいて、二人はなにも言わなかった。多分、魔法じゃないんだと思う。精霊の力だろうね」


「私は知らんぞ。出来るとは思うが、誰がやったのかは分からん」


 あらかじめ釘をさすように口を開き、ソラはベッドにだらしなく寝転んだ。

 ルークはポリポリと頭をかき、


「今悩んでもしゃーねぇだろ。明日俺とソラで確かめてくる。腕に関しちゃ直らねぇかもしれねぇけど、魔獣に関するなにかはあんだろうよ」


「あの……いえ、やっぱりなんでもないです」


「一緒に来る、とか言おうとしたんだろ? それは無理だ、メレスが試して扉は開かなかったからな」


「べ、別にそんな事……いえ、やっぱり一緒に行きたかったです。なんていうか、凄く嫌な予感がして……」


 スカートの裾を握り締め、不安を滲ませながら呟くティアニーズ。否、それはティアニーズだけではなかった。この場にいる全員が、態度には出さないがそんな予感はしているからだ。

 勇者と精霊、この二つが関われば、ろくな事にならないのは実証されている。

 さりとて、


「止めても行くぞ。どのみち手がかりはあそこしかねぇんだ、入れる俺が入るしかねぇだろ」


「なに、私がついているのだから問題ないさ。なにがあろうとルークは必ず私が守る」


「分かってます、分かってますけど……気をつけてくださいね。無理だけはしないでください」


「へいへい、わーってるよ」


「そう言っていっつも無茶するじゃないですか」


「今回は気をつけますよ」


 危機感のないルークの物言いに、ティアニーズは心底不満な様子だ。ただ、別にルークは楽観視している訳ではない。

 これでも十分気をつけているつもりだし、だからこそこうして一度宿まで戻って来たのだ。


 言い難い不安に胸を締め付けられながらも、それを態度に出す事はしない。それをやったところで、状況が変わるほど甘くはないからだ。


「つー訳で、明日は朝一で俺とソラはあの祠に向かう」


「二人だけで大丈夫かい?」


「来ても入れねぇんじゃ来る意味ねぇだろ。お前らは宿で大人しく待ってろ」


「……せめて見送りくらいはさせてください!」


「いらねぇっつってんだ。会うのがこれで最後になる訳じゃねぇんだしよ」


「そういう事言うともっと不安になります」


 ルーク自身も気付いているが、ティアニーズはルークの事となると多少過保護になる事がある。信用して任せてくれる場面もあるけれど、やはり危険な場所へ行かせるのは極力避けたいようだ。

 しかし、気付いていても気にもくれないのがこの男なのだ。


「大丈夫だっつーの。お前は姫さんの世話係だろ、どっか行かねぇように見張ってろ」


「ふんだ、人の気も知らないで。こけて頭打って怪我しちゃえば良いんですぅ」


「止めろ、マジで言葉の力舐めんなよ」


「あ、そんな事より、アンドラさんに会いませんでしたか?」


 突然顔を上げ、思い出したように口を開いたティアニーズ。

 三人は顔を合わせ、


「いんや、見てねぇぞ。おっさんがどうかしたのか?」


「いえ、ルークさん達を追い掛けて消えてしまったんです。だから会ってないかなぁって」


「アンドラさんならさっき見たけど? 部屋に戻って行ってたよ」


「そうなんですか? ……おかしいなぁ、確かに追い掛けて行った筈なのに……」


 一応盗賊なので、抜け出したりするのは得意なのだろう。とはいえ、つけられていたような感覚はなかったし、アンドラの姿を見てはいない。

 ティアニーズは納得がいかない様子で唸っているが、ルークはそれを気にせずに流した。


「んじゃ、俺は部屋に戻るぞ。明日に備えて休む」


「もう行っちゃうんですか?」


「なんだよ、寂しいのかよ。そんなに俺の事好きなんか?」


「す、好きじゃないですぅ! ばーかばーか!」


 久しぶりのやり取りに、ティアニーズは頬を染めながら猛烈に否定。子供のような暴言を何度も口にし、立ち上がって扉まで駆け寄ると、


「私が先に部屋に戻ります! ルークさんは勝手にしてください!」


「へいへい、早く戻れ戻れ」


「ばーかばーか! 勇者のくせに変態!」


 しっしっと手を振るルークを見て、ティアニーズは精一杯の悪口を吐き捨てる。怒っているのか照れているのか分からない様子のまま、ティアニーズは部屋を飛び出して行ってしまった。


 残されたルークは呆れ気味にため息をこぼし、


「トワイル、お前ちゃんとアイツの事見張ってろよ。放っといたらなにするか分かりゃしねぇ」


「一応努力はしてみるよ。けど、ティアニーズは変なところが君に似てるからね。俺一人で止められるかどうか」


「なら問題ねぇ。俺は人の話をちゃんと聞く人間だ」


「聞くけど従わない人間、の間違いだろう?」


 悪戯っぽい笑みを浮かべ、続けてトワイルが部屋を出て行った。

 最後に残されたのはルークとソラ。

 数秒間無言の時間が続き、


「ルーク」


「分かってる。良く分かんねぇけど、多分明日は疲れそうだ」


「それなら良い。しっかりと休め」


「おう、お前もな」


 こうして、平凡な毎日は終わりを告げる。

 夜が明け、朝日が昇る。


 そして、再び一日が始まる。

 ーールーク・ガイトスにとって、生涯忘れる事のない、長い一日が。



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