六章六話 『ちびっことの再会』
「うわぁ、こんなところで会えるなんて思ってもみませんでしたっ。元気そうでなによりです」
「額パックリいっちゃってるけどね。これが元気そうならお前の目おかしいぞ」
「でも、なんでこんなところ? あれ、なんで僕ここにいるんだろう。え、ここ、どこですか?」
てくてくと歩みより、アキンはルークの手を握り締めて上下に激しくシェイク。しかし段々と速度が落ちていき、しまいには首を傾げてアホな事を言い出してしまった。
ルークは握られた手をほどき、
「分かった、とりあえず黙ってなにが起きたのか考えろ。話はそれからな」
「えーと、確かお頭とカムトピアを目指して歩いていて……そうです、水をくみに行ったんです! そしたらいきなり後ろから衝撃が走って……」
自分の後頭部をさすり、アキンは痛そうに体を震わせた。
この際、彼女がどんな経緯でこの場所に連れて来られたのかはどうでも良い。ルークは伝えなければならない。この純粋な少女に、今がどんな状況なのかを。
「良いか良く聞け、俺もお前も誘拐されたの。おーけー?」
「は、はい。おーけーです」
「んで、ここ牢屋。俺達は閉じ込められてる。おーけー?」
「お、おーけーです」
「うし、んじゃなにすれば良いか分かるな?」
「僕誘拐されたんですか!?」
「今そう言ったよね!? 話聞いてなかったのかな!?」
突然体を跳ねさせて驚いたように声を上げるアキンに、ルークは思わず勢いに任せて突っ込みを入れてしまう。
その声を聞いた監視がルーク達のいる牢屋を覗き込み、ギラリと眼光を光らせた。
「やべ、ちょっとこっち来いッ」
「は、はい」
ここで脱出作戦がバレてしまうのはマズイと判断し、ルークはアキンを連れて牢屋の奥に身を隠す。監視の視線が外れるまで黙って息を潜め、警戒が解けたのを確認すると、
「ぼ、僕誘拐されちゃったんですね……。じゃあ、ルークさんも?」
「そうだよ。俺もいきなりぶん殴られて起きたらここだった」
「そ、そうだったんですか。全然気付きませんでした」
「気付かなかったって……まぁ良いや」
この明らかに怪しい状況においても、ある意味驚異的な順応を見せるあたり、アンドラと行動を共にして悪に染まったという訳ではないらしい。
ルークは改めてアキンの顔を見つめると、
「あの、僕の顔になにかついてますか?」
「いんや、お前女なんだよな。バレてんのになんで一人称が僕なんだ?」
「癖になってしまって……。あの、出来れば女性としてではなく、今まで通りに接してもらえると嬉しいです」
「たりめーだろ。なんでわざわざ女だからって態度変えんだよ」
「そ、そうですよねっ。ルークさんがそういう方で良かったです」
暗闇の中でも分かるくらいに眩しい笑顔を浮かべ、アキンはルークの顔を見つめながら手を叩いた。
アキンが落ち着きを取り戻したのを確認すると、監視へと目を向ける。注意は他に逸れているようだった。
「そういや、お前魔法使えたよな? この牢屋ぶっ壊せるか?」
「はい。このくらいなら簡単に壊せると思いますよ? ……はっ、もしかして脱走するんですか?」
「こんな薄暗いとことっととおさらばして、俺を拐った奴をぶちのめす」
ケケケケ、と悪魔も引いてしまうような笑みで口元を満たし、ルークは拳を合わせる。
アキンはそんなルークを見ても怯える様子はなく、むしろ瞳をキラキラと輝かせ、
「ぼ、僕もお手伝いします! 人を拐うような悪者は、僕達の手でやっつけましょう!」
「よし、んじゃ作戦を伝えるぞ。まずあの鉄格子をお前の魔法でぶっ壊す。そんで、多分監視の奴らが来るだろうから、お前が飛び出してソイツらをぶちのめす。俺はその隙に逃げ出す。分かったか?」
「はい。なんだか作戦会議って感じですねっ。僕頑張ります」
両手の拳を握り締め、アキンはやる気満々な様子で『ふん!』と鼻息を噴射。多分気付いていないのだろうが、今の作戦は要約すると囮になれという事である。
汚れのない少女を利用するのは多少の罪悪感はある。が、囮作戦はルークの十八番なので、目を逸らすように鉄格子へと目を向け、
「よし、行って来いちびっこ」
「はい、アキン行って来ます!」
鉄格子を指差し、ちょっと格好つけて合図を出す。
アキンは立ち上がって拳を突き上げ、そのままダッシュで鉄格子まで走り出そうとするが、
「ちょっとまて」
二人を止めるようにして声が響いた。
透き通るような、それでいて力強く耳に残る綺麗な音だった。
アキンの声ではないし、ましてやルークでもない。それは、確かに女性の声だった。
アキンは足を止め、ルークはその声の主を探すように牢屋の中を見渡す。その声の主が誰なのかは直ぐに分かった。
方膝をつき、ローブにくるまっている女性がこちらを見ていた。
「あ?」
「あまり騒がしいのはオススメしない。奴らの力量は知れているが、数が厄介だぞ」
その女性の声を聞き、ルークは自分の体が無意識に震えたのを感じた。
ローブにくるまっているので顔は良く見えないが、こちらを見つめる蒼い瞳が有無を言わせぬなにかを放っている。
蒼い髪、そして蒼い瞳。
ルークは分かってしまったのだ。
この女性は、自分よりも強い人間なのだと。
「だ、大丈夫ですよ! 僕達はきっと成功させますから!」
「成功の有無を言っているんじゃない。もし騒ぎを起こして大人数が押し寄せ、他の人間を人質にとられたらどうするつもりなのだ?」
「そ、それは……」
「君達の勇気は認めよう。けれど、もう少し周りの事を考えてから行動するべきだ。……と、私は思うが、そこの君はどう思う?」
アキンの有り余るやる気を簡単にへし折り、女性はルークへと話を投げ掛けた。
今まで感じた事のない焦燥感に襲われ、口を閉ざしていたルークだったが、自分の頬を思いきり叩いて意識を正す。
ここで目を逸らす事は負けを意味する。
そんな思いから女性の瞳を見つめ、
「んなの俺は知ったこっちゃねぇ。それに、人質とられる前に全員ぶっ飛ばしゃ良いだけの話だろ」
「君達は知らないようだから教えておこう。牢屋の監視に四人、地上へと上がる階段に三人、そして地上に十人ほど。これが奴らの人数だ。それでも、二人だけでどうにか出来ると思うか?」
蒼い瞳がルークを捉えて離さない。
冷静さと威圧、それでいて気高さというものが声からは感じ取れる。
しかし、ルークは怯まない。いくら女性が強い人間だろうと、ルークだってそれなりの修羅場を生き抜いて来ているのだから。
「余裕だっての。それに、二人で無理ならお前が手を貸せ」
「ほう、私がか? こんな事を自分で言うのも変だが、私が奴らの仲間という可能性もあるぞ?」
「え、えっ? そうなんですかっ?」
心が折れてショボくれていたアキンだったが、女性の言葉に反応して慌ててルークの背中に隠れる。
震えるアキンを背にルークは微笑んだ。
確かに、女性が敵という可能性はある。というか、敵ですと言われた方が納得出来る。
しかし、
「お前は敵じゃねぇよ」
「なぜそう思う? 奴らの人数と配置全てを知っているのだぞ、怪しいとは思わないのか?」
「怪しさ満天だな。けど、こういう考え方も出来る。ここから抜け出すために、俺達を閉じ込めた奴らの位置を調べてた、ってな」
「なるほど、確かにそうだ。しかし違うかもしれない。そんなものは根拠にならないぞ」
「だろうな。けどお前は敵じゃねぇよ」
「なぜそう言いきれる?」
女性の言い分はもっともだった。
ルークの考えはあくまでも『そうかもしれない』という話の範疇でしかない。なんの証拠も確証もないし、ましてや女性を信じられるだけ知っている訳でもない。
けれど、ルークは言いきる事が出来た。
なぜなら、
「んなの勘に決まってんだろ」
「……勘?」
「おう。最近ようやく分かるようになってきたんだよ。なんつーか、敵と味方の区別っつーの? とにかく、お前は敵じゃないって俺の経験が言ってる」
デストやウェロディエのような悪意丸出しの相手もいれば、ウルスやユラのような敵意を隠している敵がいる事を知った。ルークはそれを見抜けるほどの観察眼はないし、見ただけで相手の力量を計れる才能もない。
それでもある程度の戦闘を経験し、そして潜り抜けて来たからこそ分かる事がある。
敵が放つ違和感というやつだ。
その違和感を説明する言葉は持ち合わせてはいないけれど、ルークはそれを感じ取れるまでに成長していたのだ。
「それに、お前が敵だったら抜け出すって分かった時点で止めてんだろ。それだけの実力差が俺達にはある」
「……ふむ、そういう事にしておこう。納得するにはいささか物足りないが、及第点と言ったところか」
女性はルークの顔を品定めするように見つめ、それから満足したように呟いた。顔を隠していたマントを取り払い、キョトンとした表情のルークへと歩みよる。
間近で見て、ルークは確信した。
この女性はただ者ではないと。
肩にかかるくらいにの軽くウェーブのかかった蒼い髪に、まるで宝石のような蒼い瞳。まとっている服にそれほどの特徴はないものの、女性の放つ雰囲気が高価な物だと錯覚させていた。整った顔立ちは綺麗とも違い、どちらかと言えば格好良い部類だろう。
女性として必要なものを全て兼ね備えたような存在ーーそれが彼女に抱いた感想だった。
女性は手を差し出し、
「もう少し期を伺ってから抜け出すつもりだったが……良い機会だ。君達の脱出計画に相乗りさせてもらう事にしよう」
「お前こそ良いのかよ。俺達は敵かもしれねぇぞ」
「それはない。君の言葉を借りるのなら、勘というやつだよ」
不敵な笑みを浮かべる女性に、ルークの胸が僅かに高鳴る。差し出された手を躊躇う事なく掴み、こちらも微笑んで見せた。
女性はルークの背後のアキンへと目をやり、申し訳なさそうに眉間にシワを寄せると、
「あぁ、すまなかったな。君のような可愛いらしい少女を見るとつい苛めたくなってしまうのだ。悪気はなかった、許してくれるかな?」
「え、は、はい。あの、僕が女だって分かったんですか?」
「一応人を見る目には自信があってね。まぁ、実を言うと君達の会話が聞こえていただけだ」
悪戯っぽく微笑み、片目を瞑って笑いを誘う女性。
その姿に警戒心が緩んだのか、アキンはルークの服の裾を掴みながらも遠慮がちに前に踏み出した。
「さて、君達の話は聞いていた。君の話していた作戦で行こう。その前に、名前を聞かせてもらっても良いかな?」
「ルーク」
「アキンです。貴女のお名前は?」
「私か? そうだな、私は……」
その問いかけに女性は少し考え、顎に手を当てながら天井を見上げた。特段悩む必要のある疑問ではない筈なのだが、名乗れない事情でもあるのだろうか。
そんな事を考えていると、
「自由な旅人だ。別に名乗るほどの者ではないよ」
「な、なんか格好良いです! 僕もそういうの欲しいです!」
「君……アキンは中々分かる人間だな。恥ずかしい話だが、君達にどう名乗ろうか考えていたのだよ」
「そんな事ありませんよ! 凄く格好良かったです!」
先ほどまでのビビっていた様子はどこへやら、アキンは女性の凛としたたたづまいの中にある接しやすさに完全に心を許したようである。
まぁ、この少女の対人スキル……というか、なつきやすさが長けているという可能性もあるのだが。
「んじゃ、とっとと行こうぜ。埃っぽくて喉が痒くなってきた」
「あぁ、派手に宣戦布告と行こうか。私は最後尾から行く。ルーク、君が先陣をきるのだろう?」
「おう。階段に三人だろ? 手早くぶっ飛ばして階段を占拠。んで、三人で一斉に地上に出る。なんか文句あっか?」
「いや、君に全て委ねる。私の命もな」
「お前が死んでも俺は責任とらねぇぞ」
冗談かとも思ったが、女性はルークの顔を迷いのない瞳で見つめていた。数秒前に会って、しかもお互いと事を名前以外知らない人間を、どうしたらここまで信用する事が出来るのかは分からない。
しかし、利用出来るものは全て利用するべきだろうと自分を納得させ、
「自分の命の面倒は自分で見ろ。ま、このメンバーなら大丈夫だと思うけどな」
ルークは微笑みながらアキンの背中を叩き、続けて鉄格子へと人差し指を向けると、
「うっし。ぶちかませ、ちびっこ」
「はい! ぶちかまします!」
危機感のない元気な返事ののち、宣戦布告の炎が牢屋を派手に弾き飛ばした。