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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
五章 王の呪い
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五章閉話 『いつかの約束』



 船着き場へと向かう道中、ルークは壊れた町並みを眺めながら思わず感心したように呟いた。


「すげぇな、もう修復始めてんのかよ」


「彼らからしたら直す家の数が増えただけだからね。と言っても、生半可な覚悟では出来ないと思う」


「休んでいる暇はない、という事なのだろう。まったく、人間というのは強いな」


 ルークに続き、ソラまでもが腕を組んで大きく頷いた。

 昨日の出来事は夢ではなかった筈だ。人々は逃げまどい、住む家をなくした人間って少なくはない。それなのに、誰一人としてうつ向いている者はいなかった。


 楽しげな表情で微笑み、互いを支えあいながら木材を運ぶ者。ぐらぐらと揺れる足場に上り、トンカチを振り回す者。

 全員が、前を向いていた。

 その様子を見て、ティアニーズは満面の笑みを浮かべる。


「明日から私達も手伝わないとですね」


「俺はパス。つか、お前まだ動ける状態じゃねぇだろ」


「あとでリエルさんに治してもらうんです」


「そういやあの二人は?」


「……ユラの呪いで亡くなった人の葬儀に行っているよ。この状況だからね、ささやかなものしか出来ないけど」


 忘れてはいけない。

 呪いにかけられ、病院に運ばれた人間は全て命を落としているという事を。確かに魔元帥を倒し、暴れる精霊を止める事は出来た。

 それだけで十分だと言えるけれど、犠牲になった人達を忘れてはいけないのだ。


「勝ち、と胸をはって言いたいけど……俺達は犠牲を出した時点で負けている。誰も死なせないっていうのは難しい……けど、やっぱり……」


「過ぎた事言ってもしゃーないだろ。死んじまった奴は戻って来ない。生きてる俺達は、嫌でも前向いて歩くしかねぇんだよ」


「意外です。ルークさんは知らないとか関係ないとか、心ない言葉を言うと思ってました」


「お前は俺をなんだと思ってんだよ。心優しい若者だぞ」


 ティアニーズはなにも言わずに無言でルークを見つめる。酷く冷めた目である。いつもならば反論や暴力が飛んで来るところなのだが、ティアニーズは新しくゴミを見つめる眼という技を会得したらしい。

 無言の威圧に耐えられなくなり、


「とにかく、この町の事はこの町の奴らに任せり良いんだよ。今までだってそうして来たんだろ? それに、俺達が手を貸すほど、アイツらは弱くねぇよ」


「そうだね、今回の事で思い知らされたよ。まだ人間は諦めていない、俺達だけが戦ってる訳じゃないって」


「皆さん前を向いています。私、ここへ来て良かったです。自分の目で、色々なものを見れて良かったです」


 てくてくと先頭へと抜け出し、エリミアスは晴れやかな笑顔でそう言った。

 今回、彼女は一つ殻を破った。

 二度もルークを助け、自分の足で困難を乗り越える術を身につけた。きっと、彼女の目指すものへと近付いたのだろう。


 ルークが初めて会った時とは違い、大人びた表情の少女がそこにいた。

 と、娘の成長を見守る親みたいな気持ちに襲われていたが、ルークはここでとある事に気付く。


「おい、俺達王都には戻らねぇんだよな? だったら姫様どーすんだ?」


「それなんだけど……ついて来るしかないかなって」


「は?」


「ここに残る訳にはいかないし、流石に一人で戻ってもらう訳にもいかない。護衛をつけるって手もあるけど、俺達もこの町の騎士団もそんな余裕はないんだ」


 衝撃の事実にルークは口を開けたままフリーズ。

 当の姫様はまた一緒に旅が出来ると知り、ぴょんぴょんと跳び跳ねて喜びを全面に表している。

 言った本人であるトワイルですら、苦笑いする始末だ。


「またガキの子守りすんのかよ」


「仕方ありませんよ。ついて来てしまったんですから、こうなったらとことんお守りするしかないです」


「んじゃお前姫様当番な。アイツの事全部お前が世話しろ」


「お世話……。はい、私がします」


 珍しくルークの言葉を素直に受け取り、ティアニーズは少し考えるような仕草をとる。

 その様子に妙な違和感を覚え、訝しむように、


「なに企んでんだよ」


「別になにも企んでいません。ただ、その……私が姫様の側にいれば、前みたいに知らないところで指切りとか……」


 ごにょごにょと聞き取り辛い呟きを口にし、ルークの視線に気付いてティアニーズは慌てて姿勢を正す。

 事情を掴めずに首を傾げていると、ニヤニヤと怪しげな笑みで口元を満たすソラが肩を叩いた。


「あれだ、乙女心というやつだ。ま、頑張れ、私は高みの見物を決め込むとするさ」


「あの年頃の女の子は難しいからね。先が気になるから、俺も一歩引いて見守るとするよ」


「なんかすげームカつくなお前ら」


 イケメンと精霊の謎の助言に眉を寄せるルーク。

 前途多難な乙女の気持ちに気付いていないのは、呑気に跳ねる姫様と興味のない勇者だけなのだった。



 しばらく歩き、ルーク達は船着き場までたどり着く。すでに出向の準備が始まっており、乗客が乗り込んで行く最中だった。

 少し離れたところに、目立つ金色の頭がいた。

 護衛と思われる男達に囲まれ、少し居心地が悪そうである。


「おまたせ、間に合ったみたいだね」


「待てと言われたから待っていたけど、まさか見送りをするとはね 」


 ヒラヒラと手を振るトワイルに気付き、イリートは後ろに続く影を見てあからさまに嫌そうな顔をした。

 特に理由はないけれど、釣られてルークも顔をしかめる。


「わざわざ来てやったんだ、少しくらい感謝しろよ」


「別に頼んだ覚えはないけどね。それにしても意外だな、君は僕を嫌いだと思っていたよ」


「嫌いだった、の間違いだ。今さらお前の事なんかどうも思わねぇよ」


「なるほど、それは良かった。いきなり殴りかかって来たら、どうしようかと考えていたところだよ」

 

「殴ってやっても良いんだぞ?」


 いけすかない笑みに当てられ、若干の苛々を見せるルーク。

 ティアニーズは苛立つルークの腕を引っ張って前に出ると、


「貴方と戦えて良かったです。今回は助かりました」


「それは僕の台詞だ。乱暴な言葉遣いの彼女はいないけど、あの子にもありがとうと伝えておいてくれ」


「はい、きっとリエルさんも感謝していると思います」


 はにかむティアニーズに、イリートは照れくさそうに頬をかいた。

 こうしていれば、どこにでもいる普通の青年そのものだ。多分、これが本来の彼の姿なのだろう。魔元帥という恩人と決別し、心なしか表情が晴れやかになっていた。

 

「アルフードさんによろしく言っておいてくれ。副隊長として、この度の助太刀を心から感謝するよ」


「止めてくれ、僕は僕のためにここへ来たんだ。それに、僕は君から感謝の言葉を受け取る資格はない」


「今はまだ、ね。次にいつ会えるかは分からない。だから先に言っておく事にしたんだ」


「……そうかい、なら預かっておこう」


 トワイルの言葉に、イリートは僅かに躊躇うようにうつ向いた。しかし、直ぐにその顔を上げると、真っ直ぐに瞳を見つめて頷く。

 と、ここで、空気の読めない精霊さんが口を挟む。


「どのくらい牢屋にいるのだ?」


「……まだ分からない。刑がちゃんと決まった訳ではないからね」


 これにはイリートも目を見開き、苦笑してから答える。これから牢屋に入る人間に対してかける言葉ではないが、気になっていたのだろう。

 ソラは悪びれた様子もなく続ける。


「貴様は前に言ったな、なぜルークを選んだのかと」


「あぁ、そうだね」


「その答えが、少しは分かったか?」


「分からない。けど、僕が選ばれなかった理由は分かったよ」


「そうか、その言葉が聞ければ良い。牢屋生活を満喫して来い」


 満足したように頷き、ソラはそそくさとルークの後ろへと下がっていった。最後まで空気の読めない発言だったけれど、彼女なりに考えて気づかった結果なのだろう。

 なんとも言えない沈黙が流れ、イリートは船へと目を向けた。


「そろそろ行くよ。来てくれてありがとう。これから毎日アルフードの顔を見る事になるだろうし、最後に君達の顔を見れて良かった」


「あぁ、また会おう」


「どうかお元気で」


 最後に小さく微笑み、護衛の二人とともに船へと歩いて行った。が、突然足を止めて振り返ると、ルークを見て手招きをした。

 嫌そうに逃げ出そうとするが、ソラとティアニーズに背中を押され、躓きながらイリートの側まで歩いて行く。


「なんだよ」


「彼女、ティアニーズの事だよ」


「ティア?」


「彼女の事をきちんと見てやってくれ。彼女は強い、僕や君なんかよりもよっぽどね」


 予想外の話題に思わずティアニーズへと目を向けるが、気を使っているのか、わざとらしく視線を逸らしてエリミアスと会話をしていた。

 コホン、と視線を戻すように咳をすると、


「けど、その強さがいつか弱さになる時がくる。だから、君がちゃんと守るんだ」


「やだよ、俺は誰も守らねぇ。それに、アイツの事はアイツがなんとかする」


「それが一番だけど、彼女はまだ幼い。少しの刺激で簡単に壊れてしまう。前を歩く人間としてティアニーズを導いてやるんだよ、君が」


 イリートの瞳は真剣そのものだった。

 なにを心配してそんな事を言っているのかは分からない。ただ、ほんの少しだけ理解出来てしまった。

 ティアニーズはティアニーズで、ルークとは違う。

 どれだけ憧れたとしても、追いかけたとしても、ルークになる事は出来ないのだ。


 イリートの言葉を飲み込み、しかし乱暴な口調で、


「ついて来るか決めんのはアイツだ。それだけなら戻るぞ」


「まだだよ。今のは本題じゃない」


「本題?」


 居心地の悪さから逃げるように背を向けるが、早くしろと言わんばかりに体の向きを戻す。

 視線が交差し、イリートが息を吸った。

 その瞳が、ルークの瞳を捉える。


「僕はいつか必ず君に追い付く。今はまだ無理だけど、ここから這い上がって勇者になる」


 こうしてきちんと向かいあうのは久しぶりだ。

 あの時、イリートの瞳は死んでいた。自分が正しいと信じ、それ以外の方法を模索しようとすらしなかった。

 それがどうして、なにがあったらここまで真っ直ぐな瞳になるのだろうか。


 ルークは知らない。自分がこの青年になにを与えたのか。本人はただ言いたい事を押し付け、ムカつくから殴っただけでしかないのだから。

 けれど、それは勇者を目指す青年の道しるべとなっていた。


「だから、その時はまた勝負ーーいや、喧嘩をしよう。次に勝つのは僕だ」


 無意識に笑みがこぼれ落ちていた。

 ここまで清々しく、真正面から喧嘩を売って来た人間が今までいただろか。

 ルークは背を向け、その言葉に応じるように、


「いつでもかかって来い。またぶちのめしてやるよ」


「あぁ、待っていろーー勇者」


 後ろ手を振り、イリートに別れを告げた。

 二人は仲間ではない。ましてや友達でもないし、競いあうライバルでもない。

 けれど目指すものは、歩く道は変わらない。

 ほんの少しだけ、ルークが先を歩いているだけだ。


 いつか追い付くと言った金髪の青年の顔は、どこか満足したようだった。これからどこへ行くのかを理解していて、それに少しも絶望してはいない。


 まるで、ふっきれたような。

 長く続いた呪いから解放され、ようやく歩き出したのだ。



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