一章十話 『必殺ブーメラン』
「あのさ、ドラゴンて山頂に居るんだよね?」
「分かりませんよ、私達を追い掛けた後にどこへ行くかなんて」
休憩を終えた二人は、ただひたすらに山を登っていた。どちらから来たのかも分からず、初めにたどっていた道も不明。山なので上に登れば大丈夫だろという根拠のない結論から、とりあえず上を目指しているのである。
「そんで、何か倒すための名案はあんの?」
「今考え中です。戦力的に考えれば難しいですが、きっとどうにかなりますよ」
「能天気過ぎんだろ。普通に戦ったんじゃ無理だぞ」
拳を握り締めてやる気を見せるティアニーズ。歩き出してからずっとこの調子で、決戦を前にして興奮しているご様子だ。
正直、不安しかないとルークは思っている。
自分を昂らせる事自体は構わないのだが、その根拠が全く見えないのだ。
「不意討ち出来るのが一番好ましいですけど、先ほどと同じようにはいかないでしょうね」
「さっきのはたまたま洞窟内だから良かったものの、山の頂上じゃ埋めるって手段もとれない。お前の魔道具も使えないし、この剣も良く分からん」
ルークは剣へと目を移す。青色の宝石が一個砕けたものの、まだ数個の宝石がはめ込まれている。ティアニーズの推測が正しいとして、鞘に何かしらの力が備わっているとしよう。
しかしながら、ルークはその使用方法が分からない。
無我夢中で適当に振り回した結果助かっただけであって、切り札や攻撃手段として用いるのにはいささか不安が残る。
かといって他に宛がある訳でもなく、本格的に生身で挑まなければいけなくなっているのが今の状況なのである。
「最終的にはその剣に頼るしかないです。都合良く魔法が使える訳ではないし、貴方がどうにかしてその剣を抜いて下さい」
「お前がやれよ。ほれ、剣やるから」
「いりませんよ、私では持ち上げる事すら出来ませんから」
「あぁ、それ良いな。わざとドラゴンに剣を喰わせて重さで動きを封じるとかどう?」
「仮にも勇者の剣ですよ? そんな使用方法は認めません」
我ながら良い案だったと思うルークだが、ことごとく却下をくらってしまう。
枝をへし折り葉をかき分け、そのまま登る事十数分。
そろそろ山頂にたどり着くかという頃、何の脈絡もなくティアニーズがこう切り出した。
「私の父は騎士団で部隊長を任されていたんです」
「いきなりなんだよ。お前の過去話とか興味ねーよ」
「良いから聞いて下さい。こういう話は黙って頷く男性の方が私の好みです」
「いや、何で俺がお前の好みに合わせなきゃいけねぇんだよ」
唐突に始まったティアニーズの過去話。聞いてないし興味もないルークにとっては雑音でしかないのだが、有無を言わせぬ態度に黙って頷いた。
ティアニーズはルークと顔を合わせる事はせず、進行方向へと視線を向けながら、
「始まりの勇者と共に魔人大戦で戦ったんです。そして、戦死しました。私は顔すら知りませんけど、母から聞いた話によれば立派な人だったそうです」
「そりゃ気の毒に。残念としか言いようがねーな」
「別に気にしてません。父が選んで望んで戦へと挑んだんです、私はその意思を踏みにじるような事はしたくありませんから」
「強がんなよ、お前みたいなガキが」
「強くありたいんです、父のように。自分で自分を誇れるような人間になりたいんです。だから私は貴方に会いに来た……貴方が本物の勇者なら、私は間違いなく昇格出来ますから」
「迷惑だ。お前の事も父親の事もどうだっていい」
ティアニーズの寂しげな横顔を見ても、ルークは労る言葉をかける事はしなかった。
ティアニーズだけではなく、魔人大戦で家族や恋人、友人を失った人間は数えきれないほどに存在するから。
ルークの住んでいた村の村長のその一人だ。
話に聞いただけだが、村長の夫は魔人大戦によって命を落としたらしい。その話を口うるさく何度も聞かされていた事もあり、今さら戦死したと聞いても何とも思わないのだ。
「全ての魔獣を狩り尽くし、世界を平和にする事が私の夢です。もし魔王が復活するなら、私は父の無念を晴らしたいんです。そのためには力が、武力以外の力が必要なんです」
「だから早いとこ昇格して偉い立場につきたいと。ますます自分勝手な野郎だな、お前の野望に俺を巻き込んでなんとも思わねぇのかよ」
「思います、貴方は一般人です。でも、もしかしたら勇者かもしれない。だったら貴方は戦うべきなんです。望んでないとしても、戦えるだけの力があるんだから」
「断る。そんな力欲しくもない。やりたい奴がやれば良いだろ、この世界には勇者なんて腐るほど居るんだしよ」
「だったらその力を私に下さいよ。勇者としての力があれば、私は騎士団なんかに頼らずに済む。一人で全てを終わらせられるんです」
そう言って、ティアニーズは立ち止まり振り返った。その瞳は大きく揺れ、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
いくら大丈夫だ口で言っても、騎士団に所属しているとしても、本来は友達と遊び回る年頃の少女なのだ。
本当なら、こういう状況に立たされた場合優しい言葉を投げ掛けるのが正解なのだろう。父の死を労り、優しい頭を撫でてやるのが正しいのかもしれない。
しかし、ルークは勇者ではない。少なくとも、本人はそう思っている。
「だからだよ。他人を利用する気満々な奴に神様が力を授ける訳ねぇだろ。力ってのはそれ相応の使い方があるんだ、お前はただ自分の欲望を満たすためだけに力を使おうとしてる」
「それは……ダメな事なんですか?」
「全然ダメじゃない、俺だってそうだし。でも、多分そんな奴は勇者になんてなれないし、世界を救う事なんて出来やしないと思うぜ。お前の父親はそれを分かってたから騎士団に入ったんだろ? 世の中には一人じゃ出来ない事なんていくらでもある」
「でも、それでも、そんな状況すら覆せるのが勇者の筈です。始まりの勇者はそれだけの力があった、彼は産まれた時から英雄だったんです」
「お前、本当にバカだな」
真正面から、ティアニーズの言葉を否定した。目を細め、哀れな人間を見るような目を向けて。
ティアニーズはその言葉を受けて、支えにしていた枝をへし折る。しかし、ルークは怯む事もなく、
「誰だって初めは平凡なんだよ、始まりの勇者だってそうに決まってる。でも、自分のやりたい事を突き通して、それが結果的に世界を救っただけだ。英雄なんてのは周りの人間が勝手に呼んだだけだろ」
「そうかもしれません……けど、現に産まれた時から力はあった。彼はその使命を分かっていたんです」
「使命なんてのは自分で決める事だろ。力のあるなしじゃなく、始まりの勇者は自分が望んだ事をやったんだよ」
ルークは始まりの勇者に会った事はない。話で聞いた事しかないが、本当に気持ちが悪いと思っている。
世界を救うために自分が死ぬなんてのはバカだとも思っている。
けれど、
「英雄はなろうとしてなるもんじゃねぇ。周りに認められて初めて英雄なんだ。『勇気ある者』、それが勇者だろ。初めから他人を利用するような奴には絶対になれない」
「とんでもないブーメランですね」
「んな事知ってるよ。だから俺は勇者じゃない、世界を救うために命を投げ出すなんてバカな事は出来ない」
僅かに口元を緩め、ティアニーズは息を吐いた。
ルークの中で、勇者とは底なしのお人好しというイメージがある。当然、老人に手を上げて少女を盗賊に向かってぶん投げるなど言語道断だろう。
だからこそ分かる、自分が勇者である筈がないと。
「だったら……私はどうすれば良いんですか? 今までの行いは、父の無念を晴らすという想いは間違ってるんですか?」
「そんなの自分で考えろ。俺はお前じゃない」
「説教しといて答えは丸投げですか」
「自分で決めろ。お前の人生だ」
それがルークの生き方だ。周りから見れば間違っているのかもしれないが、誰の言う事も聞かずに己の道を突き進む事を信条としている。
勿論、誰かに説教出来るほど立派な人間ではないけれど、ルークはそれが正しいと信じてる。
ルークの言葉を聞き、ティアニーズは胸の前で拳を握り締めた。少女の瞳には強い意志が宿っており、ルークが初めて見た時の凛とした表情をしていた。
心音が高鳴り、ルークは思わず顔を逸らす。
「……そうですよね、私の人生ですよね」
「お、おう」
「決めました、私は世界を救います。貴方と共にこの世界を平和にします」
「おう……え? なんでそうなったの?」
実は、ティアニーズが諦めてくれるかなぁなんて事をルークは考えていた。自分は無力で間違っていると理解させれば、諦めてくれると思っていた。
しかし、蓋を開けてみればティアニーズは更に意思を固め、今までにないほどやる気かな満ち溢れている。
「ん、ごめん俺の聞き間違いかな?」
「貴方と共に世界を救います」
「違う違う、聞こえてたけど空耳だって思ったの」
「貴方の事は嫌いですし好きにはなれません。けれど、その考えだけは理解出来ます。勇者とは周囲に認められた者であり、自ら名乗るものではないと」
「まてまて、それだと俺が勇者みたいになっちまうじゃん。自分でめっちゃ格好つけてるみたいじゃん」
予想外の反応にルークは慌てて手を振って否定。実は俺凄いですよ的な発言に気付き、恥ずかしさが込み上げる。
しかし、ティアニーズはルークの言葉に感銘を受けたらしく、キラキラと瞳を輝かせて準備運動とか始めちゃっていた。
「私は私の信じる道を行きます。今日この日から、この場所から世界を救いましょう! ドラゴン退治を手始めにして!」
「いやごめん嘘! お前めっちゃ立派だから、一人でなんでも出来ちゃう子だから! ねぇ!話聞いてよ! 手を引っ張らないで!」
魂の叫びを上げて拒否するルークだったが、謎の腕力によって手を引かれ、ほとんど引きずられている状態で山を登っていく。
因果応報という言葉があるように、特大のブーメランを投げたら帰ってくるのが摂理なようだ。
結局、ルークの抵抗もむなしく強制的に山頂まで休憩無しで進む事になってしまった。