昼ごはん
朝ごはんと同じ彼視点からのお話です。
朝というにはだいぶ日が高くなっている。
休日にはいつもセットしている野暮な電子音は鳴らないが、隣から空腹に耐えられない、まぬけな音が聞こえてくる。
ことさら大きな音が鳴った後、先ほどから感じていた、脇腹をつついている力が強くなった。
お腹が空いたというかわいい主張から、さっさと作れという怒りに代わりそうなタイミングでベッドから抜け出した。
久しぶりにお互いの休みが重なったので、昨日の夜は、海外ドラマ鑑賞会という名目で、ゾンビがぞろぞろと出てくるドラマDVDをレンタル店に借りにいった。
スプラッタやグロテスクなのは、偽物とわかってはいても気持ちが悪い。
画面を直視できずに、枕を顔で押しつぶし、叫び声が漏れないように力を注いだ。
お隣さんからの壁ドンは避けられたが、隣からのニヤニヤした視線を感じ、うめいた声が漏れていることがわかる。
頭にきて、枕を投げつけたいが、防御力が著しく下がるため、それもできない。
足で対応したが、枕に視界がふさがれているため、空振りの上、アイツのではなく机の脚を蹴りあげ、悶絶するはめに陥った。
ヒッヒッというアイツの引き笑いに、ひたすら自分の愚かさと、鑑賞の選択権を勝ち取れなかったジャンケンの弱さを呪うしかない。
結局枕は取り上げられ、酒の肴に炙ったメザシに愚痴をこぼしながらも、新聞配達のバイクの音が聞こえるまで頑張った。
十年前ならいざ知らず、ちびちびとであるが、酒を飲みながら、ここまで起きていられたのは、同い年のアイツには負けられないという最後の矜持のためだった。
そんな矜持も次のDVDをいそいそと用意するアイツにあっさりと砕け散り、ギブアップと四つん這いでベッドに入った。
上から布団を掛けてくれ、宴会の片づけをするアイツになんであんなに元気なのかと、頼もしさと脅威を感じたが、前日も休みだったアイツが元気なのは当たり前かと、自分の浅はかさを感じながら意識を手放した。
きっと起きたのは同じくらいだろう、お互い寝たふりをしながら相手が動き出すことを伺っていた。
特に決めてはいないが、先に起きたほうが、ご飯を用意するのは暗黙の了解だ。
結局折れるのは自分だとわかっているが、昨日のジャンケンを引きずっているのか、今日こそはと思ってしまったのがいけなかった。
アイツは寝たふりを止めて、脇腹をつつきだした。
脇腹が弱いことや、スプラッタが苦手なことは、承知しているくせに、わざわざつついてくる。
つつかれた地味な痛みが、じわじわと効いてきた。
後ろ髪を引かれる思いはいつもだが、今日はより一層感じながら、愛おしいベッドのぬくもりから遠ざかった。
納得はしていないという主張をするために、やれやれと言いながら、これみよがしにため息を吐き、晩ごはんはアイツがつくってくれることを信じて、キッチンへ向かった。
炊飯器の蓋を開けて、中身が空なことを知る。
今から炊いていたら、アイツが空腹に耐えられないことは明白だ。
仕方ない、冷凍ご飯を使おうと、冷凍庫からタッパーをだし、電子レンジに入れた。
さて、何を作ろうかと冷蔵庫を開け、卵と鶏肉、豚肉を発見した。
お昼だし、簡単にどんぶりにしようと考え、鶏肉と豚肉、どちらを使うかで迷う。
親子丼も好きだが、他人丼も良いと、難しい顔で悩みながら、冷蔵庫をしめた。
とりあえず、野菜室から玉ねぎを出し、切りながら考えよう。
昨日の晩ごはんはカレー。
アイツが一日かけてつくったカレーは、店に出しても遜色ないできだった。
まだ、少し残っているから、今日の晩ごはんにもカレーが出るだろう。
二日目のカレーはさらに美味しいはずだ。
難事件を紐解いていく探偵の気分になりながら、一つの結論にたどり着いた。
今晩はカレー。
優しいアイツは、二日続けてカレーだけでは飽きてしまうと、もう一品つくってくれるだろう。
買い物に行くのもいいが、せっかくの休み、部屋でゆっくりとしているのも捨てがたい。
カレーに合うのは・・・鳥の唐揚げだ。
そうだ、他人丼にしようと、某京都のCMの曲を脳内で流しながら、冷蔵庫から豚肉をだした。
みそ汁は、インスタントでいいやと、いまだベッドから抜け出せないアイツに任せ、他人丼に取り掛かる。
深めのフライパンに、めんつゆと水と砂糖をいれてかき混ぜ、豚肉と切った玉ねぎをいれて火をつける。
卵をボールに割り入れ、軽くかき混ぜる。
煮立ったところで、弱火にして卵液を内側からゆっくりと回しいれ、蓋をする。
解凍したご飯がしっかりと温まっているか確認して、どんぶりによそい、入り胡麻をまぶした。
なんにでも胡麻を入れるなとアイツは言うが、昔からばあちゃんに、胡麻は健康に良いと言われ続けてきた身としては、言葉には出さないが、いつもお前の健康を考えているのだと主張したい。
・・・絶対に言わないけど。
卵がトロトロの状態で、ご飯にかけて、刻みのりをまぶしたら、他人丼の完成。
アイツの箸と俺のレンゲを用意して、昼ごはんできたぞと声をかける。
全く違う生き方をしてきた他人だからこそ、お互いに味わいがあるだろうと臭いことを考えながら、この後の予定が、鑑賞会の続きにならないことを願う。
いただきます。
ありがとうございました。
楽しんでいただけたのなら、幸いです。
また投稿したいと思います。