二つのカケラ
「こんな物!!」
左の耳に付けた鈍い金に光るピアスを引き千切らんばかりに引っ張り取ろうとする。
血が滲むのも構わずに涙が頬を濡らしていくのも構わずに
二人幼かった日、
キラキラと輝く太陽のカケラ石を左の耳に分け合った。
『二人いつも一緒に居ようね。』二人で誓った。
不吉な石とも言われる太陽のカケラ石をまるで婚儀の誓いのように
左の耳に付け合った。
お互いの半身である二人を誰も引き裂けはしないそう思いながら・・・
「・・・・うっ・・ふ・・・・フールン・・・・・フー・・・ル・・・・ン・・・うあああ!!」
再び傷が開いた上に走るなんていう無茶なことをしたケルレンの服は
ところどころ血が滲んで、
しかしそんなことにも構わずにケルレンは拳を地面に何度も叩き付けた。
周りには誰も居ない、其処に居るのは叫び声の意味がが分からない羊と、山羊と、牛、
そして草を食べている何頭もの馬達だけがケルレンのその様子を眺めていた。
(嘘吐き!嘘吐き!!フールンの嘘吐き!!)
フールンの言った言葉は嘘ではない、本当に私を大切に思ってくれている。
フールンの一番大事な一族と同じ位に私の事も愛してくれていると
分かっているのに激情が押さえられずに妻になる者への嫉妬で
離れて行ってしまうという想いの寂しさで狂いそうだ。
私は侵されてしまったのかもしれない・・・
きっと私は、太陽のカケラに、心侵されすでに狂っている
・・・・そう月を激しく愛した古代の太陽のようにフールンの大事な物を
全て焼き尽くそうとするかもしれない・・・・・
「・・・・ケルレン・・・・」
ケルレンの去っていった後のゲル、フールンに与えられた部屋の奥で
フールンは掌を握り締めていた。
いつか言わなければならなかった。
いつか・・・
いや長、ウリャスタイが言い出したからには
すぐにでも許婚であるセレンゲとの婚儀は行われるだろう。
『ケルレン』
声には出さずに唇の動きだけでそう呟くと
この世で一番愛しい少女と分け合った左耳の太陽のカケラ石にそっと優しく触れた。
・・・ゲルの外からざわめきが聞こえる。
「長!ウリャスタイ様、・・・・?!」
「今から皆に話すことがある!・・・集まるよう皆を呼んで来てくれ。」
勢い良くゲルの表を開ける音と共に父である長ウリャスタイが
入ってくる。
その体躯は背が高く、力強いよりも俊敏そうで、40代も半ばの
男盛りの魅力に満ちている。
瞳の色は息子2人と同じ、どちらかというと長子により受け継がれた
眼光は心の奥底も貫き通すように鋭く強い意思を感じさせる。
父の少し白い物が混じり出した口髭の戦士の顔と
息子の女顔とでも言えそうな秀麗な戦士の顔、
互いに相手に負けまいと奥に秘めた意思の強さだけはそっくりに
真正面から見詰め合う。
「・・・・・何の用でしょうか?父上。」
射貫くような父の瞳から逸らすことなく真っ直ぐに見上げたまま話し掛ける。
「・・・・・おまえの婚儀のことだ。
フールン、すぐに皆も来る、座れ。」
「・・・・セレンゲのことですか?」
「そうだ」
「急ぐ必要が出来たのですか?」
「そうだ」
矢次早に質問し
次々と返る答え。
けしてモルドルの民族の者はけして父に逆らってはならない。
そして一族の長に逆らってはならない。
そんな父であり長であるウリャスタイに激しい瞳を
向けたままフールンは静かに1番目の上座を譲り腰掛けた。