五章三十三話 『護った物、目指す者』
言葉にならない。いや、言葉を発せない状況と言った方が正しいか。
身体中に濡れた布や土、その他に木やなどの物が絡み付き、一切の身動きがとれない状態だった。
なにが起きたのか。
ユラはとりあえず上に向かって手を伸ばす。ゴミをかき分け、太陽の光を浴びるため。
基本的に、魔獣は生きるのに酸素を必要としない。腹が減る事はない……減る魔元帥もいるけれど、ユラに関してはそういう機能は持っていない。
なので、こうして埋まっていてもさほど問題はない。
しかし、
(汚い……最悪、なんでこんな目にあってるのよ……)
口の中に砂利が入り、なんとも言えない苦味とジャリジャリで満たされる。
いまだかつて、こんな事があっただろうか。いや、人間との戦闘で砂利を食べさせられた事なんて一度もない。
これだ誰の仕業かは分からないが、ユラにとってはこの上ない辱しめだった。
(殺そ、ぜーんぶ、破壊して殺そ。あの人間も、あの人間も、あの人間も、全部全部ぶっ殺してやる……)
苛立ちで感情が制御出来ない。人間とは自分が利用するだけの存在で、従わない人間になんて価値はない。
イリートだってその一人だ。
勇者に憧れていた少年の心を上手くねじ曲げ、邪魔な勇者を殺す事に意味を見いだすように仕向けた。
それがなぜ、事になっている。
全て、あの勇者のせいだ。
なにもかも、あの勇者がここに来たから悪いのだ。
であれば、
(あの三人は無視。早くここを出てリヴァイアサンを使って勇者を殺す。そうよ、始めからそうすれば良かった。あの子達の心を折るには、それが一番手っ取り早いもの)
舐めていた事は認めよう。
だからこそ、こんなにも無様な姿に追い込まれている。だがしかし、そんなもので圧倒的な力の差は縮まらない。
魔元帥ユラの勝ちは、ほんの少しも揺らがない。
伸ばした手が風に晒された。指先がひんやりとした感触に包まれ、ようやく体の一部が地上に出たようだ。
そのまま体をよじりつつ新鮮な空気を吸える場所まで上がると、
「ふぅ、少し油断しちゃったけど、あの子達だってーー」
顔を上げた瞬間、ユラは間抜けな声を上げた。
目に砂が入っておかしくなっていなければ、今目の前に、眼前に向かって迫るのは炎だ。
「……え?」
疑問はつきない。
けれど、炎はその勢いを保ったままーーユラの顔面へ直撃した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「良いかい、これは千載一遇のチャンスだ。彼女が地上に顔を出した瞬間にたたみかける」
「おう。そんでそのあとはどーすんだ?」
「まだ考えていない。けど、きっと勝つ方法をあみだしてみせるさ」
「あの、一つ良いですか? 私に作戦があります」
「作戦?」
「はい、一人とても危険な目にあうかもしれませんが、これだったらなんとなると思います」
「分かった。その危険な役目は僕がやる。それで、作戦というのは?」
「いえ、危険な目にあうのはーールークさんです」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ユラが地上に顔を見せた瞬間、イリートの放った先制攻撃が直撃した。
間一髪で瓦礫の波から逃れた三人は、ユラが姿を現す瞬間を目を凝らしてまちわびていた。これだけ優位な状況を無駄には出来ない。
一人の人間の命を危険に晒す以上、ティアニーズの考えた作戦は絶対に成功させなければならないのだ。
「行くぞ!」
「はい!」
顔面から煙を上げ、大きくのけ反ったまま固まるユラ。ダメージはそれほどないにしても、今の一撃は完璧に意表をついていた。
となれば、動揺を誘うには十分。
ティアニーズとリエルは一気に駆け出す。
「ぐ……こんの……!」
怒りに満ちた瞳を向けるが、距離をつめるには十分な時間だった。
突き出した二人の剣がユラの額を叩く。
ぐらりと体が揺れ、僅かに額が裂けて血が滴り落ちた。このチャンスを逃すまいと、連続して二人は攻撃をしかける。
「調子に、乗るな!」
「イリートさん!」
「あぁ!」
傷を負った事で冷静さを取り戻したのか、ユラが反撃へと転じる。黒化した腕を振り回して剣撃を防ぎ、二人の胸ぐらへと手を伸ばした。
が、それを待っていたと言わんばかりに後ろへと下がると、入れ替わるようにイリートが飛び出す。
「ハァーー!!」
「クッ……!」
腕を弾き、がら空きになった胸へと容赦なく剣を振り下ろした。ガキン!と肌を斬る音ではなく、なにか硬い物を叩いたような音が響く。
その瞬間、明らかにユラの顔色が変わった。
「好き放題やってくれちゃって……君達、もしかしてこれ知ってたの?」
「知らないよ。ただ、分かったんだ。彼を良く知る少女がね」
「そんな事どうだって良い。殺す、殺してあげる。私の邪魔ばっかして、人間のくせに、利用されるしか価値がないくせに、弱いくせに、脆いくせに、ただのーーゴミのくせに!!」
一瞬、ユラの放つ雰囲気が変わった。
突き出された拳がイリートのみぞおちに深々と突き刺さり、体が揺れたところへ放たれた肘が顎をさらった。
多分、意識が飛んでいた筈だ。
あとは倒れるだけ。
背後から見ていたティアニーズだってそう思った。
けど、
「ぐぅぅぅぅ!!」
「はァッ!?」
振り上げられた剣がユラの頬を掠めた。誰よりも驚いた表情を浮かべ、光の消えない眼光を目に僅かに動きが鈍る。
そんなユラの胸へと手を伸ばし、そして光った。
爆発があった。
威力の調節なんて考えず、自らをも巻き込んで。
「ガッ……!」
「この……!!」
二人の体が大きく後ろへと吹き飛ばされ、ティアニーズは慌ててイリートの落下地点へと入る。
叩きつけられそうなイリートをティアニーズとリエルの二人がかりでキャッチし、
「な、なにやってるんですか!?」
「ご、ごべん……じたを噛んだから、上手くじゃべねないんだ……」
「ッたく、無茶苦茶しやがって」
口の中から血を流し、回らない呂律で必死に言葉を繋ぐイリート。力無く微笑んでいるけれど、それほどの重症ではないようだ。さりとて、無傷とは言えない。あれだけの爆発を至近距離で受けたのだ、立ち上がる事だって困難な筈。
しかし、イリートはティアニーズの肩をはねのけ、
「じぶんで、たてる」
「……でも」
「じぶんで、立ちたいんだ……!」
その瞳は、微塵も諦めていなかった。
絞り出した言葉は希望に満ち溢れていて、重症の筈のイリートに二人が鼓舞されてしまった。
ティアニーズは伸ばした手を引き、緩みかけた頬を閉め直す。
服のあちこちを焼き焦がし、ふらふらと立ち上がるユラ。自分の胸に触れ、なにかを確めるように息を吐き出す。
なにを、なんて聞かない。あの場所に、ユラの命の源があるからだ。
「あーあ、こんなに無様な身なりにしてくれちゃって。君達三人の命じゃ釣り合いとれないわよ。それに、なによこのゴミクズ」
苛立ったように身体中についた汚れを払い、足元に満ちた町の残骸を踏みつける。
その姿を見てティアニーズは確信した。
やらなら今しかないと、ここで覚悟を決めなければならないと。
大きく息を吸い、あのウザさ全開の勇者の顔を思い出す。
「それ、誰がやったか教えてあげましょうか? ルークさんですよ、こんな事するのはあの人しかいません」
「ルーク? あぁ、あの勇者。で、それがなに?」
「いえ別に、貴女を汚したのは私達ではありません。確かに、私達では貴女には勝てないかもしれない……。けど、こっちには勇者がいる」
「今頃リヴァイアサンに食われてるんじゃないの?」
「本当にそう思いますか? ではなぜ、先ほどまで響いていた破壊音が止んだんだと思います?」
そこで、ユラは気付いたように辺りを見渡した。口を閉じて耳をすますような仕草をとり、町が静まりかえっている事にようやく気付いたようだ。
舌を鳴らし、怒りに満ちた瞳をティアニーズに向ける。
「あら、でも死んだって可能性もあるわよ?」
「嘘、下手くそですね。貴女の呪いはルークさんとリヴァイアサンに刻まれている。そして、貴女はそれを遠隔操作出来る……となれば、生きているかどうか分かるんじゃないですか?」
「……ムカつく、本当にムカつくわ」
「当たりのようですね。私程度に見抜かれているようじゃ、まだまだルークさんには敵いません」
腰に手を当てて鼻を鳴らし、出来るだけあのウザイ勇者を再現する。挑発と減らず口に関しては右に出る者はおらず、ティアニーズも何度か手を出したものだ。
しかし、今回はそれが鍵となる。
身近であれを見てきたからこそ、真似する事が出来る。
「そもそも、どうして海の子に姿を隠していたんですか? 強くて自信があるなら、そんな事しなくたって良い筈です。だってそうですよね? 人間なんて、貴女からすればゴミ同然なんですから」
「……なにが言いたいの」
「ゴミに自分を隠すなんて、バカですよね。見下しているから、蔑んでいるからこうなるんです。貴方の計画通りなら、すでに町は沈んでいた筈。でもどうですか? まだ、私はここいて戦っている」
バカという言葉に反応し、ユラの眉がピクリと動いた。
その変化を見逃さず、ティアニーズは立てた人差し指をくるくると回しながら話を続ける。
「貴女は油断していた。他の魔元帥が死んだと分かった時点で、もう少し警戒するべきだったんです」
「ハッ、私は他のバカ達とは違う。敵地に乗り込んで死ぬような奴でもないし、人間を使って戦争の続きを始めようともしない」
「……フッ」
「なに、笑ってるのよ」
わざとらしく鼻から息をこぼし、ニヤリと口角を上げた。その笑みは次第に大きくなり、ケタケタと腹を押さえて体を震わせる。
仲間二人の変なものを見るような視線を視界から外し、ベシベシと自分の太ももを叩くと、
「バカは貴女ですよ。根本的につめが甘いんです。だから潜伏先を見抜かれる、だからただの人間である私達に傷を負わされる。貴女は過信し過ぎた、人間の力を過小し過ぎた、だからこうなっているんです。他人事ではないと、仲間の死をもっと気にするべきだったんです」
「……さっきからなに、結局なにが言いたいの……!」
「言いたい事は一つだけ」
そろそろ頃合いだろうと思い、ティアニーズは大きく息を吸い込んだ。苛立ちが限界を迎えようとしている人間の顔は良く見てきた。
だから、この一言で決着をつけようではないか。
子供じみているけれど、もっとも刺激がある一言で。
「バーカ」
一瞬、全ての音が消え失せた。
流れる水の音も、髪を揺らす風の音も、自分の命を刻む心臓の音も。
プルプルと肩を震わせ、黒く染まったユラの顔に青筋が浮び上がった。
「良いわ、遊びはおしまい。ここで全部終わらせてあげる。そうよ、あの勇者はまだ生きてる、私の刻んだ呪いがまだあるからね!」
「やっぱり」
「でもこれで終わり。まだ刻まれてるって事は、今この瞬間にも殺せるって事なの! 殺す、ぶっ殺す、君達のすがる希望ってやつを、今この場でぶっ壊してあげるわよ!」
漆黒におおわれていたユラの体が、本来の白さを取り戻す。身体中をおおっていた気味の悪い紋様が消えていく。感情を露にし、ユラは髪を見出しながら叫ぶ。
それがなにを意味するのか。
呪いの発動を、ルークを殺すと決めた瞬間だ。
しかし、ティアニーズは微笑んだ。
籠手の装備された腕を上げ、ありったけの笑顔を浮かべると、
「だから言ったんですよ。つめが甘い、と」
ひかり、そして炎が放たれた。
放たれた炎は槍へと姿を変え、ユラの左肩へと着弾。瞳が大きく揺れ、自分がなにをしてしまったのか悟ったようだった。
しかし遅い。
もう、最後の大勝負は始まっているのだから。
「お見事、まるで彼がそこにいるみたいだったよ」
「うぜぇな、見てて苛々した」
「べ、別にこれは本心じゃありません。ルークを見ていて……見てないです!」
「はいはい、照れるのはあとな。決めるぞ、ティアニーズ」
「はい、もうあの強化はありません。決めるのなら、今しかない!」
最大まで追い込まれた場合、ユラはどんな行動出るのだろうか。
答えは簡単だ。彼女の性格上、周りを利用して最悪の状況を切り抜けるに違いない。となれば、手頃に利用出来る命が必要となる。
それは誰か、一番の天敵であるルークだ。
リエルの話を聞けば、ユラは強化している間は呪いを使う事が出来ない。つまり、ルークを殺すには一度強化を解かなければならないのだ。
チャンスは一度。
強化を解いた瞬間、ルークを殺させずにユラを殺す。
「ふざけんじゃないわよ……私が、ゴミに負ける訳ないでしょ!」
ベキベキ!となにかが裂ける音が響いた。
ユラの背中が割れ、先ほど倒したドラゴンと同じ硬い触手のようなものが数本姿を現した。禍々しい色と空気、触れればその瞬間に命を落とす武器だ。
けれど、ここで引く訳にはいかない。
ルークを殺すという手段をとらせないためには、全ての注意を引き受ける必要がある。
だから、三人で突っ込む。
一瞬の隙も油断も許されない戦場へ、三人は足を踏み入れた。
「僕が殺る! 君達は道をあの触手をどうにかしてくれ!」
「はい!」
「おう!」
イリートの剣が燃えた。魔元帥を殺せる呪い、そして魔法を宿した剣。
これをユラの胸元に突き立てる事が出来れば、それで勝ちだ。
「君達に強化なんて必要ない! 私がバカ!? ふざけんじゃないわよ、どっちがバカか教えてあげる! 無様に死ね!」
「死ぬのは貴女です! 多くの人間を利用し、その命を奪った! 絶対に、なにがあっても許される事ではない!」
ガキン!!と音を立ててティアニーズの剣と触手が激突した。火花を散らし、見に覚えのある呪いの感覚に全身が震えた。
歯を食い縛り、内にわく恐怖を押し殺す。
強化がなくとも、その力は並の人間を軽く凌駕する。けれど、
「テメェは人間を弄んだ! アタシの目の前で、何人もの命を奪った! 救えなかったアタシがわりぃ……けど、ソイツらと約束しちまったんだよ! テメェを、絶対に殺すってな!!」
「そんなの知るか! 利用価値のなくなったゴミなんて捨てて当然でしょ! 人間なんてゴミなのよ!」
「テメェの敗因はそれだ。人間の力を舐めすぎなんだよ!」
一人の力では無理なのかもしれない。
ティアニーズでも、イリートでも、リエルでも、ルークですら一人で挑んだって勝ち目はなかった。
「君は僕に言った。変わったと。そうだよ、僕は変わった、変われたんだよ。勇者という名を使うゴミが嫌で仕方なかった。けど、違った、そうじゃなかった。人の価値を決めるのは他人じゃない、自分自身なんだ!」
接近するごとに、三人は寿命が縮まる感覚に包まれていた。いくら弾いても、いくら避けても、触手は必要に迫って来る。凶器に満ちた空気をまとい、死という言葉を押し付けるために。
でも、止まれない。
止まらない。
止まってはならない。
「ある男が僕に言った。自分を救えない奴に、世界は救えないと。その通りだと思ったよ。だから僕は決別する、過去の自分と、僕に生きる意味を与えてくれた君と!」
「この恩知らずが! 誰のおかげで強くなれたと思ってるの! 誰のおかげで知識を得られたと思ってるの!」
「そんなのーー僕の努力に決まっているだろう!!」
踏み込み、至近距離でイリートの炎が弾けた。
伸びていた触手の勢いが緩まり、ティアニーズとリエルが剣を振り上げる。触手が弾き飛ばされ、勝利へと活路が開かれた。
あとは剣を伸ばすだけ、それだけでーー、
「バカはどっちよ! 最初から、狙いは君だけに決まってるでしょ!」
ベキベキ!と、再び歪な音が鳴り響いた。
三本目の触手だった。
狙っていたのだ。激情する振りをして、イリートが飛び込んで来る瞬間を。
ユラからすれば、自分を殺せるイリートさえ排除してしまえばあとはゴミでしかない。
だから、ずっと、イリートを殺す瞬間を待ちわびていたのだ。
けれど、イリートは止まらない。握った剣を離す事もせず、胸に向かって伸びる触手へと飛び込んで行く。
僅かな笑みを浮かべて。
それを、見てしまったから、
「アァァァァァ!!」
ティアニーズは飛び出した。
こんな時、あの男ならどうするだろうか。
多分、こうしていただろうと思う。
助ける気はないとか、たまたまだとか、適当な言い訳を口にするだろうけど、勝つ事に一切の妥協はしない。
だから彼女もそうした。
誰一人死なせてたまるものか。
全員が生きていなければ、そんなのは勝ちとは言わない。
「ぐ、ガァァッ!」
「な、にーー」
ティアニーズの右肩を、触手が貫いた。
瞬間的に全身を痛みと倦怠感が襲い、前に呪いを受けた時と同じ苦しみが押し寄せる。泣きそうなほど苦しい。叫びたいほど痛い。
でも、唇を噛んだ。押し避ける痛みを飲み込み、一言口にする。
「い、けぇぇぇぇぇ!!」
「ーー! あぁ!!」
ティアニーズの倒れかけていく背を乗り越え、イリートは進んだ。
手を伸ばす。
あの時、あの勇者には届かなかった手だ。
伸ばす事を止め、敗北を認めて間違いを悟った。
もう、あんな思いは二度としたくない。
負けるのなんて、絶対に嫌だと思うから。
「……さよならだ、僕の恩人」
燃える剣が、ユラの胸を貫いた。
パリンッとガラスが砕けたような音が響き、それど同時に背中から伸びる触手が崩れ落ちる。
ユラの体が傾き、空を仰ぐようにして倒れた。
「……ほんと、君バカでしょ」
ティアニーズの意識はほとんど飛びかけていた。痛みを通り越し、もはや感覚がなくなっている。
そんなティアニーズの耳に、ユラの力ない言葉が滑り込む。
言葉を、繋ぐ。
「……あの人は、もっとバカですから。このくらいしないと……きっと追い付けない……」
「バカ、バカバカバカバカ。人間ってほんとバカ。誰かのために頑張ってなにになるのよ。自分の事だけ気にしてれば良いじゃない」
「そう、ですね。でも、その通りです。私が頑張るのは……私自身のためです」
「そう。私の負けね。ムカつくけど、ウルスが人間を好きな気持ち、少し分かったかも」
イリートとリエルが急いで駆け寄り、ぐったりとしたティアニーズの体を起こす。優しい光がリエルの手から放たれ、僅かな暖かさが体を包む。
「なにしてんだよバカ! 死ぬ気か!?」
「えへへ……私、どうやら呪いに耐性があるみたいなので、少しくらいの無茶なら大丈夫かなって」
「だからって普通突っ込むか!? あぁもう、文句はあとで言ってやる! だから死なせねぇぞ!」
「……また、君に助けられた」
「いえ、当然の事ですよ」
二人の顔が段々とボヤけてくる。
ぐにゃりと視界がネジ曲がり、急激な眠気が押し寄せて来た。
そんな時、ユラが静かに呟いた。
「このままもう少し踏ん張れば君一人は殺せる。けど、そんなの私らしくない。頑張らないのが私の主義だし。だから、勝った君達に良い事教えてあげる。ううん、助言かな」
ユラの体が光の粒になっていく。
そして、それに比例するように体の重さが消えていく。当然だ、呪いというのは発動者が消えれば効果は消滅する。
消える速度を操れるのかは分からないが、ユラは自ら望んで消えているようだった。
「あの精霊……今はソラって呼ばれてるんだっけ? 気をつけた方が良いよ、精霊には」
「どういう、意味ですか?」
「そのままの意味。リヴァイアサンを見て多分気付いたと思うけど、精霊は君達が思うような存在じゃない」
ずっと疑問に思っていた。
なぜ、リヴァイアサンは今になって姿を現したのだろう。前の戦争で戦ったなんて話は聞いた事がないし、現れるならもっと早い段階で姿を見せるべきだった筈だ。
けど、リヴァイアサンは町が悲劇に包まれるまで現れなかった。
ユラは、その事を言っているのだろう。
「ま、死ぬから関係ないけど。精々頑張ってね、父さんの恨みってすんごいから」
最後に微笑み、ユラは完全に光の粒となって消滅した。
なぜ微笑んだのかは分からない。
なぜそんな残したのかは分からない。
しかし、今それを考えるのはよそう。
だって、
「ふぅ、勝ったな。アタシ達の勝ちだ」
「はい。お二人のおかげで、また魔元帥を倒す事が出来ました」
「しっかしすげぇな。あの勇者、魔元帥二人を一人で倒してんだろ?」
「そうなんです、ルークさんは凄い人なんです」
「ほう……凄い人、か」
「べ、別に凄くなんかありません! 凄いなんて思ってません!」
からかうようなイリートの言葉に、ティアニーズは無意識に否定の言葉を口にする。呪いが消えた今、先ほどまでの苦しみはない。とはいえ、肩に穴が空いているのは変わらないのである。
それでもこんなに元気なのは、安心感を得たからだろう。
「さぁ、それじゃ行こうか。この勝利を伝えに、君と僕が目指す男の元へ」
「ーーはい。ドヤ顔で宣言してやりましょう。勝ちました、どんなもんだって」
「はぁ……本当なら直ぐにでも治療してやりてぇが、しょうがねぇ。アタシも付き合ってやるよ」
呪いは消えた。
体を蝕む呪いも、心を蝕む呪いも。
刻まれた傷痕は消えないけれど、きっとこの町は進んで行ける。
だって、この危機を乗り越えられたのだから。