六章十三話 『乗せられ上手と乗せ上手』
次の日の昼頃、昨日の夜に話した通りに、ルークを含めた四人で騎士団の宿舎へと足を運んでいた。
トワイルは昨日の夜の出来事を後半から覚えていないーー忘れたいようで、なんだかとぼけた様子だった。
案内板を頼りに進み、ようやく宿舎の前にたどり着いた一同。トワイルは扉へと手を伸ばすが、そこで自分の手を見つめながら固まってしまった。
「どした」
「いや、この扉を開けちゃダメだって本能が叫んでる。例えるなら……目の前にマグマがあるのを知ってて踏み出さないといけない感じだ」
「大丈夫だって、メレスがいたところで別になんか起きる訳でもねぇだろ。とっとと開けよーぜ」
「そうだ。今さら面倒事の一つや二つ、貴様らにとってはただの日常だろうに」
「……それが日常になりつつある自分が怖いよ」
ビビりつつも、トワイルは決心したように扉を開いた。
そして、第一声ともに視界に入り込んだ景色を見て、一同は目を点にしたまま立ち尽くす事となる。
「ちょ! いい加減ほどきなさいよ! こんな事して許されると思ってんの!? アンタら覚えてときなさいよバーカ!」
椅子の背もたれと上半身をロープでぐるぐる巻きに接着され、ジタバタと全身を使って暴れる女性が一人。なにかの拷問かとも思える光景だが、多分逃げ出さないように捕らえているのだろう。
当然、メレスである。
「もう逃げないって言ってるでしょーが! 昨日は……そう、まがさしただけ! ちゃんと働くからぁ!」
「アンタのその発言、信憑性の欠片もないって事をここの全員が知ってるの。大人しく諦めなさい」
周りが檻に閉じ込められた猛獣を見るような目を向ける中、一人の女性がメレスの肩を親しげに叩く。和やかな声とは裏腹に、ニヤニヤと微笑みながら椅子の周りを一周し、
「で、どうなの? 良い男は見つけられたのかしら? あ、ごめんあそばせ、直ぐに捕まって引き戻されたのよね」
「ムキィィィ! ちょっとモテるからって調子に乗っちゃって、私の方が胸デカイんだから!」
「胸の大きさしか自慢出来る箇所がないのかしら? 昔からそうよね、だから……モテない、のよ」
「燃やしてやる! 人間の丸焼きの準備しなさい!」
多分、ロープがなければこの場の全員を本気で殲滅しているのだろう。
口元に手を当てて『オホホホホ』と高笑いを浮かべる女性を睨んでいたメレスだったが、不意にその視線が扉へと注がれる。
少し目を細め、
「ん? なんでアンタ達がここにいるのよ。まぁ良いわ、とりあえず助けなさいーーって、なんで逃げるよ!!」
面倒の塊に絡まれたので、固まっていたトワイルを引きずって無言のまま扉を閉めた。扉越しでさえ罵詈雑言が聞こえてくるが、とりあえず事態を把握するべくルーク達は考える。
「……トワイル、やっぱ戻ろう。きっと良くない事が起きるようん」
「そうだね、宿に戻って自力で情報収集しようか」
「うし、そんじゃ帰りに飯でも食ってーー」
「無視してんじゃないわよぉぉ!」
背を向け、なにも見なかった振りをしてその場から離脱しようとした瞬間、猛獣の叫びとともに扉が吹っ飛んだ。
吹っ飛んだ扉はなぜか吸い込まれるようにルークを目指し、そのまま時世の句を述べる暇もなく激突した。
焦げた扉に押される形で数メートル転がり、ルークの飛びかけた意識は焦げ臭いによって引き戻される。
見れば、扉の炎が服に移っているではないか。
慌てて叩いて火を消し、それをやったであろう人物を睨み付けると、
「なにやっとんじゃお前! 燃えてる、俺が丸焼きになっちゃうから!」
「アンタが無視するのが悪いんでしょ! 私みたいな美女が捕らわれてるのを見て、勇者として助けようとは思わないの!?」
「まったくこれっぽっちも全然思わねぇよ! つか、抜け出せてんじゃん!」
「さっきはさっき、今は今!」
「うっせぇ、世の中結果が全てなんだよババア!」
「バ、ババア!? アンタとそんなに年齢変わらないですぅぅだ!」
なんだか前にも同じような事があった気がするが、当の本人達は言い合いに夢中で気付いていない。
トワイルは頭を抱えながらも、ぎこちない笑顔でメレスの肩を叩き、
「あの、メレスさん。一旦落ち着いてください」
「なによ! って、トワイルじゃない。なんでアンタ達がここにいるの?」
「それには色々と事情があって……とりあえず話長くなるので中に入りましょう。ね?」
「う、うん?」
「さ、ルークも中に入ろう。喧嘩ならあとで気が済むまでやれば良いから」
首を傾げるメレスを他所に、トワイルは問答無用で背中を押して建物の中に押し込む。
ルークも気に入らないといった様子でじたんだを踏んでいたが、ソラとアキンに引きずられて強制連行されたのだった。
落ち着きを取り戻すのに数分間を費やし、ようやく全員で同じ席につく。改めて辺りを見渡して見れば、メレスをからかっていた女性に見覚えがあった。
名前は確か、
「メレスさん、ハーデルトさん、お久しぶりです」
「久しぶりね。聞いたわよ、サルマでお手柄だったらしいじゃない。えーと、ルークだっけ?」
「ういっす」
トワイルの言葉によって女性の名前を思い出し、とりあえず社交辞令として頭を下げた。
ルークの中でハーデルトという女性は、メレスと因縁がありそうなナイスバディのお姉さんとして記憶されている。
若干ビビりながらお茶を運んで来た男から飲み物を受け取り、トワイルが話を切り出した。
「それで、なぜお二人はここに? 王都勤務じゃなかったんですか?」
「王の命令よ。あと、私達だけじゃなくてアルブレイルとメウレスもいる。ほんと、最近移動ばっかで疲れちゃうわ」
「なるほど、それでその命令の内容は?」
「聞いてない。とりあえず行けってだけ言われたの」
アルブレイルという男の名を聞いた瞬間、ルークの皮膚が無意識に鳥肌を発動。
あれは王都にいた頃の話だが、何度か訓練と称して筋肉について小一時間ほど話を聞かされた事がある。その上、実戦でボッコボコにされ、あまり良い思い出がないのだ。
メウレスという男についてだが、これといった印象はない。最強という称号を得ているらしいけれど、そんな風格は微塵もなかったのだから。
心底面倒くさそうなメレスの横腹を指で突っつき、ハーデルトが口を開く。
「次はこっちの番ね。トワイル達はなんでここにいるのかしら?」
「俺達にも色々と事情がありまして。お二人も知っていると思いますけど、サルマで呪いを使う魔元帥と遭遇しました。その時、ルークが呪いをかけられたんです」
「これ、別になんともねぇんだけどよ、一応な」
トワイルの視線を受け、ルークは腕を捲ってグロテスクな紋様を見せる。
二人はその腕を凝視し、
「ダッサ」
「驚いたわね、これでなんで生きてられるの貴方?」
「んなの俺が知るかよ。あとそこの巨乳、お前のドレスのセンスもだせぇぞ」
「なッ、特注なんですぅ! アンタみたいなガキには分からないわよ!」
ふてくされているメレスはともかく、ハーデルトは呪いがどれほどのものかを瞬時に理解したようだ。
ハーデルトはペタペタとルークの腕に触れ、
「あまり詳しくはないけど、リエルと一緒にいたんでしょ? どうにかならなかったの?」
「リエルでも無理なんだとよ。魔元帥に直接やられたからな」
「はい、リエルでも治せないとなると、多分この国で治せる人間はいないと思います」
「それでここに来た訳ね。でもなんで? 解呪師はいないわよ?」
「それなんですが、サルマで知り合った男に言われたんです。ここには、精霊にまつわるなにかがあると」
ようやく本題に入り、トワイルは長く息を吐き出した。
ちなみに、精霊とちっさい盗賊はすでに話を聞く事を放棄し、宿舎の中を探検しに行ってしまった。
二人の魔法使いは顔を合わせ、
「それ、私もここに来て初めて聞いたんだけど、町外れにちっさな祠があるらしいわよ」
「精霊に関係するものですか?」
「さぁね、なんか立ち入り禁止って話らしいし。ハーデルト、アンタ昨日行ったんじゃないの?」
「行ってみたけど追い返されたわ。変な仮面をつけた女にね」
「変な、仮面……?」
メレスとは違い、どうやらハーデルトは出来るお姉さんのようである。
たがしかし、入れないんじゃ話にならない。仮にその祠が精霊に関係あるのだとしても、恐らく治すには中に入らなければならないだろう。
ルークは飲み干したコップをテーブルに置き、
「んじゃ、そこに行ってみようぜ。俺達なら入れるかもしれねぇし」
「無理だと思うけど、一応用心した方が良いわよ。あの仮面、なんだか変な感じしたし」
「変な感じ、ですか? まぁそうだね、とりあえず話は行ってからにしよう。ハーデルトさん、案内をお願い出来ますか?」
「りょーかい。メレス、私がいない間ここを頼むわよ」
話がトントン拍子に進み、あっという間に次の目的地が決定。とっととここを出てその祠に行きたいのだが、この魔法使いがそれを受け入れる訳もなく、
「嫌よ。こんな男だらけのむさ苦しい場所。私も一緒に行く」
「アルブレイルもパトロールから帰って来てないし、なにかあったらどうするのよ」
「そんなの知らなーい。暇だから嫌」
「はぁ……。一応国に認められた魔法使いなんだから、少しくらいは働きなさいよね」
「そんなの他の人達が勝手に呼んでるだけ。私はまったく興味ーー」
「凄い魔法使いって本当ですか!?」
ダン!とルーク達が囲むテーブルが揺れた。
見れば、小さな盗賊が両手をテーブルに叩きつけていた。さらに、キラキラと眩しいくらいの瞳を真っ直ぐとメレスに向けていた。
メレスは眉をよせ、
「誰よこのちっさい男は」
「あぁ、その人はアンドラさんの仲間ですよ」
「アンドラ……って、アイツここにいるの!?」
「あの! 綺麗なお姉さんは凄い魔法使いなんですか!?」
アンドラという言葉に激しい反応を見せたのだが、綺麗なお姉さんという単語に全ての意識を拐われたらしく、ドヤ顔で後ろ髪を払い上げる。それから大きな二つのお山を揺らし、
「まぁね、なにを隠そう私はこの国で選ばれた五人の魔法使いの一人、メレス・ルータよ!」
「わ、わぁ! 選ばれた魔法使いなんて、なんだか格好良いですね!」
「そうでしょそうでしょ! もっと褒めても良いのよ」
「さっき興味ないとか言ってなかったかしら」
ハーデルトの突っ込みはもっともである。
そしてルークは改めて気付いたが、この魔法使いは先ほどからテクテクと宿舎を歩き回っている精霊と同じタイプのようである。
褒められて伸びるーーではなく、褒められて調子に乗る。
「アンタ中々見る目があるわね。それで、偉大な魔法使いである私になにか用?」
「あのですね、僕も魔法を学んでいるんです!」
「ふーん、ちっこいのに頑張ってるのね。そこそこ筋も良い、将来きっと良い魔法使いになれるわよ」
メレスは腕を組んで顎に手を添え、品定めするようにアキンの頭から爪先までを眺める。なにが分かるのかは不明だが頷いているのを見るに、彼女しか分からない魔法使いのなにかがあるのだろう。
アキンは嬉しそうにはにかみ、力強く拳を握ると、
「それでですね……僕を弟子にしてください! 魔法を教えてください!」
「私に? 魔法を?」
「はい! 綺麗なお姉さんに魔法を教えてもらいたいんです!」
「そーよねぇ、私ってば綺麗だし、身体中から凄い魔法使いですってオーラが出てるものねぇ」
どうやらアキンは大人をたらしこむ術を身につけたようである。小さな体と純白の笑顔を最大限に発揮し、悪意の欠片もない姿がそこにはあった。
恐らく本人は気付いていないが、そういう才能の持ち主なのだろう。
「なるほど、おっさんがやられたのはこれか」
「子供だからこそ出来る事だね」
「ふむ……私もああすれば良いのか」
「お前は無理だ。歳を考えろ」
「バカ者、まだまだピッチピチの千歳くらいだ」
いつの間にか隣に座っていたソラ。
ピチピチの範疇が広すぎるのを抜きにしたとしても、今さらやられたところでまったく心が揺らがないのは目に見えている。
ハーデルトは少し不服そうに目を細め、
「私も一応その五人の中の一人なんだけど」
「ハーデルトにはない魅力が私にはあるのよ。え? なにかって? そりゃ……言わなくても分かるわよね?」
メレスの目はハーデルトの胸へと向けられていた。別に小さいという訳ではないけれど、やはりメレスと比べれば劣っているのは事実だ。
しかしながら、今の態度は関係のないルークですら苛々している。
さりとて、こうなった巨乳の魔法使いは止まらない。
「うーん、本当は弟子とか面倒くさいから取らない主義なんだけど……私の魅力に当てられたって事なら仕方ないわよねっ」
「はい! お姉さん凄く綺麗で素敵です! 僕も大きくなったらお姉さんみたいになりたいです!」
「良い事言うじゃない! やっぱり分かる人には分かるのよね」
オホホホホ、とどこかの令嬢のような高笑いを口にし、偉そうな態度は収まる事を知らない。普段褒められてない人間が褒められるとこうなってしまうのだろか。
メレスは白々悩む仕草をとり、
「しょーがないわね。ならテストしましょ」
「テスト、ですか?」
「そ、テストよ。私みたいな偉大な魔法使いはそんな簡単に弟子は取らないの。だから、アンタに私の弟子になる資格があるか確かめてあげる」
「じゃあ、そのテストをクリアすれば弟子にしてくれるんですねっ?」
「当然よ、私は嘘をつかない女なの」
すでに現在進行形で嘘をついているのだが、それを口にする勇気も気力もこの場の誰にもありはしない。ただ冷めた瞳で二人を見守っているだけである。
メレスは得意気に鼻を鳴らし、傍観者であるルークに目を向けると、
「アンタ達も行くわよ。ここじゃ流石に暴れられないし、近くの空き地にでも行きましょ」
「断る、なんで俺も行かなきゃならねぇんだよ。とっととさっき言ってた祠に行きてぇんだけど」
「なに言ってるの。私のすーぱーな力を見せてあげるんだから、泣いて感謝しなさい」
「別に見たくねぇよ。それよか、早くこの腕のやつ消してーーって、引っ張ってんじゃねぇよ!」
話を聞く素振りすら見せず、問答無用で腕を引っ張られて宿舎から連れ出されるルーク。。
アキンは楽しそうにスキップしながらそのあとに続き、残された三人は無言のままその背中を見つめていた。
「これ、ついて行かないとダメですかね」
「長い付き合いだから分かるけど、あぁなったメレスを放っておくのは後々厄介になるわよ」
「ですよね……どうしよ、俺過労死しちゃうかも」
「なにをしている、早く行くぞ」
トワイルの悲痛な叫びを気にする者などおらず、結局ルーク達を追い掛けるしか選択肢はないのであった。