3話 旅人を試す少年
「えっ、あのライドが財布を盗られた!?」
フードを被った小柄な少年に財布を盗まれてしまい、ほんの少しだけ驚いたような素振りはしているものの、大して焦っていない様子のライドとそれを横で見ていた、状況の整理がまだ出来てない姫様は数秒の間呆然と立ち尽くしたあとに、今起きた状況を理解したのかその理解した状況をそのまま声に出した。
「たははー盗られちゃったなー。すいません店主さん、お会計はもうちょっとだけ待って貰えますか?」
「そんなのんびりしてる場合じゃ無いでしょう!早く財布を取り返さないと!」
急に財布を盗られたにも関わらず、何故か全く緊迫感無く落ち着いているライドに対して、姫様は焦燥感いっぱいで財布を取り返すように促すが、ライドは「大丈夫だよ、財布は絶対戻ってくるさ」と姫様を落ち着かせながら、「ですよね?」と店主の顔を見て言った。
「姉ちゃん安心しな!兄ちゃんが言ってることはホントだぜ。盗まれたことに関しては別に心配はしなくていい。兄ちゃんの財布は必ず帰ってくる。あいつぁここドーランじゃ有名な悪ガキのシュージってんだ」
「でもそのシュージって子が俺の財布を盗んだのは中身の金目当てではないような気がしてるんですが、シュージの真の目的は何でしょう?」
店主は盗まれたことは心配しなくてもいいと姫様を安心させるため、盗んだ人物のことについて話し始める。どうやら財布を盗んだのはこの村の子供のようで、店主はその子についてかなり知っているようだったのでライドはその少年が行った盗みの行動の理由ついて質問をした。
「ほぉ兄ちゃん鋭いねぇ、あいつは普通の子供だったんだが5年前に両親を亡くしてからこんなおかしなことをするようになったのさ。財布に問わず旅のもんの荷物の何かしらを1つだけ持っていくんだ」
「その子は私達のような旅の方だけしか狙わないんですか?」
「あいつはここの村人には決して盗みは働かないんだよ、それにあいつは村人にはとても優しい奴なんだがな。なんせ旅人しか狙わないんだよあいつは、そして逃げ足が恐ろしい程早くてな、あいつを捕まえることができた旅人は1人もいないくらいのすばしっこさだ。それで旅人から盗まれた物を取り返すのを諦めかけたタイミングを見計らって返しに来るんだよ。あいつは盗みを働く目的を俺たち村の人にも『旅人が俺の求めてる奴なのか試している』とか訳分からんことだけしか言わねーんだよなぁ」
店主は財布を盗んだシュージというこの村の少年について知っていることを、ライドと姫様の2人に教えてくれた。 そのシュージという子はどうやら16才の村の少年らしく、5年前に両親を亡くして以降は旅人にものを盗むようになり、旅人に対して何かしらを試しているらしい。5年前に両親を亡くした……?
「なあ店主!その両親はどこでどういう風に死んだんだ!?」
「…あんたらも知ってるだろう?5年前と言えば『ドレール城の悲劇』さ」
「えっ…」
今まで余裕のある素振りであったライドが、急に緊迫した様子で店主にシュージの両親のことについて聞くと店主は忌々しい記憶を思い出すように、5年前の『あの悲劇』のことを口にした。
どうして『あの悲劇』のことがたった今この話にでてきたのかが分からず、店主の言葉に姫様は思わず声を出してしまう程困惑していた。いや、困惑しているというよりは当時のことを鮮明にフラッシュバックしかけているのだ。
ライドは咄嗟にこの話を店主に訪ねたことを後悔した。5年前という単語で嫌な予感はしていたのにも関わらず聞いてしまったある。できればシュージの両親が『あの悲劇』が原因で死んだ訳では無いと信じたかったがために、店主にシュージの両親のことについて聞いてしまった。
もし『あの悲劇』のことに触れてしまったら、姫様があの忌々しい記憶をフラッシュバックするであろうことは分かっていたのに...それでもライドは聞いてしまったのだ。何故なら『あの場所』から少し離れた村に1人息子を残してきた夫妻のことにライドは思い当たる所があったからである。
そしてその夫妻はライドと姫様を生かす為に犠牲になったことをライドは知っていたからだ。
「あいつの両親が務めていたのはドレール城の…」
「その話はもう大丈夫ですよ、ありがとうございます」
店主がシュージの両親の職業について話している途中にライドは店主にこの話はもう必要ないという意思を示す。
「『あの悲劇』に巻き込まれた、それだけでご両親に何があったのかは分かりました」
「そうかい、確かに『あの悲劇』で何が起きたかなんて明白だからな…」
『あの悲劇』で何が起きたかなんてこのアレスチアの世界の人間は皆知っていることだ。ライドと姫様は特にこのことに関しては1番と言ってもいい程その時の状況を知っている人物と言えるのである。
「では店主さん、そろそろ俺たちは財布を取り返しに行くことにします。色々とお世話になりました、財布を取り返したら絶対そのナイフ買いに来るので、それまでは他の人には売らないで頂けると助かります」
「おうよ!このナイフはあんたら以外には売らないでおくから安心しな。っていうかあいつから財布を取り戻すのか?そりゃあ骨が折れるだろうが、兄ちゃんならもしかしたら実力行使でも頑張れば取り戻せると思うぜ、こりゃ俺の勘だ」
「ありがとうございます、お世話になりました。そうですよ!ライドなら絶対財布なんてあっという間に取り戻しちゃうと思います。では店主さん、財布を取り戻してきたあとにまた寄ります!」
『あの悲劇』の話がでてからは、先程まで暗い顔で精神面も不安そうであった姫様もなんとか少し時間を置くことによって、少しずつではあるがいつもの調子を取り戻せたようで言葉遣いもなんとか保てているようだ。
ライドと姫様は店主に別れの挨拶を告げ、財布を盗った張本人のシュージを探すために一旦道具屋から離れた。
「それにしてもセーナ、お前に全然変わってないだなんて言ったけど、お前も少しは成長してるんだなー」
「え?例えばどんな所?」
「そういう所かな」
「どういう所ー?」
姫様は気付いていないようですけれど、さっきまで暗い顔ですぐにでも泣いてしまいそうな顔をしていたのにも関わらずもう元の表情に戻っています。姫様は以前からこれくらいポジティブだった訳では無く、以前は少し心が傷付くような事態があると2、3日はずっと落ち込んだままだったのですが...それに比べたらとても立派に成長したものです。
「さて、俺もやられっぱなしにはいかないかなー。セーナはその場所で待機しといて下さい」
そう言ってライドは姫様にその場に待機するように伝え、背中に背負っている荷物と腰に付けていた剣を姫様に託して屈伸や背伸び等の準備運動を始めた。そして準備運動が終わるとーー
「かくれんぼで人を見つけるのは結構得意だったんですよねー」
と気の抜けたような言葉を放ったその瞬間、ライドは人間のスピードとは思えないような速さでドーランの村を駆け回る。
その時スピードを間近で感じていた村人達が唖然とした表情で、走り抜けるライドの背中を見つめていた。
隠れんぼというよりは本気の追いかけっこが今このドーラン村で始まったのであった。