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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
五章 王の呪い
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五章三十一話 『人の繋がり』



 ソラの提案した作戦、それは普通の人間では思い付く事のなかったやり方だ。


 水路をぶっ壊して水の流れを調整し、足りない水力は魔法で補い、リヴァイアサンが壊しまくった家を波に乗せてぶつけ、相手の動きを封じるという作戦だった。


 そして、ルークの役目は囮。

 リヴァイアサンを所定の位置まで誘いだしつつ、動きを封じるために必要な家の残骸を増やす。意図的に町を壊しまくるのでトワイルの首が飛ぶ可能性もあったが、そこは彼の了承もあって難なくクリア。


 残る問題は人員のみ。

 こちらが使える人間は二十人ほどで、いくら水路を破壊するといっても力不足は否めない。だから、協力を煽る必要があった。

 この町の地理を把握しつつ、数という貴重な力を使えるーー海の子という組織が。


 そして、それはどうやら成功したらしい。

 結果、リヴァイアサンは瓦礫の海に飲まれた。


 しかしながらここで問題が一つ発生。

 というか、普通は前もって気付く事なのだが、この男は基本的に後先を考えずに行動する。

 なので、


「やべぇ! これ俺も巻き込まれんじゃん!」


『バカ者が! 呑気に突っ立っているからだろう! 波に飲まれないように飛べ!』


「無理! 足引っ掛かって無理!」


 頭の上でドヤ顔をかましていたルークだったが、波がリヴァイアサンの腹に直撃した直後、その体が前のめりに倒れ事によって当然の如く巻き込まれ、絶賛瓦礫に引き込まれそうになっている。

 水を吸って重さを増した木材、そして怒濤の勢いで押し寄せる瓦礫。一度引き込まれてしまえば抜け出し事は難しい。


 手足を暴れさせて脱出を試みるも、なにかに足をとられて動く事が出来ない。

 万事休すかと思われた時、なにかがルークの腕を掴んだ。


「まさかと思って駆け付けてみたけど、もしかして完璧なタイミングだったかな?」


「おまーー」


「さ、引き上げるよ。しっから掴まってて」


 現れたのはトワイル。どうやって来たのかは分からないが、恐らく流れる瓦礫に乗ってやって来たのだろう。

 正気の沙汰とは思えない行動だけれど、今回ばかりはそのイカれた行動に感謝しかない。


「体勢を保って。気を抜くと一気に引き込まれるから」


「ッたく、最後までかっけぇなお前」


「君がどんな人間かは分かっていたからね。クラーケンの時もそうだったし」


「でもまぁ、上手くいったみてぇだな」


 トワイルに引き上げられ、ルークはようやく瓦礫の波から抜け出す事に成功した。流れる地面にバランスを崩しつつも足を踏ん張っていると、ようやく流れが止まり出した。


 足場の悪い地面をピョコピョコととびまわり、先ほどまでリヴァイアサンがいた辺りまで足を運ぶ。

 ぐるりと周りを見渡し、


「成功、で良いのかな……」


「これで埋もれて死ぬって事はねぇだろうけど、しばらくは出て来れねぇんじゃね?」


「だと良いけどね。一応、辺りを警戒しよう。他の皆は水路を破壊して避難する手はずになっているから、ここにいるのは俺とルークだけだよ」


 靴裏でドンドンと地面を蹴ってみるが、一切反応がない。雄叫びも咆哮も聞こえず、リヴァイアサンは完全に沈黙してしまったらしい。

 とはいえ、終わりよければ全て良しーーという言葉は当てはまらない。


「すげぇな。お前マジで首になんじゃね?」


「俺もずっとその事だけを考えてたよ。二十歳にして職を失うのは辛いな」


 一言で言うならば、目の前に広がるのは破壊の痕だ。水を吸い込んでぐちゃぐちゃになった木、もつれあって山とかしている瓦礫。

 小規模の戦争でもあったかのような光景だ。


 和気あいあいとした町の風景の名残はなく、恐らく五十年前の戦争でもこれだけ悲惨な状態に陥っていたのだろう。

 生きてはいるけれど、再び生活する事は難しい。

 勝ち、胸をはってそうは言い切れない。


 しかし、


「まだ終わっちゃいねぇ。魔元帥を殺さねぇと完全な勝ちとは言えねぇだろ」


「あぁ、分かっている。ルークは向こうに行ってくれ、あとの事は俺がどうにか始末をつけるから」


「え? まだ働くの俺」


「終わっていないって言ったのは君だよ。それに、この状況を上手くまとめて説明出来るかい?」


「無理、んな事するくらいだったら体動かした方がマシだ」


 ルークはデスクワーク的な事が大っ嫌いである。面倒なのと危険性を考えれば、普通の人間なら間違いなくこの場に残るのだろうけど、当然この男は一般人とは多少離れた価値観の持ち主なのである。

 足早に離れようとした時、ガシャン、となにかが崩れる音が響いた。


 緩みかけた意識が一瞬にしてしまり、二人を武器を構えるが、


「まさか、本当にやってしまうとはな……」


「ベルシアードさん、なぜここに?」


「そこの男に協力を頼まれたのだ。どうなったか見に来たが……これはその、酷いな」


 瓦礫の山をおぼつかない足取りで歩むのはベルシアードだった。

 ベルシアードとルークの顔を交互に眺め、『やるじゃん』と呟きながらルークの脇腹を肘でつつくトワイル。

 嫌そうにその手を払い除けると、


「上手くやったみてぇだな。仲間が手ぇ貸してくれたのか?」


「あぁ、こんな私でもまだ信じてくれる仲間がいたよ。深く理由は聞かずとも、二つ返事で協力を受け入れてくれた」


「助かった、サンキューな」


「ーー! 止めろ、私は私のために動いたまでだ。お前に礼を言われる筋合いはない」


「さいですか」


 ベルシアードは知らないが、こうしてルークが素直にお礼をする事はかなり珍しい。

 驚いたように目を見開いたあと、ベルシアードは二人の元へと歩いて行く。リヴァイアサンが埋まってるであろう地面に目を向けると、


「この下にリヴァイアサンがいるのだな。……こんなものに救いを期待していたとは、本当に私はバカ過ぎて同情の余地もないな」


「そんな事ありません。こうしてリヴァイアサンを押さえられたのも、ベルシアードさん達の協力があってこそです。騎士団を代表して、心からの感謝を」


「こんな事で罪滅ぼしになるとは思わない。が……その、なんだ……自分を信じるというのも悪くはない」


「……ベルシアードさん、貴方は自分をもっと誇るべきです。確かに貴方は妄信的な行いをしたかもしれない。けど、きっと、無意味なものではなかった筈です」


「あぁ、それを先ほど嫌というほど痛感したよ。本当に、本当に、私は彼らに感謝しかない。こんな私について来てくれたのだ、救いの一つくらいあってもバチは当たらんだろう」


 少し角のとれたベルシアードに、トワイルは僅かに口元を緩める。その原因について問いただす事はしないけれど、多分ルークの言葉によって考えを改めたと気付いたのだろう。


「私の仲間はすでに避難を終えている筈だ。ここにいるのは私と君達のみ。まだ、終わってはいないのだろう? ユラはどこにいる」


「俺の仲間が今も戦っています」


「そうか、ならば早く行きたまえ。この場は私が納める。リヴァイアサンに私が執着している事はこの町の誰もが知っている。私がここに残る」


「ですが……」


「良いんだ。元はと言えば私が魔元帥の存在に気付けなかった事が悪い。私にはその罪を引き受ける義務が、責任があるのだよ」


 仮にベルシアードが早い段階でユラの存在に気付いていたとして、それでなにかが変わったとは思えない。いやむしろ、彼女は目的の進行を早めていたかもしれない。

 しかし、それは問題ではないのだろう。

 彼自身の心が、たとえ自己満足だとしても自分を許せないのだ。


「おっさんもこう言ってんだし、ここは任せて行こうぜ。どのみち魔元帥を殺さなきゃ根本的な解決にはならねぇだろ」


「……そうだね、すまない。感情に任せて目的を見誤るところだった。では、ベルシアードさん、ここは貴方にお任せします」

 

「はい、海の子のまとめ役として、その責務をまっとうしましょう。どうか、この町を救ってください」


 最後に大きく頭を下げ、ベルシアードは震える声でそう言った。

 これが最後だと、仲間との繋がりはここで終わると分かっているのだろう。泣くのはまだ早いと自分に言い聞かせ、必死に涙を堪えているようだった。


 震える肩から視線を逸らし、ルーク達はティアニーズ達の元へと行こうとする。


 が、その時、地面が、いやーールーク達の真下が大きく揺れた。


「こ、これは……!」


「何事だ!!」


『クッ、どうしてこう嫌な予感ばかり当たるのだ!』


「俺に言うんじゃねぇよ! つか、早くここ離れんぞ!」


 足元が激しく揺れる。その意味を瞬時に理解すると、三人は全力で駆け出した。

 そして次の瞬間、瓦礫の山を弾き飛ばしてそれは姿を現す。

 不気味な紋様におおわれた青い鱗、向かいあう者の戦意を根こそぎ奪ってしまう巨体ーーそして、揺れる赤い瞳。


「しつけぇ野郎だなクソ……!」


「これは予想外……と言いたいところだけだ、なんだかそんな予感はしていたよ」


「ここまでしても押さえる事が出来ないのか!」


 リヴァイアサン。

 完全に沈黙したかと思われたが、その憎悪は少しも薄れていないようだ。先ほどよりも呼吸を荒ぶらせ、目の前に立つ三人の敵へと鋭い眼光を突き付ける。


 トワイルの言う通り、ルークだって嫌な予感がしていた。というか、ルークの旅は最悪の想定がどんな時だって必ず訪れていた。

 だからなにも変わらない。

 いつも通り、状況が悪くなっただけだ。


「走れ! もう奥の手ねぇぞ!」


「分かっている!」


 こちらへと向かって来る頭部から逃げるべく、三人は振り返って逃走を開始。

 苦し紛れ、そして無駄な抵抗とは分かっていたが、ルークは剣を瓦礫の中へと突き刺し、思いっきり振り上げて瓦礫をリヴァイアサンへと弾き飛ばす。


 しかし、やはり大した抵抗にはならず、リヴァイアサンは首を捻って振り払う。

 ただ、そこでリヴァイアサンの進行が止まった。

 なにかに突っかかったように。


「あ? もしかして引っかかってあそこから動けねぇのか?」


「どうやらそのようだね。でも、それも時間の問題だ。直ぐに抜け出されるよ」


「ここまでやって、まだ止められんと言うのか……!」


 三人は逃げる足を止め、不可解な動きをするリヴァイアサンへと視線を向けた。抜け出そうと頭を振り回してもがいており、残骸の山が波をうつように揺れていた。

 絶望の色を浮かべるベルシアード。

 しかし、ルークはニヤリと口角を上げた。


「なるほど、動けねぇってか。なら、やり放題だな」


「偶然だね、俺も同じ事を考えていたよ」


『あれだけ好き放題やられたのだ、私としてもやり返さねば気がすまん』


「ま、まて! まさかまだ戦うつもりなのか!?」


 ルークに続くようにトワイルが一歩を踏み出す。

 それは戦うという意思表示のようなものだった。

 驚いたように声を上げるベルシアードを背に、


「たりめーだろ、俺達の役目はこのデカブツを止める事だ。まだ動いてる、なら動かなくなるまで痛めつけるだけだ」


「やり返し足りないだけだろう?」


「おう、こちとら死にかけてんだ。あの程度で満足する訳ねぇだろ」


「俺も腕を折られてるからね。その分はきっちりと返さないと」


 言葉の意味が理解出来ていないのか、ベルシアードはピクピクと頬をひきつらせて硬調している。

 彼は知らないけれど、ルークはこれが通常営なのだ。やられたら数倍にして返すし、相手が抵抗出来ないと知れば数段と態度が大きくなる。


 そう、この鬼畜勇者は、無抵抗の相手を好き放題いたぶるのが大好きなのである。


「つー訳だ、おっさんは先に避難してろ。居たって邪魔になるだけだ」


「し、しかしだな!」


「おっさんの役目はもう終わってんだよ。こっからは俺達がメインだ、散々やられた分をきっちり返す」


 ベルシアードの静止も聞かず、ルークとトワイルは暴れるリヴァイアサンへと足を進める。


 そんな時、背後から声がした。

 それと同時に、複数の足音が響く。


「おいおい、どうなったか気になって見に来てみりゃ、これはどういう状況だ?」


「リヴァイアサンを止める事が出来なかった、そう見るのが極自然ですね」


 ヨルシア、そしてマズネト。

 それぞれが部下を連れ、ルーク達へと真っ直ぐに近付いて来る。

 手筈通りならば当に逃げている筈なのだが、誰一人として逃げ出す者はいなかったらしい。


 そして、もう一つ近付いて来る集団があった。

 黒いローブに身を包んだ集団だ。

 それを見るなりベルシアードが唇を震わせ、


「な、なぜここに居るのだ……! 先に逃げろとあれほど言っただろう!」


 一々一人一人の顔は覚えていないけれど、あの特徴的なローブは海の子のメンバーが着ていたものだ。

 騎士団でも船の乗組員でもない、ただの一般人の集団だ。

 先頭を歩く女性がベルシアードの側までたどり着くと、


「ベルシアードさん、貴方一人を置いて逃げ出す事なんて私には……いえ、私達には出来ません」


「ここは危険過ぎる、死にたいのか! それに私はお前達を騙してきた……そんな私に今さらなにを求めるというのだ……」


「そんな事、どうだって良いんです」


 動揺するベルシアードとは対照的に、女性は柔らかな口調で語りかける。優しい笑みを浮かべ、迷いのない瞳でベルシアードの瞳を見つめる。

 そして、その震える手を包み込んだ。


「私達にとって、貴方は希望なんです。たとえ騙されていたとしても、私達にとって海の子は大事な居場所なんです」


「私は……」


「海の子は家族。そう言ってくれたのはベルシアードさんですよ。だから、私達は逃げません。最後まで共に戦います。家族とは、辛い時こそ寄り添うものなのですよね?」


 その言葉を聞いて、ベルシアードの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。止まる事なく頬を濡らし、大の大人がみっともなくえずきながら泣き声を漏らす。

 偽物なんかじゃない。

 本物の温もりを握り締めて。


「んで、どうすんだおっさん。俺は逃げる事をオススメするぞ」


「バカを言うな。これだけの仲間がいて、これだけの優しさがあって、逃げ出す事など出来ようか」


 照れくさそうに涙を拭い、ベルシアードは真っ直ぐに女性の瞳を見据える。自分が作り上げた大きな組織、その一人一人の顔を確かめるように見据える。

 誰も口を開く者はいない。

 ただゆっくりと、首を縦に振った。


「私は、私はどうしようもなく愚かな男だ。私を信じるお前達を騙し、自分の身を守る事しか考えていなかった」


 ベルシアードの言葉を聞き逃さないように、女性は無言で耳を傾ける。


「こんな事を頼める立場ではないと分かっている。だが、私はこの町が、お前達と過ごしたこの町が大好きなのだ。失いたくない……もう二度と、大事な家族を失いなくはない」


 うつむき、そして顔を上げる。

 だから、と呟き、


「この町を守るために、家族を守るために、お前達の力を貸してくれ」


「はい、勿論です」


 迷う様子なんてなかった。

 その言葉を待っていた言いたげに、女性は短く言葉を繋いだ。


 偽物から始まったかもしれない。

 保身のため、寂しさをまぎらわせるためなのかもしれない。

 けれど、やっぱりそこにあるのは本物だった。


 ルークはそのやり取りを見終え、満足そうに頷くと、


「うっし、やんぞお前ら。デカブツの射程距離をしっかり見極めろ。魔法を使える奴は遠距離、使えねぇ奴は俺と一緒に突っ込む」


「……トワイルさん、貴方の言った通りでしたね。彼は、この町を救ってくれる」


「あぁ、なんたって勇者だからね」


「ルークが勇者ねぇ。海の男としてすげぇところ見せねぇとな。俺も名も後生までとどろかせるためによ」


「行くそ、この町を守るために」


 騎士団、海の男、そして海の子。

 本来ならば交わる事のない三つの組織。

 だが、危機を前にして、一人の男の行動によってそれらは結び付いた。

 人々を結び、困難に立ち向かう勇者を与える。

 これもまた、勇者としての才能の一つなのだろう。


『さて、人間の底力というのを見せつけてやろうではないか。精霊にも勝てるーー繋がりの力というやつを』


 リヴァイアサンと人間。

 最後の戦いが、今始まった。



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