六章四話 『キラキラな別れ』
「よーし、準備出来るか? 忘れ物とかねぇか?」
「こっちは大丈夫ですっ」
魔元帥の一件から約一週間がたった。
町復興の手伝いなどで時間を潰し、ヨルシアの船が出航出来るくらいまで修復が完了したところで、ルーク達は早速船に乗り込んでいた。
あれだけ大きな船をたった一週間で直せるのかは疑問だが、そこは彼らの技術がそれだけ優れているという事なのだろう。
ある程度の食料を運び込み、ようやく一息をつく。
「だぁぁ、疲れた。もう無理、俺休む」
「私もだ。なぜこんなに働かなければならんのだ、私は精霊だぞ」
「俺の部隊にいる以上、ソラもルークも俺の部下。やる事はちゃんとやってもらうよ」
涼しい顔と軽い足取りで次々と荷物を運び込んで行くトワイル。どうやら、いつの間にか彼の部下になっていたようである。
だらしなく脱力しながら休んでいると、額に汗を滲ませながらエリミアスが駆け寄って来た。続けてティアニーズも。
「ルーク様、私頑張りました!」
「あーそう、凄い凄い、選い偉い」
「は、はい!」
キラキラと眩しいくらいの瞳を向けられ、シッシッと手を振りながら心にもない事を口にする。
そんな二人を見て、ティアニーズは唇を尖らせると、
「ルークさん、私も頑張りましたよ」
「あーそう」
「なんで私の時だけそんな適当なんですか!」
「はいはい、ティアちゃんも頑張りましたねぇ。偉い偉い、褒めてあげまちゅよぉ」
なにか言い返そうと口を開いたものの、結局褒められて嬉しかったのか、ティアニーズは小さく笑みを浮かべながら背を向けた。
そうなると、一応頑張った精霊さんだって黙ってはいない。
「私も頑張ったぞ。この私が頑張ったのだ、それなりの褒美をよこせ」
「あとで牛乳買ってやるよ」
「な、なに!? そうか、それでは仕方ない。もう少し頑張ってやるとしよう」
城での会話以来、ソラは心底牛乳を溺愛するようになってしまっている。巨乳効果があるのかはさておき、ソラを動かすにはこれほど簡単な言葉はないだろう。とはいえルークは一文なしなので、金はティアニーズに要求するつもりなのだが。
去って行ったソラの背を見送り、労働によって溜まった疲れを癒していると、船の下からヨルシアの声が聞こえてきた。
「おーい、お前らちょっと下りて来い! 客が来てるぞ!」
無言のままマストにしがみつき、絶対に行かないという意思を表すルーク。がしかし、ティアニーズとエリミアスによって引き剥がされると、そのまま引きずられるように船から下ろされた。
下におりると、
「なんだよ、わざわざ見送りかよ」
「お世話になりましたから。騎士団としてちゃんとお礼をと」
横に並ぶようにして待っていたのは、マズネトとリエル、そしてベルシアードだった。今日も町の修復と聞いていたが、恐らく見送りをするために抜け出して来たのだろう。
リエルは面倒くさそうに手を振り、
「しゃーねぇだろ、マズネトがどうしてもって言うんだからよ」
「リエルさんも助けられたでしょう。恩は必ず返す、一人の人間として当然の行いですよ」
「わーってるよ。だからここに来たんだろ」
憎まれ口を叩いているものの、こうして来てくれている辺り、リエルとしてもなにか思う事があるのだろう。
そして、すっかり馴染んでしまっているベルシアード。こちらも眉間にシワを寄せ、
「私の意思ではない。皆に行けと言われたから来たのだ。私自身、お前への挨拶は当に済ませたつもりだからな」
「へいへい、おっさんってツンデレなのな。ティアと同じだ」
「だ、誰がツンデレですか! まだデレてないもん」
「まだって事はデレる予定があるんだね」
ティアニーズの良く分からない反論に、トワイルが小さく口を挟む。辺りが笑いに包まれ、和やかな雰囲気が流れる。
つい数日前までは信じられなかった光景だ。
その価値が分かっているからこそ、誰一人としてうつ向く事はない。
呪いという絶望にのまれ、諦めかけた事だってあっただろう。いや、諦めて投げ捨てた男だって実際にいた。それでも立ち上がり、立ち向かう勇気を示したからこそ、今という幸福があるのだ。
ひとしきり笑い終えて、
「それじゃ、俺達はもう行きます。短い間でしたけどお世話になりました」
「いえ、それはこちらの台詞です。きっと、皆さんが来てくれなければこの町は終わっていました」
「そんな事ないよ。マズネトやリエル、ベルシアードさんの助けがあったからこそ、町を守れたんだ。俺達だけの力じゃない」
「そう言ってもらえると助かります。一緒に戦えて本当に良かった」
トワイルの言葉に、マズネトが初めて笑顔を見せた。固く握手を交わし、最後に二人は頭を下げる。
いつも通りの表情に戻ると、マズネトはルークを見た。
「正直言って、始めは君が勇者とは思えてなかったです。けどルークさん、貴方は勇者だ。どうか、この国をお願いします」
「自覚してっから別に良いよ。でも国の事は知らん、俺は俺のためにしか戦わねぇからな」
「それで良いんですよ。多分、そうじゃないと貴方は本当の力を発揮出来ないと思いますから」
ルークの目が大きく見開かれた。
驚きではなく、感動によるもので。
今までこういった言葉を何度も投げかけられて来たが、こうして真っ正直からそれで良いと言った人間がいただろうか。
この瞬間、マズネトという男がルークの中の良い人ノートに未来永劫刻まれる事が確定した。
次に口を開いたのはリエルだ。
割り込むタイミングを見計らっていたのか、わざとらしく喉を鳴らす。言い辛そうにごにょごにょと唇を動かし、
「その、なんだ……お前の腕、まだ治ってねぇんだよな」
「まぁな。でも別に痛くも痒くもねぇし、なんの問題もねぇよ」
「それなら良いんだけどよ……。悪かった、それとありがとな」
「また似合わねぇ事言ってやがる」
二度目の謝罪、そして初めてのお礼。
どちらにせよ、ここ数日で分かったリエルの性格からはあり得ない言葉である。しかしながら、これが本当の彼女なのだろう。
口は悪いけれど、ちゃんと悪いと思ったら謝る事の出来る良い子なのだ。
反論しようと口を開いたものの、唸りながら頭をかきむしるリエル。それから数秒間フリーズし、僅かに赤くなった顔を勢い良く上げると、
「アタシのせいでそうなったんだろ! だから謝る! お前はそれを許してくれたし、この町を救う手助けをしてくれた! だからお礼をする! なんか文句あるか!?」
「いや文句なんかねぇけど」
「だったら大人しく受け取れよ! 一々いちゃもんつけんなバーカ!」
「お前意外と可愛いとこあんのな」
顔を真っ赤にさせながらじたんだを踏み、行き場のない怒りを大地に押し付けるリエル。何度も深呼吸を重ね、
「それと……前言撤回する。ルーク、お前は勇者だよ。今回の件でそれがよぉく分かった」
「認められても嬉しくねぇよ」
「こんの……良い加減にしやがれ!」
ちなみに、ルークの対応はわざとである。ニヤニヤと性格の悪い笑みで顔を満たし、わざわざリエルが苛つくであろう言葉を選んでいる。
リエルは『うがぁぁ!』と叫びながら飛びかかろうとするが、マズネトに首根っこを掴まれてあえなく撃沈。
「ルークさん、やっぱり性格悪いですね。女の子をいじめるのがそんなに楽しいですか?」
「バカやろう、俺はいじめてなんかいない。リエルの良さを引き出そうとしてやってるだけだ」
「……分かりました、ただの変態なんですね」
ティアニーズのゴミを見るような冷めた視線を受け、ルークの表情は一瞬にして元に戻った。
肩を荒ぶらせるリエルは一旦放置し、流れ的に視線はベルシアードへと向けられる。その視線に気付いたのか、
「言っただろう、私の言いたい事は既に言い終えていると」
ルークとベルシアードしか知らないやり取りがあった。
別にこれと言って特別なものではなかったけれど、彼の本心と大事な言葉はルークの耳にちゃんと入っているのだ。
しかし、ルーク以外の全員が執拗にベルシアードへと視線を送る。堪えきれなくなったのか、顔を逸らしながら頬をかき、
「すまなかった、それと助かった。こんな事を言える人間ではないが……この町は私達に任せてくれ」
「はい、ベルシアードさんならきっと大丈夫です」
トワイルの爽やかスマイルによって、別れの挨拶は終わりを迎えたのだった。
そして、船はサルマを出発した。
甲板から大きく手を振り、別れを惜しむようにティアニーズは『ありがとうございました!』と叫ぶ。声は小さいながらも、エリミアスもその真似をしていた。
少し離れたところ、木箱に腰を下ろしながら相変わらずの船酔いと格闘中のルーク。その横に、ヨルシアがやって来た。
「大丈夫か?」
「大丈夫じゃない人間に大丈夫か? って聞くの止めた方が良いぞ」
「そりゃそうだな」
ガハハハと豪快な笑い声を上げ、ヨルシアはルークの横で手を広げた。鼻と口、それから全身で風を味わうように息を吸い込むと、数秒間かけてゆっくりと吐き出す。
満足したように微笑み、
「うん、やっぱ海の空気はこうじゃねぇとな。潮風が気持ち良いぜ」
「なんか変わったの?」
「全然ちげぇだろ。潮の香り、水面に映る太陽、波の音、いきの良い魚達。これがこの海の本当の姿なんだよ」
「全然分かんねぇけど」
チラリと海へと目をやるが、以前との違いはまったく分からない。多少綺麗になったようにも思えるけれど、素人目にはやはり普通の海である。
海と密接に関わりあい、毎日その復活を願っていた海の男だからこそ、分かるものがあるのだろう。
「ルーク、俺からもお前に礼を言っとくぞ。他の奴にはもう済ましたからな」
「他の奴って、おっさん全員にわざわざ言って回ったのかよ」
「当然だろ。今の海があるのはお前達のおかげだ。海の男を代表するって訳じゃないが、海に関わる人間として言わねぇ訳にはいかねぇんだよ」
豪快そうに見えて、意外と細かいと言うか律儀と言うか、しかしそういう男だからこそ部下に信用され好かれているのだろう。
たまにしか礼をしないルークとは大違いである。
「それにしても、今回の航海はめちゃくちゃ楽しかったぜ。勇者と戦えて、姫様にも会えて、精霊を殴れて、海が元に戻った。俺が生きてきた人生の中でも、間違いなく五本の指に入るな」
「それ普通だろ。俺もなんだかんだ色々やって来たけど、精霊と魔元帥のダブルパンチとかもう二度とごめんだ」
「魔元帥か……。そうだよな、お前の冒険はまだ終わってねぇんだよな」
「冒険って、んな気楽なもんじゃねぇよ。毎回面倒の連続だし、毎回あちこち怪我するし」
「そりゃそうだ、生きるっての困難と怪我の連続だからな」
ベシベシと背中を叩かれ、危うく今朝食べたエリミアス作の普通のおにぎりが飛び出しそうになる。口元に手を当てて必死に堪え、若干涙目になりながらヨルシアを睨み付けた。
ヨルシアはそんな視線にも気付かず、
「良いかルーク、人生と冒険ってのは一緒なんだ。辛い事があって楽しい事がある、だから必死に前に進むんだ。お前だってそうだろ? あとに待ち構えてる楽しい事があるからこそ、前に進んでんだろ?」
「まぁな、なんの報酬もなけりゃとっくに家帰って寝てるよ」
「人生の先輩からのアドバイスだ。お前は分かってると思うが、なにがあっても前を見ろ。自分に嘘をつくな、自分が正しいと思ったらそれが正解だ」
「わーってるよ。今までそうやって来た」
「なら良いんだ。お前はまだ若い、お前の冒険はまだ長い、これから先耐えれねぇ困難があるかもしれねぇが、それだけ分かってりゃまた歩き出せる」
ルークは基本的に説教が嫌いだ。自分が興味ある事ならまだしも、まったく感心のない話を聞かされるのも嫌いだ。
しかし、今のヨルシア話は嫌ではなかった。
多分、自分と同じ考えを持つ人間がいて嬉しかったのだろう。
ルークは小さく微笑み、
「ま、努力するよ」
こうして、ルーク達一向はサルマを旅立った。
新たな困難を乗り越え、勇者達はまた一つ強くなれたのだ。
まだまだ先は長いかもしれないけれど、きっと大丈夫。
そんな予感を胸に、
「おぇぇぇぇぇ!」
ルークは胃の中のキラキラを全て海にぶちまけたのだった。