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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
六章 王の帰還
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六章二話 『乙女の強がり』



 強制労働を強いられる事になった勇者。

 やる気のない瞳でブツブツと文句を言いながらも、その手を止める事なく動かし続けていた。

 というか、どちらかと言えば手際が大変よろしい。

 ティアニーズは釘を打つ手を止め、


「意外です、ルークさんにこんな才能があったなんて」


「台風とか来たら直ぐ壊れるボロ家だったからな、こうやって直してたんだよ」


「ルークさんにも取り柄はあったんですね」


「たりめーだろ、お前ら都会っ子とはちげーの」


 本人の言う通り、家の修復はお手のものである。

 村の若い男少なかった事に加え、基本的に面倒な事はルークに任せる村長のせいでこのスキルが身に付いたのだ。ただ、あくまでも自己流だし、多少釘を打つのが早いのと要領を掴んでいるだけである。


「村長さん、今頃心配してませんかね。こんな事言うのは変ですけど、変わった方でしたよね」


「変の塊だからな、あのババア。つか、お前が言うなよ。連れ出したのお前だろ」


「それは仕方ありませんよ。ルークさんが勇者だったので旅立つのは必然なんです」


「あの時はまだ勇者じゃなかった。それにあのババア、金のために俺を出汁に使いやがって」


 ベニヤ板を張り、そこへ細い木材を一つ二つ噛ませると、その上に新しい壁を打ち付けていく。

 見よう見まねでルークと同じように手を動かしていたティアニーズだったが、ここで衝撃的な発言を口にした。


「それなんですけど、あの村にお金はこれっぽっちも入っていないですよ?」


「は? なんで? ババアが金のためって言ってたぞ?」


「そう言ってましたけど、そもそも勇者がいたからってお金を与える決まりなんてありませんし、王もそんな事はしていないと言ってました」


「……んじゃ、なんで俺を追い出したんだ?」


「分かりません。きっと、ルークさんに強い男になってほしかったんじゃないですか?」


「んな訳あるかよ。あのババアはそんな人間じゃない」


 一旦手を止め、ルークは僅かに空を見上げて考える。

 本当に今さらなのだが、ルークがこうして魔王討伐へと身を乗り出したきっかけは一通の手紙である。誰がなんのために出したのか不明だし、そもそもあの頃のルークは正真正銘ただの一般人だった。


 結果的に精霊という力を得て勇者として戦えているものの、誰がこうなると予想出来ただろうか。

 ティアニーズでも村長でもない、真にルークが知るべきなのは、手紙を出した人間なのだ。


「しくったな、おっさんに手紙の事聞いときゃ良かった。お前手紙見てねぇの?」


「前にも言いましたが、私は手紙についてはなにも知りません。てっきり村長が出したと思ってましたけど、そうじゃないんですよね?」


「理由がねぇだろ。金が貰えんならまだしも、なにも特がねぇのに俺を行かせる理由がな」


「だったら……ルークさんがこうなるって知っていた、とか?」


 まじまじとルークの顔を見つめ、半信半疑といった様子で呟くティアニーズ。

 しかし、ルークそれを適当にあしらうように再び作業へと移り、


「ねぇよ、ただのうぜぇババアだ。そんな予知能力なんか……」


「どうかしました?」


「いやまて……」


 予知能力、という単語を口にした瞬間、ルークの頭に一つの考えが過った。

 顔を覗きこむティアニーズを無視し、下で汗だくになりながら必死に木材を運ぶソラを見つけらると、


「おいソラっ。ちょっとこっち上って来い」


「なんだ、用があるなら貴様が下りて来い。今忙しいんだ」


「良いから、とっととこっち来い」


 嫌そうな顔をしながら『まったく』と呟くと、持っていた木材を適当に置いて足場をよじ上って来る。途中何度か落ちそうになったが、ようやくルークの元までたどり着くと、


「意外と高いな」


「なぁ、あのおっさん……お前が作った村のおっさんだよ。アイツが言ってた事って本当か?」


「なんの事だ? 私は寝ていたから一度も会っていないぞ」


「おっさんが言ってたんだよ、予言の書がどうたらこうたらって。だから俺が勇者だって分かったとか」


「あぁ、そんな事言ってましたね」


 ルークの言葉に同意するようにティアニーズが頷いた。

 精霊ソラが自分を守るために作った村と精霊。ルークとティアニーズが最初に立ち寄った村であり、ソラとの出会いとなった村だ。


 あの時、村長を名乗る男は言っていた。

 予言の書に、今日勇者が村を訪れると。

 信憑性もなく、 ただ自分を陥れるためだと気にしていなかったが、もしそれが本当なのだとすれば。


「予言か……。確かにあの男には予言……というより、予知の力はあったな」

 

「ならソイツじゃね? 王都に手紙出したのって」


「それはない。予知と言っても全てを見通せる訳ではないからな。出来ても、せいぜい誰がどこを訪れるか、その程度のものだ」


「でも、それなら十分じゃね?」


「ないと思いますよ。だって、ルークさんが勇者って分かっていたなら、待つ必要なんてないじゃないですか。多分迎えに行くと思います」


 この議論において一番重要なのは、あの村長がルークが勇者かどうか断定していた事にある。

 もし仮にそうなのだとすれば、ティアニーズの言葉通りになり、手紙を出したのは村長でほぼ確定となる。が、違うとなればまたややこしい事実が生まれてくる。


「まてまて、んじゃなんだ、あのおっさんたまたま現れた俺に勇者を擦り付けたってのか?」


「奴が予知をしていたとしよう。恐らくそれは、あの日あの場所に二人組が現れるとか、かなりおおざっぱなものの筈だ」


「あの場所って言うと、私達がアンドラさんに襲われていたところですね。だとすると、盗賊に襲われている二人組、ですかね?」


「おおざっぱな予知なんだろ? それに、見た目だけじゃ盗賊かどうかなんて分からねぇだろ。あるとすりゃ、大人数に襲われてた二人組とかだろ」


「でも当たってますよね」


 ただ一つ、この時点でルークの頭には嫌な予感が住み着いていた。もし仮に今までの話が全て当たりだったとすれば、根本的な部分が覆りかねない予感だ。

 ともあれ、村長の予知が曖昧なものだとすれば、


「手紙を書いたのはおっさんじゃないっぽいな。だとすりゃ誰なんだよ」


「少なくともルークさんが勇者、もしくはそれになりえる存在だと知っていた人物ですよね」


「にわかに信じ難いがな。そうなると、一個人が勇者だと断定していた事になる。とても人間の仕業とは思えん」


「全部ソイツのせいだな。いつか暴いてぶん殴ってやる」


「まぁあれだ、私が選んだからルークが勇者になったのであって、初めから勇者だった訳ではない」


 ソラの発言に、ルークとティアニーズは顔を合わせて固まる。

 今まで何度かルークを選んだと言っていたが、もし勇者が初めから決まっていたのではなく、その選ぶ権利がソラにあるとすれば……これまたややこしい。


「でも、そうだとしたらまたおかしいですよね。ソラさんがルークさんを選んで勇者になったんだとしたら、あの村長の予言は信憑性がなくなります。だって、勇者じゃない人を勇者にしてしまったんですから」


「かもしれんな。しかし私は後悔などしていない。それに、私の力を使えているのだ、多少なりとも才能はあったのだろう」


「ふざけんな、お前が選んで俺が勇者になったんなら、巻き込まれなくて良い事に巻き込まれたって事じゃねぇか」


「そうなるな」


「そうなるな、じゃねーよ貧乳。全部お前のせいじゃんか」


「誰が貧乳だ。それにこれだけは断言出来る。前の勇者は選ばれたのではなく、私という力を自ら勝ちとったのだ」


「んなの知るかよ。前の勇者と俺は別人なの」


「でも、始まりの勇者は死ぬ直前、必ず次の勇者が現れるって言ってたんですよね?」


 ルークは知らないが、どうやらそう言っていたらしい。

 だからこそバシレは血眼になって次の勇者を探していたのだが。


「問題はそれだ。私はそんな言葉を聞いた覚えはない。まぁ記憶がないので忘れているだけかもしれないが」


「つか、それって誰が広めたんだ?」


「ソラさんは直ぐに眠ってしまったんですよね? だったら、他の人じゃないですか?」


 疑問が次から次へと尽きる事なくわきだして来る。

 始まりの勇者の予言ともとれる発言、それを聞いて広めたのは誰なのか。

 王都へと手紙を出したのは誰なのか。

 なぜ、ルークは勇者に選ばれたのか。

 考えたところで一つも答えは出ず、まだ解くための一番重要なピースが揃っていないのだろう。


 ただ、ほんの僅かな違和感が残る。

 なんというか、全てが繋がっている訳ではないというか、また別の思惑が存在するような。

 ルークは突然押し寄せた頭痛を払うように頭をかきむしり、


「ダメだ、考えても頭が痛くなるだけだ」


「そうですよ、今さらなにを考えたってルークさんが勇者なのは変わりません。なので、今まで通り頑張りましょっ」


「そうだそうだ。ルークは勇者、たとえ前は違かったとしても今は紛れもなく勇者なのだ」


「お前ら他人事だと思って適当に考えてんだろ。仮に本物の勇者がいるんだとしたら、ソイツも全力で殴ってやる」


 絶対に殴るノートに新たらしく名前を書き込み、ルークは作業へと戻った。

 ちなみに今書かれているのは、村の村長、手紙の主、ソラを拾った村の村長、ティアニーズ、そしているかもしれない本物の勇者である。


 しばらく修復作業に没頭していると、下の方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 視線を下におろすと、元気よく手を振っているエリミアスがいた。


「休憩にしましょう! 頑張っておにぎりを作って来ました!」


 見れば、エリミアスの横には黒いマントを羽織った女性が数人。お盆に大量のおにぎりを積み上げ、今にも倒れそうなエリミアスを支えていた。

 海の子という組織のその後については知らないが、あの様子を見るに続いているのだろう。

 その証拠に、


「早く下りて来い。休憩は何事にも必要だぞ」


 ぶっきらぼうな様子で指示する男ーーベルシアードだ。リヴァイアサンの一件で多少柔らかくなったように見えるけれど、やはり根本的な部分は変わらないようだ。

 しかし、こうして町の復興に手を貸している当たり、彼の成長が見受けられる。


 ようやく訪れた休憩に道具を放り投げ、ルークは一目散に下へとおりていく。

 ルークを見るなり、エリミアスは晴れやかな笑顔を浮かべると、


「今日はルーク様もおられたのですね!」


「無理矢理連れて来られただけだ」


「サボっていたんですから当然です」


 エリミアスのにこやかな表情とは一変、ジト目でルークを見つめるティアニーズ。

 それから逃れるようにエリミアスの元まで歩き、大変そうに抱えているお盆へと目をやる。

 おにぎりだ。なんのへんてつのないただのおにぎりである。


「お前が作ったの?」


「はい! 初めてなので自信はありませんが……その、あの……愛情を込めて頑張りました!」


「あ、愛情!?」


 エリミアスの言葉に反応したのはティアニーズだ。ビクンと体を震わせ、綺麗な桃色の髪が重力に逆らって跳ね上がる。

 一方、ルークは特に変化なし。

 こういう時、大体の人間は「愛情込めたよ!」とか言うものだと思っているからだ。


「んじゃ一個……?」


 震えるティアニーズを他所に、お盆へと手を伸ばしたが、そこでルークの動きが止まる。

 普通のおにぎりの中に、なんだかおかしな形をしたおにぎりがあるではないか。三角ではなく、台形やら六角形の。

 これはこれで才能がありそうなのだが、


「……なぁ、これってお前が作ったやつ?」


「はっ……! ルーク様は私が作ったおにぎりを見抜く事が出来るのですね!」


「いや、だって……」


 ここまでキラキラとした目を向けられれば、流石のルークでも辛辣な言葉を浴びせる訳にはいくまい。なので、対応をティアニーズへと求めるが、なぜか唇を尖らせて知らん顔をしている。

 再び視線をエリミアスへと戻し、


「あのさ、なんか具入ってんの?」


「はい! 新鮮な鮭が入っています! 海の調子が元に戻り、大変美味しいものが取れたのですよ!」


「あー、そう」


 分からない。分からないけれど、嫌な汗が身体中の毛穴という毛穴から吹き出す。

 こういう時、大抵不味いに決まっている。

 ルークはキョロキョロと瞳を泳がせ、水をとり行く振りをして他の人間のところへ行こうとするが、


「どこへ行くのですか?」


「え、いや、ちょっと喉がかわいたから……」


「もしかして……食べたくないのですか……?」


 上目遣い&涙目のダブルパンチが発動。

 泣きそう、というかもうほぼほぼ泣いている状態である。

 依然としてティアニーズは助けてくれる気配はないし、ソラはしれっとルーク達を通り過ぎて美味しそなおにぎりの元へと直行。


 考え、悩み、熟考する。

 悩んだ末、覚悟を決める。


「い、いただきます」


「はい、めしあがれっ」


 目を盗んで普通のおにぎりをとろうとするが、エリミアスの視線は手から離れない。

 諦め、ルークは六角形のおにぎりを手にとると、目を閉じて一気に口の中へと放りこんだ。

 何度か噛み、そして目を開くと、


「普通」


「普通、ですか?」


「うん、普通。別に不味くも美味しくもない」


 素材の味がいかされていないのか、それとも有り余る料理下手スキルで相殺されていらのかは分からないが、至って普通の味だった。

 まったく特記すべき箇所のない、まさに普通という言葉の化身である。


 しかし、エリミアスは安心したように胸を撫で下ろし、


「よ、良かったです。不味くないのなら成功ですっ」


「お前も食えよ」


「わ、私ですか?」


 とりあえず台形のおにぎりを手にとり、むすっとした表情のティアニーズに差し出す。

 少し考えるような仕草のあと、ティアニーズはおにぎりを頬張った。もぐもぐと口を動かし、


「ふ、普通です」


「だろ? すげぇ普通なんだよ」


「ふ、普通は良い事なのです!」


 エリミアスにとって、普通というのは褒め言葉なのだろう。なんせ、今まで普通の生活を送って来なかったのだから。

 しかし、気になるのはそこではない。

 エリミアスのおにぎりを食べたティアニーズだったが、なぜか嬉しそうに小さくガッツポーズをしている。

 そして、


「りょ、料理は私の方が上手い……!」


「なにやってんのお前」


「い、いえ、なんでもありません」


 残りのおにぎりを一気に放り込み、ティアニーズは誤魔化すように顔を逸らしたのだった。



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