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量産型勇者の英雄譚  作者: ちくわ
五章 王の呪い
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五章十話 『精霊の事情』



「なぁ、なんかめっちゃ腹いてぇんだけど、お前なんかした?」


「へ? べ、別になにもしていませんけど?」


「殴られたっぽいんだよな。イカ野郎にはやられてねぇし、俺が寝てる間に誰か殴ったんじゃねぇの?」


「それはだな、ティアニーズが貴様に接吻をーー」


「あァァァァァァァ! なんでもない、なんでもないです! 聞かないでください!」


 次にルークが目を覚ました時、既に壊れた船の修理が始まっていた。修理と言っても大した事は出来ず、ボロボロになった船底やら甲板に木の板を打ち付け、壊れた箇所を軽く修復する程度なのだが。

 ともあれ、クラーケンの撃退には成功したらしい。


 記憶が欠けているけれど、まぁ生きているから問題はない。ティアニーズがソラの口を必死に塞ぎ、ソラの顔が生気を失っているが問題はない。

 こうして、無事に生きているのだから。


「よぉ、目ぇ覚めたか? お前達のおかげで誰も死なずに済んだぜ。部下を助けてくれてありがとな」


「たまたま近くにいただけだ。いつもなら見捨ててた」


「なら、その偶然に感謝しなきゃな。船長としてお前達に最大限の礼を言うぜ」


 どでかい木の板を両手で抱えながら、通りがかりにヨルシアが頭を下げる。ただ、船の修復に手一杯らしく、それだけ言って直ぐに戻って言ってしまった。

 ルークはマストにもたれかかり、


「お前は行かなくて良いの?」


「ルークさんが目を覚ますまで待っていたんです」


「いや、別に待つ必要ねーけど。つか、さっきからなんだよ」


「な、なにがですか?」


「めっちゃ見つめてきてんじゃん」


 先ほどからティアニーズがジーッと顔を見つめてくる。厳密に言うと顔の下半分に視線が集中しており、ルークはなにかついていないか触って確かめる。

 ティアニーズは動揺丸出しで顔を逸らし、


「べ、別に見てなんかいませんよ」


「あー、そう。だったら早くどっか行け、他の奴を手伝ってやれよ」


「元々そのつもりです。ルークさんはちゃんと休んでくださいね」


「へいへい、言われなくても休むっての」


 誤魔化すように頭をブンブン左右に振り、ティアニーズはそそくさと修理の手伝いに行ってしまった。 疑問は残るものの、特に気にする様子もなくルークは体の力を抜いた。

 すると、隣に座るソラがこんな事を言う。


「ルーク、貴様は分かっていると思うが、やはりこれは精霊が関わってると思う」


「やっぱりか。海に落ちた時、なんつーか変な感じがしたんだよ。声っつうか、音っつうか、聞こえてきたし」


「今の貴様は私と契約して、僅かだが精霊の力を持っている。恐らく、そのせいで精霊に対して敏感になっているのだろうな」


「お前はなんも感じねぇの?」


「酢豚にパイナップルが入っていないかいるか程度にしか感じない。私の力の大部分は、魔王の封印に割いているからな。それに、記憶の欠場とともに多くを失っている」


「良く分かんねぇけど、関知とかは無理って事か」


 クラーケンによって海に引きずり込まれた際、ルークは謎の声らしきものを耳にした。誰が発していたものかは分からないが、とても寂しげで、とても悲しい声だった気がする。それと同時に、底の見えない怒りのようなものも感じた。

 あれがリヴァイアサンによるものなのだとしたら、とてもじゃないが祈りを捧げたところでなにかが変わるとは思えない。


「貴様が感じれるほどにリヴァイアサンとやらは巨大な存在、暴れだしたらどうなる事やら」


「やめろ、変なフラグ立てんじゃねぇよ。今さっきどっかのわがまま姫のを回収したばっかなんだよ」


「どんな時でも最悪の事態を想定して動け。貴様も理解した筈だ、黒マントに襲われた時に」


「んな事分かってんだよ」


 あの時、ウルスを倒しさえすれば全てが終わると思っていた。デストにしろウェロディエにしろ、魔元帥とは我が強い奴が多い。だから、勝手に協力はしないと決めつけていた。その結果が、腹を斬られて丸二日寝込む事態を招いたのだが。

 そして、もう一つ、不安要素がある。


「どうした?」


「いや、やっぱ時間制限はきちぃなって思っただけだ」


「あぁ、加護の事か。私としても情けない事にあれが限界だ。前は時間制限などなかった筈なのだがな」


「やっぱ封印に力を使ってるからなのか? あと記憶喪失」


「恐らく、な。他に要因があるとすれば……いや、なんでもない。私は貴様を選んだ、それで十分だ」


 意味ありげな視線を送られ、ルークは分からずにポカンとした顔でソラを見る。さりとて、聞いても答えてくれそうにもないので、ルークは作業する男達に目を向けながら、


  「そもそもよ、魔獣ってなんなんだ? 普通の生き物とは違うんだろ?」


「私に聞くな。知っていたとしても覚えていない。少なくとも、魔王が作り出した生き物という事だけは分かっている」


「それくらい俺にも分かるっての。精霊は魔元帥を殺せるってのも良く分かんねぇし」


「別に人間が魔元帥を殺せない訳じゃない。ただ、とんでもなく難しいだけだ」


「なんだよそれ。すげー適当だな」


「理由は私にも分からん。そういう風に作られているだけ、としか言いようがないんだ」


「作られている? 誰に?」


「そんなのーー神に決まっているだろう」


 さも当然のように言うソラ。精霊なんて伝説の生き物が突然現れたのだから、神様だっていそうなものだが、人間が言うのと精霊が言うのでは説得力が段違いだ。

 僅かに驚いたように目を開いたが、ルークはいつも通りの口調で、


「やっぱ神様っていんのか。願いとか叶えてくれんの?」


「そんな事する訳ないだろ。神はただ見ているだけだ。自分の作り出した世界と生き物をな」


「暇なのな。ニートかよ」


「神は人間を作り、それを監視するために精霊を作り出した。昔は精霊が人間を裁いていたが、人間が法を作ってからは関わりを持たないようにしているんだ」


「あのさ、ずっと気になってなんだけど、お前歳いくつ?」


「失礼だぞ。乙女に年齢を聞くなど」


 中身はともかく、見た目だけなら十歳前後。ほぼ無表情で、たまに悪魔のような笑みを浮かべる事もあるが、貧乳を気にして牛乳を大量に飲む姿は、子供らしいっちゃ子供らしい。

 中身はともかく。


 ソラは少し考える仕草をとり、


「仕方ない、今回は特別大サービスで教えてやろう」


「いや別にそこまで知りたくねぇけど」


「とは言ったものの、私も正確には覚えていない。千年は余裕で越えているだろうな。そもそも、精霊に寿命はない」


「とんでもねぇババアじゃん」


 とりあえず、頬にありがたい拳骨を頂戴した。

 貧乳やらババアやら、意外と中身は乙女なのかもしれない。とはいえ、ルークの思い描く乙女とはかけ離れているのだが。


「精霊は基本的に死なない。ただ、不死身という訳でもないがな」


「死なないのに不死身?」


「精霊の国での禁忌、同族殺しだよ。精霊は精霊にしか殺せない。だから、お互いに殺し合う事を固く禁じているのだ」


「ほーん、精霊にもルールとかあんのな。イメージ的には自由な気がすっけど」


「そうだな、ほとんど貴様が思っている通りだと思うぞ。ただ、同族殺しだけは絶対の禁忌だ。それを犯した者はいない……というか覚えていないが、それなりの罰が下される筈だ」


 と、ここまですらすらと語り続けるソラ。

 ルークは適当に相づちを打ちながら、ところどころで口を挟んでいたのだが、改めて思う事があった。


「お前よ、結構話してねぇ事あんじゃん」


「聞かれなかったからな。わざわざ話す必要はないだろ」


「そりゃそうだけど。お前、他になんか言ってねぇ事ねぇの? 魔元帥に関する事で」


「ない、と思う。その内思い出すかもしれんがな」


「だったらその都度話せ。聞かれなかったから、とかアホな理由はなしだ」


「分かったよ。貴様が私の記憶を取り戻す手伝いをしてくれたらな」


 いまいち信憑性に欠けるが、魔元帥の知識に関してはソラに頼るしかない。なので、当面は彼女の記憶をどうにかして取り戻すのを先決するべきなのだろう。

 新たな知識とともにやる事が一つ増え、ルークはため息を溢したのだった。



 それから数時間後、船の修復もある程度終わり、手伝っていたティアニーズ達が戻って来た。他の乗客は夕飯との事で、今は船内でのんびりとしているらしい。

 当然、ルークはなにもせずにただ見ていた。


「いやぁ、本当に助かったぜ。流石は騎士団、頼りになるな」


「いえ、ヨルシアさんのおかげで俺達は生きていられますから。これくらいのお手伝いは当然ですよ」


「ハッ、どこまでも出来た兄ちゃんだな。それより、本当に感謝する。死人が一人も出なかったのはお前達のおかげだ。この船を代表して、きちんと礼を言わせてもらうぞ」


「はい、こちらこそ助けていただいてありがとうございます。ヨルシアさんの指揮、とても素晴らしかったです。隊を率いる人間として、俺も学ぶ事が多くありました」


 礼儀正しく頭を下げるヨルシアに、トワイルも同じようにして頭を下げた。

 お世辞、という訳でもないだろうが、良くもこうすらすらと、人の気分を高める言葉が出てくるもんだなぁ。なんて感心していると、


「本来クラーケンはあそこまで好戦的な生き物じゃねぇんだ。海の悪魔なんて大それた呼び名がついちゃいるが、こっちがなにもしなけりゃ手出しはしてこない」


「となると、あのクラーケンも海の異変が?」


「恐らくな。ぶつかっちまったからって可能性もあるが、いきなり人を引きずりこむなんて事は今までなかった」


「一刻も早く、原因を突き止めないとですね。……俺が思っていたよりも、事態は深刻なようだね」


 トワイルは進行方向を見て、一人で小さく呟いた。

 そんな中、しんみりとした雰囲気を吹き飛ばすようにヨルシアが手を叩く。


「ま、それはついてからだ。今は飯にしようぜ。海の男の料理を振る舞ってやる、よだれが止まらねぇぞぉ」


「やっと飯かよ。ッたく、休まず働いてくたくただっての」


「う、海の男の料理! とても楽しみです!」


 疲れたようにため息を吐くリエルと、瞳をキラキラと輝かせてブンブンと腕を振るエリミアス。それにつられ、トワイルとティアニーズも肩の力を抜いた。

 エリミアスを除き、全員がクラーケンとの戦闘を終えたあと、そのままろくな休みもたらずに手伝っていたのだから疲れるのも当然だ。


「ならば早く行くぞ、私は腹が減って仕方ない。おい船長、牛乳を忘れずにな」


「あいよ、嬢ちゃんは精霊だもんな」


「あぁ、精霊のエネルギー源は牛乳なのだ」


「なんだよその嘘。貧乳気にしてるだけだろ」


「む、私は貧乳ではない。美乳なのだ」


 暴力が飛んでこないのは、それだけ海の料理にテンションが上がっているからなのだろう。

 偉そうにない胸をはるソラを無視し、ルーク達は船内へと戻って行くのであった。



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