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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
五章 王の呪い
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五章二十五話 『進む船』



 一方その頃。

 重いくらいの信頼を知らないところで寄せられている勇者と、イケメンで強くてなんでも出来ちゃう副隊長さん。

 ティアニーズ達と同じように格好良く戦っていると思いきや、そりゃもうダサさ丸出しの逃走劇を繰り広げていた。


「なんでこっち来るんだよあのデカイのは!」


「そんなの、ルークがちょっかい出したからに決まっているだろ!」


『走れ走れ、追い付かれたら潰されるぞ』


「捨ててくぞオラ!」


 背後から家を蹴散らしながら追いかけて来るリヴァイアサン。

 敵に背を向け、みっともなく全力疾走しているのが今の状況だ。こざかしくいりくんだ路地とかに入ってみるものの、当然ながら余りある巨体で壁をぶち破って姿を現す。


 追い付かれていないのは奇跡としか言いようがない。

 ただ、それも時間の問題だろう。


「ルーク! これ以上そっちに行くのはダメだ! まだマズネト達が避難させていない人が大勢いる!」


「んな事言ったってどうすんだよ! 向かって行くのか!?」


「あれだけデカイんだ、きっと小回りはきかない筈……と、信じよう!」


「結局神頼みかよ! 死んだら化けて出るかんか、お前の事呪ってやるかんな!」


『走れ走れ、私はまだ死にたくないぞ』


 自分で走る必要のない剣状態の精霊さんは無視し、ルークはトップスピードのまま踵を返す。

 トワイルがあとをついて来ているか確認する余裕もないので、そのためにリヴァイアサンの真横を逆走し始める。


 そこら辺に散らばる残骸を踏み越え、踏み台にして飛び上がり、なおも速度を緩める事はしない。いや、出来ないのだ。

 それをしてしまえば間違いなく死ぬ。

 とはいえ、トワイルの言う通りならーー


「って、普通に考えれば分かんじゃねぇか! アイツの体まだ海の中だよね!? わざわざ方向転換しなくても引っ込めれば良いだけだよね!?」


「あはははは、どうやらそうみたいだね。ごめんっ」


「ごめんっ、じゃねぇよバーカ! こんな時に爽やか撒き散らすな!」


『走れ走れ。なんだか妙な気分だな、絶対絶命なのに達観して見れている』


 そりゃ、達観出来る状況にいるのだからねぇ。

 リヴァイアサンは方向転換する事もなく、巣に帰るウツボのようにしてバックを開始。

 先ほどまで真後ろにあった筈の顔が、今度はもの凄い速度を保ったまま後ろ向きで迫ってくる。


「どーすんだよ!」


「曲がるんだ! 戻ったらイリート達の邪魔になる、進んだら住民の命が危ない、あとは横しかない!」


「お前道知ってんだろうな! 俺すぐ迷子になっちゃうよ!」


「それなら問題ないよ! 道なんてあってないようなものだからね!」


「ぶっ壊されちゃうからね! そりゃそうだよね!」


『走れ走れ、それにしても面白いな。あれだけの巨体がバックしているのは笑える』


 鋭角に体の向きを変え、まったく知らない道へと足を進める。

 ルーク達が進路を変更したのを確認すると、リヴァイアサンは一旦停止。それから体の向きを変更すると、やはりなんの迷いもなく二人の追跡を継続。


 二人はその様子を目視するなり顔を合わせ、


「だぁぁもう! このままじゃらちがあかねぇぞ!」


「さっきの斬撃はあと何発打てるんだいっ」


『三、良くて四発だろうな』


「三か四だってよ!」


「なら温存しておくべきだ。まともな有効打はそれしかないからね」


 ソラに言われた事をそのまま伝えるルークだったが、いまいち温存しておく事の意味を理解出来ていなかった。というのも、先ほどの一撃でまったく手応えがなかったからだ。

 本気ではないものの、手加減をしたつもりもない。それをリヴァイアサンはなに食わぬ顔で受け、怯む様子もなく追いかけて来た。

 つまり、温存したところでそれが切り札になりえるとは思えないのだ。


 とはいえ、なにか作戦がある訳でもなく、凡人の考えたものなんてアレには通用しないだろう。

 今出来る事は一歩でも前に進み、一秒でも生き延び、なにがなんでも逃げきる事だ。

 しかし、


「追い付かれんぞ!」


「そりゃ進む速度が別次元だからね! 今まで逃げれた事がおかしい!」


「なんでそんなに余裕なのかな!?」


「ルークがいる、それだけで余裕なんだよ!」


「えらく信頼してるみてぇだけど、なんもねぇかんな!」


 人間が全力で走ったとしても、その数十倍の体を持つリヴァイアサンとでは勝負にすらならない。

 となれば、こちらも人間の域を飛び越えて逃げるしかない。

 全力で足を前に出しながら、


「ソラ! 加護だ!」


『残り四分ちょっと、前の時のにのまえにはなるなよ』


「俺が合図したらすぐに解け! トワイル、舌噛まねぇように口閉じとけよ!」


「えーー!?」


 加護の発動とともにルークはトワイルを担ぎ上げ、そのまま二メートルほど軽々と跳躍すると、隣に並ぶ建物の屋根に着地。

 再び進路を変えると、トワイルを少し前にぶん投げて走り出した。


「解け!」


『了解した』


「せめてなにをするかくらいは言っておいてほしいかな!」


「んな時間ねぇっての。屋根づたいに逃げんぞ!」


 瓦の屋根をゴロゴロと転がり、剣を瓦に突き刺して落下を阻止すると、トワイルはルークに続けて走り出す。

 足場は不安定なものの、屋根から屋根へと飛び移りながら二人は追跡から逃れようとする。


 ちょこまかと動く二人に苛立っているのか、リヴァイアサンは顔を大きく振り上げ、先ほどまでルーク達が立っていた建物を意図も簡単に叩き潰した。

 轟音とともに雨のように降り注ぐ残骸を器用にかわしつつ、


「このままじゃじり貧だ。いつかは追い付かれて食われちまうぞ!」


「今作戦を考えてるよ! と言っても、三人じゃ無理だけどね!」


「マズネト達が避難を終わらせて駆け付けるまでの辛抱ってか!? 絶対に無理!」


「無理でもなんでもやるんだよ!」


 逃走劇は続く。

 リヴァイアサンは道の有無などお構い無しに、目の前にある邪魔な物を破壊して突き進む。この際、被害がどうのとかは言っていられない。

 たとえどれだけ町が破壊されようとも、生き残ればあとはどうにでもなる。

 だから、今は命を途絶えさせない事がなによりも先決なのだ。


 瓦の屋根を滑り下り、土の花壇へと足をつける。たどり着いた場所は大通りだった。

 屋台などは並んでいるものの、すでに避難は完了しているらしく人影はない。

 バゴォン!という豪快な破壊音を背に、二人は目の前に飛んで来た気木の板を斬って道を作る。


「はい作戦!」


「なんだい!」


「めんたま潰そうぜ! 前にドラゴンの魔元帥と戦った時に使った手だ!」


「分かった、それを採用しよう! それで、どうやってあの顔に突っ込むんだい!? 真正面から向かって行っても引き殺されるのがオチだと思うけど!」


「そりゃ、横とか上からうまい具合にだな……」


「顔を振り回されたらおしまいだね!」


「始めから却下って言ってもらえますかね!?」


 なんて会話をしている二人だが、余裕は微塵も存在しない。あまりにも追いかけて来るものが大きく過ぎて、圧倒的過ぎて、普通の振る舞い方を忘れてしまっているのだ。

 逃げるのに体を使わなければならない。けれど、頭はリヴァイアサンを止める術を編み出さなければならない。

 当然、二つの事を同時になんて出来ず、どちらかが疎かになってしまう。


「ーーガァァァァァァァァアアァァ!!」


 怒りともとれる咆哮を上げた直後、二人の走る地面が激しく揺れた。並んでいる屋台は宙に浮いて落下し、粉々に砕け散る。果物や野菜が地面を転がり、枝分かれした亀裂に吸い込まれていった。


 リヴァイアサンが、顔面を地面に叩きつけたのだ。

 亀裂は辺り一面に広がり、二人を追い抜いて進行方向まで広がる。揺れ、そして不安定になった足場。

 当然、体勢を崩して隙というのは生まれてしまう。


「ヤベッ!!」


「止まるな!! 止まったら死ぬぞ!」


「んな事分かってんだよ!」


 前のめりに倒れそうになり、ルークは剣を支えにしてなんとかバランスを保つと、フラフラと横に体重が流れつつも倒れる事を回避。

 一方、トワイルはそう上手くはいかなかった。


 その原因は、ルークの背中を押したからだ。

 ルークを前に逃がそうと手を伸ばした結果、本人は亀裂に足をとられて胸から滑りこんだ。


「トワイル!」


「行け! 俺はあとから追い付くから!」


 振り返り、駆け寄ろうとするのをトワイルは止めた。

 足が地面の亀裂に挟まり、完全に身動きがとれない状況に陥っていた。剣でどうにかしようとするが、リヴァイアサンが何度も顔を叩きつけるせいで手元が狂っている。


「君が死んだらなにもかもが終わりなんだ! 君さえ生きていればあとはどうにでもなる!」


「ッざけんな! 目の前で知り合いに死なれでもしたら、目覚めが悪くなんだろ!」


 ルークは、人の言う事は基本的に聞かない男なのだ。

 トワイルの静止などお構い無いに駆け寄ると、挟まった足を抜こうと全力で引っ張る。が、やはりびくともしない。


 なんとかしようとしていた時、突然揺れがおさまった。


「行け、早く行くんだ!」


「うるせぇな、俺に命令すんじゃねぇよ!」


「逃げないと手遅れにーー」


 そこで、二人の体は固まった。

 リヴァイアサンが体を捻り、とぐろをまくようにして顔を体にピタリとくっつけていた。溜めをつくるように。

 なにをするのか、そんなのは言葉が通じなくたって分かる。


「ソラ!!」


 トワイルの足を抜くのを諦めると、ルークは剣を構えて防御の姿勢をとる。足を踏ん張り、脇をしめて歯を食い縛る。

 加護の発動を感じると、息を止めて次に起こるであろう事態に備える。


 そして、次に訪れたのは衝撃だった。


「ーー!!」


 リヴァイアサンの顔が剣と激突し、二人の体が真横に吹っ飛んだ。

 堪えるとか、受け流すとかそういう次元の話ではなかった。痛みも感じず、音もなにもかもを置き去りにし、建物の壁をぶち破ってただひたすらに突き進む。


 上下も左右も分からず、受け身をとる事すらままならない。衝撃があった時には、本人の意思とは別に体が勝手に浮いていたのだから。きりもみ回転し、何度もバウンドしながら民家の中をゴロゴロと転がる。


 ようやく止まった時には、二つの建物を貫通して一本横の通りに出ていた。


『おいルーク!』


「……生きてるっての。トワイル」


「多分……生きてると思うよ」


 大の字に寝転び、お互いが生きている事を確認。空を見上げている筈なのだが、青の他に赤色が見える。脳ミソを激しくかき回されたような感覚に包まれ、自分がどんな体勢なのかすら分からない。

 まだ、どこかを転がっているような感じだった。


「……左腕の感覚がないね。脱臼、いや……折れてるかな」


「生きてるだけマシだろ。足だったら逃げれねぇし。つか、体に力が入らねぇ……」


「奇遇だね、俺もだよ。全身をボコボコに殴られたような感覚だ」


 遅れてやって来た痛みに、顔をしかめて口の中に溜まる血を吐き出す。それと同時になにか抜けた気がするが、そんな事を気にする余裕すらない。

 痛み、そして回転し過ぎた事による酔い。

 まったく体に力が入らないのだ。


 トワイルも同じらしいが、その声が四方八方から聞こえて来た。

 首を動かして隣を確認すると、ぐにゃぐにゃになったトワイルの顔が瞳にうつる。視界が定まらず、どうやって体を動かしていたのかすら思い出せない。


「クソったれが……手加減もクソもねぇな……」


「怒っているからね、そんな事考える余裕もないんだと思うよ……」


『早く立ち上がれ! 死にたいのか!』


 回復を待つ暇もなく、二人は卯なり声を上げながら寝返りをうつ。なんとか立ち上がろうとするけれど、体が言う事を聞いてくれない。

 ポタポタと額から血が流れ、なぜ空が赤いのかを理解した。


「……逃げんぞ、こんなところで死んでたまるか」


「あぁ、まだやらないといけない事があるからね」


 震える腕に渇を入れ、腕の力だけで上半身を無理矢理起こす。そのままなんとか足を引き寄せて座り込み、痛みを吐き出すように息を吐いた。

 ルークは首を捻って辺りを見渡し、


「んあ? どこだよここ」


「多分隣の通りだよ。ほら、あれが俺達が通って来た道だ」


「家に穴空いてんじゃねぇか。弁償とか金ねぇから無理だぞ」


「生きていればどうにかなる、だろ? とりあえず早く逃げよう」


 民家にデカデカと出来た穴に苦笑いをこぼし、段々と意識が定まって来ると、よろめきながらも二人は体を起こした。

 落ちていた(ソラ)を拾い上げ、体を引きずるようにして歩こうとするが、再び地面が大きく揺れた。


「やべぇぞ、また来られたらどうしようもねぇ……!」


「とにかくここを離れるんだ。まともに動けないんじゃ勝負にすらならない」


 考えるよりも早く、ルークは剣を握り締める。今回はたまたま生きていたけれど、次に同じ事が起これば間違いなく死んでしまう。

 走る事も出来ない以上、残りの加護を使ってでも逃げるしかない。


 そう思った時、


「……あ? なんだありゃ」


「水、だね」


 ルーク達が先ほどまでいた通りに、大量の水が流れているのが穴から見えた。濁流のように押し寄せ、地面に転がる家の破片や屋台の売り物を拾い上げる。

 目を凝らして見ていると、今度は大きななにかが通過した。


 直後、リヴァイアサンの叫び声とともに巨大な衝突音が響き渡る。

 二人は顔を見合せ、慌てて自分達が通り過ぎた穴を逆戻りする。


 そこで目にした。

 見覚えのある巨大な船が、真正面からリヴァイアサンと衝突しているのを。


「ルーク様! トワイルさん! 助けに来ました!」


 顔を上げ、船の上からブンブンと手を振る少女がいた。

 遠目からでも分かる。

 エリミアスがそこにいた。


「なにやってんだアイツ。つか、宿舎にいるんじゃなかったのかよ」


「まぁ、城から抜け出すような方だし、普通の警備じゃ姫様を捕らえとくのは無理だろうね」


 いるはずのない人物の顔を見て首を傾げていると、手を振りすぎたせいで柵から身を乗り出して落ちそうになる。が、そんなエリミアスの肩を掴んで支え、一人の男が姿を現した。


 男は豪快な笑い声を上げ、大きく息を吸い込むと、


「ようルーク! 助けに来たぜ!」


 大通りを船で進むという予想外の登場の仕方を演出したのは、海の男であるヨルシアだった。



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