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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
五章 王の呪い
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五章十四話 『呪い持ち』



 魔獣。

 それは魔王が作り出した生き物で、人間を殺す事だけにのみ生きている生物だ。騎士団がどれだけ討伐しても財源なく姿を現し、その度に人間を襲っている。


 ルークは魔獣を見るのが初めてだ。

 厳密には二回目だが、それより強大な魔元帥との接触の方が多い。この国住む者なら誰しもが恐怖し、戦う事すら投げ出して逃げるような存在。

 改めてルークは思う。

 こんな奴らと、仲良く出来る筈がないと。


「ソラ!」


「あぁ!」


 ソラの頭に手を乗せ、瞬く間に剣へと変化。

 握り、そして一番近くの魔獣の首を斬り落とした。続けて走り、飛び上がって魔獣の顔面を蹴り飛ばすと、倒れた胸へと剣を突き刺した。


「お前ら邪魔だ! とっととどっか行け!」


 一般人が居るせいで、動きが制限されて殺りにくい。倒れていた女性の首根っこを掴んで無理矢理立たせると、そのままガラス張りの床の外へとぶん投げた。

 振り下ろされた爪を防ぎ、今度は腕を斬り飛ばす。そのまま体を回転させ、腰の辺りを横一閃に両断。


「おいおっさん! コイツら連れてどっか行け! やりづれぇんだよ!」


「し、しかし!」


「足手まといだっつってんの! 弱いくせにしゃしゃんな!」

 

 男は唇を噛み締め、苦汁を飲んだように顔をしかめる。ルークに助けられている、その事実がどうしようもなく気に入らないのだろう。

 しかし、直ぐに顔を上げると、近くにいた男に肩を貸し、


「あの男が時間を稼いでいる間に逃げるのだ! こんなところで死んではならん!」


 立ち上がり、男の言葉に従うように悲鳴を上げながら走り出し始めた。

 時間稼ぎとして扱われるのはしゃくだが、ルークは次々と魔獣を斬り捨てて行く。そのかいもあり、辺りには人の影がなくなって行った。

 最後に残った男は、


「おい! お前はどうするつもりだ!」


「このトカゲをぶった斬る! テメェはどっか行け、必ず一発ぶん殴ってやるからな!」


「クッ……!」


 なにかを言いかけるように口を開いたが、男は直ぐに背を向けてその場を去っていった。

 残ったのはルークとソラ。そして魔獣。

 ようやく、周りを気にせずに戦える。


「コイツらよえぇな。加護を使うまでもねぇ」


『当たり前だ。私達は魔元帥と戦って来たのだ、この程度に苦戦する方がおかしい』


 ある程度の経験を積み、ルークは確かに強くなっていた。というより、今までのが化け物過ぎて、普通の魔獣では速度も力も劣っているように感じているだけだ。

 走り、そしてすれ違い様に二体の魔獣を斬る。


『しかし厄介だな、数が多すぎる』


「コイツらどっからわいて来てんだよ!」


 殺せど殺せど、魔獣は次々とわいて来る。ガラスの床から黒いモヤが立ちこめたかと思えば、それがトカゲの魔獣へと姿を変える。

 ルークがいくら斬ろうとも、その度に補充されているのだ。


「面倒くせぇなクソ!」


『数に押されているぞ』


「うっせぇな、まだまだ余裕だっての!」


『そうでなくては困る。ほれ、横から来ているぞ』


 魔獣の首に刃先を食い込ませ、そのまま引き抜いて前のめりに倒れて来たところへアッパー。首が吹っ飛び、血がそこら中に飛び散った。

 ただ、一向に終わる気配がない。

 一体一体の力はそれほどではないにしろ、辺りを多い尽くすだけの数に攻められれば、一人のルークではどうしようもないのが現実だ。


「だぁぁもう! 次から次へと増えやがって、キリがねぇぞ!」


 斬っても斬っても現れる魔獣に、ルークの怒りも段々と増していた。返り血で服を濡らしながら、それでも次々と剣を振り回してバッタバッタとなぎ倒して行く。

 しかし、ルークだって加護がなければ普通の人間だ。

 体力の限界は確実に近づいていた。


「クソ、これじゃ加護使っても意味がねぇ。どうすりゃ良いんだ」


『攻めるしかないだろうな。貴様の体力が底を尽きるのが先か、奴らが全て滅びるのが先か、どちらにせよ斬る以外の道はない』


「んな事、分かってんだよ!」


 強く握り締め、凪ぎ払うようにして光の斬撃を放つ。数十体の魔獣の上半身が吹き飛び、見晴らしが幾分かマシにはなった。

 しかし、やはり殺した側からわき出ていた。

 眉を寄せ、ルークはからからに渇いた喉に唾を流し込む。


「じり貧だな。このままだとやられちまうぞ」


『考えている暇があるなら体を動かせ。死にたくないのならな』


「お前は見てるだけだから楽だろうな。こっちは疲労溜まりまくりだっての」


『ふん、それだけの減らず口が叩けるのなら問題ない。少し時間を稼げ、どうにか打開策を考える』


 迫る魔獣を斬り殺し、蹴り倒し、殴り飛ばし、休む暇など与えてくれる様子はない。

 疲れと苛々で頭がパンクしかけていた時、聞き覚えのある声とともに魔獣の首が吹っ飛んだ。


「ルークさん! 大丈夫ですか!?」


「おっせぇんだよ! もっと早く来い!」


「これでも十分急いで来ました!」


 ティアニーズの姿を見ても驚く事はせず、まずは挨拶がてらに文句を言うルーク。

 僅かに顔をしかめたが、言い返すのをほどほどにすると、ティアニーズは近くの魔獣に斬りかかる。

 それに続き、トワイルとリエルがやって来た。


「元気そうでなによりだよ。事情はあとで聞く、今は切り抜ける事を最優先にしよう」


「ハッ、勇者のくせに苦戦してんじゃねぇのか?」


「バカ言え、ちょうど準備運動が終わったばっかだっての!」


「喧嘩はあとにしてください!」


 四人が集結し、背中合わせで短い言葉を交わすと、四方に向かって一気に走り出した。

 大きく跳躍し、魔獣の脳天に着地すると同時に細剣を突き刺すリエル。そのまま再び跳び跳ね、空中で辺りを見渡すと、


「気をつけろ、コイツら呪い持ちだ! 傷を負わされると呪いにかかるぞ!」


「はぁ!? 言うのおせーよ!」


「今来たんだからしょーがねぇだろ! それともなにか、こんな奴ら相手にもう怪我しちまったのか!?」


「んな訳ねーだろ! 無傷で元気もりもりだっての!」


 呪い持ちの詳しい意味は分からないが、怪我をしなければなんの問題はないのだろう。ならば、やる事は先ほどとなにも変わりはしない。

 増援を得て勢いを増し、元気を取り戻したルーク。いつも通りに、剣術もへったくれもない乱暴な立ち回りで斬り捨てて行く。


「呪い持ちって事は、この魔獣が呪いの原因なんですか!?」


「いや分からねぇ。だが、少なくとも関係はあるだろうな!」


「だったら、一匹も逃がす訳にはいきませんね!」


 ルークと同様に、魔元帥とばかり戦って来たティアニーズは余裕寂々である。いつもボッコボコにされているイメージがあるけれど、意外と実力は高い方なのだ。

 すれ違い様に的確に首を斬り落とし、こちらは剣術の見本のような動きだ。


 いくら数が多いとはいえ、一人一人の戦力はこちらが上。ゆっくりと、少しずつだが、確実にその数を減らしている。

 だがしかし、やはり底を尽きる事はない。

 なにかしらのカラクリを暴かなければ、根本的な解決にはならない。


『ルーク、床を見ろ。なにか違和感がないか探すんだ』


「床?」


『あぁ、魔獣を作り出すにはどこかに紋様を設置する必要がある。ようやく掴めてきたよ、この町になにがおきているのか』


「紋様っつってもなぁ……って、あれか?」


 目の前の魔獣の胸を一突きにし、ルークはガラスの床へ視線を下ろす。襲って来る魔獣にも警戒しながら探していると、なにかごちゃごちゃとした黒い文字のようなものが刻まれていた。


『それを消せ、私ならそれが出来る』

 

「あいよ!」


 迫る二体の魔獣を踏み台にして飛び上がると、ルークは振り上げた剣を逆手に持ち、落下の勢いを使って床に突き刺した。瞬間、剣が触れた箇所から雷が四方に走り、刻まれた文字が消滅した。

 直ぐ様後ろを振り返り、


「これで良いのか?」


『あぁ、あとは残りを殲滅しろ。ま、もう終わっているようだがな』


「こっちは終わりましたよ」


 既に全ての魔獣が居なくなっており、最高潮になったテンションの行き場を失うルーク。別に気にしてないよ、的な笑みを浮かべて誤魔化し、剣を適当に放り投げた。

 空中で人間の姿に戻り、両手を広げて華麗に着地。


 トワイルは剣についた血を払い、辺りに魔獣が居ない事を確認すると、


「さて、なにが起きたのか聞かせてくれないか?」


「俺も良く分かんねぇ。いきなり現れたんだよ」


「……それはおかしい。本来、魔除けの魔石があるから魔獣は町に入れないんだ。それにあれだけの数だ、仮に入って来たんだとしても分かる筈だ」


「んな事言われても事実なんだからしゃーねぇだろ。おっさんをぶん殴ろうとして、いきなり人が倒れて、そんで魔獣が現れたんだよ」


「うん、最初の方に変な言葉があった気がするけど、今は聞かない事にしておくよ」


 さも当たり前のように『おっさんをぶん殴ろうとして』と言っているが、普通に町を散策しているだけではそんな場面に出くわす事はまずない。

 トワイルは困ったように眉間にシワを寄せていると、ソラが出番かと言わんばかりに二人の間に割って入った。


「それについては私から説明しよう。この町でなにがおきているのか、ある程度は把握出来た」


「それは本当かい? なら早速お願いするよ」


「あのぉ、話の出鼻を挫くようで悪いんですが……」


 ソラがドヤ顔で説明を始めようとした時、少し離れたところでティアニーズが手を上げた。申し訳なさそうにうつ向き、なにか言い辛そうに左腕を押さえていた。

 押さえていた手をゆっくりと離し、肌に刻まれた傷を見せると、


「切られちゃいました」


「は、ハァ!? もっ早く言えよバカ野郎!」


「す、すみません。全然体に異変がおこらなかったものですから」


「んな訳ねーだろ! 治すから早く傷見せろ!」


 可愛らしく舌を出して報告するが、リエルは聞いた途端に大声を出して慌てて駆け寄る。

 怒りと焦りが混ざった表情でティアニーズの腕を掴み、傷口を凝視するが、次第にその表情が崩れていった。まるで、信じられないといった表情に。


「お前、本当にあの魔獣に傷つけられたんだな?」


「はい、間違いないです。ちょっと油断してしまって、爪の先で引っかかれました。……あの、どうかしましたか?」


「いや、お前呪いにかかってねぇぞ」


「え? でも、確かに切られましたよ?」


「あぁ、普通に考えれば呪われる筈だ。あの魔獣は間違いなく呪い持ちだったからな。でも、お前の体にはなんの異常もない」


 首を傾げ、再び自分の傷を眺めるティアニーズ。ルークは見ていなかったので分からないが、切られたというのは本当の事なのだろう。

 それに、呪いの専門家であるリエルが言うのだから、あの魔獣は確かに呪いを持っていた。となると、原因はどちらでもなく、ティアニーズにあるという事だ。


 腕を組んで考えるリエル。

 トワイルとルークはなんのこっちゃ分からずに首を傾げていると、今度こそ出番が来たと言わんばかりにソラが一歩踏み出した。

 誰にも邪魔されないように喉を鳴らし、


「恐らくだが、ティアニーズの体は呪いに対する耐性が出来ているのだろう」


「耐性、ですか?」


「前に呪いにかかった事があっただろう? 恐らくその時だろうな。普通の人間が治してもそうはならんが、貴様の場合治したのは私だ。それに、その時に三人分の精霊が貴様に力を使っている」


「……良く分からないですけど、呪いになれたって事ですか?」


「あぁ、かなり弱いが加護がついている。これに関しては私も予想外だった、貴様と私の相性が良かったのだろうな。と言っても、先ほどの魔獣程度の呪いしか防げんがな」


「んだよそれ、精霊ってのはアタシの専門分野まで奪うのかよ」


 今までリエルがどれだけの努力をしてきたかは分からないが、知らない知識を吐かれて悔しそうに舌を鳴らした。

 当然、そんな悔しそうな顔をすればこの精霊さんは調子に乗るので、勝ち誇ったように胸をはり、


「まぁそんなに落ち込むな。私は精霊だからな、人間に出来ない事が出来て当然だ。もっと敬っても良いのだぞ?」


「うっせぇな、落ち込んでなんかねーよ。もっと頑張らねぇとって思っただけだ」


「む、貴様がどれだけ努力しようと私には勝てないがな」


「お前、呪い治せんのかよ」


「ふん、そんなの無理に決まっているだろ」


 この精霊は、とりあえず威張るのが大好きなようだ。出来ない事を出来ないと素直に言えるのは良い事だが、ここまで清々しいと逆に凄い事なんじゃないかと思えてくる。

 リエルは頬を引きつらせながら半笑いし、


「ともかく、お前が呪いにかかってないんだとしても、帰ってもう一度ちゃんと見る。分かったな?」


「はい、お願いします」

 

「うん、じゃあ一旦戻ろうか」


「ん? まてまて、私の話を聞いてからにしろ」


 ドヤ顔の精霊を無視し、三人は勝手に歩き出す。

 披露したくて仕方なかった知識を言えず、ソラは不服そうに頬を膨らませて唇を尖らせていた。しかし、ゆっくりと首を動かして視線をルークへ向けると、


「ルーク、なにが起きているのか聞きたくはないか?」


「……疲れたから休む。話ならあとで聞いてやるよ」


「嘘をつけ、あとでやるとかあとで聞くとか、それは絶対にやらない人間の吐く言葉だ。特に貴様はそういう人間だろうに」


「聞いてやるって言ってんだろ! あ、テメ、腰にしがみつくんじゃねーよ!」


「貴様が聞くまで離してやらんぞ」


 なに食わぬ顔で横を通り過ぎようとしたが、この精霊が逃がす筈もなく、背後から手を回してルークの腰にしがみつくソラ。

 結局、ルークは話を聞く事もなく、ソラが離す事もなく、そのまま宿舎へと戻るのだった。



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