六章十六話 『ゲス勇者と仮面』
剣大好きわんぱく少女ことネルフリア。
ビートの話では、昔からの知り合いであるドワーフの夫婦の娘であり、たまに会う度に弟子入りをせがんできたとの事だ。
まだ幼いので無理矢理断っていたのだが、十五歳という節目の歳になり、あまりにもしつこいので少し教えてやったところ、調子に乗ってここまでついて来てしまったらしい。
という訳で、
「ネルフリアだ、よろしくっ」
「よろしくお願いします」
「だから! なんで頭撫でんだよ!」
逃走するのを断念し、一旦近くの公園を訪れた一同。本当なら真っ直ぐにビートの鍛治場へと向かうところなのだが、場所を知られたくないので公園を選んだ。
そして、エリミアスはネルフリアの頭を撫でるのにハマってしまったらしく、先ほどからひたすら擦っている。
「お前、両親にはここに来るって伝えたのか?」
「うん。一応じじいについて行くって言った」
「……そうじゃねぇ、カムトピアに行くって言ったのかって聞いてんだ」
「言ってない。だって言ったら絶対止められるもん」
とまぁこんな感じなので、今頃両親は大慌てになっているのだろう。本人はあっけらかんとしているが、身を押し付けられたビートはたまったもんじゃない。
ビートはエリミアスを押し退け、ネルフリアの額にデコピンを打ち込む。
「いてっ……なにすんだよ!」
「これで済ませてやってんだから感謝しろ。あとでアイツらになんて言や良いんだよ……ッたく」
「別にへーきへーき。じじいが一緒にいるんだし。それより、早く弟子にしてくれよ」
「嫌だ。俺は弟子をとらねぇ主義なんだよ。特にお前みたいなガキはな」
「ケチ、だからじじいなんだよ。少しくらい良いじゃんか」
「ビートさんと呼べ」
追撃のチョップが後頭部に激突し、ネルフリアは涙目になりながら上目遣いで睨み付ける。
そこへすかさずエリミアスが手を伸ばし、
「痛いの痛いの飛んで行けー」
「うへへ……って、止めろぉ!」
出会って僅か数分、完全にエリミアスのおもちゃとなってしまったようだ。本人も嫌がっている様子はないが、子供扱いされるのが嫌いなのだろう。
ティアニーズは先ほどからため息の止まらないビートに近付き、
「あの、どうして弟子をとらないんですか? ビートさんほどの方なら、こういう弟子志望の人は多い筈なのに」
「そもそも教えるのが苦手なんだよ。それに、俺が教えられるのは相手を殺す武器の造り方だ。んなもん、こんなガキに教えられるかよ」
「殺すための武器と護るための武器。一見同じように聞こえるかもしれないが、それはまったくの別物なんだよ」
「そういうこった。ガキには平和な世の中だけを知っていてほしい。だから、もしコイツを弟子にとるんだとしても、そんときゃ魔獣が全て死んだ時だ」
アテナの小さな呟きに、ビートはしみじみと口を開く。別に嫌いだから、面倒だからとかではなく、彼なりの信条があるのだろう。
ただ、ついて来てしまった少女を一人で追い返す訳にもいかず、
「どうすっかなぁ。おいネルフリア、お前金持ってんのか?」
「持ってない。昨日もそこら辺適当に歩いて夜は公園で寝てたから」
「ダ、ダメですよ! 女の子が一人で出歩くなんて!」
「へーきへーき。逃げるの得意だし」
そういう問題ではないのだが、中々サバイバル能力が高いらしい。
しかし、知り合いの子供として、ここへ招いてしまった罪悪感があるのか、
「仕方ねぇ。宿は俺が用意してやる。同じ部屋だが文句言うなよ」
「マジで!? 弟子にしてくれんの!?」
「部屋を用意するだけだっての! お前は弟子にしない」
「良いじゃんかよー。少しだけ教えてくれよー」
ビートの服の袖を掴み、乱暴に引っ張るネルフリア。世の中には幼女のおねだりが通用するタイプとしないタイプがおり、ルークと同じくこの老人は通用しない人間なので、
「無理なものは無理だ。あと三日で仕事を終わらせる。そしたら一緒に帰るぞ」
「ケチなじじいだな。うちがこんなに頼んでるのに、子供の願いを叶えるのが大人じゃねぇのかよ」
「子供がわがままに育たねぇよう、ちゃんとしつけるのも大人の役目だ。分かったら諦めろ」
「ちぇー、帰ったらとーちゃんに言いつけてやる。そんで無理矢理知識盗んでやる」
「はいはい、やれるもんならやってみろ」
納得はしていないようだが、ネルフリアは頬を膨らませながらそう言った。多分、素直に頷いたのは、エリミアスのなでなでが今も継続中のおかげだろう。
とりあえず弟子入りの件は白紙になり、ビートは安堵したようだ。しかし、
「悪いな嬢ちゃん、コイツがついて来るから鍛治場には行けねぇ。また折れた時で良いか?」
「はい、勿論です。無料で直していただけるんですから」
「助かるぜ。そんじゃ、宿に戻るぞ」
大騒ぎになるかと思いきや、案外素直な子供で助かったというのがティアニーズの本音だ。
剣を修理するのはまた今度。
そう思って宿に戻ろうとするが、エリミアスが行く手を阻む。胸の前で二つの拳を握り締め、
「あの、あの、私ネルフリアさんと同じ部屋が良いです!」
「ハァ? なんでまた、うるせぇだけだぞ」
「お願いします! お金は払いますから!」
「やだよ。この姉ちゃんすげー頭触ってくるもん」
なんて言いつつも、エリミアスの撫でテクニックにやられ、ネルフリアはだらしのない顔である。
ビートは少し考え、
「まぁ、姫様がそれで良いなら良いけどよ」
「はい! ありがとうございます! やりましたよ、一緒の部屋ですよ!」
「う、うるせー! 別に嬉しくねぇからな!」
エリミアスは完全に気に入ってしまったようだ。
話がまとまりを見せたところで、ようやく宿へと出発ーーと思いきや、ティアニーズはここで異変に気付く。
先ほどまでいた筈のアンドラの姿が見えない事に。
「あれ、アンドラさんはどこに?」
「ん? あぁ、彼ならあそこだよ」
辺りを見渡し、アテナの言葉に反応。彼女の指がさす方向へと顔を向けると、確かにアンドラがいた。
けれど、
「ルークさん……?」
こそこそ隠れるアンドラの視線の先で、ルーク達が歩いていた。
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ハーデルトの案内の元、謎の祠とやらを目指して歩き始めた一同。
町外れという事もあり、宿舎からはかなり離れていた。途中、見馴れぬ町並みに興奮するアキンを抑え、疲れたと騒ぐソラとメレスを黙らせ、ようやく目的地の近くまでやって来た。
辺り家はあるものの、人が住んでいるような気配はない。ところどころ屋根や壁が崩れている。なにかしらの理由で壊れてしまい、それをそのまま放置したような光景が広がっていた。
「最初に言っておくけど、私はここら辺を見ただけで祠には近付いてない。入れるかどうか分からないわよ?」
「そん時はそん時だ。無理矢理入るか他の方法を考える」
「物騒な事は出来れば止めてほしいね。一応、これでも俺達騎士団だし」
「ま、待ちなさいって。もう疲れた……」
「おんぶだ、私はおんぶを要求する」
勝手について来たくせに文句ばかり言う後ろの魔法使いは放置。精霊さんの方もいつもの事なので放置。
ここであまやかしては味をしめるし、そもそも面倒なので関わりたくないのである。
そのまましばらく歩き、目の前にそれらしきものが見えてきた。
苔の生えた岩肌をさらし、人工物である民家とはまた違う雰囲気を放つ構造物があった。
そして、
「……あれが、仮面?」
「そ、不気味でしょ? 前に来た時もずーっとああして立ってるだけなのよ」
祠の入り口と思われる部分のすぐ横。
石で出来た不気味な仮面をつけている人間がいた。牛と豚を混ぜて、その中に鳥の羽を無理矢理付け足したような仮面だ。
真っ直ぐに前だけを見つめ、微動だにしないその様は、生きているのかどうかも怪しい。
「ホラーかよ、俺幽霊とか苦手なんだけど。信じてねぇけど」
「男ならシャキっとしなさい。それより水、誰か水持ってない?」
「とりあえず話を聞いてみようか」
「ちょ、ちょっと怖いですね」
華麗なスルーをくらい、不機嫌そうに石ころを蹴り飛ばすメレス。いちいち構っていては時間がいくらあっても足りないので、意を決して全員で祠の近くまで移動した。
とりあえず近付いてみたものの、謎の仮面はこちらに気付いていないのか、まったく動く気配がない。
ルークは白々しく斜め上を見上げ、無言でトワイルの背中を押す。
「ちょっ……はぁ、分かったよ、いきなり走って逃げるのとかはなしだからね」
背中を押され、嫌々ながらもトワイルは仮面の前へと歩みを進める。ジーっと仮面を見つめ、それから後ろを振り返る。
当然、ここに集まったのはクズばかりなので、知らん顔をして口笛を吹いている。
呆れたように肩を落としながら、
「あの、すみません。少しお話を伺っても良いですか?」
「…………」
「あの、え? 聞いてます?」
「…………」
「出来れば答えてほしいんですけど……」
「…………」
「騎士団の者です。第三部隊の副隊長をやっている、トワイルと言うんですけど……」
「…………」
恐ろしいほどの沈黙にやられ、トワイルは退散。圧倒的な敗北を味わい、涙をすする音が聞こえたが、触れないのが気遣いというやつだろう。
そんなトワイルの肩を叩き、次に踏み出したのはメレスだ。
「任せなさい。ちっさいの、私の凄さを目に焼き付けとくのよ!」
「は、はい! 頑張ってください!」
第二陣出撃。
格好つけて去り際に親指を立て、アキンの応援を背にメレスが仮面へと挑む。腰に手を添え、二つの山の大きさを遺憾なく見せつけるように胸をはると、
「ちょっとそこの仮面。私達この中に入りたいんだけど」
「…………」
「聞いてるの? 私を無視するなんて良い度胸ね、これでも凄い魔法使いなの。アンタなんかイチコロよ」
「…………」
「ふーん、良い度胸ね。喧嘩売ってると捉えて良いのかしら? 燃やされたくなかったら喋りなさいよ」
「…………」
「……喋りなさいよ。喋れ、喋ってよぉぉ!」
大量の涙が溢れだしたので、ルークとハーデルトの二人がかりで強制退却。トワイルの横にしゃがみ、両手で顔をおおってしくしくと悲しみにくれてしまった。
意外と繊細な女性なので、無視というのは効果抜群なようである。
その後もハーデルトとアキンが続いてチャレンジするが、これまたあえなく撃沈。仮面は口を開くどころか動く気配もないまま、数分間が経過してしまった。
残るはルークとソラ。
先に名乗りを上げたのはソラだった。
「だらしない奴らだ。私を誰だと思っている? 精霊の力を見せつけれくれる」
「おう、行って来い」
ここまでくると、なんだか負けたくないという競争心がわき上がってくるルーク。踏み出したソラの背中を叩いて激励を飛ばし、いざ出撃。
腕を組み、数秒間仮面を見つめると、
「おい貴様、私は精霊だぞ。無視なんて無礼な真似が許されるとでも思っているのか」
「…………」
「ほう、私が精霊だと知って恐れているな? 無理もない、なにせ私はちょー偉大で可愛さも限界突破している精霊だからな」
「…………」
「そうかそうか、その仮面の下で私の体を見つめているのだな? だがそれは許さんぞ、眺めるのならその仮面を外せ」
「…………」
「ふん、恐怖というのは時に人を狂わせる。一度狂ってしまえば動く事も口を開く事も叶わない。つまり、私の勝ちだ!」
天高く拳を突き上げ、渾身のドヤ顔とともに勝利宣言。しかしまぁ、勝手に盛り上がっているだけなので、そのまま引きずって無理矢理退却。
当然、疑いようのないくらいの負けである。
残されたのは勇者であるルーク。
散っていった仲間のためにも、ここは勇者としての力と威厳を見せつけなくてはならない。
乾いた唇を舌で湿らせ、
「お前達の思いは預かった。あとは俺に任せろ」
多分、これが最初にして最後。
ルークが誰かのために戦う事を決めた瞬間だった。
大切な仲間の思いを胸に、勇者はその拳を握る。
さぁ、今こそその力をーー、
「バーカ! この扉さえ開けちまえばこっちのもんなんだよォォォ!」
ゲス勇者ここにあり。
当たり前だが、この男が誰かのために頑張る訳がないし、正当法で試練を切り抜ける筈がない。
全力ダッシュで仮面の横を通り過ぎ、石で出来た扉に手をかける。
「俺の勝ちだ! なんで俺が最後まで名乗り出なかったか分かるか? お前らの負け様を見て攻略法を見いだすためなんだよ! グハハハ、俺のためにご苦労様だったーーぶべらッッ!!」
清々しいくらいのクズ発言を口にし、扉を半分くらいまで開いた瞬間、右の頬に鈍痛が走った。それと同時に体が宙を舞い、くるくると回って墜落。
慌てて体を起こし、
「ッてぇな! いきなりなにしやが……ん……だ……」
自分を殴った人物を見て、ルークは固まった。それは他の敗北者達も同じだった。
他でもない、無言を突き通していた仮面の人物を見つめて。
「一つ、忠告します。その扉に触れる者は誰であろうと許しません」
女性の声だった。
喋っているというより、一つ一つ言葉を並べているような口調だった。感情というものが一切見えず、仮面がなかったとしても相手の感情を汲み取る事は出来ないだろうと思わせるほどに。
仮面は殴った拳を擦り、再び先ほどまでの定位置へと戻る。そして、また固まってしまった。
ルークは頬を抑えながらトワイル達へと近付き、
「え、俺今あれに殴られたんだよね?」
「う、うん。俺達も見てたからそうだと思う」
「なのになんであんな他人事なの? なんにもなかったみたいに戻ったよね」
「さ、さぁ……。もしかしたら見間違えかもしれないよ?」
「見間違えかもしれないけどこの頬の痛みは本物なのよ」
確かにルークは殴られた。口内が少し割けているし、喋っている途中に殴られたので舌だって噛んだ。その証拠に、今も痛みが頬で暴れ回っている。
しかし、仮面は気にする素振りすら見せない。
何事もなかったではなく、なにもなかった事にするように。
「ルーク、試しにもう一回あの扉を開けてみてくれないかい?」
「ふざけんな、ゼッテー殴られるだろ」
「もしかしたら俺達の勘違いかもしれないし、ルークのその痛みは転んだからかもしれない」
「え、マジで? そんな訳ねぇと思うけどな……」
その通り、ガッツリ殴られていました。
しかしながら、仮面があまりにも殴ってないですよオーラを放つので、ルークは自分の記憶を疑い始めてしまう。
落ち込んでいたトワイルはすっかり元に戻り、
「あの! 聞こえてますか?」
「…………」
「ほら、やっぱり聞こえてないんだよ。大丈夫、きっとなにもないって」
「そ、そうか? なら良いけどよ」
トワイルの呼び掛けに仮面は無反応だ。
それを見たルークは本格的に勘違いかもと思ってしまい、言われるがままに扉へと歩き出す。
扉の前に立ち、チラチラと仮面の様子を伺う。何度かフェイントを織り交ぜ、
「今だ!」
覚悟を決めて扉を開いた。
中は洞窟のような造りになっており、入って直ぐに下へと続く階段が果てしなく伸びていた。
軽く中を覗きこみ、それから振り返って安否を報告しようとするとーー、
「ぬゆばッッ!!」
横から飛んで来た拳に吹っ飛ばされた。
そして今回はさっきと違い、ルークは自分を殴った人物を確かに見た。まぁ、分かっていた事なのだが、殴ったのは当然仮面の人物である。
ただ、二度目ともなればルークだってただではやられない。空中でなんとか態勢を整え、着地と同時に仮面へとダッシュ。
勿論、ぶん殴るためである。
しかし、
「……勇者」
「ーー!」
その言葉を聞いて、寸前で拳を止めた。
仮面は開かれた扉を見つめ、それからルークへと向き直ると、
「お待ちしておりました。私の名前はケルト、ここの守護を任されたーー精霊です」