六章五話 『二度ある事は三度ある』
ーーどうしてこうなった。
ルークの頭の中は、こんな言葉で満たされていた。
薄暗く埃っぽい空間に、明かりはゆらゆらと揺れる松明の炎のみ。一本だけなのでまともに光源としての役割を果たしておらず、周りでうずくまるように寝ている人達の顔が見えない。
天井を見上げると、石造りの硬そうな天井がある。壁も同じように石で出来ており、殴ったところで拳がぐっちゃぐちゃになるのがオチだろう。
そして、問題は目の前にある物である。
「……鉄格子」
錆びた鉄格子がある。
というか、ルークはその中にいる。
当然、南京錠によって固定してあり、中から開けるのは難しいだろう。力強くでならどうにかならなくもないが、監視と思われる男が数人。
めっちゃルークを睨んでいる。
そう、つまり、
「誘拐だな」
冷静に呟き、ルークは思い出す。
なぜ自分が誘拐されたのか、そのきっかけを。
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時間を遡る事一時間ほど前。
当初の予定通り、船で一週間ほどかけて海を渡って西側に回り込み、カムトピアに一番近い港町で下りると、そこで馬車を借りて目的地へと向かっていた最中の事だ。
ヨルシアは直ぐにサルマに戻るという事なので、名残惜しいが別れを告げた。
「そのカムトピアってのにどんくらいでつくんだ?」
「このまま何事もなければ五日くらいかな」
「やめろボケ、そういう事言うと本当に面倒な事がおきるんだからな。言葉の力舐めんなよ」
「大丈夫、ルークがいるから言葉にしなくても面倒事はおきるよ」
「なにが大丈夫なのか説明してくれるかな爽やか君」
爽やかな笑顔で早速フラグを建築しようとするトワイルに、ルークは慌てて突っかかる。残念ながらトワイルの言う通りなのだが、ルークとしては自分のせいだと思いたくないのだ。
するとそこへ、馬に股がるティアニーズが口を挟んだ。
「私が言うので間違いありません。ルークさんは疫病神です、絶対に面倒事を引き寄せる体質ですよ」
「バーカ、お前も一緒にいるんだから疫病神はお前って可能性もあんだろ」
「ないですね、ルークさんです」
「んだと桃頭。そもそもお前が俺の村に来て誘拐するからこんな事になったんだろ」
「違いますよ、ルークさんが寝てて風邪引きそうだったので運んであげただけです」
「お前が気絶させたの! それと運ぶなら家に運べや!」
とんでもない暴論にルークはたまらず立ち上がって抗議するが、思ったよりも上が低く、荷台の天井に後頭部を強打。
頭を押さえて踞っていると、前に座っていたエリミアスが心配そうに顔を覗きこんだ。
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃねぇから今すぐあのピンクの悪魔を突き落として来い」
「そ、そんな事出来ませんよ。というか、私はもっとお二人の話を聞きたいですっ」
エリミアスに拒否され、ルークはとりあえず舌打ち。
威嚇するようにティアニーズが『シャァァ』と言っているが、この状況じゃ荷台に来る事が出来ないので、それが唯一の救いと言えるだろう。
「二人って、俺とティア?」
「はいっ。ティアニーズさんがルーク様をお迎えに行ったのですよね?」
「迎えじゃない、アイツは俺を拐いに来たんだ」
「迎えに行ったんです」
ルークがティアニーズに抱いた第一印象。
それは暴力的な誘拐犯である。
付き合いが長くなり多少の変化はあったものの、根本的な部分はなに一つ変わってはいないのだ。
暴力的じゃない誘拐犯がいるのかはさておき、
「では、この中ではお二人が一番長くお付き合いしているのですね?」
「お、お付き合い!? そ、そんなんじゃありません!」
「多分な。その次がソラだろ。初めて会った時は剣だったけど」
エリミアスの言葉に過剰な反応を見せ、一瞬荷台が大きく揺れた。馬車を操作する人間として非常に危ないけれど、この反応は予想出来ていたので放置。
顔を真っ赤にしてボソボソと呟くティアニーズを他所に、
「んで、次はトワイルだな」
「なんだか凄く懐かしい気がするよ。正直、初めて会った時はルークが勇者なんてまったく思ってなかったけどね」
「ゴルゴンゾアに行った直後にいきなり連行しやがったからな」
「あははは、あれはルークの身柄を安全に確保するためには仕方なかったんだよ」
ゴルゴンゾアについた数分後に、空から人が降って来ると誰が想像出来ただろうか。今となっても良い思い出でもなんでもないし、そのあとのアルフードによる事情聴取は思い出すだけで舌打ちが飛び出してしまう。
悪びれた様子もなく笑うトワイルに小石を投げつけ、
「そのあとはソラだな。剣が人間になって偉そうな口叩いて、お前に関しちゃなんも変わってねぇな」
「覚えているぞ。初見で私の魅力にのまれ、思わず抱きついて来た時の事だな」
「勝手に過去を改竄すんな」
ある筈のない思い出に浸るように上を見上げ、恥じらうようにもじもじと人差し指を合わせるソラ。
なんだかムカついてきたのでとりあえず拳骨。
ルーク達の話を聞き、エリミアスは興味津々な様子である。
「そして、私ですね。皆さんにお会いできた事は凄く嬉しいですけど……出来ればもっと早くにお会いしたかったです」
「それはまた、なぜですか?」
「きっと、楽しかったなぁって、思うからです。皆さんといっぱい旅をして、色々なところを回って、色々なものを見て、もっともっと思い出を作りたかったからです」
「別に今すぐ死ぬ訳じゃねぇんだから良いだろ。またどっか行きゃ良いじゃん」
「カムトピアに行ったあと、多分私は王都に戻る事になります。そうすれば、この楽しい旅も……」
今さらながら、エリミアスは無断で城を抜け出した身だ。日数がある程度たっているので騒ぎは収まっていると思うが、それでもこんなところにいて良い存在ではない。
特に父親であるバシレは騒ぎまくっていた事だろう。
カムトピアに行ってルークの腕を治せれば、いや、治せなくともそこでエリミアスの旅は終わってしまうだろう。
そんな旅の終わりを予感して、再び城に戻る事を思い出して、エリミアスは視線を落としたのだ。
「大丈夫ですよ、姫様。ルークが全ての魔元帥を倒してこの国が平和になったら、きっと王も外出を許可してくれます。その時、また旅をすれば良いじゃないですか」
「なんで他人事なんだよ。お前もな、あとお前とお前」
トワイルの言葉を聞き捨てならないと言いたげに、トワイル、ティアニーズ、ソラの順番に指をさす。ここまで来た以上、役目を投げ出して楽をするなんてのは絶対に許さない。
行くのなら地獄の果てだろうが平和な世界だろうが、ルークはここにいる人間全てを巻き込むつもりなのだ。
「あの、でしたら……また私と旅をしてくださいますか?」
「はい、勿論です。どこまでもご一緒いたしますよ」
「私もです。姫様を守るのが、私達の役目ですからね」
「俺は知らん」
「私も知らん」
約二名、感動的な空気をぶち壊す発言をしたので、天罰として持っていた小石をティアニーズは投げつける。どこから出したのか気になるが、それを追及するのはまたにするべきだろう。
エリミアスは言い難そうに顔を逸らしながら、
「いえ、そうではないのです。私を守る騎士としてではなく……その、友人として、一緒にどこかへ行きたいのです」
頭を押さえている二名は置いておくとして、トワイルとティアニーズはその言葉に目を見開いて驚きを表した。
トワイル達がこうしてエリミアスの側にいるのは、あくまでも彼らが騎士団だからだ。一般人だとしても助けたかもしれないが、それでも今の二人には使命という言葉が付きまとっている。
おこがましくておそれおおくて、友達なんて単語を使う訳にはいかないのだ。
しかし、エリミアスはそれを望んでいる。
きっと、城の中にいた彼女には友達なんていなかったのだろう。
だからと、ティアニーズは振り返り、
「勿論ですよ。全部が終わったら友達として、絶対にどこか行きましょうね」
「当然俺もです。ルークとソラも、だよね?」
「へいへい、どこまでもお供しやすよ」
「友人か……ふむ、悪くない。そうなると、エリミアスは私の初めての友人になるな」
「そ、そうなのですかっ? 私も初めてです、お友達が出来るのは初めてなのです!」
初めての友人、という言葉が嬉しかったのか、先ほどまでの失意に包まれていた影はどこかへ飛んでいったようで、エリミアスは勢い良く顔を上げて身を乗り出した。
若干押されつつあるソラは頬をひきつらせ、
「ま、まぁ、私は誰とでも友人になるほど軽い女ではないからな。仕方ない、特別に友人になる事を許可しよう」
「あ、ありがとうございます! ルーク様、やりました! 私友達がいっぱい出来ましたよ!」
「お、おう。お前がそれで良いなら俺はなにも言わないようん」
友達の作り方としていささか間違いが見えたが、本人がそれで良いのなら口を挟むのは野暮というやつだろう。
狭い荷台で腕をぶんぶんと振り回し、エリミアスは喜びを爆発させるのだった。
それからしばらく馬車で進む事数時間。
時間は昼頃に差し掛かり、そろそろ昼飯時といったところだろう。なので、一向は広々とした草原で一旦止まり、昼飯の準備へと取りかかる事になった。
ここで事件が起きる事になるとは、ルークは当然知るよしもなかった。
「ルークさん、少し薪を拾って来てくれませんか?」
「なんで俺なんだよ。他の奴に頼めば良いだろ」
「スープを作るのに火が必要なんです。それに、ルークさんだけなにもやってないじゃないですか」
「お前の魔道具あんじゃん。なんだったら俺の使うか?」
「こんなところで使える訳ないでしょう。いざという時に使えなかったらどうするんですか。まったくもう、良いから行って来てください」
「へいへい分かりましたよ。行ってくれば良いんでしょ、まったく人使いが荒いねぇ、将来旦那になる奴が可哀想だよ」
「だ、旦那さんって……ルークさんはなれませんからね!」
「いやなりてぇなんて一言も言ってねぇよ」
とまぁ、相変わらずの不毛なやり取りを終え、ルークは嫌々ながらも薪を調達しに一旦ティアニーズ達の側を離れた。
この時、ソラに散々言われた事を思い出していれば結果は変わったかもしれないが、あとの祭りである。
しばらく一人で歩き、ルークは小さな森を見つけた。一応魔獣の気配がない事を確認すると、中へと入って行く。
「ッたく、なんで勇者が薪拾いしなくちゃいけねぇんだよ。王都に戻ったらおっさんに勇者手当て作ってもらうか」
ぶつくさと文句を言いながらも、良く燃えそうな薪を選んで数本手に取る。それと枯れ葉も一応拾い上げると、ルークは早々に森を出ようと歩き出した。
が、ここで問題が発生。
ルークは忘れていたのだ。
自分が、絶望的なほどに迷子体質なのだと。
「……いやちげーし、迷子じゃねーし」
とりあえず恒例の言い訳を自分に向けて放ち、滲み出る汗を頭を振って払いのける。
とはいえ、ここは小さな森だ。方向が分からずとも、適当に一方向へと歩けばいつかは出られる。
ルークはその場でぐるりと一周し、
「うし、こっちだな」
特に宛もなく歩き出した。
進むにつれ、なんだか毛穴が開いていく。汗がじわじわと服を濡らし、風を受けて体をひんやりと冷やす。
ぶるり、と悪寒が背後を通りすぎ、
「なんだよ、なんもいねぇじゃん」
なにもいなかった。
確かになにかが通過したようだが、どうやら気のせいだったらしい。ちなみに、ルークは幽霊は信じないと口にするが、実はめっちゃ苦手なタイプである。
「幽霊とかいねぇし、俺怖くねぇし」
過ぎ去った悪寒に安堵の吐息。
改めて進もうと振り返るとーー、
「え」
なにかが迫っていた。
棒のような、ごっつい塊である。真っ直ぐにルークの顔面に向けて迫るーーというより、振り下ろされていると言った方が正しいか。
これが幽霊だったらどれだけ楽だったか。
しかしながら、質量を持ったこん棒はルークの額に直撃し、そのまま意識はどこかへと飛んで行ってしまったのである。
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そして現在。
次に目を覚ますと見知らぬ場所にいた。見知らぬ場所なのだが、自分がどこにいるのかは分かってしまった。
牢屋、というやつだろう。
その中にルークは閉じ込められているのだ。
「ッ……いってぇ、頭がジンジンする」
不意に訪れた頭痛に眉を寄せ、額に触れて掌を確認する。僅かに血液がついていた。
という事は、あれからそれほど時間はたっていないのだろう。恐らく一時間かそこら。
(とりあえず落ち着け。三度目の誘拐ともなりゃ俺だってなれてきたもんだ)
鉄格子の隙間から外の様子を確認する。
牢屋はいくつも並んでおり、顔は確認出来ないが他にも多くの人間が閉じ込められているようだ。一つの牢屋につき五人ほどの人影が見られ、心なしか女性の方が多く見える。
(監視は見たところ二人、いや四人か。ぶん殴ってどうにか出来るとは思うが……)
魔元帥との戦いを乗り越えてきたルークにとって、ただの人間は敵ではない。まぁ実際にやるとなるとそう上手くはいかないだろうけど、なぜか自信満々である。
問題は、
(この鉄格子だな。流石に殴って壊すのは無理だろうな)
殴るのは拳が壊れるので却下。となると、他の方法で破壊するしかない。
幸い、ルークは破壊する術を持ち合わせていた。
(魔道具、毎回良いところで役に立つなコレ)
魔法の充填はばっちり。
取り上げられなかったの見るに、恐らく金目的での誘拐ではないのだろう。しかし、そんな事はもうどうだって良い。
出る方法も勝算もあるのだ、あとは出て全員をぶちのめすだけ。
意気揚々と魔法をぶっぱなすために構えると、
「ルークさん?」
「あ?」
背後から自分を呼ぶ幼い声が聞こえた。
手を下ろして振り返り、声の主を探そうと暗闇の中で目を凝らす。一人の人影がもぞもぞと動き、やがてなれて来た視界がその人物を捉えた。
少年のようで、実は女の子、その名も、
「おま……ちびっこ」
「お、お久しぶりですっ」
約一ヶ月振りの再会だろうか。
バンダナの盗賊と行動を共にしている筈の少女ーーアキンはにこやかに微笑んだ。