1話 村へ
心地よい風が吹き、草花や少しの木々以外に何も見当たらないような草原の中を2人の若者が嬉々とした表情で喋り合いながら歩いてた。
1人は短めにしてある黒髪で、黒い瞳の男性だ。少し着古されている一般の人が着る服と同じような格好をしている。剣を腰に1本鞘に収めており、旅に必要な荷物が入ってるのか、布で出来ている袋を背負っている。
ごく普通の旅人のような格好で、顔だちも一般人男性の平均かそれ以上のものを持っており、明るい顔つきではあるのだが、その感情の奥にはどこか強い意志を持っているように見える。
もう1人は長髪で整えられている銀髪の女性であり、真紅に燃えるように赤い瞳で、服装はおしとやかな格好で動きやすく、あまり目立たないような色のワンピースを着てはいるが、美しい顔つきと抜群のプロポーションは隠れておず、男性をあるいはは女性までもを魅了するような美貌を持っている。
どちらも同じ20代前半位の若者のようで、活気よく楽しそうに歩きながらしりとりをしているようである。
「えーっと、次は『う』か… んーと、じゃあ『馬』!」
「本当に姫様はしりとりが好きですね。 では『マッチ』」
姫様と呼ばれている女性はまるで子供のように、はしゃぎながらしりとりの文字を考え、そして言葉のバトンを黒髪の男性に渡す。男性は半分呆れながらも微笑ましさを感じつつ、言葉のバトンを返す。
「『ち』か〜 じゃあ『チェイミィ』!」
「チェイミィって何ですか!」
言葉のバトンのやり取りの最中に、姫様の口から突如謎の単語が出現したことにより、男性は驚きを隠せない様子である。といってもしりとりをすると毎回こうなっているのだが...
「チェイミィはチェイミィだよぉ… ほらこの前にマステルで名前つけたじゃない。ほら白くて可愛い犬さん!」
「いつも動物に名前をつけるのはいいものを結局1度しか会わないし、見分けることも出来ないじゃないですか…」
チェイミィというのは今回の目的地に寄る前に訪れた、この草原から西の方にあるマステルという街で出会った白い子犬に、姫様が名付けた名前のことだったようだ。
しかし毎回名前を付けるものの、場所を転々と移動しているので街を離れると1度しか出会わないし、街に同じような犬を2匹見つけた時は、どっちがチェイミィかも分からない位ガバガバな記憶力ではあるのだが。
それでも数ヶ月前から数年前に名付けた動物の名前は決して忘れずにいるので、もしかしたら記憶力が無いと言うよりはまた別の物が足りないのかも知れない。
「別にいいじゃない。減るもんじゃないし」
少し言葉の使い方が違うような気がするが、毎回動物の名前のことに関して言うと必ずこう返される。いつものことである。もう治ることはないでしょう。
「姫様、しりとりに動物や人の名前を使うのはルール違反ですよ。また私の勝ちですね」
「もぉーライドってばイジワル」
黒髪の男性ライドはあからさまに得意げな表情をすると、姫様は顔を膨らませて不貞腐れている。大の大人が何やってるんだか。
ちなみにしりとりをすると毎回姫様が動物や人の名前等の固有名詞を言うか、最後に『ん』のつく単語を言ってしまうので、毎回この流れに必ずなってしまうのである。
「姫様、しりとりをしてる間に次の目的地のドーランの村が見えてきましたよ」
2人が戯れている間に遠くに見えてきたのは、木造の建物が複数並んでいて、柵に囲われており、その奥にある森林と大きな湖があること以外は、この世界『アレスチア』の中でもごく普通で一般的な小さな村、ドーランの村である。
「お昼早めに食べちゃったし、夕方までには宿に着いて晩ご飯食べたいかなー。お腹空いたなー」
「朝に朝食と昼食を済ましてしまう姫様がいけません。それに私が昼食を取っている時にも少し分けてあげたではありませんか。袋の食料はもう尽きましたし、この辺りに食べれそうな木の実や動物もいないので村まで何もありませんよ。全く姫様はいつまで経っても食いしん坊でお転婆なんですから。もう少しお控えになってはどうですかね」
駄々をこねる姫様に、ライドは溜息混じりで説教を垂れる。姫様は1人分よりは少し多めな朝食と昼食であったはずのものを朝のうちにぺろりと平らげ、昼にライドの昼食を半分も貰ったにも関わらずに、お腹が空いたと騒いでいる。
ライドは姫様を反省をさせようと、自分の昼食を決してあげまいとしていたのだが、姫様が紅い目に涙を浮かべて震えていたので、可哀想になり仕方なく分けてあげたのであった。
分けてあげるとすぐに泣くのを止めて食べ始めたので、いつもの姫様の泣き落としに嵌められたのである。しかし姫様の場合計算で泣き落としをしているのではなく、素で泣いて縋ってくるので、とても手強いのである。
ちなみにその食べ物の駆け引きは、街や村の宿に泊まっている時以外の野宿をしている時はほぼ毎日行われており、甘やかすのを辞めようと思っても辞められないでいるライドは姫様にとても弱いのであった。
「でも私がこうなのはライドかハイク以外の人がいない時だけでしょ?それ以外の時はお淑やかでしっかり気品のある女性を演じてるじゃない」
「演じるんじゃなく私がいる時も常日頃から意識して欲しいものですよ」
ライドの言葉を聞かまいとするように、姫様は可愛げに舌をだし否定する。しかし実際に姫様は、ライド以外の人といる場合は気品のある佇まいで、今とは打って変わって、まるでお淑やかなお姫様のようである。姫様はお姫様ではあるのだが…
姫様には元気であって欲しいと思う反面、できるだけ自分以外の人間がいる時以外にも、大人しくして欲しいというのが、ライドの願いである。姫様が元気過ぎて、戯言につきあうのに少々疲れるからなのではあるのだが。
ただ元気を無くしてしまっている姫様よりは今のような元気で少々お転婆な姫様の方が良いとは思っているライドであった。
「とりあえずそのことは置いといて…ドーランの宿へ直行ー!」
ライドは「こりゃダメだ」と小さな声で呟きつつも口に笑みを含みながら、笑顔でドーランの村まで走る姫様の後を追うのであった。