六章九話 『蒼の騎士』
村の中にあった手頃なロープで男達を拘束し、ようやく落ち着きを取り戻した一同。
なぜアンドラが一緒にいるのかは分からないが、多分なにかしらの出来事があったのだろう。というか、興味がないだけである。
「とりあえず、彼らは近くの町に連れて行こう。このまま放置する訳にもいかないしね」
「また寄り道かよ。早くふかふかベッドで休みてぇよ」
どうやら、この町では奴隷となる人間を拐って地下に閉じ込めていらしい。目的は金稼ぎと言っていたので、高く買ってくれる人間がいるのだろう。
しかし、軽はずみな行動でルークを拐ってしまったのが運のつき。こうして野望は全て潰えたのである。
飛び込められていた人々は全て解放され、全員で男達を一発ずつ殴ってから家へと帰って行ってしまった。
当然、ルークも紛れて全員の顔をグーパンした事は言うまでもない。
座って休んでいると、アキンがキョロキョロと辺りを見ながらやって来た。
「あの、ルークさん。さっきの女性の方を見ませんでしたか?」
「あ? そういや見てねぇな。まだ中にいるんじゃねぇの?」
「どうしたんだい?」
「いや、脱走の手助けしてくれた蒼い髪の女がいたんだよ」
「蒼い、髪……」
地下に閉じ込められていた人間は全員解放された。それなのに、蒼い髪の女性は一向に姿を現さない。死んでいるという事はないだろうけど、アキンは心配そうな顔をしていた。
トワイルは小さく呟き、
「その人の事、もっと詳しく教えてくれるかな」
「詳しくっつっても、名前も知らねぇぞ。蒼い目と蒼い髪くらいしか知らねぇ」
「僕も同じです。でも、凄く格好良くて強そうな人でした」
「……まさか」
深刻な表情で息を吐き、顔を上げて辺りを見渡すトワイル。
そんなトワイルの様子を首を傾げて見ていると、いきなり背後から肩を叩かれた。驚いたように体を跳ねさせ、慌てて振り返ると、
「あぁ、驚かせてしまったか。私だよ」
「ビビらせんなよ。つか、普通に元気そうじゃん」
「よ、良かったです! 無事だったんですね!」
「君達も無事で良かった。どうやら、奴らを捕らえる事が出来たようだな」
探していた蒼い髪の女性がそこにはいた。
悪戯っぽく微笑み、服に多少の汚れがあるものの、これといった怪我はしていないように見える。
安堵したように微笑み、アキンは胸を撫で下ろしたようだ。
そんな中、トワイルは驚きたように目を見開いていた。
女性はトワイルの顔を見るなり、少し考えるように首を傾げる。それから思い出したように手を叩くと、
「あぁ、まさかトワイルか?」
「え、えぇ。そう、です」
「こうして会うのは三年ぶりくらいだな。副隊長になったと聞いたが、アルフードの世話は大変だろう」
驚愕の色を浮かべるトワイルを他所に、女性は親しげに語りかけていた。
まるで知り合いかのような二人に、ルークとアキンは顔を合わせる。二人の顔を交互に見たあと、
「なに、お前ら知り合いなの?」
「知り合いもなにも、この人は……」
「そういえば名乗っていなかったな。私の名前はアテナ・マイレードだ」
「いや誰だよ。知らねーよ」
名前を名乗られたところで知っている筈もなく、ルークは怪訝な様子で口を開く。聞いた事もないし、顔だってさっき初めて見たばかりだ。
しかし、トワイルは違うようだ。
頭を抱える仕草をとり、ため息を吐き出すと、
「アテナ・マイレード。ルークは知らないと思うけど、結構有名な人だよ」
「あの、すみません。僕も聞いた事ないです」
「……本当かい? まぁ、アンドラさんと一緒にいるから仕方ないかな。騎士団の話はきっとしていないだろうし」
遠慮がちに手を上げるアキンを見て目を細め、トワイルは女性を改めて見据える。
尊敬の眼差しの中に、ほんの少しだけ呆れたような色も見える。息を吸い、そして女性の正体を口にした。
「アスト王国騎士団団長、アテナ・マイレード。俺の上司だよ」
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「だ、団長!?」
「初めて見る顔だな。君も騎士団なのか?」
「は、はい! 第三部隊のティアニーズ・アレイクドルと言います! えと、あの……お名前は聞いた事ありましたけど……まさか女性の方だなんて」
近くの町まで移動し、男達を騎士団に預けたあと、ルーク達は放置していた馬車へと戻っていた。
とりあえずアンドラとアキンもともに行動し、全員で集まっていた時の出来事である。
アテナと名乗る女性が騎士団団長だと聞き、ティアニーズは指先まで伸ばして勢い良く頭を下げる。緊張からなのか、僅かに肩が震えていた。
アテナは微笑みながらティアニーズの背中に触れ、
「そうかたくなるな。あまり仰々しいのは好きじゃないんだ」
「ですが、私も騎士団の人間として……」
「団長とはただの肩書きだ。私としても捨ててしまいたいが、王がそれを許してくれなくてね。今は逃げ出して世界を旅している最中なんだ」
「じ、自由な方なんですね」
騎士としてあるまじき発言だが、アテナは悪びれた様子もない。むしろ清々しいくらいの職務放棄である。
体勢を崩す事なく正していると、トワイルがその肩を叩き、
「アテナさんの言う通りだよ。この人も作法とか礼儀とかあまり興味ない人だから、自然体でいた方が良い」
「なんで俺を見たんだよ。敬語くらい使えんぞオラ」
「ルークさんは黙っていてください」
トワイルの視線にたまらず抗議。敬語が出来れば礼儀正しいという訳じゃないし、そもそも敬語すら上手く扱えていない男が良く言えたものである。
空気が多少和らぎ、ティアニーズも改めてカチコチだった体をほぐす。
すると、エリミアスがアテナの前に立ち、
「アテナ、さん?」
「……もしかしてエリミアスか? 大きくなったな、私の事を覚えているか?」
「は、はい! お久しぶりです! お会い出来て嬉しいです!」
アテナの顔を見るなり満面の笑みを浮かべ、その胸に勢い良く飛び込んだ。
体勢を崩しながらも支え、アテナは母親のような笑顔でエリミアスの頭を撫でる。
「知り合いなの?」
「エリミアスが小さい頃に何度か遊んだ事があるんだ。その時に城の抜け出し方を教えたのは良い思い出だ」
「全ての元凶はお前かよ。姫さんの脱走術のせいでこちとら腹パックリ割れてんだぞ」
「ほう、上手く身に付けられたのだな。教えた私としても鼻が高い」
「はい! いっぱい練習して抜け出しました! ここまで来れるようになったのですよ!」
気持ち良さそうに頭を撫でられながら、エリミアスは罪悪感の欠片もない様子で口を開く。
謎だった脱走術の出所が知れたところで、トワイルは話を切り替えるように咳をした。
緩みかけた空気が締まり、アテナはエリミアスから離れる。
「こんな事はあまり言いたくありませんが、今この国がどんな状況か分かっていますか?」
「魔元帥の事か?」
「知っていて、分かっていてなぜ、王都に戻って来なかったんですか」
「そう怒るな。私だってなにもしていなかった訳じゃない。だからこそこうして戻って来たんじゃないか」
「戻って来た?」
「本当なら私は今頃アスト王国にはいない。少し前まで隣の国にいたからな。しかし、魔元帥が動き出したという話を聞き、こうして戻って来たんだ」
トワイルの怒りを理解していながら、アテナはそれを受け流すような口調で答える。
怒っても意味がないと思ったのか、トワイルは自分を落ち着かせるように深呼吸。いつもの爽やかスマイルを浮かべると、
「なにか、この状況を打破する方法があるんですね?」
「私が王から受けた命令はこうだ。『カムトピアに行け』、理由は分からないがな」
「カムトピア? 俺達も今から向かうところだったんですよ」
「それは本当か? 偶然か、それとも運命か……」
「あの、僕達もカムトピアに向かう予定です」
どういう理由かは分からないが、全員の目的地は一緒のようだ。
ルーク達は腕を治すために、アテナはバシレの命令で、アンドラとアキンは不明だが、多分たまたまだろう。
偶然、そう言いきれない違和感が全員を包む。
そんな中、こそこそと隠れていたアンドラが口を開く。
「まてまて、俺達はカムトピアには行かねぇぞ。騎士団と一緒なんざ俺はごめんだ。アキンも無事助けられたし、もうお前らと一緒にいる理由はねぇよオイ」
「い、一緒に行きましょうよ! 僕、皆さんともっと仲良くなりたいです!」
「い、いやでもなぁ。俺達は一応盗賊だぞオイ」
「関係ありませんよ! 盗賊でも騎士団でも、僕達友達になれますよ!」
「う……」
アキンの純粋無垢な瞳に当てられ、アンドラは言葉を失ってしまったようだ。基本的に主導権はアキンにあるらしく、これはもうカムトピア行きが決まったも同然だ。これもお父さんの苦悩というやつなのだろう。
「全員の目的地は同じ。私も同行しても良いかな、副隊長」
「止めてください。どこへ行くかは貴女の自由です。それに、断っても来るつもりでしょう」
「言うようになったな。前に会った時はこんなに小さかったのに」
「三年前なので、そんなに小さくはないです」
腰の辺りに手を添え、アテナはからかうように微笑んだ。
トワイルが困った様子なのを見るに、彼女があまり得意ではないのだろう。
トワイルのこういう姿はほとんど見れないので、ルークは怪しげな笑みを浮かべてその光景を脳みそに刻みこんだ。
そんなこんなで、全員でカムトピアを目指す事が決定。
アンドラ達は自分の馬車を取りに行き、アテナはルーク達の馬車に乗る事になった。
アンドラがその場を去ろうとした時、ずっと黙りこんでいたソラがアキンの腕を掴んだ。
「まて小僧」
「こ、小僧って僕の事ですか?」
「そうに決まっているだろう。……私とどこかで会った事はないか?」
「い、いえ、ないと思いますけど」
ソラの真剣な表情に、アキンは少し怖がったように答える。
アキンの顔をまじまじと眺め、なおもソラはその手を離そうとはしない。いつになく真面目な顔つきだった。
ティアニーズは二人に近付き、
「多分、ソラさんが剣だった頃に見たんだと思いますよ」
「……そういえば、見覚えがあるな」
「剣?」
「はい、ソラさんは精霊なんです。前はルークさんが持っていた剣で、色々あって人間の姿になったんです」
「せ、精霊さん! 感激です!」
ソラが精霊だと聞き、アキンは憧れの眼差しを向けてガッシリと手を掴む。
そんな事をすればこの精霊さんは勿論調子に乗るので、ない胸をはって偉そうに握手に応じた。褒められると調子に乗る、典型的なダメな子である。
「アキン、行くぞオイ」
「はい、今行きます!」
急かすようなアンドラの声を聞いて手を離し、最後に一礼してアキンは去って行く。
ドヤ顔を継続中のソラを引きずって荷台に押し込み、ルーク達もカムトピアへと出発するのだった。
ーーこの時、まだ誰も知らなかった。
これは偶然なんかではなく、歪んだ運命によって引き寄せられたのだと。