側妃8
「あの子が幸せであるように・・・
辛い目に会う事が無いように・・・・・どうしてその願いが叶わないのでしょう。」
どうして血が繋がった兄弟が親子が従兄弟同士が
互いに争わなければならないのか
いかに闘いの業を持つ草原の戦士といえども余りにも辛すぎる。
憂いに満ちた瞳をチョイルンは、自分の飾り立てられた衣服の膝に落とす。
「・・・・・・貴方とは敵同士・・・
ですが・・・その想いだけは貴方も私と同じだと信じてます・・・。」
チョイルンは、視線を上げるとチーフォン達だけに
聞こえるような囁き声でそう言った。
ざわめく宴の中
チョイルンによって注がれた酒の杯を手に持ちながらチーフォンは
一つ大きく頷くとにかっと笑った。
「・・・・そのとおりだぜ。
俺は、ケルレンを傷つけたくない。・・・・体も心もな」
「・・・・では・・・虫の良い話だと分かっているけれど
ケルレンだけは助けて下さい・・・・例え本当にケルレンがイェニセイ族後継の
妃になっても・・・」
チョイルンの言葉にチーフォンは少し驚いたように眉を動かして
素早く気付かれない程度に周囲に気を配る。
そして、一口何事も無いように酒を飲むと無言のまま視線だけで
先を促す。
近くに居るフールンも何事かと
意識だけを此方に向けているのを感じる。
「・・・・・あの子は、ケルレンは、たった一人だけ残った
私の大切な姉妹・・・・・兄のチョイルンも、弟のルサンも死んだ・・・。」
「・・・・チョイルン・・・って・・・兄貴の名前を継いだのか・・・お前。
・・・あの戦で親父が、弟の叔父上達を殺したんだよな・・・
お前達姉妹の乳兄弟も一緒に殺されたって聞いた・・。」
ギュッと手に持った酒器を胸に抱いて思い出す悲しみと憎しみに
揺らぐ瞳で搾り出すようにチョイルンは
「・・・・そう・・・・父も兄も弟も乳兄弟達も・・・・ウルトの兄弟も
死んだ・・・・・私、ウルトと見ていました・・・。
ゲルを引く車の車輪程しかないあの子達の小さな体が
ゆっくりと地面に倒れていく姿を・・・・たったの剣の一突きであの子達は・・」
聞いているチーフォンの方は
とてもじゃないが居た堪れない。
全て自分の父と自分の一族がしたことなのだから
当時幼かったとはいえ一族を束ねるものとして
父の子として責任を感じる。
感じるが謝ることは出来ない。
一族と一族の誇りと想いと命を掛けた戦いを
族長を信じて死んでいった一族の者に対してそれは出来ない。
「長・・どうかなさいましたか?」
馬乳酒の杯を傾けているハンガイの長ウリャスタイの
口元に浮かぶ小さな笑みに少なくなった長の杯の中の馬乳酒を
足そうとしていた侍女が疑問に思って尋ねる。
長が笑みを漏らすなどずいぶん珍しい事なのできっと
余程良いことがあったのだろうと侍女もついつい微笑を浮かべてしまう。
「ああ、もしかして後継様の事でしょうか?
正式に後継として他の部族様にも紹介なさったのですよね?
私どももほれぼれするほどご立派になられました。」
侍女のその言葉に少しだけ長、ウリャスタイは視線を送ると
「フールン、チーフォン・・・・・それからあ奴は我らがハンガイ族と
大部族オタルを担うものだ・・・どちらもな」
と言うと杯を一気に飲み干し侍女に向けて杯を出した。
侍女は、長の杯に酒を注ぎながら
あ奴と言うのは、もう一人のフールン様だろうか?
後継のフールン様と、長子のチーフォン様とご一緒に育ったあの方かな?
と考えていた。
確かにフールン様はハンガイ族の長の後継でオタルの長の
血を引いていらっしゃるけれど
チーフォン様と、もう一人のフールン様もハンガイとオタルを
担われるとはどういう事だろう?
疑問に思いながらも侍女は長の考えること
自分達は付いていくしかない事をよく分かっていた。
「・・・・・オタルの血は、フールンだけでは無いからな・・・
フールンがハンガイだけでなくオタルの若長よりオタルを譲られれば良し
・・・・・フールンが駄目でも・・・チーフォンにケルレンを付ける事によって
オタルの継承権が生まれるからな・・・・・」
空になった酒の器を持って離れた侍女の姿を見もせず
ハンガイ族長、ウリャスタイは誰にも聞こえない程小さな声で呟いた。
「ケルレンがイェニセイ族後継の側妃か・・・・・
オタル、イェニセイの二大部族が手の内に転んでくるかも知れぬな・・・」
ウリャスタイの許を去って行った弟の娘・・・チーフォン、フールンと共に
一族を担うものとして手塩にかけて育てた大切で
他の二人よりよっぽど使い良い手駒だった。
・・・・我らにしか縋ることが出来なかったあの娘は
・・・肉親に逢って初めて反抗したが・・・?




