4話 夕暮れの奪還劇
「はぁ...はぁ...一体なんなんだよあいつ」
夜に差し掛かろうとしているドーラン村を走り回る1人の少年が息を切らして誰かのことを恐れるように独り言を呟く。その少年は薄汚れた白色のフードを被って顔を隠しており、誰かに追われているのか全速力で走り回っていた。
「あの旅人ちょっと速すぎる…今までの旅人の比じゃない、ちょっと奥の手を使わないと...いやあいつは例え『これ』を使っても撒けないかもしれない」
そう言いながらフードを被った少年は後ろを確認しながら村にある建物と建物の隙間を通り抜け、村の人達がいつも狩りや猟で使用している道具が保管されている物置の屋根の上まで一気に飛び乗った。
その物置の屋根に飛び乗ると今度はその物置の屋根より高い建物の屋根に、さらにその建物より高い屋根へと転々と登って行き、やがて村人が住んでいる家の屋根の高さまで登りその屋根の上を駆け抜ける。
「さすがにあの旅人でもここまで来るのに少しは時間が掛かるはず、でもいずれこのままじゃあの旅人に捕まるのも時間の問題かもしれない…よし『これ』を使うか」
フードを被った少年はそう呟くと家の屋根から屋根を飛び移りながら、右手を自分のズボンの右ポケットに突っ込んで何かを掴み『それ』があることを確認する。
そして村の1番端にある家の屋根の端っこの行き止まりで立ち止まり、そして振り返って後ろから追ってくるであろう人物を待った。
「よっと」
するとその旅人は気の抜けた声を出しながら地面から7~8メートルはあろう高さの屋根の上に軽々としたジャンプで到達し、フードの少年との距離を徐々に詰めて追い詰めていく。
「いやいくら何でもそれはおかしいでしょ!」
フードを被った少年シュージは旅人の異常にも思える身体能力に驚きを隠せず声を荒らげてツッコミをした。
まずスピードに自信がありドーラン村を知り尽くしているシュージは土地の利を活かしているにも関わらずそれに軽々と追いついてくるスピード。
それと物置の屋根程度の高さまでのジャンプが限界だったシュージに対して、家1つ分の高さを軽々としたジャンプで到達してしまう跳躍力。
そして立ち止まって息を整えるのに集中しなければいけない程に疲れてしまっているシュージに対して、走り回っていたにも関わらず息1つ乱していない持久力…どれを取ってもあの旅人はシュージよりも完全に優れている。いや比べるのがおこがましい程に力がかけ離れてるのである。
それに旅人達に見つからないように、道具屋近辺からある程度距離を取った場所で旅人2人に見つからないように隠れながら見張っていたにも関わらず、旅人が連れの女性に剣と袋を託して準備運動し終わった瞬間にシュージに向かって一直線に走ってきたのである。
普段旅人から逃げる時は、わざとシュージを探している旅人の目に付く場所にわざわざ姿を現してから逃げるというのがいつもパターンなのだが、あの旅人はまるでシュージのいる場所がすでに分かっていたかと思う程にシュージ一直線に迫ってきたのである。
これほどの化け物から財布を盗めたことは完全に隙を突いての行動だったとはいえ、今ではあっさりあの化け物から財布を盗めたことにかなり疑問を抱いている。盗めたこと自体奇跡といってもいいかもしれない。あるいは『わざと』盗ませてくれたのかもしれない...理由は分からないが。
「だがこんなバケモンから逃げ切れれば僕も1人前だよな!」
「化け物か...ってそもそも試されてるのはこっちって話じゃなかったっけ」
「僕が試してるのはあんたみたいなバケモンじゃなくてあくまで普通の旅人だ!これでも喰らえ!」
そしてシュージは化物に向かってズボンの右ポケットから取り出した手のひらサイズの黒くて丸い物体を化物に向かって投げた。
「だから化け物って...うわっと!」
するとその黒い物体はライドの目の前で弾けた途端にとても大きい爆発音と共に黒い煙幕が屋根全体、いやそれ以上の広範囲に広がりライドを包みこんでいく。
シュージの言っていた奥の手というのは煙玉のことで、爆音と煙幕で音と光を遮ってその間に逃げるという戦法であり、自分より格上の相手から逃げ切る時などの危機一髪な状況を切り抜ける為に自ら編み出し作っていた物である。
「よっし始めて使ったけど成功だ!今のうちに『あそこ』へ逃げるぞ!」
シュージは煙幕が出た瞬間に屋根の上から飛び降りながら嬉しそうに軽くガッツポーズをしつつ、地面に着地してすぐに村の隣にある湖へ近道をしながら見つからないように心掛けつつ、湖へ行くための森の道を行くための裏口に向かって走っていった。
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「ふう...さすがにここまでこれば大丈夫だろう」
ドーラン村の裏口から大体徒歩で30分程時間が掛かるところを、後ろから追って来ていないか確認しながら近道を走っておおよそ10分程で湖に着いたシュージは湖の周りの森に生えている木に紛れ、辺りを見回し人気がしないのを確認した後に木の幹に凭れ掛かり、そして背中を引きずるように腰を落として息を整えた。
先ほどまで夕日が出ていたが湖に向かって森を走っている間に沈んだようで、今では太陽の代わりに月が出てきており、闇夜を優しい光で照らしていた。
明るい昼時は村の漁師が魚を取ったりと舟が複数出ていて活気が溢れている湖だが、夜は複数ある舟は綱で繋ぎ止めてあり、流されないように工夫が施されている。といっても湖なので基本波が立たず舟が流されることはそうそう無く、豪雨や嵐が起きない限り止めておく必要はあまり無いのであるが。
静かで物音一つ立たない湖の水面には空に浮かぶ星達が写っていて、なんといってもその星のデコレーションの中心には満月が写っており、とても神秘的でその光景を見ていると不思議とか心から『安心感』に似たようなものが湧いてくるのである。
この光景が好きなシュージは満月の夜は必ずこの場所へ訪れるようにしている。この光景を『5年前』に両親が仕事でドレールに行く前に見せて貰ってから月に1度、満月の時に訪れる習慣を5年間ずっと続けてきたのである。
...と言っても今回はあの旅人から逃げる為だけにここに来たのでこの湖に訪れたのはついでだった訳ではあるが。
正直あの旅人をこれで撒けたとは思ってないシュージはズボンの左ポケットに入れていた旅人の財布を取り出し、それを眺めながらすぐに追いついてくるであろう旅人に事情を説明し謝罪する為の言葉を考えながら、あの旅人そのものが何者かについて考えていた。
「...にしてもあいつ一体何もんなんだろう。あれでも一応は人間だろうけどちょっと人間離れしすぎじゃないか?もしかして人の皮を被った化けもーー」
「「がおー!」」
「うわぁぁぁ!!」
シュージがあの旅人の化け物じみた力ついて疑問に思っていると、凭れ掛かっている木の上からその化け物本人である旅人がさっき道具屋で一緒に連れていた女性をお姫様抱っこの形で抱えながらシュージの目の前で落ちてきて、追いかけて来てた旅人は本気の雄叫びで脅かし、その旅人が連れていた女性はとても可愛らしい雄叫びをあげながら両手を挙げてシュージを驚かせる。
シュージは2人の大声の脅かしが相当効いたようで半分涙目になりながら腰を抜かしてしまう。
「うわぁ..!食べないで下さい!」
「…食べないよ...」
シュージは錯乱しているようでどうやら本物の化け物に襲われたかのような調子で旅人に恐れ慄いており、食べないでくれと必死に懇願していた。
「...ねぇライド?ここまで驚かせる必要無かったんじゃない?」
「いやー化け物は化け物らしく脅かすのがいいかと思ってね。そーですよどーせ俺は化け物だ…」
「そんなことから!ライドは化け物なんかじゃないわ!確かにライドはいくら走っても全然息切らさないし、普通の人達よりちょっと力は強いけど化け物ってほどでは…無いわ!ライドはライドよ!」
ーーライドはライドよ!化け物なんかじゃないわ!ーー
「...気遣いありがとうセーナ。正直自分でも『化け物』だって分かってるし慣れてるつもりなんだけどな...昔からセーナの優しさには救われてるよ」
シュージが過剰に驚いた後にライドが姫様を丁寧に地面に下ろすと姫様はライドに少しやり過ぎではないかと指摘したが、ライドはどうやら化け物と言われたことをほんの少しだけ根に持ったようで、化け物呼ばわりしたシュージに対し、化け物らしく脅かそうと目論んでそれ自体は成功はしたものの、ライドは自分で自分のことを化け物と認めた行為をしたことによって、意識は上の空になり自己嫌悪に陥ってしまうが、姫様が必死に化け物じゃないとフォローをする。
姫様のフォロー受けたライドは少し落ち着いたようで、前にもこんなことあったっけと昔姫様に心を救われたことを思い出しながら姫様に感謝をした。しかし姫様は何が救われているのか見当もつかないようで、困った顔で首を傾げている。
「...?まあそれよりもシュージ君!ライドに化け物なんて呼んじゃダメでしょう、まずはちゃんとライドに化け物って呼んだこと謝りましょ」
「あっはい。え、そこ?...化け物って言ってすいません」
「まあその辺は自覚あるし別にいいんだけどね...」
姫様は腰を抜かしたシュージにライドの財布を盗んだことでは無くて、ライドを化け物と呼んだことを謝らせる。
シュージの謝罪を受けたライドは別にいいと自己嫌悪しながら言ったあと、今までの暗い顔色を変え元の凛々しく整っていてどこか力強さを秘めた顔つきに戻っていた。
「…っていやちょっと待て!どっどうしてお前達がここにいるんだよ!」
「そりゃあお前が煙幕を投げてきた瞬間に上に向かってジャンプして煙幕の煙より高い位置に跳んだんだよ。そしたら落下してる途中にお前が遠回りしながら湖に向かってるのを見つけてさー」
「えっ落下してる途中?」
「それでライドは私の目の前に着地した後に私を抱えて湖一直線に走ってこの湖まで先回りして隠れてたって訳です」
「え?先回り?」
シュージはこの状況が理解できずライド達に焦りながら問いだたすと、ライドは立ち上がって元の表情に戻りシュージの目指す目的地が湖と分かった理由を説明して、姫様がそれに続いてライドと一緒にこの湖にいる理由を話す。
だが2人が説明によるとまずシュージがライドに煙幕を投げた後にライドは煙幕の煙よりも高く跳び (煙幕の煙は屋根の上から高さ15m以上は広がっていたはずだが)そしてシュージがどこに向かって行ったのか確認しながら落下 (シュージが湖への裏口に到達するまで30秒ほどだったはずだがどれだけ滞空してたのだろうか)、そのまま連れの女性の所に着地してシュージの向かった湖を遠回りしながら先回り (シュージがこの湖に来るまで約10分で、それに対してライドは女性を抱えながら遠回りしてシュージより先についていて、尚且つシュージに見つからないように木の上で脅かす打ち合わせを)していたようである。
...速さに自信のあったシュージはかなりショックを受けたがこの旅人が異次元なだけだと心に言い聞かせると何かを悟ったように立ち上がる。
「そうか...あなたの方がずっとずっと上手だったってことですね。財布はこの通り返しますし罰も受けます。煮るなり焼くなり好きにしてくれて構いません」
シュージはそう言ってさっきポケットから出した財布をライドに返して被っていたフードを脱ぎ、両手をあげて抵抗の意思が無いことを示す。
フードを外して現れたのは蒼い目をした金色の短髪の少年で、この状況なのに対してそこまで恐れておらず覚悟を決めた瞳でライド達を見つめる。
といってもここで無駄な足掻きをしても絶対に逃げ切れないし、戦っても絶対に勝てないであろうからもうシュージに降伏以外の選択肢が無いのではあるが...
「今さっき脅かしたので俺は結構満足できてるし、そもそも財布を取り戻せれば別にそれでこの事は終いで良いさ。まあそれより気になってんのは財布を盗んだ真の理由、旅人を試してるってのは何のことかってことだけ教えてくれないかな」
「…分かりました、全部お答えします。えっとライドさんでいいんですかね?」
「ああライドでいいよ、で俺の隣にいるこいつはセーナだ」
「ライドと一緒に旅をしている仲間のセーナです、よろしくね」
ライドがシュージに財布を盗んだ真相を問いだたし、それをシュージは先ほどの小生意気な態度を止めて丁寧な受け答えで了承し、シュージがライドの名前を確かめたその流れでライドと姫様は自己紹介を行う。
「では改めてシュージ・ヴァイザーです、宜しくお願いします」
「……」
「...えっ!?」
姫様の自己紹介の流れでシュージは自分の名前を言った途端ライド達の表情が変わった。ライドは表情を曇らせ黙り込み、姫様はその名に思い当たりがあるのか驚きの表情を隠せないでいる。それを見たシュージは慌てながら、
「道具屋のオッサンから名前は聞いたから知ってるかも知れないですけど一応自己紹介の流れだったのでしたんですが何か気に障ることしました?あっ財布盗んで化け物呼ばわりしましたよね…すいません!」
「いやちょっと聞いたことのある名前だったからな。まあそれよりも財布を盗んだ理由を教えてーー」
ドォーーン!!!
「「「!!」」」
ライドが改めてシュージに真相を問い詰めようとしたその瞬間、突如村の方から大きい爆発音が聞こえ3人は同時に村の方を驚いた表情で振り返る。
「なっ何が起こったんだ!」
「ねぇもしかしてあれって…」
シュージが驚きなが状況が理解できずに戸惑っている中、姫様が今日一日の中で一番深刻な顔をして村の方に見えるものを指差して呟く。
「あぁ間違いない、あれは…」
村の方に向かって飛んできている複数のシルエット、そして村の方で立ち上っている赤黒い炎、この状態が示すことは1つしか無い。それはーーーー
「魔族がこの村を滅ぼしにきやがった」
それは魔族の軍勢がドーラン村を滅ぼしに訪れた、その事実1つだけである。