信じる心1
協議会が終わってしばらくして
雪の間から覗く花を見つけたら春はもう少し
長かった冬が終わる。
「何!?・・・・そうか・・・・分かった・・・
事が済んだら一度戻ろう・・・。」
ハンガイの分流にして有力部族バイカル族の領域で
二人の男が話していた。
話しかけた方の男が一礼して去った後
その場に残っていた男は少し俯いてしばらく無言で居たが
自分の目立たぬよう明るい色合いに染めた前髪が落ちる額に
耐えられない様に片手の掌を当て俯き唇を噛む。
唇の隙間から零れる音は、忠誠を誓った大切な主君の名前。
「・・・・・・レンチョン<チョイルン>様・・・・・」
「母上ぇ~」
やっと寝かしつけたと思ったのに
又、レンヤンが大粒の涙を流して夢に魘されている。
その様子が余りにも哀れでケルレンはレンヤンを
そっと抱きしめた。
「・・・・・・置いてかない・・・で・・・」
「・・・・大丈夫・・・レンヤン・・」
幼子が頬を涙の流しすぎで真っ赤にして
夢で母親を求めて泣く姿は
切な過ぎてケルレンは胸が張り裂けそうで
小さいレンヤンの手が抱きしめるケルレンの胸の服をギュッと
握り締める様にただ大丈夫と言って抱きしめてやることしか
出来ない無力さが悔しかった。
思い切り握りこまれた為にケルレンの服の隙間から
出てきた紐を通してぶら下げている黄金の耳飾を瞳の端で
見ながらケルレンは眉根を寄せた。
「・・・・そんなはず・・・
・・・いや。・・・・そんなはず無いんだから・・・」
ケルレンは何かを振り払うように首を振った。
姉のチョイルンが突然消えたのは、協議会の宴が行われて
しばらくたってから、
始めは何がどうなっているのか分からなかった
チョイルンがたった一人の宝物である息子のレンヤンを
置いてどこかに行ってしまう訳が無いし
協議会の城で攫われたにしても
いくらチョルンがオタル直系とハンガイの長一族の血と
イェニセイ族側妃という価値があると宴で
多くの一族の主達に知らしめられたのだとしても
大部族のイェニセイ族に戦を仕掛けるような事も
協議会の時期に何かするような
草原の戦士の誇りを捨てる真似を誰かがするような事は
考えられなかったがどれだけ探しても
チョイルンは見つからなかった。
「大丈夫だからね・・・・レンヤン」
「・・・・・ケルレン・・・・・?」
涙を浮かべたままの瞳が開いてケルレンの姉チョイルンとよく似た
セピア色の瞳をぼんやり見てほっとしていた
レンヤンの顔が、目の前に居るのが、
自分の母親のチョイルンでは無いと言う事に気が付いて
見る見る歪んで
「・・・・・ケルレンじゃ・・・・・・無いよぅ・・・
母上ぇ・・・母上が欲し・・・・・のぅ」
言いながらでも温もりが欲しくてますます
しがみ付いてレンヤンは泣く。
ずっと泣き続けているからレンヤンの頬っぺたは、
腫れ上がってカビカビになってしまっていた。
チョイルン・・・貴方が居るから
貴方とこのレンヤンが居るから、
私は、ここに残っているのに・・・・どうしたら良いのですか?
フールン、長兄、私は、どうしたら良いのかな・・・?
「ケルレン長姫<ベキ>・・・・・済みません
お願いしたいことが有るとの事で来られてますが・・・」
天幕の入り口の向こうからレンヤン付きの侍女の
呼びかける声がして
「休んでいるところ済みません長姫<ベキ>・・・・
たびたびで済みませんが
又、ちょっと出てきてもらえませんか?」
その後に男の困りきった声が続く。
突然、総領のチョイルンの姿が消えたので
レンヤンとチョルンをトップにオタル族を再興しようと
ここまで従って来ていた旧オタル族の間で動揺が走っていた。
「・・・・・すぐ行く・・・。」
ケルレンが行ってしまうのを感じてますますびったりと
引っ付いてくるレンヤンを一度大丈夫と言う様に
ギュッと抱きしめてからちょっと身を離して手を差し出す。
レンヤンが両手で握ってくるのをそのままに
ちょっと微笑んで天幕を出て行く。
「・・・・・チョイルン様を攫ったのは<今のオタル族長の>
ルーフェンとハンガイ族の奴らに違いない!
チョイルン様が自分らを脅かすから」
「そうだ!そのとおりだ!」
「助けに行こう総領を」
「もう許せぬ!」
今にも馬を駆けて飛び出そうとしている所のようで
出て行こうという者達と
止めようと馬と男たちにしがみ付いている者達で騒ぎになっていた。
「何をしている!」
ケルレンのその声に遥かにケルレンより背丈も迫力もある男達が
一斉に此方を見るのにちょっと
内心びっくりしながらも何度目となるか分からない言葉を発する。
「・・・・誰が出撃を命じた?・・・・・今は我慢しろと言ったはずだ」
「・・・・長姫・・・・ですが!!・・・」
ケルレンが来たことで一瞬静かになった旧オタルの者達が
再び言い募ろうとしたが、ケルレンは、最後まで言わせずに
相手の言葉に重ねて
「総領が心配な気持ちも、助けに行きたい気持ちも分かる。
私も、レンヤンも同じだ。・・・・・」
落ち着かせるように旧オタル族の
遥かに自分より背が高くて体格が良い男戦士達の瞳を一人一人
じっと見てゆっくりと言葉が心に染み渡るように話しかける。
気持ちは一緒なのだと、
「けれど、何も分かっていないこの状況で
無駄に仲間を失いたくない・・・・耐えてくれ」
心配なのは一緒だけれど皆も大事なのだと
今は耐えて欲しいのだと訴えかける。
ハンガイ族から来たケルレンの言うことを聞いてくれるのだろうかと
始めは思っていたが、
元々ハンガイ族長の弟であるケルレンの父ベクテルと
オタル族長の直系の一人娘である母コンラトを
主と頂いた為に今のオタル族長ルーフェンと敵対してしまった
戦士達だから、父と母の面影を持つケルレンには逆らいがたいようだった。
(皆が言うように・・・・
フールンとチーフォンのハンガイ族が
チョイルンを攫うなんて・・・そんな真似するはずないんだから・・)
ケルレンの心は不安で押しつぶされそうだった。




