六章七話 『突然のおっさん』
「ルークさん! どこですかッ」
枝を踏み折り、ティアニーズは森の中を走っていた。辺りを見渡してみるけれど、探している男の姿はどこにもない。
そう、ルークが行方不明になってしまったのだ。
薪を取りに行ったっきり帰って来る気配がなく、一応探しに向かったのだが、一向にルークの姿が見えないのだ。
トワイル達を呼びに一度戻り、全員で探してはみたもののやはり見当たらない。
「……失敗した。ルークさん直ぐ迷子になるって事忘れてた」
あの男の迷子体質はかなり希少価値が高い。
目印があっても迷うような男なので、この小さな森でも迷う事になんの難しさもないだう。
一旦足を止めて呼吸を整えていると、木の影からソラが現れた。
「まったく、あれほど一人で出歩くなと行ったのに」
「すみません。私が一人で行かせたばっかりに……」
「過ぎた事を言っても仕方がないだろ。契約が切れていないから死んではないと思うが、これだけ探しても見つからないとなると……」
「なにかに巻き込まれたんですかね?」
「放っといても厄介事を引き寄せるような奴だ。その可能性は高いだろうな」
姿は見えないけれど、一応生きているらしい。となれば、一刻も探しださなければならない。
勇者とか、自分のせいとかではなく、視界の中にルークがいない事がたまらなく不安なのだ。
と、自分がなにを考えていたのかに気付き、
「……うぅ」
「どうした、顔が赤いぞ?」
「な、なんでもありません。とにかく、一旦トワイルさん達と合流しましょう」
「ふむ、そうするか。闇雲に探し回ってもらちがあかない」
ソラは不思議そうに首を傾げたが、特に追及する事もなく頷いた。
自分がどれだけルークを心配しているのかに気付き、熱は更に増していく。しかし、熱のこもった頬を力一杯引っ張り、ティアニーズは緩みかけた意識を正す。
振り返り、走り出そうとした時ーー、
「オラァァァ!!」
「え!?」
怒声とともになにかが襲いかかって来た。
咄嗟に剣を引き抜いて振り下ろされたこん棒を受け止め、
「テメェらが俺の大事な部下を拐いやがったんだなオイ!」
「い、いきなりなんですか!」
「言い訳は聞かねぇし興味もねぇ! とっととアイツの居場所を言いやがれってんだオイ!」
強力な一撃に押され、僅かに体勢が崩れた。
相手はその隙を逃さず、こん棒で剣を弾き飛ばすと、一気に懐に潜り込んで胸ぐらへと手を伸ばす。
抵抗する暇もなく体が宙を舞った。
視界が一回転し、気付くとティアニーズは倒れていた。
そのまま押さえつけられ、
「良いからアイツの居場所を言えよオイ!」
「だ、だからなんの事ですか!?」
「しらばっくれんじゃねぇ! テメェらがアキンを拐ったんだろうがオイ!」
「知りませんよそんな事! って、アキン?」
「こうなったらボコボコにしてーーって、オイ?」
聞き覚えのある名前を口に出し、ティアニーズは抵抗する動きを緩めた。
声の主もその様子を見て冷静さを取り戻したようで、ティアニーズの顔をまじまじと見つめて動きを止める。
二人の視線が交差し、そして同時に目を見開いた。
叫ぶ。
「あぁぁぁぁぁぁぁ!」
「アァァァァァァァ!」
二人の声が重なり、森に響き渡る。バサバサと鳥達が波根を羽ばたかせ、空へと上がって行った。
聞き覚えがあるもなにも、馬乗りになっている男をティアニーズは知っていた。声も顔も、その独特な語尾についても知りまくりである。
その男の名は、
「汚いバンダナの人!」
「アンドラだっつってんだろオイ! いい加減名前を覚えろ!」
そう、お馴染みの盗賊ーーアンドラである。
ルークを村から連れ出して一番最初に出会った男。その後も何度かともに行動する事もあり、謎の縁があるバンダナの男である。
アンドラはティアニーズに気付き、押さえつけていた力を緩め、
「ッたく、なんでお前がここにいんだよオイ」
「それはこっちの台詞です。どうしてここにいるんですか? それに、アキンさんが拐われたってどういう事ですか?」
「どうもこうも、水くみに行くって言って帰りがおせぇから見に行ったんだよ。そしたら、知らねぇ奴にアキンが襲われてたんだよオイ」
「そうだったんですか……」
「ハァ、やっと犯人見つけたと思ったらこれかよオイ。そんな暇ねぇのーー」
「ふん!」
残念そうにため息をこぼし、アンドラは肩を落とした。
そのままティアニーズの上から退こうとしたが、そのこめかみに棒切れが直撃。
ぐらりと体が揺れ、『キャンッ』という遺言を残して意識を失ったように倒れこんだ。
それをやった精霊さんはドヤ顔で、
「ふぅ、危ないところだったな。こんな汚ならしいオヤジに襲われるとは、貴様もついていない」
「え、いや……その人、一応私の知り合いです」
「……む?」
「いやだから、敵じゃないです」
仲間とは違うけれど、顔見知りなのは間違いない。有無を言わせぬ一撃によって意識を奪われ、ほんの少しだけ可哀想だなぁとかも思っちゃってる。
謎の無言が続き、ソラは倒れているアンドラを見つめる。
そして、
「危なかったな!」
勢いとノリで全てをなかった事にしたのだった。
それから数分後、ティアニーズ達はアンドラが目を覚ますのまで寄り添う事にしていた。このまま放っておいても良いのだが、誘拐されたアキンの事も気になるし、もしかしたらルークもそれと同じ事態に巻き込まれているかもしれないと思ったからだ。
ふてくされているソラをなだめていると、倒れていたアンドラがゆっくりと体を起こした。
「いってぇ……いきなりなんだよオイ……」
「やっと起きましたか」
「あ? ティアニーズ、だったか?」
「はい。早速ですけど、お聞きしたい事がいくつかあります。まず、アキンさんが拐われたのはいつ頃ですか?」
「確か、一時間かそこらだと思うぜオイ。直ぐに追いかけたけど見失っちまって、んでお前らに会った」
「ルークさんがいなくなった時間帯とほぼ一致します。ルークを見てませんか?」
「ルークってアイツか? いんや、見てねぇぜオイ」
真っ青に腫れたたんこぶを擦りながら、アンドラは思い出すように呟き。ルークの名前が出た瞬間に嫌な顔をしたのは、ろくな記憶がないからだろう。
少なからず、ティアニーズは理解出来てしまったので追及はせず、
「多分、ルークさんとアキンさんを拐ったのは同一人物、もしくは同じ集団の人間だと思います」
「アイツも拐われたのか? ハッ、ざまぁねぇなオイ」
「てい」
鼻を鳴らして嘲笑うアンドラの後頭部に、再び棒切れが直撃。
当然やったのは白い頭の精霊である。ルークをバカにされたのが嫌だったのか、それともただ殴りたかったのかは分からないが、涙目のアンドラを無視してなにごともなかったかのように口を開く。
「二人拐われているという事は、ルークが勇者だから狙われたという訳ではなさそうだな」
「オイ、このガキ誰だよ」
「えーっと、説明すると長くなるんですけど……一言で言うと、精霊です。ルークさんが持ってた剣ですよ」
「精霊ってあの精霊か? なるほど、あの剣は精霊だったのかオイ」
「驚かないんですね」
「まぁな、ちょっとそんな気はしてた。こんなガキとは思わなかったけどなオイ」
「誰がガキだ。私はナイスボディの大人だぞ」
多少の驚きはあったものの、アンドラはソラが精霊だという事実をすんなりと受け入れた。
どうだと言わんばかりに胸をはるソラを放置し、
「もし良ければ、一緒に二人を探しませんか? アキンさんの事も気になりますし、人手は多い方が良いと思うんです」
「……しゃーねぇな、お互いの利害は一致してるし、とっととアキンを助けなきゃならねぇ。今回だけ力を貸してやるぜオイ」
「はい、助かります。では、とりあえず私の仲間と合流しましょう」
今回だけ、と言う割にはなんだかんだ力を貸してくれているので、極悪人という訳ではないのだろう。
ティアニーズは手を差し出して立ち上がるのを手助けすると、トワイル達を探すべく歩き出した。
馬車の方へとしばらく進んでいると、前方からトワイルとエリミアスが駆け寄って来た。
二人なのを見るに、ルークを見つける事は出来なかったのだろう。
「こっちはダメだった。そっちも……いなかったみたいだね」
「はい。でも、手がかりは見つけました。多分ルークさんは何者かに拐われたんだと思います」
「やっぱりか。……ん? その人は?」
トワイルは小さく頷いたあと、最後尾で隠れるように体を丸めるアンドラへと視線を向けた。
こそこそと身を隠すアンドラの顔を覗いた瞬間、
「なっ、なんで貴方がここにいるんですか!?」
「え? トワイルさん、アンドラさんと知り合いなんですか?」
「知り合いもなにも……その人は指名手配中の盗賊だよ。それに……」
「あぁぁ! っとそこまでだ。確かに俺は世界に名を轟かせる盗賊だが、今回に限っちゃお前らに手を貸してやるぜオイ」
トワイルの言葉を遮るように声を荒げ、話を逸らすようにアンドラは一歩踏み出して手を広げた。
訝しむ視線が集まる中、
「お前らも困ってんだろ? だったら今は昔のいざこざは無しにして、協力するべきだと思うぜオイ」
「アンドラさんが指名手配中の盗賊……。そんななのにですか?」
「そんなってどういう意味だよオイ! これでもすげぇ男なんだぞ!
ティアニーズの言う通り、見た目はただのおっさんである。身体能力の高さは目にしているので疑いようがないけれど、それでも指名手配されるような男には見えない。
アンドラは手足をせわしなく振り回し、
「な、お前もそれで良いだろ? ルークが拐われてんだ、今は手を取り合うべきだと思うぜオイ」
「……ルークとも知り合いなんですね。そういう掴めないところ、やっぱり似てますよ」
「うっせぇ、俺は俺だ」
馴れ馴れしく組まれた肩を払いのけ、トワイルは諦めたようにため息を吐き出す。今のやり取りに多少の違和感はあったが、どうやら協力する事に決まったらしい。
そんな中、今までトワイルの少し後ろで見守っていたエリミアスがアンドラに近付き、
「あ、あの、盗賊さんなのですか?」
「ん? おう、強くてすげぇ盗賊だぜオイ」
「は、初めて見ました! なんだか……その、汚いですね!」
「誰がきたねぇおっさんだオイ! ……つかまて、お前……」
キラキラと目を輝かせ、初めて見る盗賊という生き物に興味津々な様子のエリミアス。
アンドラは激しい突っ込みを入れたあと、エリミアスの顔を凝視する。だんだんと目が見開かれていき、
「な、なななな、なんでこの国の姫様がここにいんだよオイ!」
「騒がしい男だなまったく。もう少し静かに出来んのか」
「いやだってよ、姫様だぞ!? こんなところにいるなんて思わねぇだろオイオイ!」
「色々と込み合った事情があるんですよ。それより、あまりその方に近付かないでください」
驚きで口癖が二倍になっているアンドラだったが、二人の間に割って入ったトワイルによって引き剥がされた。
ただ、この反応が正解である。サルマでの面々は反応が薄かったけれど、ちょー偉い人が目の前に現れたらこうなるだろう。
ともあれ、うるさいのは事実なので、代表してソラが大事に握りしめていた棒切れで脛を強打。『ひゃん!』と悲しい悲鳴を上げてうずくまるアンドラを他所に、話が再び再開された。
「まさかアンドラさんが有名な盗賊だったなんて……」
「人は見た目によらないって言うしね。まぁ、彼の場合色々あるんだよ。それより、ちょっとこっちに来てくれるかな」
涙を必死に堪えているアンドラを引きずり、一同は一旦その場を離れた。
トワイルに引き連れられ、ティアニーズ達は森の中を歩く。そして、
「これは……血、ですか?」
「あぁ、まだ乾いていないから数分前のものだと思うよ。それに、辺りに木の枝が散乱している。多分ルークが落としたんだと思う」
「じゃ、じゃあやっぱりルーク様は拐われたのですね……」
「普通に考えればそうなるね。まさか、こんな早くに言葉にした事が現実になると思わなかったよ。流石はルークだね」
「か、感心してる場合じゃないですよ! 早くルークさんを見つけないと!」
感心したように首を縦にふるトワイルに、ティアニーズは若干冷静さを失いながら口を開く。
ソラは不安で泣きそうなエリミアスと、取り乱しているティアニーズの肩を叩き、
「心配するな。アイツがこんな事で死ぬような男か? そうではないと、貴様は誰よりも分かっている筈だ」
「そ、そうですよね。ルークさんは大丈夫ですっ」
「あぁ、ルークの事だ、今頃きっと脱走するために暴れているさ」
胸に手を当てて深呼吸を繰り返し、ティアニーズはなんとか自分を落ち着かせる。
そんな時、激しい爆発音が森に響き渡った。
木々が激しく揺れ、動物達が森の中を走り回る。
「ソラさん!」
「あぁ、言った通りだろう?」
驚きや不安よりも、その瞬間は嬉しさの方が勝っていた。
この音の正体がなんなのかを即座に理解したからだ。
ティアニーズ達は駆け足で森を抜け出し、その爆発音がした方へと目を送る。
「あれは……」
「煙が上がってんな。つー事は、あそこにアキンがいるかもしれねぇって事だなオイ」
見れば、小さな村からもくもくと煙が上がっていた。心なしか、人の叫び声のようなものも聞こえてくる。
ティアニーズは緩みかけた頬を閉め直し、
「行きましょう!」
勇者がいるであろう場所へと移動を開始した。