六章十五話 『剣オタク』
とりあえず、文字通り血袋とかしたルーク。
鉄拳が何度も振り返下ろされ、近接戦闘能力の高さを遺憾なく見せつけられたところで、ようやくメレスは満足したようにその手を止めた。
落ちていた手頃な木の棒を拾い、汚い物を触るようにつつくソラ。
「おーい、大丈夫か」
当然返事なんか出来る筈もなく、グロテスクな塊となってしまったルークは息をするので精一杯だった。
汚れを払うように手を叩き、メレスは申し訳なさそうに目を伏せるアキンの頭へと拳骨。
「ったく、アンタもアンタよ。あんなアホに乗せられてどーすんの」
「す、すみません……。どうしても弟子になりたかったので……」
「そ、そりゃちょっと……ほんのちょっとだけときめいたけど、私はあの程度じゃ落とされないんだからね」
「どの口が言ってるのよ」
ジト目で呟くハーデルトの言う通り、多分アキンが自ら性別を言わなければ完全に落ちていたと思われる。それでも強きな態度を崩さないのは、彼女なりの抵抗のつもりなのだろう。
メレスはため息とともに、
「ま、弟子になるのは諦めなさい」
「や、やっぱりですか……。卑怯な手を使ってしまってすみませんでした」
「あら、さっきまで結構乗り気だったくせに」
「元々弟子をとるつもりなんてさらさらないわよ。私は人に物事を教えられるような人間じゃないし、そもそもそういうの苦手だから」
「え!? そうだったんですか!?」
衝撃の発言に、アキンはうつ向けていた頭を上げる。ならばなぜテストを始めたのか、という疑問がわいて来るが、多分ノリと上機嫌になった勢いからの事なのだろう。
当然、真面目なアキンはそこで引き下がる。
「……残念ですけど、ズルした僕が悪いです。だから自力でもっと強くなってみせます!」
「なよなよしてると思ってたけど、案外立ち直り早いのね」
「くよくよなんてしてられませんから。僕はもっと強くなって、お頭のような格好良い人に、ルークさんみたいな強い人になりたいんです!」
その強い人は今さっき敗北したばかりである。そしてアンドラに関してもだが、昨夜覗きをした人間を格好良いと断言出来るのは、きっとアキンしか知らない一面があるのだろう。
闘志に満ちた顔を見つめ、メレスはやれやれといった様子で口を開く。
「さっきも言ったけど、魔法ってのは妄想を現実に変える力なの。だから常にイメージしなさい、誰にも負けない、おくさなさい、引かない、そんな自分を」
「誰にも負けない自分……」
「それと、これもさっき言ったわね。アンタの才能は間違いなく私やハーデルトよりも上。でも、今のままじゃどう足掻いても勝てないわよ」
「どうしてですか?」
「甘いから」
アキンの問い掛けに、メレスは食いぎみに答えた。
そしてアキン自身も自覚があるのか、その言葉を聞いて反論する事が出来ない様子だ。
「確かにセコい手だったけど、なんであの時私を攻撃しなかったの? してれば勝てたのに」
「それは……卑怯な手を使って勝っても、納得出来なかったからだと思います」
「それがアンタの弱い原因よ。良い? 一つ教えてあげる。殺す気で挑むのと、倒す気で挑むんじゃまったくの別物なの。下らない同情で手を止めてたら、アンタもその周りの人間もいつか取り返しのつかない事になる」
「…………」
アキンはうつ向いたまま口を開かない。
しかし、メレスはいつになく真面目な顔で言葉を続ける。騎士団として戦ってきた人間が言うのだ、これ以上の説得力は他にない。
「戦う時は覚悟を持ちなさい。なにがあっても前を向く、たとえこの手が泥にまみれて卑怯だと蔑まれても、相手を殺す勇気を」
「そんな……殺すだなんて……」
「ま、アンタがどうして強くなりたいのかは興味ない。ただ、戦うって事はそんなに甘くないのよ。拳を交えた時点で相手も自分も傷つくの。体も心も、ね」
最後はいつものような口調に戻り、メレスはそこで話を終わらせた。アキンのような幼い少女にする話ではないと分かっているのだろうが、強くなりたいと思う人間は決してそれから目を逸らしてはならない。
誰もが、全ての人間が笑っていられる結末なんて絶対にない事を。
「弟子はとらないとか言ってるくせに、ちゃんとアドバイスしてるじゃない」
「う……これはアドバイスじゃなくて一人言。別にこのちっさいのを心配してる訳じゃないわよ」
「ふーん、アンタのそんな顔、久しぶりに見たけどね」
「うっさい」
ハーデルトに図星をつかれ、メレスは不機嫌に口を尖らせて乱暴に吐き捨てた。
それから数分後、驚異的な再生力を発揮して復活したルーク。その頃にはアキンの暗い表情も元に戻っており、いつもの天真爛漫な少女が笑顔で立っていた。
そんな中、メレスが思い出したように手を叩き、
「そうよ、忘れてた。そこのちっさいの、アンタアンドラと知り合いなの?」
「お頭の事を知ってるんですか? お頭は一人でさ迷ってた僕を拾ってくれたんです!」
「あのアンドラがねぇ……」
「お前おっさんと知り合いなの?」
「知り合いもなにも、私とハーデルトとアル、そんでアンドラは同じ町出身よ」
当たり前のように口を開くメレスに、ルークとアキンは二度ほど瞬き。
どうやらトワイルは知っていたようで、ルークの『マジで?』という視線に対して苦笑いを浮かべた。さらに、
「それと、アンドラさんとアルフードさんは兄弟だよ」
「は、はぁ!?」
「全然似てないでしょ? 昔かっから喧嘩ばっかで、良くじじいに怒られてたの」
「喧嘩はアンタもでしょ」
昔を思い出すように空を見上げて呟いたメレス。そこへすかさずハーデルトが突っ込みを入れ、ようやく二人の関係が見えて来た。
良く世界は思っているよりも狭いというが、これはあまりにも狭すぎやしないだろうか。
「まてまて、なんでお前ら三人は騎士団なのにおっさんは盗賊なんだ?」
「私達全員親がいないの。小さな貧民街で育って、そこで私達の面倒を見てくれれた人が盗賊だったのよ」
「お、お頭のお頭!」
「アンドラはじじいに気に入られてたみたいだし、なんか二人で難しい話してたわよね。だからじゃない?」
「アルフードとアンドラ、良く喧嘩してたからね。意地をはってたってのもあるわよ」
どちらが兄かは置いておくとして、まったく似てないというのが正直な感想だ。
そもそも対立するような立場の二人が兄弟というのはありがちなやつだが、ルークはそんなの本の中でしか読んだ事がない。そして今の話を聞くに、あまり仲は良くないのだろう。
ただまぁ、驚きも数秒で収まった。
他人の過去なんか興味ないし、どこで誰が繋がっていようが関係ない。
今優先すべきは、
「んじゃ、とっとと祠に行こーぜ」
「おっと、本来の目的を忘れるところだったよ。ハーデルトさん、案内をお願いしても?」
「はいはい。それで、アンタはどうするの?」
「だから、ついて行くに決まってんでしょ」
「僕も一緒に行きます! あの、あの! お頭の昔話を教えてください!」
ついて来るなと口にしようとしたルーク。
が、無言の殺意にまみれた視線が突き刺さる。体に刻まれた魔法使いの恐ろしさが叫びを上げ、なにも言わずにそのまま口を閉じた。
という訳で、
「それじゃ、早速行こうか」
「ルーク、おんぶ」
「それ久しぶりに聞いたな」
なんだか、ソラのわがままが可愛いとすら思えてしまっているルークだった。
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「ぶえぇっくしょんッ」
「風邪ですか? お風呂覗こうとするからですよ」
「う、うっせぇな。誰か偉大な盗賊である俺の噂話をしてんだよオイ」
一方その頃、お留守番を任されたティアニーズ達。
特にする事もないので、全員で集まってランチタイムの最中である。アンドラはとぼけた顔で食事を進めているが、今まさに自分の正体が明かされているとは思ってもいないのだろう。
「それよか嬢ちゃん、ちと剣見せてくれ」
「剣ですか? はい」
はるか昔からいたようなレベルでの馴染み具合を放つビートに、ティアニーズは警戒する様子もなく剣を差し出した。
ちなみに、ビートは二日酔いなようで、先ほどから水を飲んでばかりである。
剣を鞘から抜き、刀身を眺めると、
「派手に暴れたようだな。あちこちガタがきてやがる」
「分かるんですか?」
「アホみたいに剣を眺めて来たからな。それくらいは朝飯前ってやつだ」
前回初めて会った時には分からなかったが、真剣な顔で剣を見つめるその様は、鍛治職人にしか見えない。というのも、ティアニーズがビートと会話交わしたのは数えられるほどに少なく、剣を打っている姿を見た事がないからだ。
「よし、俺が直してやる。まだこの町にいるんだろ?」
「はい、ルークさんの腕を治す手がかりが見つかるまでは。ですが、私そんなにお金ないですよ?」
「金なんていらねぇよ。前に言っただろ? 嬢ちゃんの剣なら無料で直してやるって」
「ほ、本当ですか!?」
嬉しさのあまり、ティアニーズは身を乗り出してテーブルを揺らした。全員の視線がティアニーズに注がれ、恥ずかしさが込み上げる中、とある事に気付いてしまう。
「あ……ですが、私ここに残らないといけないので」
「全員ついてくりゃ良いだろ。それに、剣ってのはそんな直ぐに直るもんじゃねぇ。早くても三日はかかるぞ」
「あの! 私剣を直すところを見てみたいです!」
何事にも興味を示す姫様が元気良く手を上げた。
となると、蒼の騎士様が黙っている筈もなく、パンを一口かじって援護を開始。
「トワイルはここで待てと言っていたかな? なに、そうだとしても問題はない。君が一緒にいれば済む話だろう?」
「で、でも……」
「ティアニーズさん! お願いします!」
「安全面なら問題はない。私もいる。それにそこの……アンドラだったか? かなりの手練れだ」
「あ? なんでも俺も一緒なんだよオイ」
アンドラは不満げだが、当然出掛けるとなれば行動はともにしなければならない。アキンが別行動をとっているので逃げる心配はないが、それでも指名手配中の盗賊を逃がす訳にはいかない。
全員の顔を見渡し、トワイルの気持ちが少し理解出来たところで、
「分かりました。皆さんで一緒に行きましょう」
「俺は行かねーぞオイ」
「覗き魔。アキンさんに色々盛り合わせてある事ない事吹き込みますよ」
「テ、テメェそれでも騎士かオイ!」
「鍛治……凄く楽しそうです!」
アンドラは知らないが、時折ティアニーズは姑息な手をとる。ルークと出会う以前から腹黒だったのだが、あの勇者と出会ってからそれに拍車がかかっている。
良い部分も悪い部分も、クズ勇者から吸収しているのだ。
とりあえず全員での移動が決定し、一同は急いで食事を済ませる。そのご一旦解散したのち、改めて準備を整えて集合。
意気揚々と出発ーーと、思いきや、
「どうかしましたか?」
「ちょっとまて、今確認してる」
宿の扉から顔だけを出し、外の様子を念入りに確認するビート。老人が鋭い目付きで視線を泳がすその様は、怪しい事この上ない。
しばらくその状態が続き、
「うし、今だ、行くぞ」
「は、はい」
「探検です!」
「なんで俺がガキの子守りなんか……」
テンションに差はあるものの、ビートの合図とともに宿を出発。
ビートが借りている鍛治場はここから近くにあるらしく、徒歩十分ほどでつく事が出来るようだ。なので、特段急ぐ理由はない筈なのだが、先頭を歩くビートは早足だ。
「あの、どうしてそんなに急いでるんですか?」
「二日前からストーカーに追い回されてんだよ」
「ストーカー、ですか? それはいけません、私がどうにかします」
「やめとけやめとけ、特に嬢ちゃんはダメだ。あのガキの餌食にされちまう」
「餌食? それってーー」
「オラじじい、やっと見つけたぞ!」
二人の会話を遮るように、甲高い声が背後から響いた。ビートは肩を震わせ、振り返らずにそのまま前進。
しかし、その声の主は猛ダッシュでビートの前に周り込むと、
「逃げんなよ! うちの事そんなに嫌いなのかよ!」
「ガキは嫌いなんだよ。しつけーからどっか行け」
「嫌ですぅ! じじいが無視するから付きまとってやる」
見れば、小さな少女だった。幼く可愛らしい顔とは違い、えらく生意気な印象を受ける。黒髪の単髪に目立つアホ毛、口元から見える八重歯は元気という印象を植え付け、身長はソラと良い勝負をしている。リエルの性格をもう少し丸くして活発という言葉を足したような少女である。
ティアニーズは眉間にシワを寄せるビートに変わり、少女の目線に合わせるように膝を曲げると、
「どうしましたか? 迷子になっちゃったの?」
「ムカ……。うちはこれでも十五歳だ! ガキ扱いすんじゃねぇ!」
「え? 私とほとんど一緒じゃないですか」
「ドワーフだろうな。ある時期を境に体の成長が止まる特殊な種族だ、それならば年齢に削ぐ和ぬ見た目も納得出来る」
「誰だ今チビって言った奴! げきおこだぞ!」
両手を振り上げ、小さく呟いたアテナに気付かず暴れるドワーフの少女。同じくらいの身長なのに、精霊さんとは比べ物にならないほどに可愛らしい激怒である。
と、無言でティアニーズの前に踏み出し、エリミアスは手を伸ばすと、
「いい子いい子」
なんの前触れもなく少女の頭を優しく撫でた。
撫でたくなる衝動は理解出来るが、その突然の行動に全員が固まる。もし、少女がエリミアスに手を上げるような事態にでもなればーー、
「や、止めろよぉぅ」
なんてのはいらぬ心配らしい。
本人は手を振って抵抗してるつもりなのだろうけど、溶けそうなほどにだらしのない顔である。気持ち良いとか、多分そういう次元ではない。撫でられるのが好きなのだろう。
「わぁ、小さくて可愛いですね。なんだか妹が出来た気分です」
「や、やめ……やめろぉう!」
「いい子ですね。乱暴な言葉遣いはダメですよ」
エリミアスの撫でテクニックにやられ、少女はもう抵抗の意思を捨てて受け入れている。
なんというか、ツンデレとはまた違ったデレ方である。なんて考えていたティアニーズだったが、
「姫様、人の頭をいきなり撫でてはダメですよ」
「すみません。可愛いかったもので……つい」
「あ……」
ティアニーズに言われ、名残惜しそうに撫でるのを止めるエリミアス。
と、少女の方も物欲しそうな顔でエリミアスの顔を見上げていた。が、次の瞬間、自分の失態に気付いたらしく、火が出そうなほど真っ赤に顔を染め、
「な、なにやってんだお前! 全然気持ちよくないかんな!」
「と、とりあえず落ち着いてください。貴女がビートさんのストーカーなんですか?」
「ストーカー? 違う違う、じじいが無視するから毎日付きまとってんの」
「……多分、それがストーカーです」
ストーカーという言葉をいまいち理解していないのか、少女は悪びれた様子もなく呟く。
全員の冷たい視線が集まる中、少女はビートの鼻先に指を当て、
「さ、今日こそうちを弟子にしてもらうぞ! お前の技術を全部よこせ!」
「何度も断ってんだろ」
「何度もお願いしてんじゃん!」
「……弟子? なるほど、そういう事ですか」
ようやく事態を把握し、あまりにも下らない理由に肩を落とすティアニーズ。とりあえずこのままではラチがあかないので、少女の肩を掴んで引き剥がすと、
「私はティアニーズといいます。貴女のお名前は?」
「ネルフリア。ネルって良く呼ばれてーーって、姉ちゃんそれ!」
名乗りを放棄し、ネルフリアはティアニーズの腰に突然しがみついた。そのまままさぐるように手を動かし、
「ちょ、ちょっとやめてください! そ、そこくすぐったいです!」
「良いから、ちょっとジッとしてろ。あぁ! やっぱこの剣!」
脇腹やらなんやらに高速で動く指が食い込み、少しいやらしい声を上げるティアニーズ。
ようやく解放されるとへたりこみ、細めながらネルフリアを見る。すると、彼女の手にはティアニーズの剣が握られていた。
「あ! それ返して!」
「ちょっとくらい良いじゃんか。この考えぬかれた刀身、握りやすくも丈夫な柄……くぅ、やっぱじじいの剣は最ッ高だな!」
「……誰が造ったのか分かるんですか?」
「当たり前だろ? 見りゃ誰だって分かるじゃん」
刀身に頬を擦りつけ、なんとも危ない行為だがネルフリアは幸せそうである。新しいおもちゃを与えられた子供のように、純白の笑顔で顔を満たしている。
ビートは呆れた様子で、
「俺の知り合いのガキだ。ここまでついて来ちまったんだよ」
「え!? 一人あの距離をですか!?」
「しつけーっつうか、なんつーか……とりあえず、ただの剣好きのガキだよ」
またもや個性的な人物の出現に、ティアニーズは不安とともにとある事を考える。
多分、トワイルはいつもこんな気持ちだったんなだぁ、と。