六章八話 『パパ』
ルークの合図ののち、アキンの手から放たれた炎が鉄格子をド派手に破壊した。熱をおびた鉄が牢屋の前に転がり、衝撃の光景を見た監視達が驚いたように固まっていたが、勢い良く飛び出して来たルーク達を見てさらに目を見開いた。
先頭をきって飛び出したルークは、直ぐ様左側に向かって走り出す。
立ち塞がるのは二人の男。
見たところ武器はこん棒のみで、刃物は持っていないようだ。となれば、
「勇者の跳び膝蹴り!」
「ふごッ!!」
相手が構えるよりも早く加速し、一気に地面を蹴って飛び上がる。ダサい技名を叫ぶのと同時に、膝の皿を一人の男の鼻っ柱に叩き込んだ。
白目を向いて男が倒れるよりも早く、残りの監視へとターゲットを変更し、
「勇者ハイキック!」
ハイキックと命名したものの、思ったよりも関節がカッチカチだったらしい。目測を謝った蹴りは男の首に当たり、そのまま泡を吹いて棒のように体を伸ばして倒れてしまった。
その背後、アキンは閉じ込められていた他の人間を目にし、
「ルークさん! この人達も助けましょう!」
「あ? んな時間ねぇだろ。とっとと行かねぇと今の音で増援が来ちまう」
「で、でも……このまま逃げるなんて出来ません! 僕だけでも残って助けます!」
「ッ……あぁもう、分かったよ!」
譲る気配のないアキンに舌を鳴らし、ルークは近くの鉄格子に向けて炎を放った。威力はそれほどでもないものの、南京錠は熱によって溶けていく。
しかし、階段の方から次々と足音が響いて来た。
「仕方ない、ここは私がどうにかしよう。君達は先に行くんだ」
「僕も残ります!」
「一時の感情に流されて目的を見誤るな。増援が来ている以上、ここに長居する事は出来ない。大丈夫、私に任せて」
「……分かりました、先に行って待ってます!」
女性は魔法が使えるらしく、次々と南京錠を破壊していく。
アキンは悔しそうに唇を噛みしめながらも、女性の瞳を見て任せる事に決めたようだ。
遅れてやって来たアキンと合流し、ルークは再び階段に向けて走り出す。
「あの人、大丈夫ですかね……」
「任せろって言ったんだ、だったらアイツに任せるしかねぇだろ。お前はあの女を信用出来ねぇのか?」
「い、いえ、そんな事ありません! 僕達が先に行って、皆さんが安全に出れるようにしましょう!」
アキンの目付きが変わるのを見て、ルークは僅かに微笑んだ。
そのまま走り、目の前に現れた扉を蹴破る。その際、男のうめき声のようなものが聞こえたが、恐らく扉の前で立っていたのだろう。
扉の下敷きになっている男を踏みつけ、階段の先へと目を向ける。
「うお……続々と来やがったな」
階段の上から数人の男達が怒声を上げながら下りて来ていた。男達の背後に扉があるので、恐らくあれが地上への出口なのだろう。
この狭い階段であれだけの人数を相手にするのは中々に不利。そう考え、ルークは眉間にシワを寄せて舌打ちをするが、
「大丈夫です、僕に任せてください!」
アキンが一歩踏み出し、迫る男達に狙いをすますように掌を向けた。
小さな炎が段々とアキンの掌に集まり出し、やがて巨大な炎の玉へと変化する。近くにいるルークでさえ熱に顔を歪め、思わず後退った。
そして、
「退いて、ください!」
放たれた巨大な炎の玉が男達に直撃。悲鳴をかき消して真っ直ぐと突き進み、男達もろとも地上へと扉を粉砕してしまった。
男達の安否が気になるほどの威力だったが、アキンは気にする様子もなく、
「行きましょう!」
「お、おう」
成長する子供を見るのはこんな気持ちなんだろうか、なんて事を考えるルーク。
元々魔法の才能はあったのだろうけど、前に見た時とは威力も規模もまったくの別物である。
才能マンの恐ろしさに苦笑いを浮かべつつ、ルークはアキンに続いて走り出した。
二人は突き進み、ようやく地上へと出る事に成功した。時間的にはそれほど経過していないのだろうけど、激しく照りつける太陽の光に目を細める。
「どこだここ……村か?」
「そう、みたいですね」
辺りを見渡すと、数件の家が建ち並んでいた。辺りに散らかる物騒なノコギリや鎌、普通の村でないという事は直ぐに理解出来た。
久しぶりの地上の空気を味わう暇もなく、ルークはその場を離れようとするが、
「おいお前ら。なにしてくれてんだ、アァ?」
顔を横へ向けると、いつの間にか十数人の男に囲まれていた。全員がスコップやこん棒などの武器を手にしており、いかにもな雰囲気である。
その先頭に立つ目付きの悪い男。
恐らくあれがリーダーだろうか。
男はルーク達を睨み付け、
「地下に閉じ込めてたのは大事な大事な商品だぞ。なにしたか分かってんのか?」
「商品? ……なるへそ、奴隷として売り飛ばすつもりだったんか」
「え、じゃあ僕達もですかっ?」
「多分な」
男の言葉で、自分達がどんな状況だったのかを悟った。女性が多く牢屋に閉じ込められていたのはそのためなのだろう。
奴隷という言葉を聞き、アキンの瞳が明らかな怒りで満たされる。
ルークはいつもの調子で、
「わりぃわりぃ、牢屋全部ぶっ怖しちまった」
「な、なに!?」
「テメェがわりぃんだぞ。それよか、俺を殴ったのはどいつだ。大人しく挙手したら優しくぶちのめしてやる」
怒る男を適当にあしらい、ルークは武器を握りしめる男達の顔をまじまじと見つめる。
そう、ルークの目的はあくまでも、脱出して自分を殴った相手に仕返しをする事なのだ。奴隷がどうのこうのとか、あんまりというかまったく興味がない。
「ほれ、早く手ェ上げろ。じゃねぇと一人一人ぶん殴るぞ」
今のルークの顔を例えるなら、子供が見たら絶対に泣いちゃう顔である。怪しげに歪んだ口元と、獲物を狩る動物の瞳。ポキポキと威嚇するように指の骨を鳴らし、これが勇者とは到底信じられない。
男は苛立った様子で地面を蹴り、
「クソが! こうなったらテメェらを殺して新しく拠点を作る。こんなところで稼ぎの邪魔されてたまるかよ!」
「ふざけるな! 人を道具みたいに扱って、お前みたいな奴は僕が絶対に許さないぞ!」
「テメェみてぇなガキになにが出来んだよ! ガキは高く売れるからと思って連れて来たが、やっぱガキはムカつくなァ!」
「うるさい! ガキだからって弱いと思うな!」
「上等だ! だったら強いとこ見せてみろやァ!」
呑気に自分を殴った人間を探していると、堪えきれなくなったアキンが飛び出してしまった。
それにつられるように男も走り出し、アキンの魔法と男のこん棒が激突ーー、
「俺の部下になにしてくれとんじゃオイィィィィ!!」
男の声がした。
聞き覚えのある声に、聞き覚えのある口癖。
ドタドタと激しく足音を暴れさせながら、バンダナを巻いた男が鬼気迫る表情で全力疾走している。
ルークはその男の顔を見て、名前を口にしようとしたが、
「でぇりゃぁぁぁ!!」
リーダーと思われる男の体が吹っ飛んだ。
バンダナの男が全力のラリアットをかましたからである。悲鳴を上げる暇もなく、男は空中で縦に数回転したのち、ベタン!と音をたてて地面に口づけをした。
バンダナの男は倒れている男の胸ぐらを掴み、無理矢理体を起こすと、
「オイテメェ、俺の部下になにしようとした、アァ? まさか触ってねぇよなァ? 触ったんならその腕引きちぎって刻むぞオイ! 無視してねぇで喋れオラ!」
激しく体を揺さぶるものの、当然答えが帰ってくる筈もなく、バンダナの男の狂気にその場の全員が口を開けて固まっている。
そんな中、少年のような少女が、
「お、お頭! やっぱり助けに来てくれたんですね!」
「おうよ! 無事か!? 変なことされてねぇか? 変なところ触られてねぇか?」
「はい、大丈夫ですよ! ちょっと頭が痛いですけど、元気いっぱいです!」
「そうかぁ、良かったぁ。……って、良くねぇ! 誰だアキン殴った奴はオイ!!」
会話が成立しているのが奇跡だと思えるほど、バンダナの男ーーアンドラとアキンのテンションには差がある。
キラキラと目を輝かせるアキンに、角がはえそうな勢いで鼻息を撒き散らすアンドラ。
ルークは頬をひきつらせ、
「えーと、おいおっさん。ちょっと落ち着け」
「テメェかアキンを殴ったのは! って、ルークじゃねぇかオイ」
「うん、ルークだよ。いきなり乱入して来てなによ。今俺の見せ場なんだよね」
「んなもん知るか! アキンを誘拐した奴はゼッテーに許さねぇぞ! 出てこいやオイ!」
こうしてルークが冷静さを保ち、誰かを落ち着かせようとするのは非常に珍しい光景である。いつもなら逆なのだが、今回はそうせざるを得ない状況だ。
ルークはとりあえずアキンに近付き、
「おいちびっこ、とりあえずおっさん落ち着かせろ。うるせぇから」
「は、はい。でも、こうなったお頭は止められないです。前に僕が拐われそうになった時にも、凄く暴れてましたから」
「大丈夫だ。おっさんを落ち着かせる魔法の言葉を俺は知ってる」
早いところ止めないと、アンドラが本格的に別の生き物になってしまいそうな勢いである。
ルークはアキンの耳元に口を近付け、その魔法の言葉を伝える。
アキンは少し照れたように頬をかいたが、力強く頷いてアンドラの前に飛び出すと、
「え、えと……お、落ち着いて、パパ!」
「ーー!!」
その言葉を聞いた瞬間、アンドラの動きが一瞬にして停止した。アキンの顔を凝視しながらプルプルと肩を震わせ、やがて表情が変化する。
そりゃもう、だらしないという言葉を表したような顔に。
「お、オイオイ。パパとか止めろよぉ。そりゃ俺は父親になる覚悟は出来てるけどな? そういうのはちゃんと話あってから決める事であって……いやでも勘違いするなよ? アキンのパパになるのが嫌って訳じゃねぇんだ。むしろ俺はそうなりたいと思っている。でもやっぱり心の準備っていうか、なんていうか……とにかく今度ちゃんと話あう機会をちゃんともうけてだな……」
一人でもじもじと体をよじり、アンドラは嬉しさを爆発させながら永遠と喋り続けている。多分、もうアキンの顔すら見えていないのだろう。
アキンは僅かに頬を紅潮させながら、
「こ、これで良かったですか?」
「バッチしだ。これからはこうすりゃおっさんを止められる。それと、欲しいものがある時もこの手を使え」
「な、なんだか恥ずかしいです。パ、パパなんて……」
こちらもこちらで悪い気はしないらしく、もじもじと体を揺らしている。本当の親子ではないのだろうけど、長くいると似てきてしまうらしい。
ともあれ、これで邪魔者をあしらう事は出来た。
気を取り直して、
「誰も手ェ上げなかったから全員死刑な。勇者のありがたい拳骨でーー」
「ルークさん!」
再び声がした。
今度はすごーく聞き覚えのある声である。聞き覚えがあり過ぎてちょっと苛々してくるレベルだ。
額に青筋を浮かべ、ルークは振り返る。
と、
「なんだよ! 今良いとこーー」
確かに知っている人物だった。
しかし、予想していた人物ではない。
ルークは桃色の頭の少女が来ると思っていたが、目の前には白い頭の少女がいる。というか、白い頭が空を飛んで矢のようにこちら目掛けて迫って来ている。
となると、
「ちょ、待て!!」
「てい!」
白い頭がルークの腹に突き刺さった。
胃とかその他もろもろの臓器を圧迫し、なおも勢いが緩まる事を知らない。叫び声を上げる事も出来ず、ルークの体はくの字に折れて数メートル吹っ飛んだ。
地面に大の字に倒れると、白い頭はルークの首を両手で鷲掴みにし、
「何度、言ったら、貴様は分かるんだ! あれほど一人で出歩くなと言っただろう!」
「ギ、ギブ! 息が出来ないから! 普通感動の再会でハグとかするところだろ!」
「ハグなら今しているだろう!」
「それ首絞めてるだけ!」
首を絞められたまま前後に揺さぶられ、ルークの三半規管は限界突破寸前である。
なんだか気持ち良くなって意識が飛びそうな時、横から桃色の頭の少女がやって来た。
「ソ、ソラさん落ち着いて! 今回は私も悪かったんですから!」
「チッ……次やったらどうなるか覚えておけ。背中にしがみついて離れてやらんからな」
謎の脅し文句を口にしたのち、ソラはルークから離れた。
ロケット頭突きと首絞めのダブルパンチでルークは満身創痍。クラクラとする意識をなんとか繋ぎ止め、
「お、お前らおせぇよ」
「これでも急いで来ました。……でも、なんか、なんて言うか……どんな状況ですかこれ」
口を開けて固まる男達。
体をもじもじと揺らすバンダナのおっさん。
その横で頬に手を当てて照れている少女。
まさに混沌というやつである。
非常に珍しく、ルークが加害者になっている。
状況を飲み込めないのか、苦笑いを浮かべるティアニーズ。
すると、少し遅れてトワイルとエリミアスがやって来た。
「やぁ、無事みたいだね。……無事、なのかな」
「全ッ然無事じゃねぇよ。危うく死ぬところだったわ」
「ルーク様! お怪我はありませんか?」
「お腹がちょー痛い。あと首ね、跡とか残ってない?」
とまぁ、相変わらずの閉まりの無さだったが、こうしてルーク誘拐事件は幕を閉じた。
リーダーを倒された男達は一切抵抗する様子を見せず、なんだったら捕まる事を望んでいるようにも感じられた。
恐らく、バンダナの男が怖かったのだろう。
色々な意味で。