2話 ドーランの村
「なんとか夜になるまでには到着したわね」
「おかげさまで」
さっきいた草原から姫様がドーランの村まで走って行こうとしてから約1時間程で到着した。といっても走り始めてから数分経った所で姫様は走り疲れたらしく、さらにはもう腹が減って動けないと駄々をこねるので、ライドは渋々背負ってる袋を前に持ってきて、姫様を背中に背負って走ってきたからこの程度の時間で済んだある。
普通に歩いて行くなら先ほどしりとりをしていた場所から半日程かかるであろう距離を、ライドは姫様の「ガンバレ♪ガンバレ♪」という掛け声を背に受けて休まずに走り続けた結果、まるで馬に乗って移動したような速さでドーランの村に着くことが出来た。
しかし姫を抱えて走っていたにも関わらずライドは息一つ切らしておらず、姫様を下ろして2人は隣同士で歩いて、ドーランの村に入っていった。
ドーランの村はこの旅の前に寄ったマステルの街からずっと東に向かった場所にあり、徒歩で約1週間程かかる距離にある村である。
しかし実際ライド達が旅にかかった時間は、たったの5日足らずである。これは姫様が1週間以上かかること想定した食料を4、5日で食べきってしまう計算になることを旅に出て1日目の夜にライドが気づいた為、袋の中に入っている食料が尽きる前にドーランの村に到着しなければならず、姫様が歩き疲れたらライドの背中で休憩するといった形を取ったおかげでなんとか間に合ったのである。袋の食料は尽きているので間に合っては無いが。
5年前まではドレール城が統治していた村であったが、ドレール城崩壊の後その場所はどの城の管轄や国の管理区域にも入らないある種の無法地帯になってはいるが、この村はドレール王から『聖龍の加護』を授かっており、低級な魔族である悪魔を寄せ付けないようになっていて、ドレールからの統治が無くなった今でも悪魔による被害は未だに出ていない程平和な村である為、旅人が好んで目的地の中継地点にすることが多いので、宿屋や旅に必要な道具や食料を売る店が多いのが特徴である。
森林に囲まれた場所にある村は木の柵で囲われていて、さきほどの草原から見えていた森には猪や鹿などの村人達が食用としている動物が沢山おり、森の奥にある大きな湖からは魚が漁れ、生活に必要な水も湖から調達しているようだ。
「夕方だっていうのに結構賑やかだな」
ドーランの村は夕方にもかかわらず、とても賑やかで活気に溢れていた。食料が売っている店で夜ご飯の材料を買いに来ている主婦や、近くにある森と湖で動物や魚を獲ってきた村の男性達が帰ってきており、村の子供達は家に帰る時間なのか友達に別れを告げている。
「楽しそうで良い村ですね」
村に入ってからは、さっきのお転婆な言動や行動が無くなり、まるでお姫様のようなお淑やかさで、ライドの言葉を落ち着いた声のトーンで返す。実際にお姫様ではあるんですけども。
基本2人でいる時はお転婆な姫様ですが、ライドと話す時にライド以外の人がいる場合やその人達と話す時に、お淑やかで気品のある立ち振る舞いをするよう姫様にお願いしている。他の人達に対しては当たり前のように敬語を使い、さらにはライドにまでも敬語を使うよう徹底させてある。
ただしライドと2人しかいない空間や、今ここに一緒にはいないがライド達の仲間であるハイク・ルーカスと3人だけでいる場合に限り丁寧な言葉遣いを辞めて、いつものお転婆な姫様に戻ることを許している。
姫様もこのことに関して、2人きり或いは3人きりになった時以外は、忘れることなくしっかりとお淑やかにすることを継続できている。
そんなことを頭の中で考えていたライドであったが、それらを考えるのは取り敢えず置いておいて、今行くべき場所を頭の中で整理する。
「さてと...宿屋を探すか」
「あっ犬さん見っけ!」
「セーナ」
訂正しよう、2人きり或いは3人きりになった時と可愛い小動物を見つけた時以外だけ継続できている。
ちなみにライドは姫様とは違い、姫様との主従の関係を隠して同年代の旅仲間を演じるようにしている。姫様に対しても『セーナ』と呼び捨てにして、一人称も私から俺になり、姫様に対して人前で敬語も使わないように心掛けている。これらの同年代の旅仲間を演じることについては、姫様とライドが5年前に2人で誓った約束の1つである。
そもそも何故このように街から村へ転々と旅をして、姫様とこのような変わった約束事をしているのかと言うとーー
「んーとねー、それじゃあ君の名前はポロにしよう」
「セーナ」
頭の中で色んなことを思い返してしているうちに、姫様はさっき目が合った茶色の子犬のいる所に行ってしまっていたらしく、紅い目を輝かせながら犬の名前を決めていた。慌てて姫様に自制心を取り戻させる為、姫様の名前を少々強めに呼んだ。
「お腹空いてるんだろ?早く用事を済ませて宿屋に行くぞ」
「わっちょっと...また会おうねーポロちゃん」
姫様の名前を呼んでも犬に夢中で無視されてしまったので、仕方なく手を引きその場から離れようとすると、手を引いたことに少し驚いたようだが、すぐに犬の方を向いて名残惜しそうにしながら犬に別れの挨拶を告げた。
「ほんとにお前はいつまで経っても変わらないよなー」
「それはライドも一緒でしょ?」
ライドは「そうか?」と言葉を返し、宿屋に行く途中に旅に必要な道具を揃えるために道具屋に向かった。道具とは背中に背負っている袋の中に入ってるもので、旅の途中で姫様に作る料理に使う調理用のナイフの切れ味が落ちてしまったので、新しいナイフを買うのが目的だ。ちなみに村や街から離れている時の食事は、全てライドが作っている。
このナイフはここ数年ずっと使い続けてきたもので、少し愛着も湧いていたのが、道具というものは使えば使うほど古くなり、性能や耐久性が落ちるものなので、買い換えなければならないのだ。ナイフも道具なので、いつかは買い替えなくてはならないのである。
「いらっしゃい!旅のもんは久しぶりだな、何が欲しいんだい?」
「自分が料理に使ってたナイフが古くなって切れ味が落ちてしまって...買い替えようかなーっと思いまして」
村の入り口付近から少し歩き、道具屋に着くとそこには、とても明るそうな性格で30代位の少し体格も大きくて、身長も高いスキンヘッドの男性の店主が声を掛けてきた。
「そうかい、じっくり見ていきな!おっ坊主さっさと家帰れよ!」
「分かってるよ!おっちゃんまた明日!」
「おう、また明日!」
店主はライド達に見ていけと言ったすぐ後に、道を走っていた7~8才位の子供達に声をかけ、挨拶を交わした。その店主は子供に人気があるようで、店には商品の他に子供達が書いたであろう、店主らしき人物の絵が何枚か飾ってある。
「村の子供達と仲良いんですね」
「まあな、村のガキ共とはよく遊んでやってんのよ!こんくらい小さな時からずっとだ!」
姫様が店主に子供達のことについて聞くと、店主は嬉しそうな顔と声で、この位の大きさだったと少し大きめな壺を手に持って話してくれた。
「そう言うあんたらも仲が良さそうじゃねーか、もしかして恋人か...もしくは夫婦かい?」
店主に急に恋人だの夫婦だの言われて2人は顔を赤くしたが、すぐさまライドが動揺しつつも否定に入った。
「ちっ違いますよ、こいつは幼馴染みでただの旅仲間っすよ。」
「ほっほんとにそういうのじゃないの」
姫様がライドの否定に合わせて動揺しながらもサポートに入るが、店主は何かを察したように、少しニヤついた顔で商品が並んでいる台からある商品を取り出した。
「なるほどねぇ、そんな熱々な2人にはこれなんてどうだい」
「こっこれは?新しいナイフは1つで充分ですけど?」
「こいつは2つで1組のナイフだぜ、ペアリングって奴だ!値段も1つ分と変わらないし、それであんたら2人が一緒にラブラブしながら料理するってのが良いだろうよ」
店主がライドに勧めてきたのは2本の同じナイフで、2本で1組のペア商品で、主な使用例としてはもう1本のナイフをストックとして使うか他の用途で使い分けて使うくらいだろうが、この店主は2人が一緒に仲良く料理をする為に使うことを想像しているらしい。
「そうだなぁ...ラブラブってのはひとまず置いとくとしてもう1つのナイフは予備のナイフとしても使えるし、2人で料理するっていうのはいいかもしれないな。店主!それ買います」
「えっ買うってことは私も料理するの」
「それ買います」
「えっ」
「毎度ありー!」
ライドは姫様の質問に答えずにそのまま独断で、ペアナイフを買う決断をした。わざわざペアナイフを選んだ理由は、2人でラブラブしながら料理を作ることが目的では無く、姫様に料理を作らせることが1番の目的である。
姫様は料理を食べることはとても好きではあるのだが、今まで料理を作ったことが1度も無いのである。姫様に一緒に料理を作らせようとすると毎回、嫌だ嫌だと駄々をこねてやろうともしないのである。
そんな姫様に料理の楽しさを分かって貰い、そして願わくば姫様には料理の大変さと、それに見合わない位のスピードで自分が作った料理が、無くなってしまう悲しさを味わってもらって、1日に食べる総容量が減ってくれるととても助かるのだが。むしろ食べる量は、今日からでも減らして下さいお願いします。
そして今ライドは姫様と同じ旅人という身分を演じているので、こんな状況でもなければライドは姫様に対して、無理やり押し切ることが出来ないので、この流れで買う様に促すのが得策なのである。
今のライドはむしろ姫様よりも少し優位な状況に立っており、こういう道具の購入の最終的な決定権はライドの手にあるのだ。このようにライドが姫様の意見を蔑ろに出来るのは、ライドや姫様以外の人と一緒にいる時だけでなので、その権利を存分に振るうことが出来るのは、あまり悪い気がしない。
「わっ私の話も、私の...はなしも...」
「あっごめん」
姫様が涙目になった瞬間、ライドは姫様に意地悪をしたことを後悔した。悪戯をして悪い気がしないのは一瞬だけであり、そのあとは姫様の涙のせいで...ではなく姫様の涙のおかげで主従の関係をしっかり再確認でき、反省と後悔の感情に包まれてしまうのだ。これもいつものことである。ライドは姫様に全く敵わないのである。
「あっごめん、セーナはやっぱ料理とかしたくないのか」
「いやっ別に料理がしたく無いってことじゃないんだけど...」
「それじゃあどうして買うのを中断させたんだ?」
「いやだって料理を作るのって初めての体験ですし...それにナイフってなんか怖くて私にはとても扱えません」
今まで姫様は、料理を作ることが面倒であったから手伝いをしなかったのでは無く、もしもナイフを持つということ自体が怖かったからであったとしたら、本当に申し訳ないことをしてしまった。
しかしそれでも姫様にはいずれ見つかるであろう未来の旦那様の為に、料理を覚えて貰うこと以前にナイフにも慣れて貰わなければなりません。なのでその為にはなんとしてでも、このナイフを買わなければならないのです。
「料理の作り方なんて俺がいくらでも教えるしナイフだって徐々に使い慣れていけばいいと思う。でももしここでナイフを買うのを辞めたらお前に料理を作る機会はもしかしたら一生訪れないかもしれないぞ」
「…分かりました。買ってもいいですよ。でもその代わりに料理もナイフの持ち方も本当に少しずつでいいから丁寧に教えて下さいね」
「今度こそ毎度ありー!」
ライドは少し過剰な理由をつけて姫様を焦らせる作戦で説得を試みた結果、姫様にペアナイフを買っても良いという承認を得ることが出来た。決定権はライドにあると言ったな?あれは嘘だ。最終的な決定権はいつも姫様にあるのであった。
「おいくらですか?財布を出すのでちょっと待って下さ...」
ライドがナイフの金額を店主に聞きながら、ズボンのポケットから財布を取り出したその瞬間、後ろから急にフードを被った小柄な少年にライドの財布を奪われそのまま逃げられてしまった。
誤字があるとかここが分かりにくいとか、そういう感想で構わないので頂けると幸いです