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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
五章 王の呪い
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五章十九話 『助けられるべき人間』



「そんで、話ってなんだよ」


「私が話をしたいのはお前ではない。そちらにおられる精霊だ」


「貴様のような男と二人きりになどなれるか。ルークが同伴しない限り、私は話をしないぞ」


 ベルシアードの提案により、ルークとソラを残して他のメンバーは部屋をあとにした。用があるのはソラだけらしいが、この通りルークも部屋に残る事になってしまった。


「なにから話せば良いものか……」


「始めに言っておくぞ、私はリヴァイアサンという名の精霊についてはなにも知らん」


「いや、リヴァイアサンについては私が誰よりも熟知している。今さら聞くなどありはしない」


「そうか、ならば……まさかとは思うが、謝罪なんてバカげた事はしないだろう?」


「私は私の信念に従って行動した。たとえなにがあろあとも、あの場で行った暴力について謝罪する事はありえない」


 どうやら寒いらしく、ソラはルークの隣に座り、掛け布団を足にかけて会話をしている。第三者から見れば非常になかむつまじい様子なのだが、ルークは邪魔そうに顔をしかめていた。

 ベルシアードはベッドの横に椅子をつけ、


「だから、この謝罪はお前に向けてではない。我々の仲間の中に魔元帥がいながら、それでも気付けずに被害を増やしてしまった事に対してだ」


「んなのいらねーよ。俺に謝られたってどーしよーもねぇだろ。謝んなら寝てる奴らに言って来い」


「それはもう済ませた、お前が寝ている間にな。聞こえてはいないだろうが、これは私なりのけじめだ」


「ただの自己満足だろ。んな謝罪一つじゃなにも変わらねーよ」


 ルークの言葉を聞き、ベルシアードは眉を寄せた。しかし、隣のソラを見るなり表情を崩すと、冷静な口調で語り出す。


「彼女の名前はユラ。三ヶ月ほど前、突然教会に現れたのだ。親を魔元帥に殺されたと言っていてな、すがるものがないと泣いていた」


 とりあえず、話が長くなりそうなのでルークは横になる。戦闘に役立つ情報ならまだしも、魔元帥が海の子に入った経緯なんてものは微塵の興味すらない。

 なので、話を聞く役目はソラに任された。


「集会も、祈りも毎日欠かさずにしていたよ。時折違和感を感じる事はあったが、それは彼女の寂しさだと思っていた」


「だが違った。貴様がその違和感について問いただしていれば、こんな事にはならなかったかもしれないな」


 この二人を前にして、優しい気遣いのある言葉を期待するのは野暮な話である。人の心に土足で踏み込み、なおかつ悲惨なほどに荒らしてなにも言わずに出ていくような性格の持ち主だ。

 だからこそ、変な言葉よりも真っ直ぐに、鋭利に心へと突き刺さる。


「あぁ、かもしれないな。しかし、気付いたところで私になにが出来た。いや、なにも出来なかったとも、簡単に殺されて終わりだ」


「そんなのは言い訳にしかならん。貴様はなにも出来ないからと目を逸らし、向き合う事から逃げただけだ」


「その通りだよ。今、この町で起きている事は、全てとは言わないが私の責任だ。私の注意不足が招いた結果だ」


「そこまで分かっていて、なぜなにもしない? 私になんの話がある? まさかとは思うが、祈りを捧げれば助けてくれるなんて期待はしていないよな?」


「私の信仰心は全てリヴァイアサンに捧げている。誰でも良いという訳ではない」


 ソラの目を見つめ、真剣な眼差しでベルシアードが呟く。それから小さく息を吐き出し、『だから』と前置きを入れて、


「ユラは我々海の子が始末する。お前達は手を出さないでもらいたい」


「「断る」」


 ルークとソラの口を開くタイミングが完全に一致した。それどころか、同時に息を吸って息を吐いた。

 二人は顔を見合せ、まったく気にする素振りも見せず、


「テメェが戦っても死ぬだけだろ。んな確証のない奴らには任せらんねぇ、俺の命がかかってんだ」


「断言しよう、絶対に貴様らでは敵わない。無駄に命を失うだけだ」


「これは海の子の問題なのだ。我々が殺らねば意味がない」


「ダメだ、テメェらがいるとやりづれぇ。邪魔になるだけだ」


 いつもならば、ルークは任せて楽をしていただろう。しかし、今回は今までとは訳が違う。自分の生死がかかわっている以上、自らの手で魔元帥を殺すか、絶対的な信頼を寄せる人間にしか任せる事は出来ない。

 当然、ベルシアードにはその欠片もない。


「ならば、我々を助けてーー」


「それも断る」


「なぜだ、勇者とは人を救う存在ではないのか!」


「前の勇者はそうだったが、コイツはそんなお人好しではない。それに、自らの足で困難を乗り越えようともしない人間を助けるほど、私もお人好しではない」


 声を荒げるベルシアードに、ソラのは眉一つ動かさずに答える。

 どちらかと言えば、ソラは人間を助けるタイプだ。傲慢で我が道を突っ走る性格をしているけれど、まったく興味のないルークよりはまだマシと言えるだろう。

 けれど、それは誰でもという訳でもないらしい。


「私が助けるのは、助けられる資格のある人間だけだ。困難を前にしても倒れず、自ら踏破する強い意志のある者だけだ。しかし、貴様にはそれがない」


「それは違う! 私はこの町に降りかかる厄災をどうにかしようとしている!」


「していないだろ。毎日毎日捧げている祈りになんの意味がある? そんなものではなにも変わらない。結局、貴様はやっている振りをしているだけだ」


「違う、違う! 私の祈りは必ずリヴァイアサンに届いている! それはいつか救いとなり、この町を救う事になるのだ!」


 感情を露にし、ベルシアードは椅子をはねのけて立ち上がる。ガタリと椅子が倒れ、かかとでさらに後ろへと弾くと、ベッドで寝ている二人に詰め寄る。

 しかし、ルークは体勢を変える気配すらなく、


「おっさん、努力してる人間は自分で努力してるなんて言わねぇよ」


「なん、だと! 私はやっているではないか! 他の者には出来ない事を、この信仰心は決して無駄などではない!」


「信じれば救われる、祈れば救われる、そんなのは甘えだ。他人任せにして、自分が楽な道を選んでるだけだ」


「黙れ、黙れ黙れ黙れ! お前に私のなにが分かるというのだ! お前のような人間に、私の道を否定する権利はない!」


 寝転がりながらため息をもらし、ルークはだるそうに体を起こした。息を荒げ、怒りで表情を満たしているベルシアードの顔を面倒くさそうに見ると、


「俺は人を助けない。面倒だし、そんな事してもなんの特にもならねぇってのもあるけど、それ以上に大きな理由がある」


「なんだと、いうのだ……」


「頼ると甘えるはまったくの別ものだからだ。ソラの言う通り、自分でなにもしようとしない奴は助ける価値もねぇ。諦めて下向いて、全部他人に預けて楽しようなんざ俺は絶対に認めねぇ。俺が面倒な道歩いてんだ、大抵の事はなんとかなんだろ」


 ただ純粋に、人を助けるという行為が苦手という事ある。しかし、それだけではない。

 最善をつくして、やれる事を全てやって、自分が持てる力を全部絞り出して、それでも叶わないのならまだ分かる。そういう人間にこそ、救いの手は差しのべるべきだから。


 ルークが今まで出会った人間はそうしていた。

 諦めずに前を向き、自分なら出来ると信じて歩く事を辞めなかった。だからこそ、ルークは助けなかったのだ。

 誰かの歩く道に手を差しのべる事は、必ずしも助けになるとは限らない。

 甘えて逃げ道を用意したところで、結局なに一つ変わりはしないから。


「テメェはいつ現れるかも知れねぇ精霊に甘えて、自分で歩く事を辞めた。そんな人間にはなにも出来ねぇし、なにかをする資格もない。もし俺が助けるんだとしても、それは絶対にテメェなんかじゃない」


「それが勇者の言葉か! ハッ、結局は自分の事ばかりじゃないか、ただ面倒なだけだろ!」


「あぁ、その通りだよ。俺は性格クズらしいからな、他人に世話焼くほど手は余っちゃいない」


「私は認めないぞ! お前が勇者なんて絶対に認めない! そこの精霊もだ、なぜそんな男に力を貸している! 私とともに来い!」


「あり得んな。コイツは確かに超がつくほどのクズだ。面倒くさがりで自分のためだけにしか動かない」


 ベルシアードの言葉に即答し、ソラは横目で眠そうに目を擦るルークを見る。

 緊張感の欠片もなく、目の前で人が怒っている状態の態度ではない。この男は、確かに勇者とはほど遠い。

 そんな事は、ソラが誰よりも分かっている筈だ。

 けれど、


「コイツは貴様みたいに投げ出したりはしない。一度決めたら必ず成し遂げる、この男にはその力が、意志が、覚悟がある。私はそれを見て来たのだ……言葉だけではない、ルークの行動を」


 最初は、勇者なんてクソくらえと思っていた。いや、今も辞められるのなら辞めたいとルークは思っている。

 けれど、それではなにも変わらない。目的があって、成し遂げたい事があるのなら、自分で踏み出さなければならない事をルークは知っている。

 ソラはほんの少しだけ苛立ったように、


「うわべだけで私のパートナーを侮辱にするな。コイツは私が選んだ人間だ、私が認めた唯一の男だ、貴様のような弱い人間とは違う」


「……なに、お前そんなに俺の事好きだったの?」


「あぁ、私は貴様が大好きだ。だからこうして一緒に寝る事を許可しているのだ」


「へいへい、俺も大好きですよぉ」


 ハッキリと言おう、ルークは今の言葉を聞いてもまったくときめかなかった。

 ただ、その表情は確かに緩んでいた。

 こうして、ルークを認めるような発言を本人を目の前にしてちゃんと口に出すのは、彼女だけだから。

 もう一人ルークを認めている少女がいるが、彼女は口下手なので置いておこう。


「たとえ、たとえ精霊がお前を認めたとしても、私はお前を受け入れる事は出来ない。勇者は、人を救ってこその勇者なのだ! 本物の勇者は、決してお前のような人間ではない」


「たりめーだろ、なに言ってんだテメェ。俺は本物の勇者じゃない、勇者になっただけの一般人だ。そこら辺にいる量産型の勇者だよ」


「……もう良い、お前に頼もうとした私がバカだった。我々は必ずユラを殺す、誰にも邪魔はさせない!」


 握り締めた拳をベッドに叩きつけ、ベルシアードはルークに背を向けた。

 そのまま部屋を出て行こうとするが、最後にルークは背中を見て呟く。


「それもこの町のためか? 違うだろ、テメェら海の子の世間的な評価が下がるからだろ」


「お前は……私をどこまで……!」


「認めちまえよ、俺もテメェも自分の事しか考えてねぇクズなんだよ」


「私は違う! お前とは……お前のような人間とは違う!」


 唇を噛みしめ、それだけ言い残すとベルシアードは乱暴に扉を開けて出て行ってしまった。

 交渉は決裂。いや、最初からルークが人の頼みを素直に聞く訳がなかったのだ。


 ベルシアードが出て行った直後、今度は一人の少女が姿を現した。去って行ったベルシアードの背中を見つめ、部屋へと入って来た。


「ルークさん」


「んだよ、盗み聞きかよ。趣味わりぃな」


「たまたま通りかかっただけです。それより、本当にベルシアードさんは魔元帥を倒すつもりなんでしょうか」


「さぁな、興味ねぇよ。ただ、あんだけ挑発したら引くに引けねぇだろ」


 部屋へと入って来たティアニーズは倒れた椅子を元の場所に戻し、ルークの横に立った。

 ちなみに、精霊さんは布団に潜りこみ、既に寝る準備は万端なようである。


「私は、救いとは万人に届くべきだと思います。価値ではなく、重要なのはその人を助けたいかどうかだと思います」


「俺はアイツを助けたいとは思わねぇ」


「ルークは誰に対してもそうでしょう。私は……あの人の事を悲しい人だと思います。だから、私はベルシアードさんを助けます」


「偽善だな、吐き気がする」


「はい、私が人を助けるのは自分のためですから。ルークさんと同じ、自己満足ですよ」


 ティアニーズの微笑みを見て、ルークは思わず顔を逸らす。どうにも、この笑顔にルークは弱いようだ。

 ティアニーズは立ち上がり、部屋から去ろうと扉へと向かう。


「それと、私は認めていますよ」


「あ?」


「ルークさんの事、凄い人だと思っていますよ。ソラさんだけではありません、ちゃんとルークさんがなにをして来たのか、私は側で見て来ました」


 それだけ言って、振り返る事もせずに出て行ってしまった。そして気付く、通りがけなんかではなく、ガッツリと話を盗み聞きされていた事に。

 ルークがポカンとした表情をしていると、ソラがかけ布団から鼻から上だけを出し、


「良かったな。貴様を認めているのは私だけではなかったぞ」


「別にんなのどうだって良い」


 適当に言葉吐き、ルークは眠りにつくべく布団へと入った。

 当然、このあとソラが布団から追い出された事は言うまでもない。



 次の日の朝、ルークはドタバタと激しく鳴り響く足音によって意識を覚醒させた。足音だけではなく、怒声のような声も宿舎内を飛び交っている。

 目を擦り、体を起こして、


「朝からうっせぇな……」


 フラフラとよろめきながらベッドから下り、騒ぎの正体を確かめようと扉を挙げて顔だけを覗かせる。

 すると、前方から血相を変えて走るティアニーズがやって来た。近付くなり無理矢理扉を開くと、


「ルークさん! 今すぐ来てください!」


「なんだよ。つか、いてぇから引っ張んな」


 ルークの言葉も聞かず、ティアニーズは引きずるようにして腕を掴んで走り出す。

 同じように部屋から顔を出しているソラを発見すると、これまたルークと同様に手を引いて連れ出す。


 明らかにおかしかった。

 先ほどからすれ違う騎士団の人間の顔が、焦りと不安にまみれている。まるで、なにか起きてはならない事が起きたように。

 ルークは異変を察知し、まだ寝ぼけているソラを脇に抱えると、


「おい、なにが起きたのか言え」


「呪いにかけられている人達が、一斉に苦しみだしたんです! そして……」

 

 ティアニーズは一旦足を止めた。

 うつ向き、僅かに揺れる瞳で顔を見上げ、


「数人の死亡が……確認されました」


 そして、幕が上がる。

 絶望の朝の。



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